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第二章

アランの恋煩い 2

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「おまえ一体全体どうしちまったんだ?」
 
 ランドルフ・リースは向かいに座るアラン・イゼの返事に、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 首都ナーバーの歓楽街。眠らない街として知られるナーバーでも特に賑やかな一画に位置する酒場だ。薄暗い店内で、足の長いスツールに腰掛けた客が、小卓を囲って酒を飲んでいる。

 ランドルフはさきほどからこちらに秋波を送ってきている二人組の女が気になっていた。見目もよいし、短いスカートからは惜しげもなく白く細い足を覗かせている。

 あの二人に声をかけに行こうと誘うと、アランは「やめておく」と片手を振った。

 これでもう何度目だろうか。
 ランドルフは酒盃を傾ける友に遠慮のない視線を向けた。

 この間の任務から帰ってきて以降、アランはずっとこの調子だ。酒場で後腐れのない女と遊ぶのは、ランドルフとアランのいつものお楽しみだ。向こうもその気で肌を露出した服装で誘ってくる。ここに来れば遊ぶ相手には不自由しない。熱を発散しに、男も女もこの一画に集まってくる。

 けれど当のアランは、オシ街への任務から帰ってからここ、一向にこの手の遊びに乗ってこない。

「アラン、おまえいつから不能になったんだ? なんだったらいい医者を紹介してやるぞ」

 ランドルフが友として、当然の心配を口にすると、アランは「そんなんじゃないよ」と首を振った。

「じゃあ一体なんだっていうんだよ。ほら、さっきの二人組。けっこういけてると思うんだけどなぁ」
「おまえだけ行ってこいよ」
「向こうも二人なんだ。俺一人ってわけにはいかないだろ」

 ランドルフは二人組の女と目が合ったのか、整った口元を愛想よく笑ませた。そこにはどうしても滲む育ちのよさがある。
 
 アランもランドルフも、服装こそ商人の小間使いのような格好をしているが、周りの酔客とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。

 それもそのはずで、アランやランドルフの身分なら、本来このような庶民の歓楽街に遊びにくることはない。ナーバーでも中心地に近い、金のある商人や貴族がお忍びで遊びに来るような歓楽街へと行くところだろう。
 
 アランはグラスを傾け、琥珀色のウィスキーに浮かぶ氷がカランと音を立てるのを愉しみ、ぐっと酒をあおった。

「おいおい、本当にどうしたんだよアラン・イゼ。次期黄龍の紋章を背負う男とは思えんぞ」
「おい」

 ランドルフの言葉に、アランはすぐさま反応する。

「それをここで言うな」
「……わかってるよ。悪かったって」

 身分を示すような言葉に過敏に反応するのはいつものアランだ。女を誘わない以外、アランの様子はいつも通りだ。

 ランドルフは変わらずこちらに秋波を送ってくる二人組の女のところへ行き、「ごめんね、連れが乗り気じゃなくて」と断る。二人組の女は気にしたそぶりもなく、「今度はちゃんと誘ってね」と片目を瞑る。

 ランドルフは席に戻り、改めてアランに向き直った。

「どうしたアラン。俺が聞いてやるぞ? 女か? あ、あれか。こないだの夜会でいい感じになっていたグロリアーナ嬢のことだろう」
「そんな話ここでするなよ」
「なに、誰も聞いちゃいないさ」

 先ほどから店内の一画がやけに騒がしい。
 商人の小間使いと思われる男が一人、大口で何事か騒いでいるのだ。店内の客は皆そちらに気を取られている。

 アランもその一画へと視線を向け、ランドルフの言うことが妥当だと悟ると、先を話すように促してきた。

「可憐な妖精の異名を持つグロリアーナ嬢だからな。おまえが一発で惚れたとしても、俺は驚かないぞ。セービン伯爵だっておまえと娘のグロリアーナ嬢との婚姻に乗り気のようじゃないか。そもそも、この間の夜会自体、おまえとグロリアーナ嬢とを引き合わせるために、セービン伯爵がお膳立てしたって話もあるぜ」
「そうなのか?」

 それは初耳だった。アランは見当はずれな友の話をどこで遮ろうかと思っていたが、思わぬ話が飛び出し、聞き返した。

「知らなかったのか? セービン伯爵のとこは、この間次男が議会の一員になっただろう? その少し前に長女を議長の息子に嫁がせたことはおまえも知ってるだろう。あとは年頃になった次女の嫁ぎ先を探して、方々へ目を光らせているってもっぱらのうわさだぞ。特に皇帝一家と姻戚関係を持ちたくてうずうずしているとか」

「それで俺か?」

「そりゃ必然的にそうなるだろ。エグバルト陛下の弟君で売れ残っているのはおまえだけだからな。前皇帝ファーディナンド様のご兄弟のご子息もおられるが、陛下により近しい者となるとおまえに白羽の矢がたつ。しかもおまえは次期皇帝との呼び声高い。先頃の年始の式典でも、エグバルト皇帝は、ご自分のご子息ではなく、おまえに次席へ座らせたほどだからな。セービン伯爵が目をつけるのも当然だ」

「……迷惑な話だ」
「おいおい」

 ランドルフは苦々しげにはき捨てるアランに苦笑する。

「セービン伯爵家と縁を持つことは、おまえにとって決して悪いものではないだろう。あそこは次男こそ議会に入ったが、長男はじめ五人いる息子のうち四人は軍人だ。セービン伯爵家は代々軍の参謀として活躍したというし、根っからの軍人一家だ。帝国軍の総司令部副官のおまえにとって、決して悪くない縁だ」
 
 それになとランドルフは付け加える。

「何よりグロリアーナ嬢は当代きっての美少女と誉れ高い。あの無骨なセービン伯爵の種とは思えない可憐さだからな。引く手数多の社交界の花を妻にできるんだ。いい話じゃないか。というか、おまえそのことで女と遊ぶのを止めているんじゃないのか?」

「女は女でもグロリアーナ嬢じゃないよ」

 アランは勝手に暴走していくランドルフに、ようやくブレーキをかけた。

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