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第一章
勘違い
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翌朝、いつもの朝の食事にレイモンの姿はなかった。隣の席のアマンダはヨハンナと目が合うと、おどおどと所在なげに視線を彷徨わせる。
昨日泣いたのだろう。目が腫れている。
セヴェリは優しいから大丈夫だろうと高を括り、アマンダを追い詰めたことをヨハンナは後悔した。
アマンダの目に今は涙は浮かんでいない。
昨夜は遅かったが、アマンダは眠っていなかったろう。あのあとすぐにセヴェリからヘリへ、ヘリからアマンダへと話は伝わり、アマンダは胸を撫で下ろしたはずだ。
そのアマンダは何か言いたそうに両手を組んでは解きを繰り返すが、上座にはセヴェリの視線があるし、ヘリも給仕に回っている。
結局食事の間、何も言うことはなく黙々とスプーンとフォークを使っていた。
「ねぇねぇヨハンナ」
同じく隣のステラが可愛らしく小首を傾げヨハンナの袖を引く。
「どうしたの?」
身を屈めてステラを見れば、ステラは「あのねあのね」と言葉を続け、
「アマンダのお目目真っ赤だね」
がちゃんと隣から派手な音が響いた。
アマンダがフォークを取り落とし、怯えた目で上座のセヴェリに視線を注いだ。
セヴェリは気づかなかったふりを装い、何も言わず視線を逸らす。
ヨハンナがステラになんと答えようかと迷っていると、先に向かいの席に座るダニエラが口を開いた。
「ステラ。そんなこと言っちゃだめだよ。アマンダはきっと何か悲しいことがあったんだ。そういう時は、気がついても気がつかない振りをしてやるのが優しさってもんだよ」
「そうなの?」
ステラに聞かれ、ヨハンナは「そうだね」と頷いた。
いたたまれなくなったのか。アマンダはデザートを残して席を立つと食堂を足早に出て行く。
食後の挨拶もなしに席を立ったアマンダに、ヘリは何か言いかけたが、セヴェリに止められる。
その内食事を終えた子供達も動き出し、セヴェリもナプキンで口元を拭うと席を立った。
食堂にダニエラと二人になると、ダニエラはまだ赤い口紅を塗っていない唇を開いた。
「ねぇねぇ。何があったんだい?」
好奇心丸出しのダニエラだ。
ダニエラには昨日、ハララの群生している丘で、アマンダとの話を聞かれている。
その後あったことを簡単に話すと、ダニエラは「へぇ」と興味深々だ。
「で? 初めての体験はどうだったんだい?」
「何が?」
ヨハンナは首を傾げる。今の話で何が初めての体験だったのかさっぱりわからない。
「だって、セヴェリ様の部屋に泊まったんだろう?」
「ああ……」
そう言えば話の流れからその話もした。
それがどう初めての体験に結びつくのかわからない。ちなみにレイモンのことは伏せておいた。
あの状況を口に出してダニエラに説明するのも恥ずかしかったし、レイモンの名誉のために秘密にとセヴェリに言われれば、人に話すわけにはいかない。
「ああって気の抜けた返事だね。セヴェリ様とやったんじゃないのかい?」
「やったって、何を?」
「昨日の男と女の話だよ。まぁあんたとセヴェリ様じゃあ年は離れているけど、セヴェリ様はまだまだ壮年で現役だろうし、初心者のあんたにはあれくらい年上の男のほうがリードが上手くてよかっただろう」
「え、ちょ……ちょっと待ってダニエラ。何の話?」
昨日のダニエラの衝撃的な話は覚えているが(忘れたくても忘れられない)、今のダニエラの話を聞いていると、まるでヨハンナとセヴェリがそういうことをしたかのような言い草だ。
「何の話って、女が男の部屋に泊まるってなれば、何もないわけないだろう」
「待って待って。ダニエラ、間違ってるから。セヴェリ様は別の部屋でお休みになって、部屋には私一人だったから」
「へ?」
ダニエラは間抜けな声を出した。
「そうなのかい? 私はてっきりあんたとセヴェリ様がって。初めてじゃあつらかろうから、あとで腰のマッサージでもしてあげようかと思ったくらいなのに」
どうして腰のマッサージが必要なのかは理解できなかったが、とにかく誤解は解けてほっとする。
「なんだ、つまんないの。ほんとやんなっちゃう」
いつものダニエラの口癖が飛び出した。
セヴェリは今日は屋敷に滞在するようで、朝食後は一階の応接室で寛いでいた。セヴェリが居ることで、今朝のマナー講義はお休みだ。
セヴェリの周りを子供達が取り囲み、ステラはセヴェリの膝の上に座らせてもらい満面の笑みだ。
セヴェリの両隣にはダニエラとアマンダが陣取り、向かいにはいつの間に下りてきたのか、レイモンの姿もある。
応接室の前を通りかかったとき、そんな光景が目に入り、しばらく見ていると振り返ったレイモンと目が合った。
男にしては華奢で白いその姿に、ヨハンナは昨日の夜のことを思い出し、思わず目を逸らせた。
でも次の瞬間には嫌な態度をとってしまったと気がつき、慌ててレイモンへと視線を戻すと、レイモンはにこりと笑んで、セヴェリへと向き直った。
商人ザカリーの姿はなかった。まだ部屋で休んでいるのかもしない。
アマンダの様子をそっと観察すると、穏やかにセヴェリと談笑している。
目の赤みは完全には引いていないけれど、エメラルドの髪を揺らしてコロコロ笑う楽しげな声が聞こえてくる。
ヨハンナはほっと胸を撫で下ろし、応接室を通り過ぎると、屋敷の外へと出た。
昨日泣いたのだろう。目が腫れている。
セヴェリは優しいから大丈夫だろうと高を括り、アマンダを追い詰めたことをヨハンナは後悔した。
アマンダの目に今は涙は浮かんでいない。
昨夜は遅かったが、アマンダは眠っていなかったろう。あのあとすぐにセヴェリからヘリへ、ヘリからアマンダへと話は伝わり、アマンダは胸を撫で下ろしたはずだ。
そのアマンダは何か言いたそうに両手を組んでは解きを繰り返すが、上座にはセヴェリの視線があるし、ヘリも給仕に回っている。
結局食事の間、何も言うことはなく黙々とスプーンとフォークを使っていた。
「ねぇねぇヨハンナ」
同じく隣のステラが可愛らしく小首を傾げヨハンナの袖を引く。
「どうしたの?」
身を屈めてステラを見れば、ステラは「あのねあのね」と言葉を続け、
「アマンダのお目目真っ赤だね」
がちゃんと隣から派手な音が響いた。
アマンダがフォークを取り落とし、怯えた目で上座のセヴェリに視線を注いだ。
セヴェリは気づかなかったふりを装い、何も言わず視線を逸らす。
ヨハンナがステラになんと答えようかと迷っていると、先に向かいの席に座るダニエラが口を開いた。
「ステラ。そんなこと言っちゃだめだよ。アマンダはきっと何か悲しいことがあったんだ。そういう時は、気がついても気がつかない振りをしてやるのが優しさってもんだよ」
「そうなの?」
ステラに聞かれ、ヨハンナは「そうだね」と頷いた。
いたたまれなくなったのか。アマンダはデザートを残して席を立つと食堂を足早に出て行く。
食後の挨拶もなしに席を立ったアマンダに、ヘリは何か言いかけたが、セヴェリに止められる。
その内食事を終えた子供達も動き出し、セヴェリもナプキンで口元を拭うと席を立った。
食堂にダニエラと二人になると、ダニエラはまだ赤い口紅を塗っていない唇を開いた。
「ねぇねぇ。何があったんだい?」
好奇心丸出しのダニエラだ。
ダニエラには昨日、ハララの群生している丘で、アマンダとの話を聞かれている。
その後あったことを簡単に話すと、ダニエラは「へぇ」と興味深々だ。
「で? 初めての体験はどうだったんだい?」
「何が?」
ヨハンナは首を傾げる。今の話で何が初めての体験だったのかさっぱりわからない。
「だって、セヴェリ様の部屋に泊まったんだろう?」
「ああ……」
そう言えば話の流れからその話もした。
それがどう初めての体験に結びつくのかわからない。ちなみにレイモンのことは伏せておいた。
あの状況を口に出してダニエラに説明するのも恥ずかしかったし、レイモンの名誉のために秘密にとセヴェリに言われれば、人に話すわけにはいかない。
「ああって気の抜けた返事だね。セヴェリ様とやったんじゃないのかい?」
「やったって、何を?」
「昨日の男と女の話だよ。まぁあんたとセヴェリ様じゃあ年は離れているけど、セヴェリ様はまだまだ壮年で現役だろうし、初心者のあんたにはあれくらい年上の男のほうがリードが上手くてよかっただろう」
「え、ちょ……ちょっと待ってダニエラ。何の話?」
昨日のダニエラの衝撃的な話は覚えているが(忘れたくても忘れられない)、今のダニエラの話を聞いていると、まるでヨハンナとセヴェリがそういうことをしたかのような言い草だ。
「何の話って、女が男の部屋に泊まるってなれば、何もないわけないだろう」
「待って待って。ダニエラ、間違ってるから。セヴェリ様は別の部屋でお休みになって、部屋には私一人だったから」
「へ?」
ダニエラは間抜けな声を出した。
「そうなのかい? 私はてっきりあんたとセヴェリ様がって。初めてじゃあつらかろうから、あとで腰のマッサージでもしてあげようかと思ったくらいなのに」
どうして腰のマッサージが必要なのかは理解できなかったが、とにかく誤解は解けてほっとする。
「なんだ、つまんないの。ほんとやんなっちゃう」
いつものダニエラの口癖が飛び出した。
セヴェリは今日は屋敷に滞在するようで、朝食後は一階の応接室で寛いでいた。セヴェリが居ることで、今朝のマナー講義はお休みだ。
セヴェリの周りを子供達が取り囲み、ステラはセヴェリの膝の上に座らせてもらい満面の笑みだ。
セヴェリの両隣にはダニエラとアマンダが陣取り、向かいにはいつの間に下りてきたのか、レイモンの姿もある。
応接室の前を通りかかったとき、そんな光景が目に入り、しばらく見ていると振り返ったレイモンと目が合った。
男にしては華奢で白いその姿に、ヨハンナは昨日の夜のことを思い出し、思わず目を逸らせた。
でも次の瞬間には嫌な態度をとってしまったと気がつき、慌ててレイモンへと視線を戻すと、レイモンはにこりと笑んで、セヴェリへと向き直った。
商人ザカリーの姿はなかった。まだ部屋で休んでいるのかもしない。
アマンダの様子をそっと観察すると、穏やかにセヴェリと談笑している。
目の赤みは完全には引いていないけれど、エメラルドの髪を揺らしてコロコロ笑う楽しげな声が聞こえてくる。
ヨハンナはほっと胸を撫で下ろし、応接室を通り過ぎると、屋敷の外へと出た。
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