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第一章

交換条件 2

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 教えてあげてもいいけど、とダニエラは不遜に胸を反らした。

「今日あんたがセヴェリ様からもらったお土産。私にくれたら、おもしろいこと教えてあげる」
「お土産って、手鏡?」
「手鏡をもらったのかい? いいね。じゃあそれと情報と交換だ」

 ヨハンナは部屋に引き返すと、サイドテーブルに置きっぱなしにしていた手鏡をダニエラに渡した。
 ダニエラは銀の手鏡を仔細に眺め、満足そうに笑んだ。

「いいねぇ。とってもいいものだ。これ一つあれば、首都ナーバーで小さな家が買えるくらいいいものだよ」
「そんなに?」

 ヨハンナは驚いて声を上げた。

「ここに付いている輝石は貴重なものなんだ。すごいね、これは」

 ヨハンナには貴重な輝石や宝飾品の類のよさはわからない。
 欲しいのならあげるから、早く教えてほしいと言うと、ダニエラはヨハンナを廊下の端に引っ張っていき、周りに人がいないことを確認してから口を開いた。

「一つだけ確かなことがあるよ。それはね、私はテンドウ族の神子じゃないってことよ」
「なんだ、そんなこと?」

 ヨハンナは拍子抜けした。
 それなら自分もそうだ。
 ヨハンナがそう言うと、ダニエラは「それにね」と付け加えた。

「レイモンも、子供達も神子じゃない。本当の神子の可能性があるのは、アマンダかヨハンナのどちらかだけだよ」
「どうしてそんなことが言えるの?」

 確信を込めたダニエラの言に、ヨハンナは問い返す。ダニエラは「まず私はね」と自分を指差し、

「自分の出自をちゃんと知ってる。私は両親に捨てられたんだ。両親はハーネヤンの人で、クシラ帝国に行商に来ていた商人なんだ。でも取引に失敗してね。借金を抱えてハーネヤンに帰れなくなった。それで私を売ったんだよ。その時私は十歳だった。ちゃんと覚えてるよ。だからセヴェリ様に神子としてここへ来て欲しいと言われて驚いたのなんのって。でも娼館にいるよりは楽しそうだろう? この年だと年季も入って、上客もつかないし、潮時だったんだよ」

「セヴェリ様にそのことは?」

「話してないけど、たぶん知ってるんじゃないかな。君を神子として迎える。くれぐれもそれを忘れないようにって念を押されたから。あれって神子の振りをしていろ。そうすれば贅沢な暮らしをさせてやるってことだと思ったから。一種の契約だね。だからこの話は秘密だよ。ヨハンナに話したことも誰にも内緒だよ」

「ダニエラが神子じゃないのはわかった。でもじゃあどうして神子の可能性があるのは私かアマンダだけなの?」

 ダニエラが自分の出自を把握しているのなら、テンドウ族の神子ではないのだろう。
 だからといって、他のみんながそうではないとは言い切れないはずだ。

 ここにいる神子達は、セヴェリがわざわざ人を使って集めさせた者たちだ。こうして屋敷に囲い、贅沢な暮らしをさせ、神子ではない、なんていうことがあるのだろうか。

 ヨハンナがそう言うと、ダニエラはにやりと笑った。

「これは私が娼館で働いているときに、客から聞いた話なんだけどね。そもそもテンドウ族の神子って言うのは、たった一人しかいないんだよ。当代の神子が亡くなると、入れ替わりに神子としての資格を有した新しい命がテンドウ族の中から生まれる。そうやって受け継がれていくものなんだそうだよ」

「神子はひとり……?」

「そう。だからね、ここにいる八人のうち、七人は偽物っていうわけ」

 そのことを知っているのはテンドウ族の人間でもごく一部の限られた者なんだけどねと上客が言っていたらしい。

 地獄耳とうわさされるその上客が、神子のことを小耳に挟んだのは偶然の重なった産物だったそうだ。

 で、こっからが肝心な話よとダニエラは赤い唇を湿した。

「その当代の神子ってのが死んだのが十八年前。本当だったらその次の年に新しい神子が生まれる予定だった。いや、年が明けたからもう、先代神子が死んだのは十九年前だ。なんかややっこしいね」

 ダニエラは一人ぶつぶつ呟いた。

「でも新しい神子が生まれるはずの十八年前、クシラ帝国にテンドウの里は滅ぼされ、里を追われたテンドウ族は各地に散らばった」

「それで神子の行方がわからなくなったの?」

「そういうこと。つまりね、私が言いたいのは当代の神子は十八歳でなければいけないってことよ。子供達や二十歳のレイモンじゃあ年があわない。十八歳のヨハンナかアマンダか。そのどちらかでしかないのよ」

 どうだと言わんばかりのダニエラだったが、ダニエラは最も基本的なことを忘れている。

「でも、十八歳になる人間なんて、帝国中にはたくさんいるわ」
「そりゃもちろんね。そして神子の証であるエメラルドの髪と瞳の人間もね」
「だったらどうして」
「あのセヴェリ様が見出したのよ。セヴェリ様は、ザカリーを使って、帝国中を探させた。あの人が間違えるわけないじゃないの。実際、あんたって、自分は神子じゃないなんて言ってるけど、自分の両親のことは、何も知らないって聞いたわよ? それで本当に神子じゃないって言い切れるの?」
「それは……、そうかもしれないけど」

 ヨハンナの語尾が小さくなった。

「でも、私には何も特別なものはないもの。それに第一、だったらどうしてセヴェリ様はここに八人も神子だって言って人を集めたの?」

「そんなの知らないよ」

 ダニエラは難しいことはわかんないよと唇を歪めた。

「ねぇ、そもそもテンドウ族の神子ってどんな存在なの?」
 
 年長者のダニエラなら何か知っているかもしれない。

 そう思って聞いたが、ヨハンナの質問に、ダニエラは手鏡を弄びながら、「それは私も知らない」と舌を出す。

「何しろテンドウ族自体、クシラ帝国に滅ぼされた今も、謎に包まれた種族なのよね。でもね、これも昔の上客から聞いた話なんだけどね、テンドウ族の神子の体には癒しの力があるんだって。その血肉を食べると、不治の病が癒えるとか、癒えないとか」

 気持ちの悪い話でしょとダニエラはうえーと顎を突き出した。

「それにこんな話もあるのよ。その神子の体液を飲むと病が癒える。どれがほんとの話か知らないけど、とにかく神子と体を繋げればとってもいいそうよ」
「体を繋げるって……?」

 ヨハンナが首を傾げると、ダニエラはくはっと変な声を出した。

「なになにヨハンナちゃん、あんたセックスを知らないの? 私娼館で働いてたって言ったわよね。一体何だと思って聞いてたの?」
「え? 仕事仲間は男の人と女の人が遊ぶ場所だって……。違うの?」
「違わない、違わないけど」

 ダニエラは頭を抱えた。

「ほんとにお子様なのねぇ、ヨハンナ。いいかい、体を繋げるっていうのはね……」

 ダニエラはヨハンナの耳元でごにょごにょと囁いた。
 それを聞いたヨハンナは見る間に顔を真っ赤にした。

「…うそっ」
「うそなもんかい。どうやって子供が生まれると思ってたんだい? まぁ、何も男と女に限ったことじゃなくて例えば男同士でも…」と更に顔を寄せ、ダニエラは囁く。

 ダニエラの言葉に、ヨハンナは赤くしていた顔を今度は青ざめさせた。

「……信じられない…」
「はははっ」

 ダニエラは豪快に口を開け、真っ赤になったり真っ青になったりする初々しいヨハンナの様子を笑った。
 
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