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第一章

セヴェリの野望

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「入っていいぞ、ラッセ」

 セヴェリの声に、黒の三つ揃いを着た男が部屋に入ってきた。
 さきほどヨハンナの足枷を外し、ティーセットを運んできた男だ。セヴェリは今年四十歳、ラッセは四十二歳になる。
 ラッセは、ソファに横になって眠るヨハンナに一瞥を向け、セヴェリに話しかけた。
 セヴェリは愛おしそうに、眠るヨハンナのエメラルドの髪を指に絡ませ、その感触を愉しんでいる。

「ようやく、見つけられましたか」
「ああ、ザカリーをたき付けて、探させた甲斐はあった。長い時間がかかったがな」

 ザカリーはクシラ帝国内で手広く商売をしている大商人だ。腹の突き出ただらしない体形の男だが、仕事は確実にこなす。

 セヴェリはザカリーにある提案をし、それに乗ったザカリーが有り余る私財を使って、今回のテンドウ族の神子探しを手伝っていた。

「五年ですね。もはやザカリーも限界でしょう。どうするつもりです?」
「さぁな。どうしてやろうか」

 そんなことはどうでもいいとばかりに、セヴェリは眠るヨハンナの髪を弄る。
 いくら触られても、ヨハンナは目を覚まさない。昏々と眠っている。

「よく効きましたね」

 さきほどのお茶には、睡眠剤が入れられていた。そうとは知らず口にしたヨハンナは、あのあとすぐに眠ってしまった。

「もともと疲れていたんだろう。かわいそうに。テンドウ族の神子が下働きなど。本来なら神殿でかしずかれ、崇められる存在だというのに」

 それもこれも十七年前、クシラ帝国が恐れ多くも神の里を蹂躙したからだ。
 皇帝エグバルトとその一族には、きっちりと借りを返してもらう。

「この娘で間違いないんですか?」

 ラッセは確認するようにセヴェリに問う。
 これからの神子探しを打ち切ってもいいかどうかの確認でもあった。
 セヴェリは「大丈夫だ」と頷く。

「この子の虹彩はエメラルドに金色の筋が細かく走っている。光を受けて輝く金の虹彩を持つものが、本物の神子だ。ただのエメラルド単色の他の者とは明らかに違う」
「そうですか。それならば神子探しはこれで終わりにいたします。それと、この娘についてですが――」

 ラッセは、ヨハンナについてわかっていることをセヴェリに報告した。

 出はイクサカ地方の山岳地帯であること。父親は不明、母親はすでに死亡。血縁関係のない老夫婦に育てられたが、七年前に養父が、五年前に養母が相次いで亡くなった。

 養父母はイクサカ地方で牧羊を営み、織機で絨毯を織って生計を立てていた。
 そのまま跡を継いだヨハンナだが、養母が亡くなった際、養母の弟と名乗る者が現れ、血縁ではないヨハンナには相続権はないとして、羊牧場と羊、家、織機といった財産全てをヨハンナから奪った。

 生活の糧を失い、ヨハンナは単身オシ街へと出、山の裾で住み込みの下働きとして働いている。
 働いてお金を貯めて、いつか再びイクサカ地方に戻り、羊牧場を営むことがヨハンナの夢だという。

「短時間でよく調べたな」

 ヨハンナが捕らわれてから、まだ半日だ。相変わらず仕事の速いラッセだ。
 ラッセは無表情に慇懃に頭を下げると、手にした細い金の輪をセヴェリに見せた。
 
「――これは、どうしますか?」

 幅三センチほどの金の輪で、複雑な文様がその表面に彫られている。

「ああ、貸してくれ」

 セヴェリはラッセからそれを受け取ると、眠るヨハンナの細い首に嵌め、継ぎ目を閉じると目を瞑り、小声で何事か呟いた。人には聞き取れない言語だ。
 すると継ぎ目がぴたりと合わさり、切れ目のない輪になった。

「まだ、自分の能力には気がついていないようだが、念のためだ。緑龍の力を使えば、逃げ出すことなどこの子には造作のないことだからね」
「ということは、我々への協力には消極的ということですか?」
「それはまだわからん。私にテンドウ族の話をされ、混乱しているようだったからね。この子は自分が何者かも知らず、テンドウ族の事も知らずに成長したのだろう」

 ラッセの物問いたげな顔にセヴェリは苦笑した。

「なに、大丈夫だ。我々の再興に神子の存在はなくてはならないものだ。下働きの仕事は辛かったろうから、さんざん贅沢をさせてやれば、気も変わるだろう」

 セヴェリはヨハンナの細い体を抱き上げた。
 抜けるように白い喉がのけぞり、そこに嵌る金の輪が光る。

「かねてより用意していた屋敷に移るとしよう、ラッセ」
「はい、セヴェリさま。ご準備はできております」

 ラッセは、セヴェリを先導するため、先に立って歩き出した。
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