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第六章

不穏な足音

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「赤ちゃんってこんなにちっちゃいの?」

 ルカは、今日は気分がいいというフォリスの部屋でリサとフォリスの作業を見守っていた。
 フォリスはつわりがひどく、少し前からユリウスの屋敷に滞在している。フォリスは日によっては真っ青な顔で、とてもつらそうにしているのでルカは心配だったが、ノルデンによると赤ちゃんは順調に育っているという。
 今日は気分がいいというフォリスは、朝からリサに教えてもらいながら、市場で買った大量の布地を仕立てていた。作業台にと持ち込んだ大きな机の上には、赤ちゃんを包むのに使うというおくるみや、服、前掛けなどが所狭しと置かれている。どれもとても小さくてかわいい。
 真っ白な布地に包まれる、まだ見ぬフォリスの赤ちゃんをルカは思い浮かべた。きっとちっちゃくてふわふわしていて、とってもかわいいのだろう。想像しただけで楽しみになってきた。

「生まれたら見せてね、フォリス。約束だからね」

 ルカが勢いこんで言うと、フォリスは笑った。

「まだ気が早いよルカ。生まれるのはまだ半年以上先だからね」

「そうなの?」

「そうだよ。お腹だってまだほとんど膨らんでないしね」

 フォリスは愛おしそうに少しぽっこりしたお腹をさすった。幸せそうなその様子に、自然とルカの顔に笑みが浮かぶ。

「ほら、ルカ。見てばかりしないで、出来上がったものを種類ごとにまとめてちょうだいな」

 肘をついて頬をのせ、作業を見守っていたルカに、リサがてきぱきと指示を出す。

「うん」

 ルカはぱっと頬から手を離すと服を畳みだした。ルカの肩からはポポがその作業を見守る。ルカの髪は今日は一つにまとめて高い位置でくくり、市場で買った金色のリボンで飾っていた。
 金色のリボンは、今日はじめてリサにつけてもらった。買ってもらったものの、なんとなく気恥ずかしいような気がして、ずっとしまいこんでいた。ほんとは早くユリウスに見せたいと思っているのに、いざそうしようとすると恥ずかしくなる。
 朝の支度のたびリボンを取り出しては直すルカに、リサは呆れていた。今朝もはじめはつけていなかったのだけれど、ユリウスがモント領館に出掛けていってから、やっぱり今日こそはと思いたちリサにつけてもらった。
 夕方、ユリウスが帰ってくるまでにはまた気は変わるかもしれない。外したら、またリサに呆れられそうだ。なんとなくそわそわしながら、何度も髪を触ってしまう。

「ルカ、そのリボンかわいいね。とってもよく似合ってるよ」

 フォリスがにっこりしながら褒めてくれる。

「ほんとにほんと? 変じゃない?」

「ああ。黒髪によく合ってる」

「これね、ユリウスと同じ髪色だなと思って。ユリウスと同じ色のものをつけたら、ユリウスが喜んでくれるかなって」

「そうだね……」

 フォリスは笑いながらも辛そうな顔をする。また、つわりだろうか。

「大丈夫? フォリス。つらいなら横になった方がいいよ」

 ルカがそう言うと、リサも

「ほんと。顔が青いわ。さっきからずっと作業しっぱなしですものね。ちょっと休みましょうか」

 リサはフォリスの手から布地を奪いとると、背を支えベッドにフォリスを座らせた。

「ほら。お水飲んで。ノルデンを呼んできましょうか?」

「いえ、大丈夫です。なんともありませんから」

「そう? 遠慮なく言いなさいね。我慢はだめよ」

「はい。ありがとうございます」

 フォリスは力なく頷き、ベッドに横になった。

「ゆっくり休んで、何かあったら呼びなさいね」

 リサはフォリスに言い、ルカの背を押した。

「さあさ、ルカ。少しフォリスを一人にしてあげましょう」

「うん、またあとでね、フォリス」

 ルカは作業を中断し、フォリスの部屋を出た。











 昼食後、まだ気分の優れないフォリスを見舞い、リサとリネン類の整理をしていると、ディックとラウが訪ねてきた。
 ラウは林でとれたという木苺をたくさん持ってきた。

「まぁ、こんなにたくさん。この時期では珍しいわね」

 リサは籠いっぱいの木苺に驚いた。確かに木苺は、ルカも林でとって食べていたが、こんな夏の盛りにはあまり見かけない。
 ノルデンに差し入れしてくると厨房に向かったラウを見送り、ディックはフォリスの様子を聞いた。

「今朝はね、気分がよさそうだったんだけれど、急に辛そうになって」

 リサが今朝のことを話すと、ディックは心配そうに顔を曇らせた。

「そっか。あいつあんまり辛くても辛いって言わないからさ。余計心配になるんだよ」

「そうね。何かと我慢するくせがついているのかしらね。赤ちゃんが生まれたらもっと大変になるんだから、ディックはちゃんとフォリスのこと、見てあげないといけないわね」

「おう。任せとけ。ちょっとフォリスの顔を見てくる」

 どんと胸を叩き、勢いがよすぎたのか。軽く咳き込んだディックを、リサは苦笑しながら見送った。
 あとは部屋の掃除をするというリサと別れ、ルカは厨房に向かった。
 そろそろアントンが夕食の仕込みを始める時間だ。
 しかし厨房をのぞくとアントンの姿はなく、代わりにラウが木苺の籠を抱えたまま佇んでいた。

「あれ? アントンは?」

「ああ、ルカ。やっと来た」

 ラウは木苺の籠を作業台の端に置くとルカの手を取った。

「アントンなら林に行ったよ。今晩の食材でどうしても使いたいハーブがあるらしくってね。ついさっきだよ。ルカにも手伝ってもらいたいって。厨房に来たら連れてきてくれって頼まれたんだ」

「そうなんだ。わかった。リサに言ってくるから玄関で待ってて」

 アントンが林にハーブや木の実を拾いに行くことはよくある。ルカもよく一緒に行っていたが、ドリカがモント領内にいる間はやめていた。
 そのドリカもいなくなったことだし、アントンとラウも一緒なら大丈夫だ。
 掃除をしているリサに、アントンと林に行くことを告げ、ルカは玄関で待っていたラウのあとについて屋敷を出た。外に出る時はいつも勝手にくっついてくるポポがいなかったが、どこかお散歩にでも出ているのだろう。
 ハーブを入れるための籠を手にして、ルカはラウと共に林へ向かった。
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