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第四章

何も言いますまい

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 翌朝、朝の身支度のためにユリウスの部屋を訪れたカレルは、ユリウスのベッドで昏々と眠るルカをちらりと見て、ユリウスに物言いたげな視線を向けた。昨夜何があったのか。カレルは察しがついているのだろう。昨夜遅くに、リサにベッドのシーツを替えてもらったことも伝わっているはずだ。

「おまえの言いたいことはわかっているぞ。だがな、誰がなんと言おうと、俺は自分のしたことに後悔はしていない。責任もちゃんととるつもりだ」

 先手必勝とばかりにユリウスが先回りして言うと、カレルは長い長いため息をついた。

「私は何も言いますまい。もとより、ユリウス様が無理にルカを抱いたとは思っておりません。ルカが望んだことなのでしょう。私が危惧しておりますのは一つだけです。レガリアのことです。お忘れではありますまいな」

「無論だ」

 ルカの中のレガリアが、抱いた男のもとに移る可能性がある。そのことを忘れたわけではない。
 ユリウスは夜着の肩をはだけさせ、カレルに見せた。
 昨夜ルカを浴室できれいにして寝かせたあと、焼けるような痛みとともに左肩に雪の結晶をかたどったような青い紋章があらわれた。

「これは……」

 カレルは息をのんだ。

「恐らくレガリアがここにあるという証しなのだろうな。元々ルカには紋章がなかったので、同じものかはわからん。だが、シミオンとエメレンスの話とも合致する。これがレガリアの紋章で間違いないのだろう」

「なんと……」

 カレルはしばし言葉を失った。が、急いでユリウスにシャツを着せかけると、白いシャツに青い紋章が透けていないことを確かめた。

「服で隠れる場所でよおございました。もしこれが額にでもあれば、王家に殺してくださいと言って歩いているようなものですぞ」

 ユリウスは苦笑した。確かにカレルの言う通りだ。普段から服で隠れる場所で僥倖だった。

「このことは、リサをはじめ屋敷の者たちにも、可能な限り秘しておきましょう。よいですな、ユリウス様」

「もちろんだ。無用な心配をかけるわけにもいかんからな。だがな、レガリアがこの身に宿ったこと。俺は後悔はしておらんぞ。これでルカがライニール王から狙われる理由がなくなった。むしろよかったと思うぞ」

「これからは御身ますますご用心なさいませ。私はユリウス様のご武勇を信じておりまするが、敵は思わぬところからやってくるもの。くれぐれもお気をつけください」

「ああ、わかっている」

 ユリウスはいまだ目覚める気配のないルカを見下ろした。さらりとした手触りの髪を撫で、掛布を首元まで引き上げてやる。

「好きなだけ寝かしてやってくれ」

「かしこまりました。起きられましたら、リサに世話をさせましょう」

「頼む」

 ユリウスは残りの身支度を整えると、眠るルカを部屋に残し、外へ出た。









***









「……んっ」

 全身が泥に浸かっているように体がゆったりとしか動かない。寝心地の悪さに寝返りを打とうとして、ルカは内股に走った痛みに目を覚ました。
 何度かまたたいて目を開くと、心配そうにこちらをのぞき込むリサと目が合った。

「朝のお仕事……」

 アントンの手伝いをして朝食を食堂に運ぼうと思っていた。でも寝過ごした自覚はある。起き上がろうとするとリサに肩をおさえられた。

「もう少し横になっていなさい。いま、朝食を持ってきてあげますからね」

 リサは部屋を一旦出ていくと、湯気の立つスープとパンを持って戻ってきた。

「体は大丈夫? どこか痛いところはない?」

 リサに聞かれ、ルカは思わず掛布の上から内股に手をあてた。リサには昨夜のユリウスとのことが全部ばれているらしい。「もう血は出ていない?」と聞かれ、ルカは掛布に潜り込んで確かめた。
 すると赤い染みが敷布に広がっていた。それもかなりの量だ。

「リサ……」

 昨日のあれで中が避けて血が出ているのだろうか。半泣きになってリサに訴えると、「見せてみなさい」とリサが掛布を剥ぎ取った。敷布に広がる赤い染みに、リサはすぐに事態を察した。

「これは、破瓜の血じゃないわ。月のものよ。念の為、ノルデンに診てもらっていいかしら?」

 ルカが頷くと、リサはルカを抱き上げてソファに移し、敷布を替えるとルカの内股に布をあてがい、ノルデンを呼んできた。

「ちょっと失礼しますぞ」

 リサの見守る中ノルデンはルカの体を診察し、終えると聴診器をしまいながら頷いた。

「リサの言う通り、月のもので間違いございません。多少は破瓜の血もまじっておりましょうが、中は傷ついてはおりませんので心配いりません。ですが、ルカの体には負担が大きかったでしょうから、しばらくは安静にしているように」

「…はい」

 ルカが小さく返事を返すと、ノルデンはにこりとして部屋を出ていった。

 それからリサに抱き起こされ、朝食を食べ終えると月のものについて説明を受け、あてがう布の使い方を教えてもらった。

 結局その日は一日ベッドから出られず、モント領館から帰ってきたユリウスをベッドの上で出迎えた。

「リサに聞いたぞ。大丈夫か?」

「うん。何ともない」

「夕食は? 食べたのか?」

「まだだよ」

「ちょっと待ってろ」

 ユリウスは帰って早々またすぐに部屋を出ていくと、アントンを引き連れて戻ってきた。アントンは食事の載ったカートを押していた。ソファの前のテーブルに二人分の食事を並べると、最後にルカの好きなクッキーを添えて部屋を出ていった。

「一緒に食べよう。ルカ」

 ユリウスはルカを抱き上げ、ソファに座らせると、自分もすぐ隣に腰掛けてルカの体を支えた。

「ほら」

 スープを掬った匙を差し出され、ぱくりと口に含む。アントンのスープは優しい味がする。体中に染みわたるようなスープに、ルカはほっと息をついた。

「ほら。どんどん食べろ」

 ユリウスはルカの口に次々と食事を運んだ。その合間に自身も同じ匙で食事を口に運ぶ。差し出されるままにパクパク食べていたら、お腹が破裂しそうにいっぱいになった。

「これも食べるか?」

 最後にクッキーを差し出され、その甘い香りに思わずぱくりとユリウスの指ごとクッキーを食べた。

「俺の指は食べるなよ?」

 ユリウスはルカの口から指を出すと、残ったクッキーのかすをぺろりと舐めた。その行為が、なぜかルカに昨夜のことを思い出させ、頬が熱くなった。

「どうした? 大丈夫か?」

 すぐさま気がついたユリウスが額に手をあてがう。

「……何でもない」

 そう答えたが、ユリウスの大きな手をとると頬にくっつけた。しばらくその温かさを楽しんでいたけれど、その内物足りなくなってユリウスに抱きついた。
 ユリウスはルカを受け止めると、何も言わず髪を優しく撫ででくれた。そうしていつまでも飽きずにルカの髪や頬を撫で続けた。

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