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第一章

屋敷の使用人たち

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「なんですか?! そのボロは」

 朝の日課から戻ったユリウスを見た執事カレルの開口一番だ。あまりに予想通りの反応に、逆におかしくなる。

「まぁ、そうだな。そうなるよな」

「何をブツブツ仰っているのですか。全く。それで? その腕の中のボロは何です?」

「まぁそう怒るな。林で拾っただけだ。あまりに酷い状態だったので放っておけなくてな」

「なるほど。拾われたと。人が林に落ちていたとでも仰りますか。木の実や枯れ葉とはわけが違うんですよ」

 ユリウスは肩をすくめた。

「実際そうなのだから仕方あるまい。リサとノルデンを呼んでくれ」 

「了解いたしました。連れ帰られたのでは仕方ありません。今更放り出すわけにもまいりませんし。そのお方はひとまずこちらへ」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、カレルは一階のいくつか並ぶ部屋の一つへユリウスを誘導した。

 真っ白なシーツのはられたベッドの上掛けをはがし、ひとまずここに寝かせろとカレル。

 なんだかんだ言いながらベッドのシーツが汚れることは厭わずに寝かせろというあたり、カレルらしい。

 ユリウスは慎重にベッドに希少種を下ろした。

「急ぎリサとノルデンを呼んでまいります。しばしお待ちを」

 カレルが部屋を出ていき、少しも経たないうちに早速リサが駆け込んできた。

「ユリウス様が林で妙なものを拾われたと聞きましたが。……まぁ希少種だわ。どうして希少種が林に? それに酷い傷。可哀想に。なぜこんなボロボロなのかしら? あら大変。こうしちゃいられないわ」

 リサは問いかけておきながら誰の答えも聞くことはなく一人で完結し、また部屋を飛び出していった。

「全く」

 ため息をつきながら戻ってきたカレルは「やれやれ、朝から騒がしいことだ」と歪んだ蝶ネクタイを直す。

「……うっ…」

 ベッドの希少種が呻いて体を動かした。背中の傷を下にしたのが痛んだようだ。中途半端に体を横に向けた状態でまた動かなくなった。

 身を反転させる体力も残っていないとみえる。ユリウスは寝やすいようにと希少種の体をきっちり横に向けてやった。

「ユリウス様」

 ゆったりとした歩みで侍医のノルデンが部屋に入ってきた。白衣を着て、手には医療具の入った黒革のバッグをさげている。

「廊下でリサに会いましたが、なにやら慌てておりました。ユリウス様が林で希少種を拾われたとか。そのお方が?」

「ああ、背中と大腿に傷があるようだ。見てやってくれ」

 ノルデンがゆっくりとベッドに近づき、希少種の顔を覗き込む。脈を取り聴診器で心臓の音を確認する。

「衰弱しておりますが、命に別状はございますまい。早速手当を、と言いたいところではございますが、まずはこの埃と泥を落とすのが先決でしょう」

「ユリウス様!」

 リサが戻ってきた。両手いっぱいに清潔な布やらタオルやらを持っている。

「あら、ノルデン。どうなの? ちゃんと生きているの? ユリウス様。あの林は獣もたくさんいますわ。よく無事だったこと。ああ、そうそう、浴場の用意をしてまいりましたの」

「待て待て、リサ。そう次から次へとぽんぽん喋るでない」

 カレルがたしなめる。

「そんな悠長に構えていないで早くしましょうよ。さぁユリウス様。この方を浴場に運んでくださいませ。あなたはシーツを清潔なものに変えておいてちょうだい。ああ、それからノルデンも一緒に来て。容態が変わったらすぐに対処してちょうだい」

 これでは誰がこの屋敷の主人かわかったものではない。完全に尻に敷かれた男三人。ノルデンは「はいはい」と応じ、ユリウスもいつものことなので気にはしない。

 唯一リサの夫でもあり、屋敷の雑事一切を取り仕切る長でもあるカレルだけは顔に渋面を作る。
 
「ユリウス様。私がお運びいたします」

 せめてもと主に代わってカレルが希少種に手を伸ばせば、リサにぴしゃりと遮られる。

「ユリウス様はすでに汚れておいでです。これ以上洗濯物を増やすこともないでしょう?」

 伯爵家の屋敷とはいえここは王都から離れた辺境。使用人の数も限られている。無駄な仕事は増やすべきではない。

 カレルは希少種に伸ばした手をすごすごと引っ込めた。

 






 浴場には湯気が立ち込め、体を冷やすことのないよう暖められていた。リサはユリウスの屋敷の家事全般を一手に引き受けている。口うるさいが、気遣いの行き届いた仕事をする。

「そこへお願いいたします」

 リサは用意した籐椅子に希少種を座らせるよう言った。ユリウスは首を振った。

「いや、このまま俺が抱いているから洗ってやってくれ。背中を怪我している。椅子は痛いだろう」

「承知いたしました。ではちょっと失礼いたしますわよ」

 リサは希少種のまとっている衣を脱がせた。
 このまま抱いているとは言ったものの、意識のない女の体を勝手に見るのはいかがなものか。

 ユリウスが慌てて目を瞑ると、服を脱がせたリサが「まぁ……」と声を上げた。

「女の子、でしたのね? 私てっきり男の子かと。それとも両性なのかしら? どうなの? ノルデン」

 一緒についてきていたノルデンが、希少種の体を確かめ、「これは…」と首をひねった。

「おそらく性別は女でしょうな。陰茎がありませんから。男でも両性でもないのは確かでしょう。私も希少種を診たのは数えるほどしかないので、はっきりとは申せませんが。うーん。しかし幼女というほど幼くない希少種で、これほど身体的特徴のない者も、初めて見ました。よほど栄養状態が悪かったのでしょうな。ちょっと失礼」

 ノルデンは背中と大腿の傷を確かめた。

「背中と大腿の傷は、鞭によるものですな。これだけ皮膚が裂けていれば、相当痛むでしょうな」

「可哀想に。いま、きれいにして差し上げますからね」

 ユリウスは目を閉じているから見えないが、リサは湯を含ませたタオルで拭いているのだろう。浴槽にためた湯をすくう音がする。

「意識がなくて良かったかもしれません。傷に湯が染みて、痛くてたまらないでしょうから。ユリウス様。首を支えていてください」

 ここですと目を瞑ったままのユリウスの手をリサが誘導する。折れそうに細い首と後頭部とを片手で支える。

 次はおそらく髪を洗っているのだろう。リサは何度か湯を変えた。かなり汚れていたので、一度では洗いきらなかったと思われる。体力の消耗を考え、リサが手早く洗い上げる。

「………うっ」

 意識が少し浮上したのか。腕の中の希少種が呻いた。傷口にかかる湯が痛かったのか。

「まぁ。目が開きましたわ。ユリウス様」

 リサが驚いたように言った。






 

 
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