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第2章「あかんのや、平和を夢見ちゃ、あかんのや」
第12話 世界が平和になるための計画と作戦について話してみる
しおりを挟む七は牢を指さした。
「ええか、余計な口を挟まず黙って聴くんやで」
「努力するよ」
牢は相変わらずの表情であった。
七は顔も体も正面に向けた。
目を閉じている。
そのまま、喋り始めた。
「まず、改めて目的を明確にしておく。
うちらが目指すのは、世界平和や。
世界が平和になること。
これが目標であり、活動の目的。
ここで言う世界っちゅうのは、人類が住む世界のことや。
人類が共有、共存しとる世界のことや。
『世界』と『平和』という言葉の定義は、あえて、詳しく決めん。
要は、人類にとっての平和が、ここで言う、世界の平和っちゅう話や
他の、動物やら植物やら昆虫やら、星々やら宇宙の話は、いったんよそに置いとかしてもらう。
うちらが人類である以上、まずは人類にとっての平和を目指そう、っちゅう提案や。
人類にとっての平和やから、人類全員で目指さなアカンと思うとる。
今、ここにおる人間が全員、世界を平和にしよう!と叫んだって、世界は平和にならんやろ。
人類にとっての平和やねんから、人類全員で目指さな、実現は困難やねん。
当たり前の話や。
そして、現時点では、人類全員で世界平和を目指そうっちゅうのは、実現不可能と思えるほどに困難や。
不可能とは言わんよ。
絶対に。
言いたないねん。
ほんまに不可能になってまうから。
ただ、不可能とは言わんけど、とんでもなく困難であることは、認める。
理由は色々や。
それどころやないって考えざるをえない状況の人が大勢いるのは知っとる。
今も、どこかで、悲しみ、苦しみ、憎しみ、痛み、辛いことに耐えながら、どうにか死なずに生きとる人が、たくさんおることはわかっとる。
そんな人たちが、世界や、人類が、平和を目指すべきとかどうとか、考えることが難しい状況にあることは、うちも理解できる。
うちかて、悲しいことや、辛いことがあったら、人類の平和とか、考えられへん。
それどころやないって思うもん。
せやけど、今の、うちは、ちゃう。
有難いことに、辛いことも、苦しいことも、まぁ、無いかどうかはよくわからんけど、とりあえず皆の前で話をできとる。
だから、さっきは、人類全員で、って話したけど、全員じゃなくても、ええと思っとる。
ひとまず、世界を平和にしたい!って、考えることができて、行動できる人たちで、目指せばええと思うんや。
今、辛くて苦しくて他のことは考えられない、何もできない、って人に、強制も強要もできんよ。
できんし、せん。
まず、やれる人らで、やったらええねん」
そう言うと七は、目を見開き、教室にいる面々、それぞれと目を合わせた。
「ここに集まってる皆のことや。
ここにいてくれて、うちの話を聴いてくれてる、皆と一緒に世界平和を目指したい。
でも、これで全員やとは思っとらん。
世界が平和になった方がいいと思っとる人間がうちらだけだとは思えん。
たぶん、まだまだ、この世には、うちらと同じで、世界が平和になった方がええと思っとる人たちがおるはずや。
だから、まずは、その人たちを集めたいねん。
世界が平和になった方がええと思っとる人たちを集めんねん。
どれくらいいるか、まったくわからん。
テレビの番組とか、ネットの有名人とか、やってくれたらええねんけどな。
うちが何を言うより影響力あるし、有名やねんから。
ほんまはやって欲しいよ。
『世界が平和になった方がいいと思う人は、どれくらいいますか?』ってな。
そんなんせんよな。
誰も。
やってくれたらええねんけど、誰もやってくれんから、うちらでやろう。
でも、うちらは有名でもないし、影響力もないから、時間は掛かる。
時間は掛かるけど、しゃーない。
そんなん言ってたら何も始まらん。
とりあえず、やろう。
で、や。
さっきもちょっと話したけど、架空のキャラ作って、ネット上で活動させんねん。
何をさすかは、皆で話して決めればええと思うし、別に一人にこだわる必要もないし。
架空の存在やねんから、何人でも作れるよな。
おるやろ、実際。
ネットの動画サイトで活動してるキャラ。
本名じゃない匿名や。
実際に顔を出さず、CGでキャラを作って動かして、声は人間が付けたりしてな。
音声合成ソフトを使ってもええやろ。
ほいで、そのキャラで色々やって、人を集めて、有名になんねん。
有名になったら、色んな人に話を聴いてもらえるようになるからな。
とにかく、大勢の人に話を聴いてもらえるような状況を作んねん。
大勢っちゅうても、あれやで。
世界や人類の話をしたいわけやから、全世界の、全人類の、大勢やで。
今やと、70億人くらいか?
このクラスが40人くらいやったから、2倍にして、1億倍にしたら、ちょっと多いくらいか。
いや、ちょっとちゃうけど、まぁ、よくわからん。
よくわからんけど、世界の平和を目指すっちゅうことは、それくらいの人たちの協力が必要やねん。
いや、協力、ちゅうのも違うか。
助けを求めるわけやない。
一緒に頑張ろうやって話やね。
まぁ、言語の問題もあるし、どこかで人任せになる部分もあるわけやけど、それは後の話や。
キャラを作ったり、有名になるよう活動するのは、徐々にでええねん。
そんな簡単に、話が上手くいくとは、思っとらんよ。
とは言え、ある程度、人を集められるようになったら、意見を募りたい。
ネット使った投票でもアンケートでもええし、動画を作って、そこにコメントしてもらってもええな。
ただ、聴き方はちょっと工夫が必要やと思ってて。
っていうのも、普通に『世界が平和になった方がいいと思う人、集まれ!』とか言っても、人は集まらんと思う。
『世界平和について、思ってることを書いてくれ!』って言っても、そんなに書いてもらえんような気がする。
なんか、そういう風潮があんねん。
あると思うねん。
例えば街中で、『世界平和を目指しましょう!』って叫んどるオッサンがおっても、基本、皆、無視するやろ?
『やべ―ヤツおるやん』ってなんねん。
『素晴らしい!ともに目指しましょう』言うて、握手を求めたりせんやろ?
そいつも一緒に『やべーヤツ』扱いされるのが関の山や。
なんか、世界平和って口にすると、変なヤツって思われるような、空気になんのよな」
誓が、力強くウンウンと二度頷いた。
その誓の様子を観た七も、力強くゆっくりと一度頷いた。
二人とも、眉間にしわを寄せ不愉快そうな顔をしていた。
視線を合わせ、タイミングを合わせ、改めて二人で同時に頷いた。
「せやから、考えたんや。
強制的に、嫌でも選択してもらわなアカンような状況を作りたいと思うとる。
平和側だけやなく、反対側の考えも、選択肢として用意して、意見を募る。
例えば、平和の反対やから、衰退とか、絶滅とか、そんな感じやね。
支配っちゅうのも考えたけど、例え支配されていても平和と思えるのであれば、ええような気もしとる。
そこは、わからん。
今、支配されとる気はせんし、仮に支配されとるとしても、世界が平和だとは思えんからな。
まぁ、その話はええか。
要は、世界、人類は、『平和を目指すべきか』『絶滅すべきか』という二択を選んでもらう、っちゅうことや。
平和って言葉で伝わりにくそうなら、繁栄って言葉でもええかもしれん。
平和か、滅亡か。
繁栄か、衰退か。
皆が嬉しいか、皆が悲しいか。
どっちがええ?
ってことや。
難しい質問ちゃう。
簡単や。
そりゃ、誰がどう考えたって、絶滅より平和のがええと思うはずや。
少なくとも、うちはそう思うし、ここにいる皆も、気持ちは同じはずや。
せやけど、現実問題、世界中で、毎日、寿命以外でたくさんの人が死んどる。
平和ちゃうよな。
人類全員が、ホンマに平和の方がええって思っとるのであれば、もっとええ毎日が過ごせるはずちゃうんかな。
人類全員が、真剣に、人類は平和になるべきと考えてるなら、皆が皆、そういう行動をするんちゃうかな。
現状を鑑みるに、たぶん、ちゃうねん。
人類のほとんどは、そういう風には考えとらん。
ほとんどの人は、人類は平和を目指すべきとか、考えてないねん。
かと言って、人類は絶滅したらええとか、考えてるっちゅうことでもないと思うねん。
どっちも、考えとらんと思うんや。
自分のこととか、家族のこととか、周囲の人間のことは考えとると思うよ。
自分が所属する組織のこととか、自分の国のこととかな。
でも、世界のこととか、人類のことを、真面目に考えとる人って、そんなにおらんような気がすんねん。
良い、悪い、の話ちゃうで。
それが異常やとか、変やって言いたいわけちゃうねん。
今、現在は、『人類は平和を目指すべき』とか、『人類は絶滅すべき』とか、考えないで生きることが、人類にとっての『当たり前』やねん。
もちろん、異論は認めるで。
今日、集まってくれている、うちの話を聴いてくれている皆にとっての『当たり前』やとは思わん。
当たり前。
普通とか、常識とか、一般的やとか、そういうもんやとか、色んな言い方するよな。
共通認識、あるいは共有認識とも呼べるかな。
でも、じゃあ、具体的に、それなんやねん、て聴いても、誰も明確な回答はでけへんよな。
誰でも知ってて当然とか、何でそんなこともわからないのかとか、知らず知らず、そんな風に考えることがある。
例えばの話や。
学校で、全生徒を集めて、朝会をやるとしようや。
校長が、全生徒に対して、同じタイミングで同じ話を同時にしたなら、皆が知っとる話になるから、まぁわかるわな。
校長の話は、全員が知ってて当然の『当たり前の話』になるんや。
まぁ、『当たり前』の全部がそんなわかりやすい話でもないし、別にええか。
とりあえず、や。
まずは、ショー・ザ・フラッグ。
要は、今、現在の、人類にとっての『当たり前』が、どっちなのか、確認しよう、っちゅう話や。
『平和』か『絶滅』か。
二つに一つ。
『今のまま』は無しや。
『わからない』とか『今は考えられない』とかなら『保留』でええと思う。
慌てて決めんでもええし、変更するのもアリでええと思う。
せやけど、まずは、どちらを選択するか、示して欲しいねん。
でな。
あえて言わんかったけど、不公平やから言うておく。
世の中には、人類は絶滅すべき、人類は滅ぶべき、世界は滅亡すべき、そう考えてる人もいるかもしれん。
だったら何で生きてんねん、って、言いたなるけど、本気で人類を滅ぼそうと考えてるなら、おいそれと死ぬわけにいかんもんな。
本気で世界の滅亡を目指しとる奴なら、人類最後の一人になってから死ぬんやろな。
うちには理解でけへんけど、いてもおかしないと思っとる。
せやから、『平和』か『絶滅』かと選択を迫った場合、『絶滅』を選ぶ人間がいても、不思議やないと思う。
そういう奴が馬鹿正直に答えるかどうかは知らんけどな。
まぁ、理解できん奴のことは、別にええ。
さっきも言ったけど、考えるだけなら自由や。
本気で『世界の滅亡』の実現を目指すなら、うちらにとっては明らかな敵となるわけやけど、現状は、おるかどうかもわからん存在や。
そんな幽霊みたいな奴のことを気にしてもしゃーない。
いや、別に幽霊が人類を滅ぼそうとしとるとか、そういうことを言いたいわけちゃうで。
幽霊にも良い幽霊と悪い幽霊がおるやろうし。
そもそも、幽霊とは何ぞや、という話や。
頭ん中の思考が、脳みその脳波によるものやとしたら、強い思念が電波のようなかたちで残っていて、それを感じることができる体質の人が霊感が強いと言われたり、死に際の強い念、つまり怨念という名の脳波が残っとる場所が心霊スポットになったりすると思っとるんやけど…。
あぁ、アカン。
関係ない話になっとる。
この話は、また別の機会にしよう。
理解できんもんを考えてもキリがない。
平和を願うのも、滅亡を願うのも、それぞれ自由、ちゅう話や。
ただ、うちらは世界の平和を、人類の繁栄を目指す。
そのために、全人類に対し、アンケートを実施する。
アンケートとは、質問調査のことや。
何を質問するか。
人類が目指すのは、『平和』か『絶滅』か、質問する。
どちらがどれくらいいるか、調査をする。
その結果として、人類は、世界の平和について、意識を共有することになる。
要は、同じように考えている人がどれくらいいるのかを明確にしよう、っちゅう話や。
アンケート言うても、別に、何でやったってええねん。
要は、大勢の人間から、回答を得ることができれば、それでええねん。
とりあえず、さっきの話や。
うちらで架空の匿名キャラをネット上に作って、そいつに募集させる。
何人くらい人を集められるかにもよるけど、最初から上手くいくのは難しいと思う。
せやから、ダメやったら、ネット上の有名人に、片っ端から声を掛ける。
人類が『平和』か『滅亡』か、どちらを目指すべきかアンケートしてくれませんか?
ってな。
声を掛けて、無視した奴は、晒す。
応えてくれないということは、この人は人類が滅べばいいと思ってるかもしれません、って叩く。
だって、ファンに対し、『平和』か『滅亡』か訊ねるくらい、簡単やろ。
簡単やし、何か都合が悪いことでもあるのか?
って話や。
うちらは後発組やし、集められる人数も、影響力も、今の活躍しとる有名人に比べたら、間違いなく小さいよ。
せやから、ある意味、無視されて当然という考えもできる。
逆に言えば、反応してもらえたら、儲けもんや。
苦労して有名になった人の力を無償で借りるわけやからね。
せやけど、うちは悪びれはせん。
人類が平和になるためなら、利用できるもんは、何でも利用するつもりや。
迷惑だと思うなら、無視してくれたらええだけの話や。
無視されても、敵だとは思わん。
『人類は滅びるべきと考えてるから、協力はできないよ』とか言われん限り、敵やとは判断せん。
いきなり知らん奴から『平和か滅亡か、どちらを選ぶかアンケートして欲しい』って言われても、『なんやコイツ』ってなってもしゃーない。
そらそうやで。
それを理解したうえで。
片っ端から有名人に声を掛けて、アンケートをして欲しいと頼む。
ただし、断ったり、無視したら、名前を、晒す」
牢が右の手を挙げた。
いつものニヤけ顔ではなく、声を出して笑っている。
七は何も言わず、手のひらを上にし、牢に向かって右手を差し出した。
どうぞ、喋ってください、というポーズだった。
「ほんと面白いな」
「別に何もおもろないよ」
「まぁ、面白いかどうかはさておき。協力を得られなかったからと言って、晒すような行為は逆に叩かれる要因になると思うんだが」
牢は、至極まっとうな意見を七に伝えた。
「こっちは平和を目指すべく活動しとんのや。協力してくれへんってことは、人類は滅ぶべきって考えてる奴や、という論調で攻められるやろ。そしたら、協力せざるを得んような状況を作れるやん」
「言いたいことはわかるけど、それを前提としてるなら、脅迫になりかねない気がするし、平和を目指すのはこっちの都合だ。相手方にも自分たちの都合を優先する自由はあるだろ」
「せやけど、」
「強制も強要も、しないんじゃなかったのか?」
「ぐっ…」
「『徐々にでもいい』とも言ってたな。少しでも早く平和を実現したい、そのためなら何でも利用する、という気持ちは理解した。だが、慌てたから、焦ったからといって、状況が良くなったケースは聞いたことがない」
「…せやな。ちょっと、一息入れさせてもらうわ」
「そうしろよ。皆も、ずっと話を聴いて疲れてるんじゃないか?」
七は、自分が話をするのに夢中になっていたことに気付いた。
七「そうか、ごめん。話をするのに夢中になっていたことに気付かんかった」
運子「大丈夫だよ」
誓「うん、私は疲れてないよ、むしろ面白かった!」
米助「つーか、話がデカすぎて面食らった」
億獣「まぁ、話の内容を考えたら、話が大きくなるのは自然なことだけどさ」
米助「だとしてもヤバい、想像を絶する」
誓「だから面白いんじゃない!わくわくしてきたよ」
運子「ね」
誓「でも、無理やり何かをさせるのは良くないと思うよ」
運子「うん」
七「あぁ…。あはは、ごめん。気を付けるわ」
牢「ただ、有名人を利用するっていう考えは悪くない」
命「言い方」
牢「おぅ…。有名人に、協力してもらう、だな」
運子「うん、その方がいいと思う」
米助「でもさ、やっぱり協力じゃなくて、自主的にやってもらいたいもんだよな」
億獣「だね」
米助「むしろ、協力はしてもらわない方がいいと思う」
誓「そうなの?」
米助「協力してくれるのはいいんだけど、別に、俺たちだけの話じゃないだろ?」
億獣「米ちゃんが言いたいのは、僕たちに対する協力じゃなくて、自分の意志で行動して欲しい、ってことかな」
米助「そうそう、さすが億獣」
牢「そのためにも、こういう考えがあるんだっていうことを、広く知らしめるために、架空の有名人キャラを作る必要がある、っていう話だよな、秋葉」
七「仰る通りや」
七はペットボトルを口に運んだ。
透明のペットボトルに、透明の液体が入っている。
水。
硬水である。
海外で採取された、天然の湧き水だった。
「そしたら、話を続けてもええかな?」
一同は、了承する意味を込めて頷いた。
「さて、どこまで話したかな。
有名人に対して、炎上さすぞって脅して、無理やりアンケートを取らす、っちゅう…。
そんな話は冗談やし、面白い話ちゃうから二度とせぇへん。
自主的に行動してもらえるように、うちらの考えを広く伝えられるよう頑張って有名人キャラを作ろう、って話やな。
まぁ、そういう意味やと、声を掛ける有名人は、政治家とか、社会的な役割を担ってる人がええのかもしれん。
国民からの声を、そんな簡単に無視せんやろ。
あぁ、ごめんごめん。
とりあえず、誰かに頼るのは、やめとこ。
どうしたって、期待はしてまうけどな。
チラチラ見て、気にしとこ。
それに、いくら有名人かて、基本的には個人や。
ホンマのことを言うと、考えを広く伝えるのに、打ってつけの存在があるから、そこに動いてもらいたいんや。
お、牢くん。
何か言いたそうやな?」
「言って欲しいなら言うけど?」
「いや、うちが言う。
答えは、マスメディア。
いわゆる、マスコミやな。
世の中には、4大マスメディアっちゅう言葉がある。
4マス、マスコミ四媒体とも言われとる。
それが何か。
はい、牢くん、答えて」
「テレビ、ラジオ、雑誌、新聞、だな」
「正解や。
うちとしては、有名人もさることながら、4マスからも働きかけて欲しいと思っとる。
なんだかんだで、4マスの影響力はデカいんや。
特にテレビはわかりやすい。
例えば、視聴率1%の番組があるとするやん?
なんとなく、視聴率1%って聞いたら、ショボ、って思わん?
でも、国民1億人の1%って、何人や?
100万人や。
ネットで100万人を集めるのって、ヤバない?
とんでもないやん。
でも、テレビの世界やと、100万人だと、ショボいような気がしてまうねん。
不思議な話や。
2%でも200万人やで。
10%やったら、1000万人や。
滅茶苦茶やん。
そんな人数、ネットで集めたら、それだけで伝説やん。
でも、テレビにとっては、それが当たり前やねん。
若者のテレビ離れとか言われとるけど、視聴率10%くらいなら、別に、今でも珍しくないやろ?
そんだけ、テレビって影響力がデカいねん。
めっちゃデカい数の人間に対して情報を伝えられんねん。
もちろん、うちが今、喋ってるのは数字だけの話や。
それだけで物事を語ることはできん。
テレビとネットでは、意味も質も違うと思うしな。
まぁ、細かい話は、今はええねん。
ただ、事実として、数字っちゅうのは、バカにできん、って話や。
マスメディアに取り上げられることで、目標に大きく近づくことは間違いない」
「目標って?」
「それやねん」
牢が訊ねた途端、七は間髪入れずに応えた。
思うところがあるのか、悩ましい表情をしている。
「うちらの目標は、世界平和や。
それは変わらん。
せやけど、じゃあ、世界平和って何なん?
っちゅう話になるんや。
目指すべきところではあるんやけど、具体的にどういう状況やとか、どういう条件やとか、何を達成したら世界平和って言っていいとか、わからんねん。
たぶん、今まで、一回も、世界が平和になったことって無いしな。
それと、マスコミや、多くの有名人が、『平和か滅亡かのアンケート』を実施したとしても、それだけで世界が平和になったとは言えんやろ。
アンケートは、あくまで手段であって、目的ではない。
うん。
とは言え、アンケート、つまり質問調査が大々的に実施されることが、人類が平和を目指すにあたって、大きな一歩になることは間違いない。
うちは、そう確信しとる。
世界が平和になるべきか、滅亡すべきか。
人類は繁栄すべきか、衰退すべきか。
多くの人が、そういうことを考えることが、当たり前になれば、それはつまり、常識が変わる、っちゅうことや。
常識が変われば、意識も変わる。
意識が変われば、行動も変わる。
行動が変われば、状況も変わる。
そして、状況が変わった後の、その結果は、人類にとって、前向きなものであると、うちは、信じたい」
そう言うと七は目を閉じ、右手を胸に当てた。
感情が無いような表情をしている。
どこか苦しそうでもある。
「なるほどね」
退屈そうな表情をした牢が声を発した。
「信じたいけど、信じるだけの自信がない、ってとこか?」
いつものニヤけ面は表情に無い。
その目は虚空を見つめている。
牢の言葉に対し、七は返事も反応もしなかった。
「たしかに、ここまでの話から考えられることとして、懸念材料が、大きく分けて、二つあるな。
秋葉が心配しているだろう、という話だ」
相変わらず黙ったままの七を観て、牢は言葉を続けた。
「一つは、
世界平和という、人類における未踏の快挙を達成すべく声が上がった時に、
『人類が平和を目指すこと』が当たり前ではない現状においては、
有名人やマスコミはおろか、他の誰からも、反応を得られない可能性があること。
もう一つは、
一つ目の懸念が杞憂に終わって、多くの反応があり、アンケートが大々的に実施された結果、
平和や繁栄ではなく、滅亡や衰退を選択する人間が多数派となること。
あるいは、少数派だとしても、滅亡や衰退を望む人間が数値として表面化され、
平和や繁栄を目指す俺たちにとっての明確な敵を生み出してしまう可能性があること。
そして、そいつらを含む『世界、人類が平和になると都合が悪い連中』から、
命を狙われるようになるリスクが増大すること。
そんな感じか」
「別に心配なんかしてへんわ」
七は吐き捨てるように言った。
「牢君が言ったことも想定済みや。
長い話をまとめてくれて、ありがとう。
うちはただ、腹が立つのを我慢してただけや」
そう言うと、ペットボトルに入った水を口に運んだ。
そして話を続けた。
「うちらがこれから何かをやっても、一切の反応が無いという結果になる可能性はある。
むしろ、世界が平和になるように何かしようと声を上げたところで、反応があるとは思えん。
正直、この世界に生きる人間、人類に、大した期待はしてへん。
もちろん、ここにいる皆は別やで。
ただ、これは想定済みというより、経験済み、という話やねん。
昔の話やし、話すつもりもないねんけどな。
まぁ、それは別にええんや。
命を狙われるリスクが増えること、それもええねん。
ホンマのこと言うたらええわけないんやけど、仮に、ガチンコで命が狙われるような事態になったとせえや。
それはつまり、世界平和が現実に、実現する可能性が高くなってることの証明になるやん。
それやったら、うちは別にかめへん。
ガチで平和を実現しようとしたら、平和になるんが都合が悪い連中は、遅かれ早かれ邪魔してくるやろ。
どっちにしたって同じことや。
それやったら、やられる前にやったるわ、って話や。
先に仕掛けたる。
邪魔したいんやったら、好きにせえや。
ただじゃ死なんで」
怒気を含んだ声だった。
人殺しのような目つきをしていた。
七の言葉の影響か、教室内には緊張感が満ちていた。
皆、何かを言いたそうな表情をしていたが、七が言葉を続けるのを待った。
挙手する生徒が一人。
祖谷納屋牢である。
七は、牢に向かって右手を差し出す。
「じゃあ、そろそろ『計画』と『作戦』について聴きたいんだが」
「あ、せやった」
間の抜けた声であった。
「いや、すまんなぁ、つい話が横道にズレるのは悪いクセやって認識しとるんやけども」
その七の声で教室内に張りつめていた空気は雲散した。
いつもの七の表情に戻っていた。
他の皆もホッとしたように胸をなでおろした。
「えっとな」
そう言うと、七は胸の前で「パン」と一つ柏手を打った。
満面の笑みを浮かべて話を続けた。
「まず『計画』は『人類成長計画』や。
要は、人類全員に成長してもらおうっちゅう計画やね。
ほいで、『作戦』は『世界同時多発笑い作戦』や。
要は、人類全員で同時に笑おうっちゅう作戦やね」
七は、ニコニコと笑っていた。
皆は、またもや何かを言いたそうな顔をしていた。
牢は、人殺しのような目つきになっていた。
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