錬金魔導師、魔法少女を奴隷調教する

濡れ雑巾と絞りカス

文字の大きさ
上 下
118 / 135
第3章

テンネブリス ―陵辱フリーフォール(2)―

しおりを挟む
「それと、はるかさん」

 もう喋らないという意思表示を破られ、しかたなく目を開ける。「珍しい」が続いたからだ。普段であれば、岩見はそう何度もレールを外さない。

「ちょっとしたお願いなんですけど、いいですか」

 けれど、ミラーに映る岩見の表情はいつもどおりのものだった。その調子で淡々と時東に告げてよこす。

「しばらく行くのやめてください。その、はるかさんがお邪魔してる食堂」
「なんで?」

 笑顔が剥がれかけたことを自覚したまま、問いかける。なんでそんなことを言われないといけないのか、まったく意味がわからなかった。

「ご存じないならご存知ないでいいと思うんですけどね。はるかさんの責任ではないですし。ただ、揉めるとちょっとよろしくないので。このご時世、ネット発信の情報は怖いですから。炎上、拡散」
「いや、だから、岩見ちゃん。話が見えないんだけど」
「まぁ、大炎上してるのは、はるかさんの自称ファンのほうなんですけどね。食堂はとばっちりというか、気の毒がられているというか」
「だから!」

 読めない話に声を尖らせると、岩見が瞳を瞬かせた。

「あれ、珍しいですね。はるかさんが声を荒げるの」
「……岩見ちゃんが、まどろっこしい言い方するからでしょ」
「はるかさん、エゴサしないですもんね。いや、しないほうがいいと思うんで、それはいいんですけど」

 あくまでものんびりとした口調を崩さない岩見に、しびれを切らしてスマートフォンを手に取る。
 自分の名前で検索はしない、と。随分前から時東は決めている。
 見たくないものを見てメンタルを崩すなんて馬鹿らしいし、なにを撮られようとも、なにを書かれようとも、どうでもいいと思っていたからだ。

「はるかさんの名前とその食堂の名前で検索したら、引っかかるんじゃないですかね。まぁ、はるかさんは本当に悪くないと思いますけど。知らないってことは、お相手もはるかさんに物申すつもりはないんでしょうし」

 事務所に守られた、手の届かない芸能人の時東はるかには、影響はない。だから、どうでもいいと傲慢に思っていた。でも。
 なにが嘘でなにが本当なのかもわからない、文字と画像の羅列。ただひとつはっきりとしていることは迷惑をかけたということだった。
 じっと画面を見つめたまま、時東は小さく息を吐いた。

 ――怒ってる、かな。それとも、悲しんでるかな。

 けれど、悲しんでいるという表現は、自分の知る彼と合わないな。そう思い直した直後、いつかの夜に見た静かな横顔を思い出した。ぐっと胸が詰まる。
 そうやって、ひとりですべてをなかったことにするのだろうか。それとも、彼の傍にいる幼馴染みが彼を癒すのだろうか。

 逢いたい、と思った。謝罪を告げたい気持ちも、罪悪感ももちろんある。だが、逢いたいという欲求のほうが強かった。こんなふうだから、自分は駄目なのだ。声にならない声で笑う。
 いつも、いつも。自分のことばかりで余裕がない。五年をかけて、大人になったふりで、余裕があるように見せかけることはうまくなった。けれど、それだけだ。根本的なところは、きっとなにも変わっていない。

 ――俺はおまえが嫌いだ。もう無理だ。だから勝手にしろよ。勝手に一人でやってくれ。俺も美波も、おまえと一緒にやっていけない。

 あの当時の記憶と一緒に封印した声が、数年ぶりに鼓膜の内側から響いた。スマートフォンを閉じて、顔を上げる。

「南さん、俺の連絡先、知らないもん」
「あ、そうなんですか」
「俺も知らない」
「えぇ? 合鍵持っていて、お家に置いてもらっていて、連絡先なにも知らないんですか? ラインとか……、知らなそうですね、すみません」

 勝手に納得して謝ったものの、岩見の声は笑っている。

「なんか、いつものはるかさんで安心しました。なにをそんなにその食堂に肩入れしてるのかなって、ちょっと不安だったんですけど。いつもどおりでしたね」

 いつもどおり。普段だったらなにも思わないそれに、妙にカチンときてしまった。

「いつもの俺って、なに?」

 いつもどおり。笑顔で遠ざけて、壁を作って、特定の誰とも親しくせず、誰とも連絡先を交換せず、だから、行き詰っても、相談できる誰かもいない。
 自分のせいで迷惑をかけただろう相手にさえ、ドライな距離を保ち続ける。それがいつもどおりの時東はるか、か。

「はるかさん」

 宥める呼びかけに、時東は我に返った。どうかしているのは、今の自分だ。いつもどおりを貫けなくなろうとしている。

「僕の発言が気に障ったのなら謝りますけど。予定キャンセルとか、無理なこと言い出さないでくださいね」

 そんなことはできるわけがないと承知している。意識して、時東は深く息を吐いた。そうしてから、にこりとほほえむ。

「言うわけないって。今日は夜まで生放送。明日も朝から収録二本。それに、どう考えても、俺が今押しかけたほうが迷惑でしょ。岩見ちゃんが言ったとおり」
「ですよね。うん、そう思います」
「落ち着いたころに菓子折りでも持っていこうかな。いらないって言われちゃいそうだけど」

 岩見のほっとした相槌に軽口を返し、時東はもう一度目を閉じた。いつもどおり。自分は、南の家にいるときも、いつもどおりなのだろうか。
 安らぐ。落ち着く。安心できる。実家のことを評しているような感想だ。だが、そうなのだ。あの場所が、自分は好きだ。あの人のいる、あの場所が。どうしようもなく好きになってしまっている。
 否定して、否定して、有り得ないと嘲って、けれど、すとんと染み入ってしまうのだ。
 もうすでに身体の一部になったみたいだ。あの人は、間違いなく、自分の中の特別な枠組みに入っている。
 それがどういった枠組みなのかは、わからないけれど。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...