加護なし少年の魔王譚

ジャック

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第9話 旅立ち

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ミオ達が旅立ってとうとう8年が経過した。

「もう…8年か……」

月日とは早いものでゼノンはもう15歳になっていた。その姿あの頃のような子供のような姿ではなく、大人の風貌になっていた。その身長はすでにリル、そしてアズレを越していた。

あれからもトレーニングを欠かすことは無かった。しかし、実戦はあまり多いとは言えなかった。行動範囲が森の中までと制限されていたこともあり、動物はともかく魔物との争いはあまり多くはなかった。それでも100近くの魔物を討伐することは出来た。

「ゼノンー!用意は出来たのー?」

「準備万端だよー!リル先生!直ぐにそっちに行くよー」

そう返事してゼノンは自分の部屋から出る。ゼノンが持っている皮袋には植物の種や軽量の食料と大量の水があった。もちろん水はソツ芋対策である!

「ゼノンにぃ…。本当に行くの?」「ゼノン…行っちまうのか?」

外に出るとそこに居たのは大きくなったソティーとマクスだった。ソティーは元からゼノンを慕っていたが、マクスも7年前のイノシシとの戦闘の後ゼノンを慕うようになっていた。

「あぁ。お前らの"お姉ちゃん""お兄ちゃん"にちょっと挨拶しなくちゃならないんだよ」

「ゼノンにぃ……」

ゼノンが本当に行ってしまうんだと思い、しょぼくれてしまうソティー。いつも遊んでくれた兄が急にどこかへ行ってしまうのが寂しくて仕方がなかった。それはマクスも同じだった。

「大丈夫だって!絶対に帰ってくるから!」

ゼノンは2人のその様子から察し、2人の頭を乱暴に撫でる。

「何かあったら絶対に俺が助けてやるからそう心配そうな顔をするな!」

これは安心させるための文句でもない。これは誓いでゼノンの中での確定事項である。そのために8年修行を積み重ねてきたのだ。

今では血液魔法も使えるようになっていた。

そして8年血反吐を吐きながら鍛えた末の現在のゼノンのステータスがこれである。

ゼノン
レベル65
加護 無し
魔法  成長魔法
セカンド  血液魔法

筋力      631
耐性      547
速度      691
精神      702
魔力      1042/1042
ステータスポイント:0

ゼノンが見た夢は何年後のことなのか…正確にはゼノン自信にも分からない。少なくとも夢で見たソティーはもっと大きかった。…色々な場所が…。

ここからゼノンの見立てでは2年はあるかな…と思っている。とんでもない観察眼である。もちろんこれは予想なので当てにしている訳では無いが。

8年…色々な夢を見てきたがどれも結果だけで原因のようなものは何一つ分からない。それだけでなく、夢というものは曖昧で毎回はっきりと記憶に残っている訳では無いし、時系列もバラバラ故に正確な情報というものは何一つ分からない。

加えて「夢」というなんとも不確定要素な情報だけに信用がない。あの夢が現実に怒ることなのかも怪しい。まぁ、あの悪夢ゆめが起こらないならゼノンには願ったり叶ったりだが。

だからこそゼノンはソツ村から旅立つことを決めた。…8年前のミオたちのように。ここにいたままでは守れるものも守れない…そう判断したのだ。現実を確かめるためにも。

「しょうがない!兄から弟妹おまえらにプレゼントをやろう!」

そうやってゼノンが取り出したのはペンダントだった。中にはソツ芋の絵が見える。ソティーの中にはソツ芋ソテーが、マクスの中にはソツ芋の丸焼きが映っている。ちなみにゼノンは自分の分も作っていてゼノンの中には葡萄が映っている。何故か自分だけソツ芋ではなかった。

「ゼノンにぃ…、これは?」

「よくぞ聞いてくれた!それは俺が作ったペンダントだ!作り方は秘密だが、これを俺だと思ってくれ!」

「ゼノン…」「ゼノンにぃ…」

「「ダサい!!」」

「何!?」

ゼノンからすれば会心の出来だと思っていたものなのに弟妹達からは評価が悪いことに驚くゼノン!

「ダサーい」

「じゃあ、返せよ!」

ソティーのからかいを真に受け、今しがた自分が渡したペンダントへと手を伸ばす。

「やだ!」

しかしソティーはその手を避けてペンダントをゼノンから隠す。

「これはもうソティーのものだもん!ゼノンにぃには渡さな~い!」

「…そうか…なら大切にしてくれよ。ただし使ってくれなきゃ俺は悲しいぞ~。マクスもな」

「「うん!」」

「ゼノン!そろそろ時間よ~」

「「「はーい!!」」」

外からリルの声が3人の耳に届き、全員で施設の外へと出る。そこには村中の住人が集結していた。

「ゼノン!人参をもっていきなさい!」「ゼノン!うちからはソツ芋をやろう!頑張るんじゃぞ!」「ならうちからはぶどうをやろう。向こうでもしっかりな!」

「ありがとう…人参畑のおば…じゃなくてお姉ちゃん、悪さした元村長、ぶどう畑に転身したじいちゃん…」

人参畑のお姉さんは30歳前!結婚適齢期は過ぎているがつい最近まで独り身であったが、結婚したらしい。ゼノンの中ではもうおばちゃんだが、それをいえば本人から人参を突っ込まれるという残酷な刑が待っている。

「ゼノン!俺からもプレゼントだ!」

「村長…。これは!」

現在ゼノンを抜けば村で1番の狩人の村長からは2本の短剣を貰った。昔、街に行った時に大枚はたいて買ったということを自慢していた。

「持っていけ!お前にこそふさわしい!」

「ありがとうございます!」

ゼノンは受け取った短剣を腰に装備する。

「ゼノン…」「うっうっ…。ゼノンも立派になりおって……うぉぉぉ!!」

「リル先生…。アズレ先生も泣きすぎですよ」

リルとアズレがゼノンの前に出てくる。ゼノンはアズレ先生を慰める。ゼノンには悩ましい問題があった。現在ゼノンは15歳と思春期に入った。そのゼノンにとって25歳と若いリルの体を直視すること出来なくなっていた。もちろんゼノン自身は母親のつもりだとは思っているが。

「ゼノン…。私も慰めてくれないの?」

「えぇ!?えっと……その……多分すぐ帰って来ることになるんでそんな心配することは…」

「ぇーん!えーん!ゼノンが差別するー!」

「リル先生!?」

リルもそれが分かっているからゼノンをからかって遊んでいるのだ。こんなことはアルスにはしないだろう。ゼノンだからこそ遊んでいるのだ。

村中からは批難の視線がゼノンに向けられる。リル先生を見るとその顔は笑顔だった。

「よ、よしよし…。大丈夫ですよ…」

ゼノンは意を決して、リルの頭を撫でる。それはとても丁寧だった。

「…大きくなったわね…。ゼノン…」

先程までのイタズラ顔ではなく、その顔は慈愛に満ちていた。リルとアズレ…そしてゼノンが出会った時、ゼノンは赤子だった。村の近くにすてられアズレが見つけた。「ゼノン」という名前もアズレ達がつけたのだ。

(いつも…私たちの後ろに隠れていたような子がこんなに大きくなるなんて…。アルス達が旅立ってからはお兄ちゃんとして振舞いながらも腐ることなくよく頑張ったわね。泥だらけで帰ってくることに心配したけど。もう旅立つなんて…)

その目に少しずつ涙が溜まってくる。

「大丈夫ですよ…。そう遠くないうちに必ず帰ってきますお母さんせんせい

ゼノンもすぐにその様子に気づいた。普段なら体を見ることのないようにするゼノンがリルをしっかりと見る。

「あ、そうだ!プレゼントがあるんですよ!リル先生とアズレ先生、あと村長に」

そう言ってゼノンはソティーたちの時と同じようにペンダントを取り出す。

ちなみに村長のペンダントの絵は剣。アズレにはソツ芋(ポテトサラダ状態)。リルには花の絵柄が映っていた。

花の名前はカランコエ。ゼノンが育てていた花の一種類だ。ゼノンはリルの好みのソツ芋料理が思いつかず(というかこれら以外のレパートリーを知らなかった)花にした。

ちなみにだが施設の中にも似たような感じの水晶が飾られている。

「うぉぉおぉぉお!!ゼノンー!!」

アズレは感無量という感じで泣きじゃくっている。村長も「立派になって」と思い、目に涙を浮かべる。村人もその様子に涙を流すものもいた。

「これ、ゼノンがつけてくれないかしら?」

「えぇ?俺がですか?」

「せっかくゼノンから貰ったんだもの」

というわけでリルにはゼノン自らがつけることになった。リルはゼノンに背を向け、ゼノンは器用な手先でペンダントを巻く。その際真っ白な首を見ないように注意していた。

「ゼノンはアルスみたいにならないで手はかからなかったけど自分のことは気にしない子だったわ」

「アルス?」

「えぇ。あの子は私の体をジロジロ見てたわ。それに最後の時も…ね…」

ゼノンは言われるまですっかり忘れていたが、最後のアルスは相当酷かったなと今では思う。

「ゼノンは今でも私の体を見ようとせず避けるものね」

そういい、クスリと笑う。ゼノンは頬を赤くして視線をそらす。ボソリと「笑わないでくれよ…」といいながら

「アルスに会ったら何か言っておいた方がいいですか?」

「絶縁だって伝えてくれるかしら?ミオにはいつでも帰っておいで、と」

「承りました!それとはい!出来ましたよ!」

ビシッと敬礼の姿勢をとるゼノン。それを見て笑いが起こる。

「これ…壊れやすいかもしれませんができるだけ肌身離さず持っていてくれたら嬉しいです…」

「壊さないように注意するから大丈夫」

「いえ、壊れてもいいんで持っていてくださいね?それでこそアクセサリーですから」

「ふふ。わかったわ」

本当にわかったんだろうかと心配になるゼノンだった。

瞬間にぶわぁと大きな風が村を覆い尽くした。

「…ゼノン=スカーレット……」

「はい?」

ゼノンの名前にファミリーネームはなくゼノンのみである。赤子の頃に発見され、名前もどこにも書いてなかった。なのでアズレたちがつけたのだ。

そして今のは声が風に流されながらもゼノンの耳に届いた。スカーレット…。それはリルのファミリーネームである。

「今日からゼノン=スカーレットと名乗りなさい。王都に行くならそちらのほうがいいわ。タダさえゼノンは無加護なんだから」

「ハッハッ違いねぇや!今のゼノンじゃ即奴隷行きだろうよ!」

この村ではもはやゼノンを無加護だからといってバカにすることはなくなっていた。むしろ自虐に使われるぐらいである。今のだってそうだ。ただし言っていることは本当で十中八九奴隷にされる。

それはファミリーネームを得たからと言って解決する問題ではないが被害は間違いなく少なくなる。

「でも…スカーレットってリル先生のファミリーネームじゃ……」

「不満なの?」

「い、いえ全く!ただ…俺のような捨て子で無加護なやつが先生の名前を借りたら…きっとこれからの汚点になりますよ?」

王都や街の方では貴族に無加護のものが産まれたらその子は家名を名乗ることは許されず、汚点を消すために奴隷送りにされるらしい。

「ゼノンは私の、私たちの子供よ…。そんなこと気にしないでいいの。それに貸すわけじゃないよ!あげるのよ!」


笑顔でリルがそう言い、アズレも笑顔でうなづく。その言葉にゼノンは目を麗せる。

「今までありがとうござました!」

「ゼノン!」「ゼノンにぃ!」
「うぉ!ソティー!マクス!」

後ろから不意にソティーとマクスに抱きしめられる。しかし8年間鍛えた体幹と筋肉によって2人を支える。その様子を見たリルとアズレもゼノンの正面からゆっくりと抱きつく。

「ちょ!!?り、リル先生!?」

その事に動揺するゼノンだがリルやアズレの雰囲気は親のそれになっていた。15年…共に暮らした家族を送るのだ。

「ゼノン…。王都に行ったらどうするの?」

「は、はいぃ。とりあえず向こうのミオ達が通っている学校に編入しようと思います。どうやら試験があるようなので。一応…実力主義らしいので平民でも受けれるそうです」

ゼノンは試験に受かるかどうかは五分五分だと思っているが村の人達は全員ゼノンは落ちると信じて疑ってなかった。いくらゼノンが努力したとはいえ、無加護が貴族に勝つのは難しいだろうと…。

「そう…。頑張ってらっしゃい…。でもゼノン無茶だけはしないでね…。ここはもうあなたの家だからいつでも帰ってもおいで…。」

「そうじゃぞ。怪我はするな。ここはもうお前の家じゃ。帰りたかったらいつでも帰ってこい。わしらはいつでも暖かく迎えてやる。だから試験に落ちても恥ずかしいからと向こうで留まるようなことはやめておくれよ」

「ゼノンにぃ、頑張ってー!」「応援してやるよ!頑張ってこいよ!」

「ありがとう…」

(昔は無加護と言うだけで差別された…。だけど家族だけは俺を見捨てないでくれた…。それがどれだけ当時の俺を救ったか。今の俺があるのは間違いなく家族のおかげだ。感謝してもし足りない…)

だからこそゼノンは思う。

(絶対にこの人達を死なせたりはしない!俺が守る!そのためにも─!!)

強くなってみせる。魔王を名乗れるほどに。そしてあの絵本の魔王のように仲間を、大切な人を守ってみせる!

そう胸に誓った。

「いってきます!」

「「「「「「「行ってらっしゃい!!」」」」」」」

ソツ村を振り返り、「いつか必ず守りに戻るから…」そう言って王都をめざして歩みを進めた。

こうして未来の魔王様は自分の大切なものを守るための旅に出た。

「神からの祝福ギフトなんていらねぇよ!クソ喰らえだ!」
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