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中編 「質問」

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 マリンはさっきのチョコレートパフェだけでお腹いっぱいのようで、おかわりのオレンジジュースをチビチビと飲んでいる。マリンの両親が食べている間に、私はマリンと話す事にした。



「マリンちゃんは、ワイアム島に着いたら何して遊びたい?」



「えとね、えとね、海行きたい! 浮き輪に掴まって、プカプカ泳ぐの。綺麗な貝殻も集めたいな。お山に登って、てっぺんからヤッホーって叫びたいし、水族館でイルカさんのショーも観たいな~」



「そっかぁ、楽しそうだね! お姉さんも行きたかったな~」



「えへへ。じゃあ、おみやげ買ってきてあげるね。バナナとかパイナップルとか、おいしい果物がたくさんあるんだって。お姉ちゃんは何が好き?」



「ふふ、気持ちだけで充分よ。ありがとね、マリンちゃん」



 出来れば2度と来てほしくない。非道い言い方だが、それが私の本音だ。来るんだったら、せめてあと何十年か経ってからにしてほしいものだ。もちろんそんな事は口には出さない。



「マリンちゃんは今いくつかな?」



「5歳だよ。来年小学校に上がるの」



「じゃあ今は幼稚園生か。幼稚園は楽しい?」



「うん! 先生は凄く優しいし、お友達も面白い子いっぱいいるんだよ。でも小学校に上がったら、離れ離れになっちゃう子もいるの。ちょっと寂しいな」



「そうだね。でもさ、小学校に入ったら、きっともっとたくさんのお友達ができるよ。お勉強もきっと楽しいし、出来ることもたくさん増えるからね」



「そうなの? うーん、それならちょっと楽しみかな」



 マリンが歯を見せてニカリと笑うと、私も釣られて微笑んだ。

 話している内に、マリンの両親が料理を食べ終えたようだ。満腹のようだし、そろそろ本題を切り出さなくてはならない頃だ。

 少し緊張してきた。もうベテランと言ってもいいぐらいに経験を積んできたのに、今更緊張する事があるなんて思わなかった。いつもはあまり深く考えずに、事務的にやっているせいなんだろうな。



「店主さん、2階は客室になっているんですか?」



 マリンの父の言葉に、私はビクリと体を震わせた。これから切り出そうとした事を、先に触れられるとは……。まあいい。却って話しやすくなった。



「ええ、そうなんですよ。宿屋兼酒場なもので。でも、大した物は置いてない、寝るだけの質素な部屋ですけどね」



 私は敢えて投げやりな口調で言った。しかし逆に、マリンの両親は興味を持ってしまったようだ。



「なるほど。それなら酔い潰れても安心ですね。はっはっは」



「ねえあなた、どうする? もう外も真っ暗だし、ここで泊まっていくのもアリだと思わない?」



 私の気持ちに反して、どんどん泊まっていく方向に話が進んでいく。このままではまずい。しかし私の意思だけではどうする事も出来ない。

 さあ、質問だ。もう時間がない。私はカウンターに両手をつき、少しだけ前のめりになって3人の顔を順番に見た。今の私の顔は、恐らく不自然なまでに強張っているに違いない。そして私は、ゆっくりと口を開いた。







「今夜は泊まっていかれますか? それとも、お帰りになりますか?」







 3人は私の真剣な眼差しを受け流すような、キョトンとした顔を浮かべている。

 帰れ。帰れ。帰れ。帰れ。帰れ! 決して言葉には出さないが、私は必死で目で訴える。しかしこの張り詰めた空気を壊すように、マリンが大きなアクビをした。



「パパ、ママ、マリン眠くなってきちゃった」



「そうか。じゃあ、ここでお泊まりしようか」



 マリンの父が眠そうに目を擦るマリンを抱き寄せ、頭を撫でた。私の目尻がピクリと反応し、拳を思わず強く握りしめる。



「……本当に宜しいんですか? 早くワイアム島へ行った方が良いと思いますが。せっかく取れた休暇なんですよね? こんな所で一晩潰してしまうなんて、時間がもったいないですよ」



 つい強い口調で言ってしまい、内心しまったと思ってしまう。しかしマリンの父は、それを笑って受け流した。



「まあそうなんですけどね。今から急いだところで変わりませんし。恥ずかしながら僕も眠くなってきまして。明朝に出発させていただきますよ」



「……奥さんも?」



「ええ、もちろん。私1人だけ行くわけにもいかないでしょう」



「まあ……それはそうですね」



 ……駄目か。これ以上粘っても無意味だろう。私の経験がそう言っている。落胆した気持ちを覆い隠すように、私は再び営業スマイルを作った。



「かしこまりました。では、部屋までご案内しますね」



「あっ、その前に代金を支払わないといけませんね。お幾らになります? メニュー表には金額は書いてませんでしたけど」



「えーと、少々お待ち下さい」



 金額……金額か。そういえば何も考えてなかった。私は電卓を取りだし、計算する振りをして適当に4桁の数字を打ち込んだ。



「宿泊費も含めて、こちらの値段になります」



「えっ、安い! 本当にこんなんでいいんですか?」



 マリンの父が驚きの声を上げた。ちょっと安すぎたようだ。後で相場というものをちゃんと調べておいた方が良さそうだ。



「ええ。オープン記念ですから」



「それはありがたい」



 私はお金を受け取ってから、大事な事に気付いた。今回はピッタリの金額で支払ってくれたからいいが、お釣りの小銭を用意していなかったのだ。どこの国の人が来てもいいように、世界中の通貨を用意しなければいけないから大変だ。

 金額の設定といい、いろいろと準備不足だった。実際にやってから初めて気付くことが多い。

 正直、お会計なんてやり取りはどうでもいい。お金なんて私にとっては何の価値もない物だし、ここに来るお客様は財布を持ってこれない人も多いだろう。

 だから食事代も宿泊費も無料で一向に構わないのだが、毎回「何でタダなんですか?」と聞かれるのが煩わしいから、支払う意思のあるお客様からは受け取ることにしているだけだ。



「それでは、こちらへどうぞ」



 カウンターから出た私は、3人を導くようにカウンター横の階段を上がった。3人の顔はあまり見ないようにした。特にマリンの顔を見るのは辛い。

 階段を上がりきると、そこは手すり越しに店全体を見渡せる内廊下になっている。そのまま壁伝いに歩き進み、いくつかの扉を通り過ぎ、突き当たりの扉の前に立った。

 わざわざ突き当たりまで来たのは、1秒でも時間を稼ぎたかったからだ。3人の内の誰かが、やっぱり泊まるのはやめようと言うのを期待したのだ。もっとも、それも無駄な事だったようだが。

 私は小さく溜め息をつき、ドアノブに手をかけた。



「こちらになります」



 私は意を決してドアを開けた。そこは、何の変哲もない客室。ベッドが3台、デスクが1台、椅子が2脚、化粧台が1台。壁にはクローゼットと、外が見える窓が1つ、そして店の壁にも飾っている花が1輪。1つ1つ、私が心を込めて手作りした物だ。



「わあ、フカフカのベッドだ!」



 マリンが駆け出し、ベッドに思い切りダイブした。



「こら、駄目よマリン! 店主さん、すみません」



「いえ、気にしないで下さい」



 私は3人が部屋に足を踏み入れたのを確認してから、深々と頭を下げた。



「では、ごゆっくり……」



「お姉ちゃん、また明日ね!」



 マリンのその言葉に私は応える事が出来ず、顔を上げずにそのままドアを閉めた。そしてドアに背を預け、天を仰ぐ。そのままボーッと天井でくるくる回る天井扇を眺めること数分。

 ……そろそろいいだろうか。私はドアから背を離し、ゆっくりとドアを開いた。そこに、3人の姿はもう無かった。
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