Resurrection ~お泊まりですか?お帰りですか?~

ゆまた

文字の大きさ
上 下
1 / 3

前編 「接客」

しおりを挟む
「ふう、ようやく完成したわね」



 私は店の入口から、改めて店の内観を見渡した。我ながら上手く出来たものだと感心する。初めてにしては上出来と言えるだろう。

 私は自分の酒場を経営すべく、まず2階建てのウッドハウスを建てた。床面積は、人間の単位でいうと120㎡くらいだろうか。そこそこ広い。続けて丸テーブルを20脚ほど置き、1つのテーブルに椅子を4脚ずつ囲むように置いた。壁には一定間隔で、色とりどりの造花の飾り付けがかかっている。建物もテーブルも椅子も含めて、これら全て私の手作りだ。

 2階部分は店ではなく客室になっている。あまり設置したくはなかったが、道楽で酒場を経営するわけじゃないから、これを付けるのは仕方がない。むしろ本来はこっちがメインなのだから。

 入口から向かって右手にはバーカウンター。カウンターにも8脚の椅子を並べてみた。カウンター奥にある、世界中の名酒の数々が並ぶ酒棚は圧巻だ。

 私はカウンターの中に入り、私専用の椅子に腰掛けた。鳩時計から鳩の玩具が飛び出し、店のオープン時刻を告げた。私の心に僅かな緊張が走る。建築だけでなく接客も初めてだから、果たして上手くやれるかが不安なのだ。

 人と話すのは嫌いでも苦手でもない。それどころか、今まで何十億人もの人々と言葉を交わしてきたのだから、苦手なわけがない。

 しかし、会話とおもてなしは別物だ。私は軽く深呼吸して、入口の方へ目を向けた。そろそろ誰かがフラッと迷い込んできてもおかしくない頃だ。

 扉は両開きのスイングドアになっている。人間界の西部劇を見て、デザインが気に入ったからその形にしているのだ。防犯対策は皆無だが、こんな場所で防犯も何もないから無問題だ。

 その時、スイングドアが内側に開いた。お客様だ。私は立ち上がり、元気よく頭を下げた。



「いらっしゃいませ! ……って、あら?」



 記念すべき初めてのお客様は、5~6歳ぐらいの小さな女の子だった。拍子抜けすると共に、私の胸に僅かな痛みが走った。初っ端から気が滅入りそうだ。出来れば子供には来てほしくないから、敢えて酒場という形態を取ったのに。

 しかし、これも当然想定内だ。子供が来てしまう事だって充分に起こり得る。仕事は仕事。結果がどうなろうと、ちゃんと全うしなくてはならない。



「あれ~? こんな所にお店なんてあったっけ?」



「今日からオープンよ。お嬢ちゃんが初めてのお客さんなのよ」



「へえ、そうなんだ? ねえねえお姉ちゃん、ここって何屋さん?」



「宿屋兼酒場……って言っても分かりにくいわね。レストランみたいなものよ。さあ、好きなところに座ってちょうだい」



「うん!」



 少女は元気よく応え、私の目の前の席にちょこんと座った。目の前に置かれたメニューを開き、しげしげと見つめる。



「うーん、どれもあんまり美味しそうじゃないな~」



「まあ、大人のお店だからね。でも一応お酒だけじゃなくてジュースとかもあるわよ。それに、その気になればメニューに出てない物でも作れるわ」



「ホントに? じゃあ、チョコレートパフェ食べたいな!」



「は~い。ありがとうございます」



 チョコレートパフェ……。どんな料理だったっけ? 私は少女には見えないように、カウンター下に並べてある料理本を開いた。

 なるほど……料理というよりはデザートね。見るのも初めてだが、必要な食材と作り方さえ分かれば、私に作れない物はない。

 私は軽く念じると、まるでその本の中から飛び出してきたように、私の手の上にチョコレートパフェが盛られたグラスが現れた。



「はい、お待ちどお様」



「わっ、美味しそう! いただきまーす!」



 少女は瞳を煌めかせて、子犬のように勢いよく食べ始めた。私は自分の椅子に腰掛け、その様子を頬杖をつきながら眺める。可愛い子だな。さて、どうしたものか……。とりあえず話を聞いてみようか。



「お嬢ちゃん1人? パパとママは?」



「えーっとね。途中まで一緒にいたんだけど、気が付いたらマリン1人になっちゃってたの」



「マリンちゃんっていうのね。マリンちゃんは、どこかにお出かけする予定だったのかな?」



「うん。パパとママとマリンの3人で、南の島に旅行に行くところなの。パパいつもお仕事で忙しいけど、たまたまお休みいっぱい取れたんだって」



「そっかぁ。それは凄く楽しみだね」



 何となく経緯が読めた。その途中でこんな所に来るという事は、恐らく……。



「でもマリンちゃんだけ迷子になってたら、パパとママも旅行行けないね」



「うん。それはやだなぁ」



「近くにいないかどうか、ちょっと見てみるね」



 私はカウンターから出て、店の入口に足を向けた。そして外を覗いてみると、大勢の「人」で溢れかえっていた。何か、今日はやけに「人」が多い気がする。これではマリンの両親がいても判らない。それらしき男女は何組かいるのだが……。

 しかし、近くにいてほしいようないてほしくないような……私の心は複雑だった。どちらがこの子のためになるのだろうか。



「あっ、パパ! ママ!」



 いつの間にか私の横に立っていたマリンが声を上げて指を差した。私はその方向に目を凝らす。……あれか。若い夫婦だ。母親の方は確かにこの子に似ている。見つけてしまったのはある意味残念だが、2人一緒にいたのはせめてもの救いだ。

 向こうもこちらに気付いたようだ。慌てた様子で、小走りでこちらに向かってくる。私は迎え入れるようにスイングドアを開け放ち、閉まらないように手で押さえた。



「マリン! よかった、こんな所にいたのか」



「もう、心配したのよ?」



「えへへ、ごめんなさい」



 謝りながらも、マリンは満面の笑みを浮かべた。私は顎に指を当てて考える。この場合どうするべきだろうか。マリンは既にこの店に足を踏み入れる所まで来てしまった。仮に強引に追い出したところで、再び迷子になってしまうだけだ。正式な手続きを済ませなければ……。



「あのね、このお姉ちゃんにチョコレートパフェ食べさせてもらったの」



「おお、そうだったのか。すみませんね、娘が世話になってしまったようで」



「いえ、お気になさらないで下さい」



「ねえ、あなた。私達もここで何か食べていかない? ちょうどお腹も空いてきたし」



「うむ。じゃあ、そうしようか」



 やはりこうなるか。まあ、まだこの時点ではどう転ぶか分からない。2人が入店する意思を示した以上、私は迎える義務がある。拒む事は許されない。私は気を取り直し、硬くなっていた表情を和らげ、2人に笑顔を向けた。



「では、2名様ご案内します」



 家族連れならテーブル席に案内するのが普通だが、マリンの希望でカウンター席へのご案内となった。マリンの両親はメニューを開き、これも美味しそう、これも美味しそうと呟く。



「それじゃあ、店主さん。生ビールと軟骨唐揚げをお願いします」



「私はカシスオレンジと、ポテトサラダにしようかしら」



「マリンはオレンジジュース!」



「はい、かしこまりました」



 メニューに載っている物なら、それこそ一瞬で出来上がる。私は先程と同じように念じると、トレーの上に注文通りの料理が現れた。

 ただし、飲み物だけは酒棚から瓶を引き抜き、自分の手でグラスに注ぐ。そうしなければいけない理由は特にない。酒場と銘打っている以上、これぐらいの事はしないと味気ないからだ。あまり機械的にやると、おもてなしの心も薄らいでしまう気がするのだ。



「お待ちどおさまです」



「早っ! 今頼んだばかりなのに、どうやったんですか?」



「ふふ、企業秘密です」



 これからもこの質問は毎回のようにされるのだろう。だからせめて数分は作るふりをしたいところだが、あまりのんびりしていられないから仕方ない。

 まあ、この事で何か不審がられる事があったとしても、私に不都合があるわけではない。私は、2人がある程度食べ進むのを待った。本来ならすぐに本題に入るべきなのだろうが、それをしたくないから私はこんな店を開いたのだ。



「マリンちゃんから聞いたんですけど、南の島に旅行に行かれる途中だとか?」



 マリンの父が、口の中の唐揚げをビールで流し込んでから頷いた。



「そうなんですよ。ワイアム島っていう、有名な観光地です。エメラルドグリーンの美しい海、真っ白な砂浜。気候は1年中温暖で過ごしやすく、食べ物も最高です。久々の長期休暇でしてね。この日が来るのを楽しみにしていました」



「ああ、知ってます。行ったことはありませんけど、とても楽しそうな所ですよね」



 今度はマリンの母が頷いた。



「ええ。結婚前に主人と1度行ったきりなので、マリンを連れていくのは初めてなんです。楽しみだよね、マリン?」



「うん! 楽しみ!」



 マリンの笑顔に、再び私の心が痛んだ。落ち着け私。いちいち動揺してたら仕事にならない。私はマリンの父に、1つ試すような質問をする事にした。



「ところで、飛行機の時間は大丈夫なんですか? 席の予約とかされてるんですよね?」



「ああ、それなら大丈夫ですよ。もう搭乗は済ませましたから。後は向こうの空港に着くのを待つだけです」



「……そうですか」



 この人は、自分が今明らかにおかしな事を口走った事に気付いていない。マリンの母も、マリンも同じで、気にも止めていない。こうなってくると、少し危ないかもしれない。それでも私は足掻くのを止めるつもりはない。



「良かったら、他にも何かいかがですか? オープン記念で安くしておきますよ」



「そうですね。これだけじゃあ、まだ腹3分目ってところだし、追加注文させてもらいましょうか」



 私は追加注文を受けた料理を、先程よりも強く念じて作った。少しでも綺麗に、美味しく出来上がるように。それはとても重要な事だから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

カンナの選択

にゃあ
ライト文芸
サクッと読めると思います。お暇な時にどうぞ。 ★ある特別な荷物の配達員であるカンナ。 日々の仕事にカンナは憂鬱を抱えている。 理不尽な社会に押し潰される小さな命を助けたいとの思いが強いのだ。 上司はそんなカンナを優しく見守ってくれているが、ルールだけは破るなと戒める。 しかし、カンナはある日規約を破ってしまい、獄に繋がれてしまう。 果たしてカンナの選択は? 表紙絵はノーコピーライトガール様よりお借りしました。 素敵なイラストがたくさんあります。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

愛しくて悲しい僕ら

寺音
ライト文芸
第6回ライト文芸大賞 奨励賞をいただきました。ありがとうございます。 それは、どこかで聞いたことのある歌だった。 まだひと気のない商店街のアーケード。大学一年生中山三月はそこで歌を歌う一人の青年、神崎優太と出会う。 彼女は彼が紡ぐそのメロディを、つい先程まで聴いていた事に気づく。 それは、今朝彼女が見た「夢」の中での事。 その夢は事故に遭い亡くなった愛猫が出てくる不思議な、それでいて優しく彼女の悲しみを癒してくれた不思議な夢だった。 後日、大学で再会した二人。柔らかな雰囲気を持つ優太に三月は次第に惹かれていく。 しかし、彼の知り合いだと言う宮本真志に「アイツには近づかない方が良い」と警告される。 やがて三月は優太の持つ不思議な「力」について知ることとなる。 ※第一話から主人公の猫が事故で亡くなっております。描写はぼかしてありますがご注意下さい。 ※時代設定は平成後期、まだスマートフォンが主流でなかった時代です。その為、主人公の持ち物が現在と異なります。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

処理中です...