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クレイジーSを着るために
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ソファーに座りながら、少女は自分が呼ばれるのを待った。
すると、9時57分が過ぎたころ、玄関とは反対側のドアが開き、20代くらいの女性が出てきた。
おそらく自分の前の客だろう、と少女が思ったのは、その体型がやはり細かったからだ。
身長は170センチ近いのに、体重はおそらく30キロあるかないか。
購入品が入っているとおぼしき袋を持つ腕が、長袖を着ていてもわかるほど頼りなく、膝丈のスカートから伸びたふくらはぎもまったく肉がついていない。
しかも、顔はそれほどコケてはおらず、10人が10人、美人と認めるレベル。
自分が場違いな客なのではという、少女の不安はさらに高まった。
が、ここまで来て、そんな不安にわずらわされている場合ではない。
10時ぴったりに、少女はさっきの中年女性に呼ばれ、店内へと案内された。
そして、店内の光景を見た瞬間、不安はもとより、緊張感もどこかに吹き飛び、これまでに経験したことのないワクワク感につつまれた。
サイト上の商品カタログなどから、もっとこじんまりとした空間を想像していたが、意外なほど奥行きがあり、そこに大量の服が置かれている。
量だけでなく、飾られている服はどれも可愛くて、少女の好みだ。
これだけあるなら、きっと自分が気に入るものが見つかるはず。
あ、でも問題は、1時間という限られた時間内でそれを探せるか、だわ。
服選び、早く始めなきゃ!
しかし、少女の気持ちをよそに、中年女性は店の奥へと進んだ。
はやる気持ちを抑えながら、少女がついていくと、いちばん奥のテーブルに女性が座っている。
その女性は少女に優しく微笑みかけ、
「遠くから、よくいらしたわね。ありがとう。私がここの主人です」
と自己紹介したが、少女はワクワク感を一瞬忘れるほど、驚いてしまった。
スタッフの中年女性と違って、こちらの中年女性は極度の肥満体だったからだ。
椅子に座った状態だから、身長はわからないが、体重はゆうに100キロを超えているだろう。
2084年の日本、ましてや東京の「スキニータウン」と呼ばれるこの界隈において、太った女性は滅多にいない。
そもそも、この国では、大多数の女性が細さこそ正義だと考え、努力しているし、親は娘が太らないよう、できる限りのサポートをすることが当たり前になっている。
おまけに、ここは「クレイジーS」という、超細身の女性専用のブランドショップだ。
そこでデザインも手がけているという女主人がまったく正反対の体型だということに、少女が驚くのも無理はない。
「ごめんなさいね、座ったままで。最近、膝の調子がよくなくて」
申し訳なさそうな女主人に、少女はせいいっぱい自然な笑みを作ることで、驚きを悟られまいとした。
細さこそ正義の「痩せ大国」だからこそ、太っている女性が生きづらいのは想像しなくてもわかること。
それに何より、早く服選びにとりかかりたかった。
そんな胸の内を察してか、女主人は、
「今は一秒でも早く服を見たい気持ちだと思うけど、先にお願いしておきたいことがあるの。できれば、45分くらいで決めてほしいのね。あなたぐらいの細さだと、うちの服でもお直しが必要になりそうだし。その相談をしたいのと、あと、私のほうで服についてちょっとおせっかいをさせていただきたいことがあって。よろしいかしら」
少女は「おせっかい」の意味が気になったものの、女主人が言うように、今は一秒でも早く服を見たい。
「はい、そうします。いろいろありがとうございます!」
と元気に答え、服選びへと向かった。
それからの45分間は、お花畑のなかにいるような夢心地と、時間内に決めなくてはという現実感のせめぎあい。
また、試着してみるとたしかにどれもゆるめで、安心と残念が入り混じる気持ちにもなった。
私でこれくらいなんだから、私の前のあのお客さんはもっとゆるいはずだよね。
服選び、困ったんじゃないかな。どんな服を買っていったんだろ。
あ、そんなこと考えてる場合じゃない。
早く、決めなきゃ。
少女が最終的に選んだのは、ノースリーブのブラウスとミニスカートの夏っぽい組み合わせ。
スカートはかなりブカブカだが、お直しの効果に期待してみることにした。
そこでふと「おせっかい」の意味が改めて気になり始める。
あと、女主人の体型のことも。
その点については、失礼のないように振る舞わなくてはと、自分に強く言い聞かせながら、奥のテーブルへと向かった。
すると、9時57分が過ぎたころ、玄関とは反対側のドアが開き、20代くらいの女性が出てきた。
おそらく自分の前の客だろう、と少女が思ったのは、その体型がやはり細かったからだ。
身長は170センチ近いのに、体重はおそらく30キロあるかないか。
購入品が入っているとおぼしき袋を持つ腕が、長袖を着ていてもわかるほど頼りなく、膝丈のスカートから伸びたふくらはぎもまったく肉がついていない。
しかも、顔はそれほどコケてはおらず、10人が10人、美人と認めるレベル。
自分が場違いな客なのではという、少女の不安はさらに高まった。
が、ここまで来て、そんな不安にわずらわされている場合ではない。
10時ぴったりに、少女はさっきの中年女性に呼ばれ、店内へと案内された。
そして、店内の光景を見た瞬間、不安はもとより、緊張感もどこかに吹き飛び、これまでに経験したことのないワクワク感につつまれた。
サイト上の商品カタログなどから、もっとこじんまりとした空間を想像していたが、意外なほど奥行きがあり、そこに大量の服が置かれている。
量だけでなく、飾られている服はどれも可愛くて、少女の好みだ。
これだけあるなら、きっと自分が気に入るものが見つかるはず。
あ、でも問題は、1時間という限られた時間内でそれを探せるか、だわ。
服選び、早く始めなきゃ!
しかし、少女の気持ちをよそに、中年女性は店の奥へと進んだ。
はやる気持ちを抑えながら、少女がついていくと、いちばん奥のテーブルに女性が座っている。
その女性は少女に優しく微笑みかけ、
「遠くから、よくいらしたわね。ありがとう。私がここの主人です」
と自己紹介したが、少女はワクワク感を一瞬忘れるほど、驚いてしまった。
スタッフの中年女性と違って、こちらの中年女性は極度の肥満体だったからだ。
椅子に座った状態だから、身長はわからないが、体重はゆうに100キロを超えているだろう。
2084年の日本、ましてや東京の「スキニータウン」と呼ばれるこの界隈において、太った女性は滅多にいない。
そもそも、この国では、大多数の女性が細さこそ正義だと考え、努力しているし、親は娘が太らないよう、できる限りのサポートをすることが当たり前になっている。
おまけに、ここは「クレイジーS」という、超細身の女性専用のブランドショップだ。
そこでデザインも手がけているという女主人がまったく正反対の体型だということに、少女が驚くのも無理はない。
「ごめんなさいね、座ったままで。最近、膝の調子がよくなくて」
申し訳なさそうな女主人に、少女はせいいっぱい自然な笑みを作ることで、驚きを悟られまいとした。
細さこそ正義の「痩せ大国」だからこそ、太っている女性が生きづらいのは想像しなくてもわかること。
それに何より、早く服選びにとりかかりたかった。
そんな胸の内を察してか、女主人は、
「今は一秒でも早く服を見たい気持ちだと思うけど、先にお願いしておきたいことがあるの。できれば、45分くらいで決めてほしいのね。あなたぐらいの細さだと、うちの服でもお直しが必要になりそうだし。その相談をしたいのと、あと、私のほうで服についてちょっとおせっかいをさせていただきたいことがあって。よろしいかしら」
少女は「おせっかい」の意味が気になったものの、女主人が言うように、今は一秒でも早く服を見たい。
「はい、そうします。いろいろありがとうございます!」
と元気に答え、服選びへと向かった。
それからの45分間は、お花畑のなかにいるような夢心地と、時間内に決めなくてはという現実感のせめぎあい。
また、試着してみるとたしかにどれもゆるめで、安心と残念が入り混じる気持ちにもなった。
私でこれくらいなんだから、私の前のあのお客さんはもっとゆるいはずだよね。
服選び、困ったんじゃないかな。どんな服を買っていったんだろ。
あ、そんなこと考えてる場合じゃない。
早く、決めなきゃ。
少女が最終的に選んだのは、ノースリーブのブラウスとミニスカートの夏っぽい組み合わせ。
スカートはかなりブカブカだが、お直しの効果に期待してみることにした。
そこでふと「おせっかい」の意味が改めて気になり始める。
あと、女主人の体型のことも。
その点については、失礼のないように振る舞わなくてはと、自分に強く言い聞かせながら、奥のテーブルへと向かった。
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