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遠見くん

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 店内に入ると、白髪のいかにも喫茶店のマスターと思われるおじいさんが、カウンターの向こうから優しげに「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。
 遠見くんを見つけると、おや、という顔を一瞬だけ見せたように見えたけど、たぶん、あの顔を作ったのはわざとじゃないかな、って感じた。それが、さっき彼が言ってた「来月まで来れない」という言葉にかかっているのか、それとも、私たち女の子が一緒だからかなのかは分からないけど。

 それから、私たちと同じ席に着こうとしたキラちゃんと笠原さんに、一番遠い席に着くように話す彼に私も協力した。全力で。
 キラちゃん……絹衣綺麗きぬいきらちゃんは、実は私の従姉妹だったりする。小さい頃から知ってるいい子なんだけど、なんでも分かってる風に大人ぶった言葉を口にしたり、かと思えば子供っぽく直情的なところもある、可愛いけど見てて危なっかしい所も多々ある子。キラちゃん自身に恋愛経験はないはずなのに、私には言いたい放題言ってくるちょっと意地悪な子。
 笠原さんは、そんなキラちゃんといつも一緒にいてくれてる、キラちゃん曰く、キラちゃんのお嫁さん。彼女がキラちゃんの暴走を止めてくれたのは数え切れないくらい。図書準備室でガールズトークをしててキラちゃんが興奮し過ぎると、笠原さんが上手いこと落ち着かせてくれるので、本当に、気弱そうに見えて私よりも頼りになるお姉さんって感じの子。
 今も「お店に入る前に約束したんだから、それは守ろうよぉ」と、気弱そうにしつつも、言うことは言えるえらい子。
 さすがに三人から言われたらキラちゃんも引くしかなかったみたいで、約束通り、二人とも入口近くの席に移動してくれて助かった。


「彼と同じもので」
 私は憧れだった台詞を口にすることができてちょっと興奮していた。
 ブレンドを頼んだ彼に続けて、そう言えて本当に幸せな気分になってしまった。
 ものすごく控えめなボリュームで流れる音楽……よく分からないけどジャズなのかな。ボーカルのない音楽は読書に良く合うし、彼のイメージにぴったりな気がする。
 そんな風に、幸せに浸りながら彼を見ていると、彼がテーブルの上に体を乗り出してきて私に近づいて来て「先生? 大丈夫ですか?」と小声で囁いてくれた。
 彼の顔が凄く近くて、ドキドキして、つい、「きゃっ」って声が出ちゃったけど、そのおかげで私はなんとか元の世界に戻ってこれたみたい。
 そうだった。今、私は彼の相談ごとを聞きにここに来てたんだった。ちゃんと聞かないと。
 と思ったところで「お待たせしました」とマスターがコーヒーカップを二つ、カチャリと控えめな音を鳴らしながらソーサーごと置いてくれた。
 なんてこと……注文してから一、二分はかかるわよね、コーヒー淹れるのって……。

 遠見くんにボーッとしてたことを謝ってから、話を聞く態勢を作る。
 落ち着きを取り戻そうとして、いい香りのするコーヒーをミルクを入れる前に一口飲んでみた。とても美味しくて、このままミルクなしでも飲めそう。そう思いながら、私は幸せな気持ちで遠見くんを見つめた。

「それで、ですね」

 はっ、いけない。
 またもや遠見くんに見惚れて別世界に飛んでってしまうところだった。再度、気を取り直して、今度こそちゃんと話を聞くことにした。危ない危ない。


 遠見くんの話はやっぱりかなり不思議な内容だった。

 自分は先々週末くらいから今朝までの記憶が無くなっているかもしれないと言うことだった。それが本当なら大変なことだよ。
 これはお店に入る前にも言ってたけど、やっぱり、彼の記憶では最後に図書室で読んだ本は「一番難しくて優しい迷宮」みたいということだったけど、「聖なる槍と光の剣」もどこかで聞いたような気がするらしくて、さっき読んでみたら内容も知ってる気がする、ってことだった。

 それと、今日手に取ったステレオグラムの本についても、一度読んだような記憶があるって言ってたから、「それ、先々週のお昼休みに読んでた黒と青の表紙の本のことかな?」って聞いたらびっくりしていた。
 驚き顔の遠見くんはレアだから、ご馳走さまでした、という気分で満たされてしまって、また別の世界に行ってしまうところだった。

 それと、何度も確認されたのは眼鏡を掛けた友達の話だった。ボソボソと「僕が誰かと一緒に図書室に……?」とか「誰だ?」って言ってたから「眼鏡を掛けた子だったわよ」って特徴も一緒に教えてあげたら心当たりはあったみたい、だけど、かなり複雑そうな表情かおをしてて……これもかなりレアだったんだけど、さすがに困惑してる遠見くんにご馳走さまを連発するのも、と思って真面目モードで話を聞き続けた。

 最後に、図書室の奥のスペースを使いたい、っていう話は何なんだったんでしょうか、と聞かれたんだけど、私には分からない、としか言えなかった。
 むしろ、ちゃんと理由を聞きたかったのは私の方だったしね。

 最終的には夢遊病、記憶喪失なんかも心配になってきたみたい。
 今日の放課後に図書室に来るまで、本当に先週図書室に行かなかったのは、自分に何かしらの用事があったからだと思っていたみたい。でも、キラちゃんや私に色々と責められるきかれるうちに、自分の記憶が曖昧なことを自覚していった、って話してくれた。
 そして、噛み合わない記憶の中でも、私の話を聞くうちに断片的な記憶が唐突に思い出されたりするみたいで、でもそれはフラッシュバックという強烈なものではなくて、一度経験済みのものを思い出したような感じ、って言っていた。
 一応、最後は真面目に、明日は病院に行くように、と勧めてみた。


 遠見くんは最後の最後まで「僕がお願いしたので、先生の分は僕が払います」って言ってくれたんだけど、キラちゃんが最初から私に奢ってもらう気でいたことから、今回は・・・私が全部出すね、って押し切ってみた。
 もう一度、ここでもどこでもいいから二人で出かけられたらなぁ、って本気で思ってる私は先生失格なんだと思う。けど、教員免許は持ってるけど、私、司書だしね、って自分自身にとぼけてみせる。

 二人してメロンソーダとサンドイッチとプリンアラモードを完食してたキラちゃんと笠原さんには、次、もし同じ状況があったら絶対に連れてこないことを心に決めながら、不安や混乱もあったけど(一緒に病院に行ってあげたいけどダメよね、きっと……)、遠見くんと二人の時間を過ごせた今日という日を忘れないことを心に誓って家路に着いたのでしたまる
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