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揺れるブランコ
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先生はすぐにでも学校を出たかったようだけど、結局、図書室を閉める17時までは待つことになった。
それまでの時間、僕はいつもの席でステレオグラムの本をパラパラと捲っていた。それと、「聖なる槍と光の剣」もさっと目を通してみたのだけど、話の要所要所で「この話を知ってる」ことを感じた。相変わらず「この本を読んだ」という記憶はないのだけど。
17時ちょっと前に僕は先に学校を出た。そして駅とは反対方向に少し移動した所で先生を待つことにした。
しばらくすると、先生の他に図書委員の人たちも一緒に来たので驚いた。
結構真面目に頭のおかしい話をするつもりなので、興味本位の人たちには同席して欲しくないのだけど、先生が僕と二人きりで話をするのが嫌で彼女たちを誘ったのかも知れない。
そう思ったら反対はできなかった。
四人で歩いて、前々から気になってた喫茶店に行くことにした。いつ頃から気になり始めたのかが分からないけど、なんだか無性にその店に入ってみたい気分なのだ。
今はそう言った「よく分からない感覚」に従った方がいい。そう思った上でのお店の選択だった。
でも、財布には三千円くらいしか入ってないはずだ……話に付き合ってもらう手前、先生の分くらいは出そうと思ってたけど、勝手に増えた二人の分まで出すのは厳しい。そもそも、一人は僕のことを嫌っている風だし、そんな人と一緒の席に着くこと自体避けたいのにお金まで出すとかありえない。
我ながら小さい男だなと思うけど、まあ仕方ない。そもそも誰彼構わず仲良くなりたいわけじゃないんだ。今までと同じように、関わらないでいい人間とはなるべく関わりを持ちたくない。僕は許容したはずの二人を拒絶することにした。
「すみません。今更ですけど図書委員のお二人は何故着いて来ているんでしょうか。先生が二人を誘ったんですか?」
僕は目的の喫茶店がもう少しというところまで来て、そう先生に切り出した。
「はあ? あんたがももちゃん先生に何するか分からないから着いて来たに決まってんでしょう?」
最初から攻撃的な方の人が、かなり感じの悪い口調でそう返事をして来たけど、僕が質問したのは彼女ではなくて先生だ。
僕は先生だけを見て、先生の返事を待つ。
「何無視してんのよっ」
「絹ちゃん、やめなよぉ……」
「そうね……」先生はそう呟いてから彼女に向き直って「絹衣さん、ごめんなさい。学校の外で生徒の相談に乗るなんて、あなたの言った通りちょっとダメなことなのかも知れないんだけど……それにあなたが心配してくれているのは分かるけど、今日は席を外してくれないかしら」
あっ……確かに。
よくよく考えたら、先生と僕が学校外で、しかも喫茶店に二人で入るというのはおかしなことなのかも知れない。
でも、準備室での会話も立ち聞きされてたみたいだし、この二人、というか、他の誰でもなんだけど、邪魔のないところで話したいし、確認したいことがあるんだよな。内容がファンタジーというかSFというか、自分でもちょっとすっ飛んでると思うようなことだし。
「でも……先週の件もあるし心配なんだよ」
「生徒にそこまで心配されるのは、ちょっと自分のダメさ加減に泣けてくるわね……」
「じゃあ、席は別々でもいいから……ダメ?」
「ん~」
少し困ったように僕を見る先生。僕は先生の判断に任せることに決めたけど、後押しを含めてほんの少しだけ頷いて見せた。
校外で男子生徒と二人で喫茶店、よりも、女子生徒も一緒に居た、方が先生的にはいいだろうから。
僕の相談内容が彼女たちに聞こえない位置なら問題ないし。
「じゃあ……席が空いてたら、なるべく離れた席に座るってことでいい?」
「……うん、わかった」
自分から言いだしたものの、席が別、という案には納得してなさそうだ。
でも約束は取り付けた。静かな店内だからかなり声を落とさなきゃいけないかも知れないけど、あの端っこの席と入口近くの席なら流石に大丈夫だろう。
そこまで考えて、僕はハッとしてしまった。
僕はなんで入ったことのないお店の構成を知ってるんだろう。
頭に思い浮かんだのは、離れた席に座っていたおじさんが新聞を捲った音が聞こえてきたイメージだった。小さく流れる音楽と、物静かな店長と思われるお爺さんが造る心安らぐ空間。
自分がカップをソーサーに戻す時のカチャカチャした音にさえも気を遣ったような記憶が思い浮かぶ。
「先生……お店に入る前にちょっとお話が」
僕の顔色は酷いことになっているかも知れない。思い出せない先々週末からのこと。知らないのに知っている色々なこと。
ちょっと心配そうにこちらを見ている先生に声をかけた。
ここには余計な二人もいるけど、店に入る前に、今、話しておかないとダメだと直感した僕は話し始めた。
先々週末からの記憶が曖昧なこと。
僕の相談ごととは、その件についてが大部分であること。
このお店に入った記憶はないのだけど、たぶん、入ったことがあると思うということ。
今思い出した店内の様子。
店長と思われるおじいさんと最後に交わした「来月まで来れない」という会話のこと。
何言ってんだこいつ、的な顔でこっちを見るやたらと突っかかってくる図書委員。
なんとなく得心したような顔のもう一人の図書委員。
「なんか、今日、遠見くんと会った時の……あなたの表情と、準備室での会話の噛み合わなさの原因が分かった気がする……そもそも、遠見くんの性格を考えたら、もう、図書室に来てくれないと思ってたから……ぐすっ……来てる時点で変だな、すん、思ってたもの……」
なんだかまた泣き始めてしまった先生をどうしていいか分からず、でも、なんとなく分かった風に頷いてから「中に入ってから、続きを聞いてくれますか?」と聞いてみた。
うるさい図書委員は厳しい顔で僕をみながらも、肩をすくめる様にしてから先生の背中をさすってあげていた。
「ごめんね。なんだかホッとしちゃって……」
先生はそう言ってから、控え目に鼻をかんで、そして涙を拭ききると「このお店でいいの?」と聞いてきた。
僕は「はい」と応えて、そして喫茶店「ブランコ」の扉に向かって自転車を押して歩いたのだった。
それまでの時間、僕はいつもの席でステレオグラムの本をパラパラと捲っていた。それと、「聖なる槍と光の剣」もさっと目を通してみたのだけど、話の要所要所で「この話を知ってる」ことを感じた。相変わらず「この本を読んだ」という記憶はないのだけど。
17時ちょっと前に僕は先に学校を出た。そして駅とは反対方向に少し移動した所で先生を待つことにした。
しばらくすると、先生の他に図書委員の人たちも一緒に来たので驚いた。
結構真面目に頭のおかしい話をするつもりなので、興味本位の人たちには同席して欲しくないのだけど、先生が僕と二人きりで話をするのが嫌で彼女たちを誘ったのかも知れない。
そう思ったら反対はできなかった。
四人で歩いて、前々から気になってた喫茶店に行くことにした。いつ頃から気になり始めたのかが分からないけど、なんだか無性にその店に入ってみたい気分なのだ。
今はそう言った「よく分からない感覚」に従った方がいい。そう思った上でのお店の選択だった。
でも、財布には三千円くらいしか入ってないはずだ……話に付き合ってもらう手前、先生の分くらいは出そうと思ってたけど、勝手に増えた二人の分まで出すのは厳しい。そもそも、一人は僕のことを嫌っている風だし、そんな人と一緒の席に着くこと自体避けたいのにお金まで出すとかありえない。
我ながら小さい男だなと思うけど、まあ仕方ない。そもそも誰彼構わず仲良くなりたいわけじゃないんだ。今までと同じように、関わらないでいい人間とはなるべく関わりを持ちたくない。僕は許容したはずの二人を拒絶することにした。
「すみません。今更ですけど図書委員のお二人は何故着いて来ているんでしょうか。先生が二人を誘ったんですか?」
僕は目的の喫茶店がもう少しというところまで来て、そう先生に切り出した。
「はあ? あんたがももちゃん先生に何するか分からないから着いて来たに決まってんでしょう?」
最初から攻撃的な方の人が、かなり感じの悪い口調でそう返事をして来たけど、僕が質問したのは彼女ではなくて先生だ。
僕は先生だけを見て、先生の返事を待つ。
「何無視してんのよっ」
「絹ちゃん、やめなよぉ……」
「そうね……」先生はそう呟いてから彼女に向き直って「絹衣さん、ごめんなさい。学校の外で生徒の相談に乗るなんて、あなたの言った通りちょっとダメなことなのかも知れないんだけど……それにあなたが心配してくれているのは分かるけど、今日は席を外してくれないかしら」
あっ……確かに。
よくよく考えたら、先生と僕が学校外で、しかも喫茶店に二人で入るというのはおかしなことなのかも知れない。
でも、準備室での会話も立ち聞きされてたみたいだし、この二人、というか、他の誰でもなんだけど、邪魔のないところで話したいし、確認したいことがあるんだよな。内容がファンタジーというかSFというか、自分でもちょっとすっ飛んでると思うようなことだし。
「でも……先週の件もあるし心配なんだよ」
「生徒にそこまで心配されるのは、ちょっと自分のダメさ加減に泣けてくるわね……」
「じゃあ、席は別々でもいいから……ダメ?」
「ん~」
少し困ったように僕を見る先生。僕は先生の判断に任せることに決めたけど、後押しを含めてほんの少しだけ頷いて見せた。
校外で男子生徒と二人で喫茶店、よりも、女子生徒も一緒に居た、方が先生的にはいいだろうから。
僕の相談内容が彼女たちに聞こえない位置なら問題ないし。
「じゃあ……席が空いてたら、なるべく離れた席に座るってことでいい?」
「……うん、わかった」
自分から言いだしたものの、席が別、という案には納得してなさそうだ。
でも約束は取り付けた。静かな店内だからかなり声を落とさなきゃいけないかも知れないけど、あの端っこの席と入口近くの席なら流石に大丈夫だろう。
そこまで考えて、僕はハッとしてしまった。
僕はなんで入ったことのないお店の構成を知ってるんだろう。
頭に思い浮かんだのは、離れた席に座っていたおじさんが新聞を捲った音が聞こえてきたイメージだった。小さく流れる音楽と、物静かな店長と思われるお爺さんが造る心安らぐ空間。
自分がカップをソーサーに戻す時のカチャカチャした音にさえも気を遣ったような記憶が思い浮かぶ。
「先生……お店に入る前にちょっとお話が」
僕の顔色は酷いことになっているかも知れない。思い出せない先々週末からのこと。知らないのに知っている色々なこと。
ちょっと心配そうにこちらを見ている先生に声をかけた。
ここには余計な二人もいるけど、店に入る前に、今、話しておかないとダメだと直感した僕は話し始めた。
先々週末からの記憶が曖昧なこと。
僕の相談ごととは、その件についてが大部分であること。
このお店に入った記憶はないのだけど、たぶん、入ったことがあると思うということ。
今思い出した店内の様子。
店長と思われるおじいさんと最後に交わした「来月まで来れない」という会話のこと。
何言ってんだこいつ、的な顔でこっちを見るやたらと突っかかってくる図書委員。
なんとなく得心したような顔のもう一人の図書委員。
「なんか、今日、遠見くんと会った時の……あなたの表情と、準備室での会話の噛み合わなさの原因が分かった気がする……そもそも、遠見くんの性格を考えたら、もう、図書室に来てくれないと思ってたから……ぐすっ……来てる時点で変だな、すん、思ってたもの……」
なんだかまた泣き始めてしまった先生をどうしていいか分からず、でも、なんとなく分かった風に頷いてから「中に入ってから、続きを聞いてくれますか?」と聞いてみた。
うるさい図書委員は厳しい顔で僕をみながらも、肩をすくめる様にしてから先生の背中をさすってあげていた。
「ごめんね。なんだかホッとしちゃって……」
先生はそう言ってから、控え目に鼻をかんで、そして涙を拭ききると「このお店でいいの?」と聞いてきた。
僕は「はい」と応えて、そして喫茶店「ブランコ」の扉に向かって自転車を押して歩いたのだった。
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