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アホみたいな顔

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 ブランコから帰って来て、僕は精神的に心底疲れ果てていた。

 うるさく攻撃的だった図書委員の人とは今後関わりたくない。そう思うのだけど、実は百田先生の従姉妹だそうだ。図書室に行く度に居るわけじゃないけど、今後は先生と話す時には注意が必要かもしれない。

 先生との会話もかなり緊張した。どうやら図書室の奥のスペース云々の件では先生に負担をかけてしまったらしい。覚えていないことを反省するのは難しいけど、親切にしてくれている先生を困らせてしまったらしいので、今後、考えなしに言葉を口にするのは気をつけるようにしないと。
 それにしても、困らせたことへの仕返しおしおきなのか、やたらと僕の手を握ってきたり、じっと目を見つめてきたりしてドキドキさせられてしまった。
 本当、勘違いさせるようなことはやめてほしい……くもない、か。
 あー、違うな。今はそういう事を考える時間じゃない。頭を整理しないと。

 次は謎の友達のことだ。
 僕には学校で一緒に図書室に行ったり、帰ったりする友達はいない。
 教室内でたまに話しかけられるくらいはあるけど、その程度の付き合いしかない。
 その僕が、しかも、特徴を聞くにメガネくんと?
 メガネくんというのはイジメとかじゃなくて、目兼めがねという苗字だからそう呼ぶしかない訳で。
 確か、彼も僕と同じようにクラスの人と話さないタイプだと思ったけど。
 そんな彼と二人で図書室に行って、二人で一緒に帰ったなんて、ちょっと訳が分からないわけで。

 お母さんの「お風呂入っちゃいなさーい」の声に返事をして、続きは風呂で考えることにした。

 次は読んでないのに知ってる本のことだ。
「聖なる槍と光の剣」は何ページか読んでみたけど、次の展開を知っているものばかりだった。先生が言ってたように、つい先週に読んだものなら内容を覚えているのは正しいことなんだけど、読んだという記憶がないのに内容が分かってしまうというのは中々に気持ちの悪い体験だった。いや、現在進行形でモヤモヤするんだけど。

「ステレオグラム」の本も同じだった。先生は僕が休み時間に図書室に来て、いつもと違う棚を見てるなと思って気になったらしい。黒と青の表紙の本……つまりステレオグラムの本なんだけど、それをいつもの席で休み時間ギリギリまで読んでいたみたいだと話してくれた。
 もちろん、これについてもまったく記憶がないわけで、自分自身が気持ち悪い。
 でも、読んでみれば寄り目をする前に何の絵が浮かび上がるか分かってしまったわけだから、きっと、僕が「本を読んだ」という行為を忘れているだけで、実際に読んでたんだろうな、と思う。というか、そう納得しないと話の落としどころがない。

 湯船に浸かりながらそんのことを考えていると、タイルのマス目が気になってくる。
 なんとなく寄り目をすると、タイルが浮かび上がってくる。調節すると、浮かび上がったタイル同士を更に重ね合わせることができる。僕は二段階までしかできないけど、彼は三段階、なんか十六分の一くらいって表現してたけど、まあ、凄い重ねられるらしい。
 …………彼って誰だ?

 頭を振って湯船から出る。
 シャワーの温度を少し冷たくして頭からかぶる。のぼせたのか、それとも、また僕が忘れてる何かがあるのか。彼ってのはメガネくんなのか?

 半ズボンジャージとTシャツに着替え、バスタオルを肩にかけたまま部屋に戻る。
「ふぅーーーーっ!」
 息をギリギリまで吐き出しながらベットに座る。「一体全体、自分の身に何が起こってるんだーーーーっ」と、口にはしないが叫び出したい気分だ。
 こういう時は気分転換にゲームするしかないな。パソコンを立ち上げながらヘッドホンを着ける。
 そういえば、先週はゲームをやってたかどうかも記憶が怪しい。本当どうしちゃったんだろうか。
 ログインしてからざっくばらんに「先週ってなんか目新しい動きってあったっけ?」と聞いてみると「なんかあったっけか?」と逆に聞き返されてしまった。僕がログインしてたかどうかについては何の話題にもならなかったので、普段通りログインしてたんだと思うことにした。記憶はあやふやだけど。

 集中できないままダラダラとゲームをしていたらいきなり頭を叩かれた。
「いたっ」
 振り返ると姉ちゃんが仁王立ちしていた。
「なんだよ」
「なんだよじゃないでしょ。シャワーは温度を下げたら元に戻せって何度言ったら分かんのよ」
「あ」
「あ、じゃない」
 もう一発いいのを頭にもらった。

 いつもなら、言いたいこと言って頭を叩いたら帰ってくのに、今日はもう一言あった。
「で、何よ、この写メは」
 スマホの画面を見せながら言ってくる姉ちゃん。その画面を見て固まる僕。

 そこには、耳にかけたメガネを右手でおでこまで持ち上げ、寄り目をしながら左手を前に伸ばして自撮りしたと思われる、アホみたいな顔をした僕が写っていた。
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