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らくがき

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「あ、すみません、ありがとうございます」
 おじいさんが置いてくれた、紙でできたへにょへにょのメガネは確かに僕のものだ。
 カバンのサイドポケットに入れてたのが落ちてしまったらしい。
 自作の紙のメガネを見て、土日で検証した内容を思い出す。


 バグ技の性質上、見えない物は取れないし、見えない場所に物を置くことはできなかった。

 片手で持ち上げられる物しか取れないし、置くこともできなかった。

 メガネ、と自分が認識しさえすれば、それが紙をハサミで切って作ったメガネでもバグを再現できた。

 ただし、耳にかける棒の部分が取れてしまったメガネではできなかった。


 それと…………何かもう一つ、それも重要なのがあったような気がする、んだけど思い出せない。
 これが僕のモヤモヤの原因なんだと思う。
 それと、メガネくんが僕とのやり取りをすっかり忘れてしまっているーーもしかしたら無視されてるだけかもだけどーー件が関連している気がするんだけど……漠然としすぎてて、それをうまく繋ぐことが出来ない。

 紙のメガネをいじっていると、耳にかける部分に何か字を消したような跡があることに気付く。
「こんなとこに何か書いたっけ……?」
 持ち上げて照明に透かしてみると、なんとか「テレビ」と読み取ることが出来た。
 「テレビ……?」

 テレビ、なんて単語をこのメガネに書いた記憶がない。
 誰かがいたずらで書いた?
 カバンの脇のポケットに入れてただけだから、もしかしたらその可能性はある。
 だけど、僕にそんなちょっかいを出すクラスメイトなんて心当たりがない。何故なら、親しくしている友人がいないから。「死ね」ならともかく、「テレビ」なのでイジメ目的でもなさそうだし、やはり、「誰かが書いた」わけではなさそうだと思う。しかも、書いた後に消しておいてくれるとか意味が分からない。
 となると、「書いたのは自分」ということになるし、透かして見えた字体は僕のヘタ字っぽく見える。

 けど……

 それを書いた記憶がどこにもない。

 記憶にはないけど、僕が書いたものと考えるのが正しい気はする。
 「テレビ」と書いたことについて、まったく意味がない場合で考えられるのは、寝ぼけて書いた、無意識に書いた……いや、これは寝ぼけてと一緒か。ともかく記憶に残らないほど大した内容じゃない場合だと思う。
 その場合は、確かに書いた文字を消す可能性もあるとは思う。けれど、書いた上にわざわざ消した、という2つの動きをまったく覚えていないって、そんなこと、あるだろうか……

 逆に「テレビ」とこの紙のメガネに書いたことに意味があって、尚且つ、僕が書いたものだとしたら。
 紙で作ったメガネに、わざわざ一言書いていたってことは、紙のメガネの検証に関係があるということだと思う。
 でも、テレビはバグ技の対象外だ。余程小さいサイズの、例えば10インチくらいまでのポータブルサイズのテレビなら片手で持てるだろうけど、家にあるテレビはとても片手で持つことができない。それはさっきの検証結果にも書いてあったことだ。

 テレビと裏ワザ。

 何がこの2つを繋げるんだろう。
 テーブルに置いてあるスマホを何気なく手に取る。このスマホでもネット配信されているドラマやアニメを見ることはできる。
「あっ……もしかして……」
 少し周りの席を見回してみる。あたりまえだけど誰も僕なんか見ていない。お店のおじいさんも今はカウンターの奥に座っているみたいだ。
 僕は紙のメガネをかけて……はみたものの、バグ技を使うのは止めておいた。ちょっと思いついたことがあったのだけど、今、もしもそれが実現できてしまった場合、その後の対応まで冷静にできる気がしない。
 何も焦る必要はない。もっと余裕のある状況で、自分の部屋でやればいいんだ。
 僕は、またもや冷めてしまった、少しだけ残してあったコーヒーを飲み干した。やはりホットは熱いうちに飲みきった方がいいんだろうな、と思いながら。
 財布に余裕のない僕は、来月の小遣いを貰ってからでないと「ブランコ」には来れない。「後ろ髪を引かれる思い」ってこういうものなのかな。会計後のおじいさんの「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます」と、前よりも丁寧なお見送りの言葉を聞いて、もう少し、この空間でゆっくりするべきだったな、と後悔してしまったのだった。

 でも。
 さっき、ちょっと気になったことについてを、少しでも早く確認しておきたい。理由は、そうしないと忘れてしまいそうだから、という不安な気持ちからだった。
 一応、メモは書いておいた。
 また、僕自身が忘れてしまったなら意味がないことなのだけど、でも、メモが消えてしまうかどうかも含めて、早く確認したいのだ。
 忘れてしまわないように「テレビ、バグ、試す」と念仏のように頭の中で呟きながら、僕は家へと自転車を漕いだのだった。
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