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さらなる検証の前に

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「検証に付き合ってくれてありがとう」

 彼、メガネくんはそう言うと自分のカバンを掴んで立ち上がった。
 僕は彼のペンを摘み持ったまま呆然としていた。

「それから、キミの読書と、先生との時間を奪ってしまって申し訳なかった」

 軽く頭を下げた後、伝票を持って出口に向かってしまう。
 いや、ちょっと待ってって。
 僕も慌ててカバンを持って彼を追いかける。
 彼は既にレジ前にて財布を出しているところだった。またもや慌てふためきながら、僕も財布を取り出そうとしたのだけど、彼に後ろ手に止められてしまう。

「ありがとうございました」
 コーヒーを淹れてくれてた、たぶん店主のおじいさんに見送られ、僕らは店先に並べて停めてある自転車の所まで歩く。

「お金、自分の分は払うよ」
 財布から五百円玉を取り出して渡そうとする、が受け取ってもらえない。
「いや、キミには協力もしてもらったのだし、さらには迷惑もかけてしまった。だから、ここは僕が持つべきだ」
 彼はそう言って断固拒否の構えだ。

「んー、でもさ、毎回奢ってもらうわけにもいかないでしょ。まぁ、僕は万年金欠気味なんで、次からはお金のかからなそうな場所でやりたいな、とか提案しようとは思ってたけどさ」

 すると彼は少し目を見開いて「えっ」という表情を見せる。

「いや……」
「いやいやいや、まだまだこのバグ技の検証続けるでしょ? 他にもバグがないか探すでしょ?」
 彼の言葉に被せて問いかける。もはや、僕はオンライン・ゲームでチャットをやってる時の感じで話している。まぁ、つまり、素だ。
 たった二日間だけど、ここまでのやり取りでメガネくんがどんな人かなんとなく分かったし、彼が今、元の状態、つまり昨日より前の、僕らに接点が無かった時の関係、単なるクラスメイトに戻ろうとしてるのもなんとなく分かった。

「いや……」
「だからさ、メガネくんが嫌じゃなければ、なんだけどさ。これからも定期的に情報交換とか、実験とか、一緒にやってければなって思って」
 またもや、彼の言葉に被せて自分の言いたいことを言う。

「それに、他言無用って言われちゃったしね。世界を作った神様の見逃してるバグがある……かもしれない、なんていう面白すぎる話を誰とも共有できないなんて辛すぎるでしょ」

 正直、超能力や超常現象と呼ばれる、所謂科学で説明できない事象、ってだけでも面白い。でも、それ以上に面白いのは、彼が僕に言ったのは「世界のバグ」って言葉だ。
 それってつまり、僕が遊んでるオンラインゲームのバグと同じわけで、そうなると僕もとあるゲームとして作られた世界の1キャラクターにすぎないんじゃないかって、そう考えらることもできるんじゃないかってことだ。
 運営様は神様です、っていうのと同じ世界。

 例えばゲームなら「不具合報告機能」を使って、発見した直して欲しい・・・・・・不具合について報告できる。全部が全部対応してもらえないのは分かっているけど。
 それは、この世界でいうならば神社や教会などの神様へのお願いや祈りの場がそれに該当するだろうか。聞き入れてもらえない率を考えると、ゲームの運営は優しい神様ってことになると思う。

 バグ技や不正行為、マナーのなってないユーザーは運営のシステム管理者やゲームマスター・ユーザーがチェックしている。運営に不利益を与えるユーザーに対してはキャラクターどころか、ゲームをするためのIDまでもが削除されてしまうケースがある。
 この世界ではないと信じたいけど、神隠しという言葉や、原因の分からない病気、不慮の事故なんてものがあるわけだし、それらを時に神の怒りに触れた、神の鉄槌が下された、なんて言ったりもするんだから、そこら辺も同じなんじゃないか、なんて。

 メガネくんがゲームをやっているか知らない。だから、こんな僕の暴走話をどれくらい理解してくれたかは分からない。けど、とりあえず、僕は、僕らが自転車を押しながらコンビニの駐車場に移動するまでの短い間、とりとめもなく話したのだった。

 僕もかもしれないけど、彼は、明らかに言葉が足りない。ただ、言葉は足りないけど、その分だけ裏表がないような気がする。耳障りのいい綺麗な言葉で飾られてないのは、実は僕と相性がいいのかもしれない。
 彼からしたら、もう僕の存在は用済みなのかもしれないけど……いや、違う。ここでネガティブに考えても意味がないし、また自分のことをもっと嫌いになるだけだ。
 結局は本人しか知らない、他人が知ることのできない部分を考えても仕方ないのだと、なんだか急にそう思えた。
 いや、それはもしかしたら、今までの自分に対する言い訳なのかもしれない。
 だから、彼のように短い言葉で言うならば、僕は彼との会話が楽しいと感じて、もっと話したいと思っただけのことなんだ。おそらく。
 つまり、それはリアルで友達になれたらな、と思ったということだ。たぶん。

 僕がゲームに例えた話をしている間中、メガネくんは「ふむ」とか「ほう」とか、僕のテンションに若干引いてる風に見えながらも合いの手を返してくれていた。
 そして、とりあえず、次の火曜日の放課後にまた図書館で話そう、という約束を取り付けることができたのだった。

「やはり、キミに声をかけたのは正解だったのだと思う」

 帰り間際に、改めた雰囲気の彼にもう一度そう言ってもらえて、少し嬉しい気持ちになったのだった。

 そう。今日、僕は高校生活ではじめての友達ができたのだ。きっと。
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