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図書室

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 僕は落ち着かない気持ちで「聖なる槍と光の剣」という本を読んでいた。今日も図書室の先生がお勧めしてくれた本だ。なのに内容がなかなか頭に入ってこない。
 先生は僕と精神年齢というか、本の趣味が合うらしく、お勧めしてくれた本は小説だけでなく、童話や絵本も含め、すべて楽しめるものだった。だからと言うわけでもないんだけど、僕は一年生の秋にこの先生と話すようになってから、ほぼ毎日、お昼休みと放課後に図書室に通い続けている。
 クラスの男子からは「先生狙いとはやるなっ」とか、女子からは「土日は先生とはどうやって会ってるの?」などとからかわれたりするが気にせずに通い続けている。

 精神年齢が近かろうが、本の趣味が合おうが、先生は先生で、生徒は生徒だ。それっぽい話をしたことなんてないし、外で会おうなんて話も……そう言えば、一度国立図書館に行かないかと誘われたことがあった、かもしれない。けど、それはノーカンだ。「課外授業……とか。どう?」って言ってたし。
 ああ、漫画喫茶に一人で行くのが怖くてまだ行ったことがない、と言われたこともあったかも知れない。でも、そこで助長して「じゃあ、僕と行きませんか」なんてことは言わなかったし。あれは、そのセリフを引き出しておいて「そーゆー意味で言ったんじゃないのよ?」的な引っ掛け問題だったはずだ。

 あー、違う。そういうことじゃない。
 僕は「聖なる槍と光の剣」を読み進めたいんだ。集中したいんだ。
 今までも色々な邪念があっても本は集中して楽しめるものだったのに。
 周りに人がいたって普通に読めていたのに。

 本も読まずに、僕が本を読み終わるのをただ横で座って待たれる、というのが気になって集中できない。

 そう。メガネくんだ。

 昨日は本を読み終わるまで気がつかなかったけど、今日は僕が図書室に行くタイミングで彼も一緒に図書室に来てしまい、僕が先生から本を受け取ったり、昨日は話せなかった本の感想について少しやりとりしたり、というところからずっと、1.5メートルちょっとほどのパーソナルスペースぎりぎり分だけ離れた距離を保ち続けて付いてきているんだ。

「日課なのだろう。気にせずに完遂するべきだと考える。僕はそれを待とう」

 実は休み時間に教室で話しかけようとしたのだが、彼はそれを嫌うようにトイレに行ってしまったり、机に突っ伏して寝てるポーズをとったりして話すタイミングがなかったわけで。
 昼休みもメガネくんは学食に行ったのか、さっといなくなってしまい話ができなかった。
 仕方ないのでいつものように図書室に行き、ステレオグラムの絵本というか、まあ、立体視をすると何が見えるかな? 的な本を見つけて、昨日の風呂場での訓練の成果を確認しておいた。色々な絵を浮かび上がらせられたから大丈夫だろうと思う。

 そんなこんなで、今日は彼にスカされ続けたなあ、と思っていたら、帰りのホームルームが終わった途端にマンツーマンのマークをされたのだった。
 昨日と同じように席を一つ開けているとは言え、じっと待たれるのは気になって仕方ない。
 これはあれか、僕のルーチンワークにも似た、本を愉しむ時間を、あの超能力とも言えるバグ技の検証のために一時的に減らす、またはそれ自体を休む必要がある、ということじゃないだろうか。
 せっかく先生が勧めてくれた本を集中して読めないなんて、先生に対してよくない態度になってしまうし。
 それか、小さなポリシーを捨てて、本を貸し出させてもらって家で読むか……でも、それをするとゲームをする時間が……。うん、ポリシーどうこうじゃなくて、単に読書という趣味よりもゲームという娯楽の方が優ってるというだけの話だった。何がポリシーか。
 優先事項は変わらない。ならば何か一つを捨てるのであれば、それは読書ということになる。
 僕は席を立ち「聖なる槍と光の剣」を持って先生のところに行った。
「あら? 今日は随分と早く読み終わったのね?」
 その一言だけで心が痛む、が、「いえ、今日はちょっと調子が悪くて。なので、また改めて読ませてもらうことにします」そう言って先生の目の前、受付のテーブルの上に置いた本を先生の方に押し滑らせる。
「え……? 大丈夫?」
「はい。なので今日はもう帰ろうかと思います」
「そ、そう……気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございます。では、失礼します」
 僕は軽く頭を下げてカバンを持って図書室を出る。それに続けてメガネくんも図書室を出る。
 先生が立ち上がってこちらを見ていたような気もするが気のせいだろう。気のせいだと思う。
「よかったのかな」
 廊下に出てすぐにメガネくんが話しかけてきた。
 僕はそちらを見ずに「本はいつでも読めるから」と答えた。変に受け取られないように、なるべく感情を出さずに気をつけた結果、逆にトゲトゲした感じになってしまって内心焦る。
「いや……いや、んん。分かった。時間を作ってくれてありかとう。また喫茶店に移動するので良いだろうか」
 僕は頷いて下駄箱に向かう。それ以上の会話はないままに、僕らは、自転車で喫茶店に向かったのだった。
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