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はじまり

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「凄いバグ技を見つけてしまった」

 図書室の先生のお勧めの物語を読み終わって本を閉じたタイミングだった。いつの間にか二つ隣の席に座っていた同級生のメガネくんがいきなり独り言を呟いたのは。

 独り言に返事をするのもおかしいだろうし、返事をされた側も恥ずかしいだろうから、僕は何も言わずに立ち上がり、貸出・返却の受付テーブルを見る。先生は今はいないようだ。準備室に行ってるのだろうか。僕は「たぶんここら辺だろう」と当たりをつけた棚に戻しに行った。

 さっき独り言を言っていたのは、同じクラスだけどあまり付き合いのない無口な目兼めがねくんだ。彼が教室で誰かと話す姿を見た記憶がほとんどない。いや、僕も同じようなものなんだけど。

 本を戻し終わり、カバンを取りにさっきまで座っていた席に戻る。メガネくんはまだ同じところに座っていた。本を読んでるわけでも、宿題をやってるわけでもなさそうだけどどうしたんだろう。
 夕暮れ時のこの図書室には、図書室の先生以外には彼と僕しかいないという状況。クラスメートだし流石に無視するわけにもいかない。
「メガネくん、お先に失礼するね」
 自分で口にしてみて、あり得ないくらい他人行儀になってしまったなと思いながら、カバンを持って出口に向かおうとした時だった。

「ちょっといいだろうか」
 彼はこちらに顔を向けて話しかけてきたのだった。そして、先程と同じ内容を繰り返したのだ。
「凄いバグ技を見つけてしまったんだ」

 バグ技、と聞いて僕が即座に思い浮かべたのは、ゲームの仕様外の動作を利用して何かしらを発生させること、だ。
 つまり、ゲームの話なんだろうけど、彼とはあまり話したことがないし、僕は実はゲーム大好き人間だけど、学校の友達とはゲームの話をしたことはない。というか、そもそも仲良く話せる友達がほとんどいない。まあ、それはさておき、なんて答えればいいのか分からなくて一瞬フリーズしてしまう。

「唐突ですまない。ただ、なんとなくだが、ボクが見つけたバグ技を検証してもらうのはキミが適していると思ったのだ。少し、時間を貰えないだろうか」

 メガネくんって話し方が硬いって言うか……厨二なのかな。いや、僕らは二人とも高二だけどね、とか。くだらないことを考えてみたり。そしたらなんか、フリーズが解けて、ゲームのチャットでもしてる気分になってきたんだ。

「うん、いいよ。なんのゲームかしらないけど、なんか興味でてきたから」

「ありがとう。では早速見てほしいのだが……」

 いや、早速って。スマホゲーか携帯ゲーム機なのかな、と言うか学校でゲームはダメだって……「えっ!?」僕は今度こそ本当にフリーズしてしまった。
 彼は自分がかけているメガネ右手で摘み、おでこの辺りまでそれを持ち上げ、寄り目をして僕の後ろの方を見ながら、左手を前に伸ばし何かを掴んだ。

「……というバグ技なのだが、どうだろか」

 そう言った彼の左手には、いつの間にか、さっきまで僕が読んでいた本、「一番難しくて優しい迷宮」が掴まれていたのだ。

「手品……?」

 どうにか口から出せた一言はそれだけだった。
 彼は首を横に振り、さっき僕が本を返しに行った本棚を指差す。

「お手数なのだが、本棚を見てきてもらえないだろうか」

 僕は考える力がなくなってしまったかのように、彼の言葉にこくりと頷いて、ついさっき本を返した棚に移動し、そこに戻したはずの本がないことを確認する。
 先生と彼以外にも誰かがいて、僕が置いた本をすぐにとって彼に渡した……?
 静まり返った図書室。僕は周りを見渡してみたけど誰かが見つかるはずもなく。

遠見とおみくん、今、君の周りには誰もいないね。そして、そこにこの本はない」

「そう……だね」

 僕はもう一度本棚を見てみる。すると見てる目の前で、一冊分空いていたスペースに、「一番難しくて優しい迷宮」が突如現れたのだ。
 ばっと彼を振り返ると、彼は先ほどのようにメガネを持ち上げて、寄り目をしながら左手を前に……そう、持っていた本を本棚の隙間に入れ込むようにしていたのだった。

 メガネくんは席を立ち、僕の方へやってきた。

「これが、僕が見つけてしまった凄いバグ技なのだがどうだろうか」

 彼は目頭を親指と人差し指で押さえながら、そう言ったのだった。
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