暁の天中殺

sara,da油

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一章

現代の陰陽師

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 2020年3月──東京都新宿。

 都会の中心、聳え立つビル群の中に──そのホテルはある。

 自動ドアが開き、絢爛な空間が広がる。

「いらっしゃいませ。 おひとり様ですか?」

 フロントに立つ、黒いタキシードの男が尋ねてくる。

「ああ。44号室を貸してくれ」

「……かしこまりました」

 男は『STAFF ONLY』と書かれた扉を開き、奥へ行くよう促す。

 扉の先は、急な下り階段になっており、扉越しには見えないようになっている。

 階段を降りると、すぐに行き止まりの壁に突き当たる──

 壁に手の平をかざし、『氣』を壁全体に流し込む。

 ──突如、現代では馴染みの薄い、古風な屋敷が目の前に現れる。

 来る度に、どういう仕組みなのか考えるが、「『そういう類の術』には明るくないからな」と、決まり文句のように、結論を出していた。

 屋敷内に足を踏み入れる。長い廊下を抜け、庭園に面した襖を引くと──

 若い男が1人、スマホとにらめっこをしていた。

「丁度5分前。毎度律儀だね。小鳥遊 晴翔たかなし はると君」

「安倍さんも、御変わりないようで何よりです」

 安倍 宗次郎あべそうじろう──安倍家の当主であり、身分を気にせず、誰に対しても分け隔てなく接する。というと、かなり好印象に聞こえるが、そうではない。この人のことを、端的に、そして直接的に表現するなら──クセの強い陰陽師の中でも、随一の変人である。

「立ち話もなんだし、まぁ座りなよ」

「──失礼します」

 予め用意された座布団に腰を下ろす。我々の間にある大きな机には、数えきれないほどの、の書類が乱雑に置かれている。

「はぁ……」

 思わず溜息が漏れた。

「仕事しないでスマホ見てたんすか」

「ん?ああ、これかい?──小鳥遊くんは、適材適所って言葉、知ってるかな。私には、『こういうの』は向いていないんだ」

「それ、上になんて言ってるんすか?」

「普通に、必要性を感じないって言っているよ。彼らは、聞く耳を持たないがね」

 代々、安部家の当主になる人間は、幼いころから俗世の人間とは異なる生活を送るため、社交性や価値観が、他と乖離した人間が多いと聞く。

 しかしこの男は、俺が知っている人間の中でも、特にそれが顕著で、他の陰陽師も、それを理由に彼を嫌うものが多くいる。

 先代の当主が人格者であったことも、それに拍車を掛けていた。

「聞いた俺が馬鹿でした」

「まぁそう言ってくれるなよ。それに、ネットサーフィンも、立派な仕事の一環だ」

 持っていたスマホの画面をこちらに見えるよう机に置く。

 画面にはSNSに投稿された一枚の画像が映し出されている。いいねやリプライも相当の数がつき、多くのアカウントに拡散されていた。

「やっぱ遊んでるだけじゃないっすか」

「これだから最近の若い子は。よく見てから言ってほしいねぇ」

「俺ら、歳殆ど変わらなかったですよね……」

 呟きの内容を要約すると、画像の人物がしているコスプレのキャラクターの元ネタを教えてほしいという、ごくごく普通のもの。

 添付された画像には、狐のような耳と尻尾をつけた、赤い着物の、幼い少女が写っている。

 正直、その手の話には明るくないが、このくらいの年齢の子も、コスプレとか興味あるものなんだろうか……

「で、この投稿のどこが、仕事に関係してるんすか……言っときますけど、俺はアニメとか漫画は疎いんで──」

「小鳥遊くん、『殺生石』って、聞いたことあるかい?」

 急に声のトーンが下がり、突き刺すような視線をこちらに向ける

 ほんと、この人と話してると、オンオフの激しさに風邪をひきそうだ。

「名前くらいは聞いたことあるますけど──正直あんまりですね」

「殺生石──かつて、鳥羽上皇を篭絡した『玉藻前』という妖が、当時の陰陽師である『安倍康成』に、その正体を見破られ、この石に封印したという……」

 改めてスマホの画面に目を向ける。

「つまり、が玉藻前だと?」

「憶測だけどね。先日、偶々那須で任務を行っていた隊から、殺生石が割れているとの報告を受けてね。パニックを回避するため、見かけだけは復旧しておいてもらったが、あそこは、現地の人間は勿論、観光客すらよく通る場所だ。世間に広まるのも、時間の問題だろう」

 玉藻前──現代では、その名を知らぬ人間はいないほどの知名度を持つ。様々なメディアに登場する玉藻前は主に、九つの尾を持つ絶世の美女として描かれる。

 もし、この現代で、それほどの知名度を誇る妖が、復活したとなれば──

 妖の強さというのは、大体の場合、その者への『おそれ』によって決定づけられる。

 恐怖や信仰、単なる尊敬から憧れまで、あらゆる『認知』は、彼らへの『おそれ』に繋がる。

 数々の創作物によって、歪んだ形ではあるが、認知されている『玉藻前』という妖は、どれほどの力を持つことになるだろうか──

「どうしたんだい?そんなに睨みつけて。もしかして──こういう子がタイプ?」

「人をロリコンみたいに言うのはやめてくれませんかね」

 こっちは真面目に考えてるってのに、この人は……。

「こんな見た目でも、実際には我々の何倍も生きている可能性だってある。それに、人の好みは十人十色だから」

「だからロリコンってていで話をするのやめてださいよ!。それに、まだ本当に妖だと、決まったわけじゃないでしょうに……」

「ははっ、君、ほんと面白いね。確かに君の言う通り、まだ断定はできていない。だけど──」

 宗次郎は画面を上にスワイプし、返信の欄を画面に映す。

 そこには、投稿者に、対し批判を浴びせるコメントが多く散見された。

「まったく、ネットってのは怖いところだ。肖像権っていうんだっけ?この投稿者は、被写体である彼女に許可なく撮影しているじゃないかと、現在この呟きが炎上している。まぁ実際、この表情から察するに、許可は取っていないだろう」

 彼の言う通り、この、見ず知らずの少女は、咄嗟に後ろを振り向き、なにか得たいの知れないものでも見たかのような──そんな驚いたような表情をしている。

「封印から解かれたばかりの妖なら、写真を撮られたことがわからなかった……?」

「それもあるが──重要なのはそこじゃない。この投稿者は炎上した結果、所謂特定という行為をされていてね。性別や年齢、通っている学校など、かなり詳細な個人情報が、世間に公表されてしまった。無論、この写真を撮った場所もね」

「──それが那須だったってことですか」

「理解が早くて助かるよ。君には、復活した『玉藻前』の捜索と──を頼みたい。できれば穏便にね」

「つまり、滅しろ。ってことですよね」

 少しの間を置き、彼は口元を緩める。

「そうとは言ってない。もしかしたら、案外、人畜無害な妖かもしれないよ?」

「いるわけないでしょう、そんなやつ」

 妖は、『おそれ』を集めるために生きている──

 というか、そうしなければ、生きてはいけない。

 妖にとっての『おそれ』を集めるという行為は、人間で例えるなら──食事。

 どんな人間だろうと、何も食べなければ生きてはいけない。

 故に、人間と妖は──

「いるんだよ。極稀にね──」

 まるで、目の当たりにでもしたことがあるかのように、目の前の男は言い放つ。

「まぁ、本当に稀有な例だし、あまり深く考えなくていいよ」

 なら最初から言わないでくれ。と、喉元まで出かかったが、流石にやめた。

「それじゃあ、失礼しますね」

 要件はわかった。人探し──いや妖探しか。まだこの少女が妖だと決まったわけではないが、どちらにせよ、封印が解けた『玉藻前』を、野放しにはしておけない。

 今晩準備して、明日の朝にでも、那須に向かうか……。

「あ、ちょっと待った」

 立ち上ろうと、足に力を入れた瞬間、呼び止められる──。

 宗次郎は、重い腰を上げ、後ろのタンスから3枚の書類を取り出し、こちらに差し出した。

「君に同行する陰陽師のリストだ」

「──は?」

 勿論、事前の説明は、一切受けていない。

 てっきり1人で行くものとばかり思っていた……。

「別にいいですけど──そういうことは、先に言ってくれませんかね」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 聞いてねぇぞ……。

「まぁ細かい事はいいじゃないか」

 全然、細かいことじゃないだろ──

「君の実力を疑っているわけじゃないが、1人の力には限界がある。ましてや、今回の相手は大妖怪、いや──神に匹敵する力を有しているかもしれない。今後のことを考えても、今のうちに小隊を組んでおいたほうがいい」

「ちょっと待ってください、同行するのって今回だけじゃなくて、隊を組むことになるんすか?」

 現代の陰陽師には、近年の殉職率増加に伴い、常に2人以上で行動をともにする『小隊』というシステムが存在する──

 個人の能力、性格、術、属性を考慮し、最大5名の陰陽師を1つの『小隊』へとまとめる。

 このご時世、隊を持たずに陰陽師をしているものは、活動を始めて間もない者か、あるいは──

 何らかのを抱えてる者。

「嫌かい?」

「嫌ってことはないですけど、師がなんて言うか……」

「その点については、私の方から既に伝えてあるから、安心していいよ」

 余計心配になった……。

「各々の連絡先はそこに載ってるから、集合場所や日時はそっちで決めてくれ」

「……わかりました。俺はこれから準備があるんで、失礼します」

 ため息交じりに返事をし、その部屋を後にした。
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