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序章─狐の嫁入り─
再訪
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「兄ちゃん、これ女物の着物だぜ?」
「仕事で使うものですので…お気になさらず」
「へぇ…まぁ確かに、あんた綺麗な顔立ちしてるもんな…陰陽師ってのはそっちもしなきゃなんねぇのけ。大変だねぇ……」
「そっち…?ああすいません。人を待たせてるのでこの辺で」
「おう、頑張りなよ!」
呉服屋を後にし、人気のない物陰に向かう。
「よし。これで君が妖だとは、誰も気づかないだろう」
村に到着してまず泰成だけが街へ出向き、頭巾と大きめの着物を購入した。その後、物陰で隠れていた玉藻前と合流し、耳と尻尾を隠すために着替えてもらった。
「本当にこんなもので大丈夫かの?」
玉藻前は頭巾を押さえ、もの言いたげな目で泰成を睨んでいる。
「大丈夫さ。君はその耳と尻尾がなければ、人間の女の子にしか見えないし」
泰成の忖度ない感想を聞き、えもいえぬ表情を見せた。
「今の発言は不敬……いや、その件はもうよい。元々、神社に参拝に来る者たちが、普段どんな生活を送っているのか見るためにここまで来たわけじゃし、人間に見えるというなら、都合が良いというものじゃ……」
(そういう理由だったんだ…僕はてっきり一人で神社にいるのが寂しいからだと思ってたけど、これは言わないでおこう)
考えが顔に出ていたのか、玉藻前の視線が鋭くなり、僕を睨みつけた。
「お主、今なにか失礼なことを考えておったじゃろう」
「ああえっと、そういう理由なら、団子屋の伊吹さんなんてどうかな。この間参拝に来てたし」
図星をつかれ、動揺しながら話題を変えた。
「…まぁ構わんが、場所はわかるのか?」
「それなら大丈夫。元々いつか一緒に行こうと思っていたんだ。案内するよ」
僕は彼女の手を引き、村の端にある団子屋へ向かった。
店の近くまで来ると、醤油とお餅の香ばしい匂いがした。
僕たちはお店の前にある縁台に腰を下ろし、台所を覗いた。
中では看板娘の娘さんが一人で接客をしていた。
「伊吹さんの姿が見えないな。ちょっと娘さんと話してくるね」
席を立とうとした途端、袖を引かれ、振り向いた。
「ちょっと待てお主、まさかこのまま、わしを一人にする気か?」
彼女の必死な姿に、思わず笑みが零れた。
「大丈夫だよ。すぐ戻る。伊吹さんに、君のことを伝えてくるだけさ」
僕の言葉を聞いて、彼女は手を緩めた。
「ありがとう。行ってくるね」
彼女はそっぽを向きつつも手を振って返してくれた。
僕は娘さんに、伊吹さんの居場所を聞いた。
話によると、先ほど店の裏手から物音が聞こえたと、様子を見に行ったきり、帰ってこないそうだ。
「お父ちゃん、どこまで行ってるんだろう。何もないなら、すぐ帰ってくればいいのに…」
直後、店の裏からおぞましい気配を感じる。
「ちょっと探して来ます」
考えるより先に身体が飛び出した。
店の横道を通り、裏手に出る。林に面したそこは、昼間にも関わらず人通りが少なく、彼らがいるのには適した場所だった。
(姿は見えないけど、間違いない…妖だ…)
人間が外界を認識するために発達させた感覚である五感。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
そして、人間や妖、身の回りの全てのものが発している『氣の流れ』を感じることができる第六感。霊感や直感など、呼び方は様々あれど、本質は変わらない。
氣の修行を積んだことのある人間や、身体が氣で構成されている妖ならば、第六感を研ぎ澄ますことで潜んでいるものの気配を探ることができる。
僕が一歩足を踏み出すと、木の隙間からそれは姿を現した。
赤黒い肌。大きな身体に、長く伸びた角。
───鬼か…。
堰を切ったように巨体がこちらに迫る。
狙いは喉元。爪で掻き切ろうって魂胆か。人間を殺し慣れてるな…。
喉元へ伸びてきた腕を左手で払い、右腕で下腹部を貫く。
妖の身体は、人間のそれとは構造が違う。
人間は、肉体が先にあり、そこを氣が回ることで生きている。
しかし妖の場合はその逆。氣の塊が身体を形成することで肉体を保っている。
そのため、どれだけ肉体を攻撃しようが、氣が許す限り瞬時に再生してしまう。
妖を滅する方法は二つ。一つは氣を消費させ続ける消耗戦をしかける。肉体を再生するにせよ、妖術を行使するにせよ、妖の行動には常に氣の消耗が付きまとう。こちらからの有効打がないなら、消耗戦をしかけるほかないだろう。
そしてもう一つが、先代の陰陽師である安倍晴明が見つけた妖の弱点。氣を生成する器官である『丹田』を破壊すること。
丹田を破壊された鬼は、肉体を保つことができなくなり、霧のように跡形もなく消えた。
伊吹さんはどこまで行ったんだ…?
林の中を進むと、倒れた伊吹さんを見つけ、急いで駆け寄る。
気を失っているが、目立った外傷はなく、息もある。
どうしてこんなところに──?
疑問の答えを僕は身をもって知った。
「なるほど。頭の回るのがいるな」
木々の隙間を埋め尽くすほどの鬼が、僕を包囲していた。
どうして昼間にこんな──。
いや、考えるのは後だ。
この地で妖に囲まれるのは二度目だな…昔の僕とは違うってところを証明するときだ。安部泰成──!
「仕事で使うものですので…お気になさらず」
「へぇ…まぁ確かに、あんた綺麗な顔立ちしてるもんな…陰陽師ってのはそっちもしなきゃなんねぇのけ。大変だねぇ……」
「そっち…?ああすいません。人を待たせてるのでこの辺で」
「おう、頑張りなよ!」
呉服屋を後にし、人気のない物陰に向かう。
「よし。これで君が妖だとは、誰も気づかないだろう」
村に到着してまず泰成だけが街へ出向き、頭巾と大きめの着物を購入した。その後、物陰で隠れていた玉藻前と合流し、耳と尻尾を隠すために着替えてもらった。
「本当にこんなもので大丈夫かの?」
玉藻前は頭巾を押さえ、もの言いたげな目で泰成を睨んでいる。
「大丈夫さ。君はその耳と尻尾がなければ、人間の女の子にしか見えないし」
泰成の忖度ない感想を聞き、えもいえぬ表情を見せた。
「今の発言は不敬……いや、その件はもうよい。元々、神社に参拝に来る者たちが、普段どんな生活を送っているのか見るためにここまで来たわけじゃし、人間に見えるというなら、都合が良いというものじゃ……」
(そういう理由だったんだ…僕はてっきり一人で神社にいるのが寂しいからだと思ってたけど、これは言わないでおこう)
考えが顔に出ていたのか、玉藻前の視線が鋭くなり、僕を睨みつけた。
「お主、今なにか失礼なことを考えておったじゃろう」
「ああえっと、そういう理由なら、団子屋の伊吹さんなんてどうかな。この間参拝に来てたし」
図星をつかれ、動揺しながら話題を変えた。
「…まぁ構わんが、場所はわかるのか?」
「それなら大丈夫。元々いつか一緒に行こうと思っていたんだ。案内するよ」
僕は彼女の手を引き、村の端にある団子屋へ向かった。
店の近くまで来ると、醤油とお餅の香ばしい匂いがした。
僕たちはお店の前にある縁台に腰を下ろし、台所を覗いた。
中では看板娘の娘さんが一人で接客をしていた。
「伊吹さんの姿が見えないな。ちょっと娘さんと話してくるね」
席を立とうとした途端、袖を引かれ、振り向いた。
「ちょっと待てお主、まさかこのまま、わしを一人にする気か?」
彼女の必死な姿に、思わず笑みが零れた。
「大丈夫だよ。すぐ戻る。伊吹さんに、君のことを伝えてくるだけさ」
僕の言葉を聞いて、彼女は手を緩めた。
「ありがとう。行ってくるね」
彼女はそっぽを向きつつも手を振って返してくれた。
僕は娘さんに、伊吹さんの居場所を聞いた。
話によると、先ほど店の裏手から物音が聞こえたと、様子を見に行ったきり、帰ってこないそうだ。
「お父ちゃん、どこまで行ってるんだろう。何もないなら、すぐ帰ってくればいいのに…」
直後、店の裏からおぞましい気配を感じる。
「ちょっと探して来ます」
考えるより先に身体が飛び出した。
店の横道を通り、裏手に出る。林に面したそこは、昼間にも関わらず人通りが少なく、彼らがいるのには適した場所だった。
(姿は見えないけど、間違いない…妖だ…)
人間が外界を認識するために発達させた感覚である五感。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
そして、人間や妖、身の回りの全てのものが発している『氣の流れ』を感じることができる第六感。霊感や直感など、呼び方は様々あれど、本質は変わらない。
氣の修行を積んだことのある人間や、身体が氣で構成されている妖ならば、第六感を研ぎ澄ますことで潜んでいるものの気配を探ることができる。
僕が一歩足を踏み出すと、木の隙間からそれは姿を現した。
赤黒い肌。大きな身体に、長く伸びた角。
───鬼か…。
堰を切ったように巨体がこちらに迫る。
狙いは喉元。爪で掻き切ろうって魂胆か。人間を殺し慣れてるな…。
喉元へ伸びてきた腕を左手で払い、右腕で下腹部を貫く。
妖の身体は、人間のそれとは構造が違う。
人間は、肉体が先にあり、そこを氣が回ることで生きている。
しかし妖の場合はその逆。氣の塊が身体を形成することで肉体を保っている。
そのため、どれだけ肉体を攻撃しようが、氣が許す限り瞬時に再生してしまう。
妖を滅する方法は二つ。一つは氣を消費させ続ける消耗戦をしかける。肉体を再生するにせよ、妖術を行使するにせよ、妖の行動には常に氣の消耗が付きまとう。こちらからの有効打がないなら、消耗戦をしかけるほかないだろう。
そしてもう一つが、先代の陰陽師である安倍晴明が見つけた妖の弱点。氣を生成する器官である『丹田』を破壊すること。
丹田を破壊された鬼は、肉体を保つことができなくなり、霧のように跡形もなく消えた。
伊吹さんはどこまで行ったんだ…?
林の中を進むと、倒れた伊吹さんを見つけ、急いで駆け寄る。
気を失っているが、目立った外傷はなく、息もある。
どうしてこんなところに──?
疑問の答えを僕は身をもって知った。
「なるほど。頭の回るのがいるな」
木々の隙間を埋め尽くすほどの鬼が、僕を包囲していた。
どうして昼間にこんな──。
いや、考えるのは後だ。
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