亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第10章 カルマーラ戦争編

予期せぬ侵入者たち

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戦いはヨシツグのほうへ軍配が上がっているが、それでもなお別の手を残しているのか、コーラルはまだ戦いを続けようとしていた。

そんな中、まず動き出したのはヨシツグだった。
力いっぱい足を蹴り上げ、コーラルに向かって一気に前進する。

「ハアアァァッ!」

刀の間合いにまで距離を詰めた後、刀を振り上げながらそのまま勢いよく振り下ろした。

「《海皇の鱗盾・多重障壁》」

回避は不可能だと判断し、再びコーラルは鱗模様の障壁を前方に展開する。
先ほど破られた経験を踏まえて、今度のは何層にも重ねた障壁を展開しながらヨシツグの斬撃に耐えようとしていた。

――ギイイィィン。
そして両者はぶつかり、激しい衝突音が鳴り響く。

「っ!?」

何層にも重ねられた盾によって自身の攻撃が通らないことにヨシツグは素直に驚いた。
ヨシツグはこれ以上やっても無駄だと悟り、一度攻撃を中断させ、相手の出方を窺うように後退していく。

(……防がれてしまったか。この状況でまだ防ぐ戦意が喪失していないとなると、まだ他に反撃の手立てがあるのかもしれないな)

冷静に現状を把握しつつ、ここからどう動くか思案する。

(向こうに動きはまだ……ないか……。それなら、こちらから仕掛けてみるか)

下手に動かれるより、こちらから攻撃を仕掛けて相手の次の手を潰すほうが得策だと判断し、ヨシツグは再び前に出ようとする。

(……来たわね。悪いけど、これ以上あなたの好きにさせるつもりはないわ)

再びヨシツグが向かってきてもコーラルは動じず、反撃に出る。

「呪歌――破滅の序曲・第一節《ルイン・プレリュード》」

悲しく悲哀に満ちた歌声がコーラルの口から発せられる。

「……歌? ――っ!?」

急に歌い出したコーラルに疑問を感じるが、構わず突き進もうとする。
しかし、その後すぐに謎の不快感が体全体にのしかかり、途端に体に異常をきたしてしまう。

「……な、なんだ?」

あまりの体調の変化に、前に進んでいた足も止まってしまう。
そして、体が思うように動かず、ふらふらと平衡感覚すら失われつつあった。

(うまくいったわ……。これで奴の動きは封じたも同然)

呪歌がヨシツグに効いたことを確認し、コーラルは静かに笑みを浮かべた。

(でも、まだ安心はできないわ……。鬼人族については私もまだよく知らない種族よ……。私の知らない隠された能力がある可能性も捨てきれないし、ここは一気に畳みかけるわ)

「……こ、こいつらは……?」

体に異常をきたしているヨシツグに追い打ちをかけるように魔物の集団が海から船によじ登りながら甲板に侵入してきた。

(この非常時に魔物まで現れただと……。しかし、この状況はあの女にとっても都合が悪いはず……)

このままではヨシツグが魔物に襲われることになるが、それはコーラルのほうも同じこと。
多少の犠牲を払うもののこれで流れは変わると思いきや、

「……ああ、そうか。これもあの女の仕業か……」

魔物たちの目を見た瞬間、狙われているのは自分だけだと理解した。
どの魔物もコーラルのことなど視界にすら入れておらず、まっすぐヨシツグだけに集中している。

(呪歌を唄っている最中、他のことはできなくなってしまうけど、呪いをかけた魔物たちを呼び出すことぐらいはできるわ。……もちろん、襲わせることもね)

コーラルが無防備状態になってしまうので、この状況は危険ではあるが、彼女には自分の手足となってくれる魔物たちがいるので呪歌に専念することができている。

そして、コーラルが仕向けた魔物たち取り囲まれてしまったヨシツグは絶体絶命の危機に陥っていた。

「……っ!」

「グワアアアァァッ!」

「ギャアアアァァァッ!」

それまで睨みを利かせていた魔物たちが突然咆哮を上げ、一斉にヨシツグに襲い掛かる。
ヨシツグは呪歌の影響を受けている状態の中、迎撃に向かおうとするが、やはり調子が戻っていないせいか、動きにキレがなかった。

「……くっ! 思うように動かせない……。この状況……やはりあの歌のせいなのか。まったく、外海というのは本当に私を驚かせてくれるな」

皮肉混じりの言葉を口にするが、それでこの状況が好転するわけがなかった。
しかしさすが侍と言ったところか、刀を振り、氣を練り上げながら魔物からの攻撃にわずかだが対抗している。

体の異常も持ち前の技術を駆使して意外にも善戦していた。

(し、しぶといわね……。私の呪歌もいつまでも維持できるわけじゃないわ。こうなったら、あの魔物たちにさらなる呪いの強化を!)

魔物たちにかけられている呪いによる強化を強制的に引き上げる。

「ガアアアアァァッ!」

さらなる強化を受けた魔物たちは、獣のような咆哮を上げ、凶暴さが先ほどよりも増していた。

「――っ! ――っ!」

再び繰り広げられる戦い。
しかし、先ほどとは打って変わって魔物たちの攻撃に変化があった。

一撃一撃に威力だけでなく重さも感じられ、対処することが困難になってきている。
通常であるならそれでも問題ないのだろうが、今のヨシツグはコーラルによって弱体化しているようなもの。

徐々に追い詰められつつあった。

「……っ。……しまった!」

集団で攻め続けられていたためか、侍であるヨシツグが刀を手から落としてしまった。

(……ここだわ!)

これを好機と見たコーラルは、ヨシツグに刀を拾わせる隙を与えぬように魔物たちを仕向ける。
ヨシツグを取り囲み、まるで蹂躙するように攻撃を加え続けていた。

(……反撃されている様子もない。これはもしかして、敵もなす術がないといった状況なのかしら?)

先ほどから魔物たちがやられている様子も攻撃が対処されている様子もなく、一方的にこちらの攻撃が通っているように見えていた。

最初は、まだなにかあるのではないかと警戒していたが、なにも起きていないところを見ると、どうやら本当に魔物たちの餌食になっているようだ。

(か、勝った……。これで邪魔者は消えたわ……)

コーラルの行く手を阻む障害がこれで排除されたと思い、コーラルは再び笑みを浮かべていた。

(……でも、敵がこの場所を嗅ぎ付けた以上、あまり長く留まってはいられないわね。ここには仮とはいえアトランタの国王が乗船しているのよ。もしも、あのバカ王子が敵の手に落ちでもしたらせっかくの戦争が終結してしまう恐れがあるわ)

それでは、コーラルが思い描いていたシナリオと大幅にズレてしまう。

(それに、あの王子には戦争が終わった後にもまだ働いてもらわないといけないのよ。ここで奪われてしまっては私の計画が……。やはり、あの手を打っておいたほうがよさそうね)

胸中でそのようなことを考え込みながら対策に講じていると、

「……っ?」

遠くのほうでなにやら声が聞こえてくる。
それは人や魔物の声が入り混じったような声だった。

普通なら戦場で聞こえてくる戦闘音だと思い、気にもしないのだが、それらの声はどんどんと大きくなり、こちらに近づいてきているようだ。

(いったい、だれ……? ここはアトランタ側の本陣でもあるから敵の侵入を許さないためにも、周囲は船と魔物で囲んでいるはず。まあ、目の前に例外がいるけど……それでも他にここまで来れる奴なんているわけない……はず)

味方の船という可能性もあるが、アトランタ側の勢力に埋め込んだ呪いによって、すべての位置を把握しているため、それはありえないとすぐに分かった。

(……それじゃあ、いったい誰が?)

コーラルは正体が気になり、少し体を海のほうへ近づき、視線を横に向けた。

(……あれは船? いいえ、遠くから見える形や海の動きからして船じゃない。……それにしても、なによあの数は。なにかが集団でこっちに向かってきているわ)

視認することはできていないものの、遠くから見える影の形から単体ではなく、大軍を率いて向かってきているように見えた。

そして遂に、コーラルの前にその影が正体を現す。

「見つけたぞ! あそこだーっ!」

「――っ!?」

(な、なぜ奴らがここに!)

その正体はコーラルにとって見慣れた者ばかりだった。

(なんでコーラルとマリアーナたちが……? そ、それに先頭にいるのはアルカディアのアマハとかいう奴じゃない。……どうしてこの場所が分かったのよ!)

どうやって、ここを突き止めたのかまでは分からないが、紫音たちは最初からこの場所を目指して進んでいるように見えた。

(……ハッ! 今はそんなことを考えている場合じゃないわ。どうにかして、奴らの足を止めないと)

そう思い、コーラルは海中に配置していた魔物たちを紫音たちの進行方向へ仕向ける。

(これで、少しでも時間を……)

「やれー! お前たち!」

「グオオオォォッ!」

(――なにっ!?)

紫音たちの行く手を遮るように立っていた魔物たちとは別に、その集団に向かって襲い掛かっていく別の魔物たちが海から飛び出してきた。

突如として始まった魔物同士との戦い。
しかしこの戦いのせいで、紫音たちに割く人員がいなくなってしまい、そのまま紫音たちの侵入を許してしまった。

(……くっ。いったい、なんなのよあの魔物たちは。ここら一帯の魔物は、すべて私の呪いに侵されているから私以外の言うことを聞かないはずよ。……まさか、こことは関係ないところから引っ張ってきたというの)

まさか自分以外に魔物を操る術を持っている者などいないと思っていたため、この状況を前にして驚きを隠せずにいた。

「……そうか。やっと、来たか。まったく……待ちくたびれぞ」

「――っ!」

「さあ、この茶番も終わりにするとしよう。神鬼一刀流・じゅうノ型――『百鬼羅刹天』」

瞬間、ヨシツグがいるところからまるであらしのような風が吹き荒れる。

(こ、今度はなに……)

「ギャアアアァァァ!?」

吹き荒れる風の中から聞こえてくれるのは阿鼻叫喚の声を上げる魔物たちの声だった。
その声を上げるたびに一体、また一体と魔物が外に弾き飛ばされていく。それらすべてには、無数の傷跡が残されており、中でなにがあったのかを物語っていた。

「……ふっ。もう終わりか……」

嵐のような風はすっかり鎮まり返っており、去った後にはヨシツグだけが残されていた。

「……バ、バカな。いったい、なにをしたの……」

あまりの展開に呪歌を唄うことをいつの間にか止めていた。
それもそのはず、今のヨシツグは呪歌の影響などまったく受けていない様子だった。

「どうやって私の呪歌から逃れたっていうのよ! さっきまでは苦しんでいたはずなのに!」

「……ああ、やはり不調の原因はあの歌のせいか。あんなもの氣功術を使えばいくらでも対処できる」

「き、キコウジュツ……?」

「いくつか対処法はあるが、今回は氣で体を覆い、外部からの接触を遮断することであの妙な歌の影響から回避させてみせた。どうやら直接聴かない限り、効果はないようだな」

(案の定、私が知らない能力かなにかで攻略されたみたいね……。まあこのくらい、ある程度想定していたからいいけど……)

過ぎてしまったものは仕方がないと思い、この状況を受け止めるが、それでもコーラルには一つ腑に落ちない点があった。

「どうして、最初から反撃に出てこなかったの? すぐに攻略の手立てが見つかっていたのならわざわざ魔物どもからの攻撃を受けず、そのまま無防備になった私のところにまで来ればよかったじゃない」

コーラルの言う通り、あのとき魔物の集団を突破し、コーラルのもとまで向かっていれば、容易に討つことができていたはず。
しかし、あえてそれを行動に移さなかったことにコーラルは疑問に感じていた。

「……ふっ。簡単なことだ。お前をここに留めておくために時間稼ぎするよう頼まれたんだよ。そのために一芝居を打たせてもらった」

「た、頼み……? いったい、だれに……?」

「それよりもいいのか? 私にばかり気を取られていて」

「……っ?」

「……っ。ああ、もう遅かったようだな。お前の時間稼ぎを依頼した男がここに来るようだぞ」

そう言いながらヨシツグは、横方向に指をさしながらふっと笑ってみせる。それにつられて、コーラルもその指が指し示す方向に顔を向けた。

「――やっと、追いついたっ!」

「あ、あなたは!?」

そこには、魔物の背中に乗りながらコーラルたちを見下ろしている紫音の姿があった。そして紫音は、そこから船へと飛び移り、ヨシツグのほうへ駆け寄る。

「ヨシツグ、よくやってくれたな。悪かったな……。変なことを頼んで」

「気にするな。このくらい、私にとって造作もないことだ」

(……っ!? あの鬼人族の言う通り、このニンゲンから目を離していたせいで、ここまでの侵入を許してしまうなんて。……あっ! ま、まさか……)

ふとコーラルはあることに気付き、再び紫音が飛び移ってきた方向に顔を向ける。

「エメラルダお姉さま! また会えましたね! もう逃がしませんよ」

「エメラルダ姉様、事情を聞かせてもらいますよ」

紫音に続くように、今度はリーシアやマリアーナたちまで船へと侵入してくる。
この状況はさすがに想定していなかったためか、コーラルの額からは冷や汗を流れ、すぐにでもここから逃げたくなり、一歩後ろのほうへと後退させていた。

「観念しろよ、コーラル! もうどこにも逃げ場はないぞ!」

「ア、アマハ……!」

あっという間に戦況は変わっていき、コーラルは窮地に立たされてしまった。
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