亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第10章 カルマーラ戦争編

密室からの脱出

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ときはアトランタ軍がオルディスに乗り込む少し前にまで遡る。

「……あ、またですね……」

「さっきの地震といい、ときどき聞こえてくるこの妙な音はなによ……?」

敵の策略に嵌められ、監禁状態に陥っていた紫音たちは、遠くから時折聞こえる爆発音に疑問を覚えていた。

「どうでもいいでしょう……。どうせアタシたちはここから出られないんだから」

みんなが気になっている中、ローゼリッテは心底どうでもいいといった雰囲気を出しながら大きなあくびをしている。

「まったく……あんたって奴は……。ねえ、紫音からもなんか言ってやりなさいよ」

すでに諦め状態にいるローゼリッテの態度を改めさせるため、紫音に焚き付けてもらおうとするが、

「…………」

「シ、シオンさん……」

当の紫音はと言うと、ずいぶんと前から俯いた状態で一言も喋らずにいる。
少し気を抜いてしまえば、その存在すら見失ってしまうほど希薄していた。

「あのね、紫音……? いつまでもそうしてないで、脱出する案でもなんでもいいから出して、少しは会話に参加しなさい!」

「フィ、フィリアさん……落ち着いてください」

「うるさいわね……。こっちは同じ部屋に何日も閉じ込められて変になりそうなのよ! 暴れ回らないだけでも感謝しなさい!」

そろそろ限界に近いのか、フィリアの言動が荒々しくなり始め、精神自体にも異常が起き始めている様子だった。

「…………」

すると、フィリアの呼びかけでも聞こえたのか、紫音はむくりと起き上がった。そしてそのまま、のそりと重い足取りで歩いたかと思ったら、なぜかメルティナの前で止まった。

「シ、シオン……さん?」

「……ティナ」

「――きゃっ!?」

メルティナの名前を呼びながら紫音は、キスでもするんじゃないかと言わんばかりに自分の顔をメルティナのほうへと近づける。
顔と顔が触れそうなほど近距離にまで詰め寄られ、メルティナは気恥ずかしさのあまり小さな悲鳴を上げながら尻餅をついてしまった。

「ちょっ!? 紫音! あんた、なにやってんのよ」

さすがにこれ以上はマズいと思ったフィリアは、紫音の腕にしがみつき、メルティナから引き剥がそうとする。

「なあ、ティナ……」

「ま、待ってください……シオンさん……」

「お前…………パムル爆弾持っているか?」

「わ、私、まだ心の準備が……って……へ?」

予想していたものとはまったく違う質問をされ、なんとも気の抜けた声が出てしまった。

「アルカディアを出発する前にけっこう渡したけど、まだ残っているか?」

「え、ええ……。今回はまだそれほど使う機会もなかったので、まだ残っていますが……」

「そうか……」

メルティナの答えに、どういうわけか紫音は満足したように笑みを浮かべていた。

「え、ええと……。一応聞きますが、あれをなにに使うのか聞いてもいいでしょうか? あれ一つだけでもかなりの威力があるんですが……」

パムル爆弾とは、現状アルカディアでのみ、生息しているパムルの実という名の植物を材料として作られた爆弾である。
そのパムルの実は衝撃を加えると、中の実が弾け、殺傷力の高い攻撃を周囲に与えるという特徴がある。

この特徴を利用して作られたのがパムル爆弾なのだが、あまりにも危険な代物なので、なんの目的で使用するのか、気になり訊いてみると、

「決まっているだろう。……ここから出るためだよ」

「で、出るため……ですか」

どうやら脱出のために使用するようだが、そう言っている紫音の目はどこか虚ろで据わっているようにも見えた。

「入り口でありったけのパムル爆弾を置いて起爆させるんだよ。いくら海鉱石製で頑丈だといってもこいつの威力には負けるはずだ。……そうだ、これがいい。そうすれば、戦争にも間に合う……」

「なに言ってんのよ! このバカ! 運よく扉が壊れたとしても部屋の中にいる私たちは無事じゃすまないかもしれないのよ!」

「なあに、心配するな。爆発の余波ぐらい俺の刀で吹き飛ばしてやるよ。夢の中でもできたから大丈夫なはずだ」

「こいつ……ついにおかしくなったわね。あんたたち! このバカが妙なマネする前に取り押さえるわよ」

気が触れた紫音を抑え付けるために、フィリアはメルティナだけでなくエリオットたちにも声をかけ、協力を求める。

「……あ、ああ、分かった」

状況がうまく飲み込めずにいたが、ただならぬ雰囲気を感じ、エリオットとアウラムはフィリアに加勢することにした。

「こ、この――っ!?」

必死に抑えるものの亜人種が束になってかかっても紫音を抑え付けることなどできるはずもなく、あっけなく振り払われてしまう。

「紫音! 確かに案を出せとは言ったけど、そんな短絡的な案はだれも望んではいないわよ!」

「…………」

「だいたいあんた、今回の戦争に加担するみたいな発言を口にしていたみたいだけど……どうしてそこまでこの国を気にかけるのよ。一度は断られたってのに……」

紫音の言動から部外者だというのに戦争に加わろうとする意志を見え、フィリアはその真意を紫音に問いかける。

「そんなの、アトランタの奴らのやり口が気に入らないからに決まっているだろ! あいつらここに攻め込む理由を作るために海を汚しやがったんだぞ。おまけに今回の戦いに教会の連中を引き入れやがった。あいつらがいるんじゃ、もはや話し合いは通じねえ。どっちかが全滅するまで終わらないぞ」

「紫音の怒りももっともだと思うけど、少しは落ち着きなさい」

「それに、あんな汚い人間の好きにさせるわけにはいかないだろう。ああいう連中は滅ぶべきだ。教会の奴らに対しても今後のことを考えて、牽制しておいたほうがいいかもしれないな」

(…………ああこれ)

その言葉を聞いて、フィリアはこう思った。

(オルディスのためかと思ったけど、違うわね。……これ、私怨も入っているわ)

オルディスだけでなく、自分自身の欲を満たすことを原動力として、動いている紫音に、フィリアは呆れ果てていた。

(いつもは表にも口にも出していないけど、紫音って人種のことをどうも信用していないというか、毛嫌いしているような雰囲気を出しているのよね。理由は分からないけど、今回はそれが完全に表に出ちゃっているわね。閉じ込められすぎて変なスイッチでも入ったのかしら?)

なにはともあれ、紫音の気持ちを知ることはできたが、かと言ってこのまま好きにさせるわけにもいかないので、再度説得しようと試みるが、

「紫音、とりあえず落ち着いて別の案でも考え――」

「こうしている間にもあのクソどもが暴れ回っているかもしれないんだ。こうなったらもうやるしかない……」

フィリアの言葉になど耳も傾けず、勝手に話を進めようとする。

「このバカッ! あんたはまだ正気じゃないんだから部屋の隅にでもいって少しはおとなしくしなさい!」

そう言いながら紫音を連れ出そうとするが、力で勝てるはずもなく、止めることができずにいた。

「ああもう! あんたたちも黙ってみてないでもう一度加勢しなさい! メルティナ! あんたもボーっとしていないで助けなさい!」

なぜかあさっての方向を見ているメルティナに、フィリアは疑問に思いながらも紫音のほうが最優先事項だと思い、声を上げる。

「あ、あの……みなさん」

騒がしくなり始めたこの流れの中、メルティナはみんなに呼びかけるように声をかける。

「なによ! この忙しいときに!」

「だ、だれか……来ます……」

「…………えっ?」

人の魔力を可視化する魔眼を持っているメルティナが、壁越しに誰かがこの部屋に向かって歩いてくる姿を捉えたようだ。

「ま、まさか……あんたたちの失踪していた姉じゃないでしょうね?」

「い、いや……それはないはずだ。先ほどから聞こえてくる不可解な音から察するに、もうすでに戦いが始まっているはずだ。戦闘中にわざわざ抜け出して、私たちに会いに来るはずがないだろう」

「そ、それもそうね……」

「……あ、扉の前にまで来ました」

その魔力の主は、紫音たちが閉じ込められている部屋の前にまで辿り着く。
……そして、

ドン。

「――っ!?」

扉の向こうから激しい衝突音が鳴り響いた。
なにかを扉にぶつけたようだが、やはりその程度では扉に傷一つすら付けられないようだ。

しかし向こうも諦めていないのか、何度も何度も扉を攻撃し続けている。
何度も鳴り響く衝突音。時間の無駄だと思ったが、しばらくすると扉に変化が現れる。

扉の一部がへこみ、少しずつではあるが難攻不落と思われたこの密室に綻び見え始めていた。
期待に胸を躍らせている中、ついに……、

ドオオオオオン。

けたたましい音を鳴り響かせながら周囲の壁もろとも扉が壊され、辺りにはその残骸たちが転がっていた。

「や、やったわ! ついに出られた!」

「……だ、だが、いったい誰が……」

ある意味、恩人とも言えるその人物の正体が気になったアウラムは、先ほどまで扉があったほうへと顔を向けると、

「……やっぱり私の読み通りだったようね。フィリアさんたちにエリオット兄さんもいるじゃない」

「セ、セレネ!?」

部屋の向こうにはセレネと、なぜかゴーレムの姿もあった。

「……え、ウソ……。なんでここにアウラム兄さんが……? ということはやはりあいつは……」

「……研究狂いのお前にまさか助けられるとはな」

「うわあ……その嫌味ったらしい言い方、確かにアウラム兄さんのようね」

「減らず口はいいから、外が今どうなっているのか説明しろ」

「……それはいいけど」

するとセレネは、きょろきょろと辺りを見渡しながら誰かを探していた。

「……ねえ? そういえばシオンさんはどこにいるの? 姿が見えないようだけど、別の場所にいるの?」

「なに言っているのよ、紫音ならそこに…………あっ」

紫音がいる方向に指を差すと、そこには先ほどセレネの手によって吹き飛ばされた扉の下敷きになっている紫音の哀れな姿があった。

「シ、シオンさ―――ん!」

なんとも悲惨な姿になっている紫音を見かねてメルティナが声を上げながら駆け寄る。

「……不運な奴ね。……でもちょうどよかったかも」

暴走していた紫音を抑えられ、フィリアとしては好都合であった。

「……ん、うぅ……」

「シオンさん……大丈夫……ですか?」

「こ、ここは……なんか重いんだけど……」

他の人たちの手を借りて、なんとか下敷き状態から脱することができた。

「あ、あれ……? なんでセレネがここに? というより、いつのまに扉が開いたんだ?」

先ほどまでのやり取りなどすっかり忘れてしまったのか、憑き物でも晴れたような顔をしている。

「……ねえ、紫音?」

「なんだよ、フィリア?」

「さっきまでのことって……覚えてる?」

「……ハア? なんのことだよ。それよりもいつのまにこんなことに……」

どうやら本当に忘れてしまったようだ。

「い、いいえ。なんでもないわ」

「みんないるみたいね。それなら時間もないことだし、さっさとこんな場所から早く離れましょう。今までのことなら走ってでもできるわ」

そう言いながらセレネは、ゴーレムに乗りながら説明がてら出口まで先導しようとする。
紫音たちもここに長居するつもりはないため、セレネの跡を追うことにした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ハア……ハア……ねえ、シオン……。疲れたからおぶって……」

「こんなときになにふざけたこと言ってんだよ! ローゼリッテ!」

出口を目指して離宮の廊下を走る中、ローゼリッテの口から発せられた緊張感のない言葉に思わずげんなりとしてしまった。

「し、しかた……ないでしょう……。ここ数日、ぐうたら生活にすっかり慣れ切っていたところでいきなり走らされるなんて……なんの拷問よ……」

「大げさな言い方するなよな。ずっと休んでいたんだから、そのツケが回ってきただけだろ? ……それよりも」

ローゼリッテを叱りつつ、紫音はセレネが乗っているゴーレムにチラリと目をやる。

「……なあ、現状を聞く前にそのゴーレムについて聞いてもいいか?」

紫音はどうしても気になってしまい、話の腰を折りながらセレネに質問した。

「……え? このゴーレム?」

「ああ、海底神殿の中でそいつと似たようなタイプの石像を見かけたんだよ。かなり強かったんだが、もしかしてそいつも……」

「そういえば、シオンさんたちって神殿に言ってきたんでしたね。お察しの通り、このゴーレムはその石像を基にして私が開発したものよ」

「それじゃあ、そのゴーレムの材質って……」

「もちろん、海鉱石を使っているわ。……とは言っても、神殿にあるような大型のはさすがに無理だったわ」

「やっぱり……。だからあの扉も破壊できたのね」

驚異的な硬度を誇る扉も同じ材質のものをぶつけさえすれば、打ち破ることなど不可能ではない。
この土壇場で海鉱石製のゴーレムを開発してくれたセレネには感謝の言葉しか出なかった。

「本当に残念だわ……。よくて、人よりも少し大きいくらいが限界。しかも加工にも限界があるから、こんな不格好な姿になってしまったのよね。……改良の余地ありね」

「なんにしても助かったぞセレネ。……だがお前、なぜここに私たちがいると気付いたんだ?」

「……エリオット兄さんたちが行方不明になった後、私とガゼット兄さんの二人でアウラム兄さん……ああ、偽物のほうね。その偽物の監視をしていたのよ」

「……偽物」

「常に私たちのどちらかは気付かれないように偽物の監視をしていて、向こうの動向を探っていたわ」

セレネはいったんそこで区切りを付け、一度アウラムのほうへと目をやる。
そこから一呼吸置いてから話を続ける。

「そしたら数日前、その偽物ともう一人がこの離れの中に入っていく姿をガゼット兄さんが目撃したのよ」

「目撃したならすぐに助けに来てくれてもよかったのでは?」

「そうしたいのはやまやまだったんだけど、この離れ全体に強固な結界が張られて侵入ができなかったのよ」

「……え? それじゃあどうやって中に?」

侵入方法について聞いてみると、セレネは得意げな顔をしながらこう答えた。

「それは当然、結界に使われている術式を解析し、どこにどう手を加えれば綻びが生まれるのか、研究したからに決まっているわ。……おかげで、数日もかかったけどなんとか間に合ったわ」

「……間に合った? ――っ!? そうだ! セレネ! 国が今、どうなっているのか詳しく説明しろ!」

セレネのこれまでの経緯が聞けたところで、アウラムは本題とも言えるオルディスの現状について問いただす。

「……分かりました。その代わり、アウラム兄さんたちも今までなにがあったのか教えてくださいね」

「……ああ、当然だ」

「それじゃあ……まず、アウラム兄さんたち……一度外を見てみてください」

セレネにそう言われ、紫音たちは近くにある窓から外を覗き見る。

「……なにか違和感に気付きませんか?」

「……違和感って…………あれ?」

再度セレネに指摘され、紫音はあることに気付いた。

「なんでここに……太陽があるんだよ……」

「……え……あれ! 本当だわ! ここって深海よね? なんで地上にあるはずの太陽がここから見えるのよ!?」

オルディスにあるはずのない太陽が、紫音たちの視界に移っており、一同自分の目を疑った。

「結論から言うと、ここオルディスはアトランタ軍の手によって、地上へと浮上したのよ!」

「――っ!?」

衝撃的な真実をセレネの口から突き付けられ、紫音たちは驚きのあまり、目を見開いていた。
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