亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第9章 呪怨事件編

それぞれの謀略・2

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オルディス王宮にある研究所。
ここでは日夜、魔道具や魔法の研究と開発が行われている。

そんな場所である者たちが秘かに集まって密会をしていた。

「……ガゼット兄さん、誰にも後をつけられていないでしょうね?」

「当然だ……。何度も釘を刺すようにお前が言っていたんだから、細心の注意を払ってここまで来たぞ」

「そう……。それなら安心ね」

「……それで、いったいなんのようだ? 会議のあとにいきなり研究室に来いって言うんだからいったい何事かと思ったぞ」

あの家族会議が終わった直後、ガゼットはセレネに呼び出しを受け、こうして彼女の研究所にまで足を運んでいた。
さらに妙なことに、その際セレネにだれにもバレずにこっそりと来るように、というよく分からない忠告を受けていた。

「ごめんなさいね。でも、どこに誰の目があるかも分からないんだから、そういうしかなかったのよ」

申し訳なさそうな顔をしながらセレネはそう言った。

「別にいいぜ。それより早く本題に移ろうぜ」

「そうね。……でもその前に、少し長くなるかもしれないけど、お茶を入れるわね」

(お、お茶……だと? こいつがだれかにお茶を振舞うなんていままで一度もなかったぞ)

研究者である彼女らしからぬ行動に、ガゼットはこれから来るであろうセレネの話に少々身構えるような姿勢をとる。
そして、二人分のお茶をそれぞれの前に出したあと、セレネの口からいよいよ切り出される。

「話っていうのはね……今回の事件のことについてよ」

「事件っていうと、兄貴とアルカディアの奴らが行方不明になった件か?」

「ええ、そうよ」

「たしか……お前は事件の捜査に加わっていたよな。なにか、事件の解決に繋がるようなことでも見つかったのか?」

「……いいえ。私が話したいことっていうのはそのことじゃないわ」

「じゃあ、なんだっていうんだ?」

もったいぶるように話を先延ばしにされ、たまらずガゼットは問い詰めるように言った。

「私が言いたいのは、今回の件……少し妙なところがあるってことよ」

「妙なところ……?」

「そう。特にアウラム兄さんの言動が少しおかしく見えて……実は疑っているのよね」

「オイオイ、まさかとは思うが、アウラム兄貴が事件に関わっているって言うんじゃねえだろうな?」

「正直言って、私はそう睨んでいるわ」

なにか確証を得ているのか、セレネは自信を持ちながら言っていた。

「そもそもアウラム兄さんって、ここ最近妙に人が変わったというか……性格が変わったように見えるのよね」

「……そうか? オレにはそう見えなかったが?」

「いいえ、間違いないわ。私だって研究者の端くれ。日頃から人間観察とかよくしているから分かるのよ」

「お前、いつもそんなことしていたのかよ……」

「今日だってそうよ。アウラム兄さんってば、シオンくんたちと話をしたいからっていう理由で自分の部屋に招いたのよ」

「えっ!? アウラム兄貴、シオンたちと一緒にいたって聞いていたけど、そんな理由でいたのかよ……」

震える声で発したセレネの発言にガゼットも同様な反応を見せていた。

「アウラム兄さんって、どちらかと言えばお父様と同じように人種と交流を深めようとしないタイプでしょう? むしろ関わり合いたくないと思っているほどよ。そんな人がシオンくんたちと話がしたいっておかしな話でしょう?」

「そりゃあまあ、たしかにおかしな話だな……」

「それに今回の件だって、アウラム兄さんの証言からシオンくんたちが一度容疑者にされたのよ。なんだか誘導されたみたいで気味が悪いのよね」

「……そういえばそうだな。ああいう証言をされたら、誰だってあいつらが犯人だと思うわな……」

それからも、どれだけ観察していたのか、セレネの口からは次々とアウラムの不審な点が挙げられていく。
ひとしきり話したあと、セレネは一度お茶に手を伸ばしながら小休憩を挟む。

「だから私、思ったのよ。もしかしたらアウラム兄さんは今回の事件に関わっているんじゃないかってね」

「……信じたくないというのがオレの本音だが……お前の話を聞いていると、無視することもできないな」

「そうでしょ。……でもこんな話、ガゼット兄さんにしかしないわよ。仮にこの話を他のみんなに言っても信じようとはしないでしょう?」

「相手がアウラム兄貴だからな……」

家族だけでなく、オルディスという国の中でもアウラムの評価は高い位置にあるため、セレネの話を信じようとするものはいないというのが二人の見解のようだ。

「……あっ! でも、エリオット兄貴とリーシア辺りなら信じるんじゃねえか」

「エリオット兄さんはこの話をする前にいなくなってしまったし、リーシアに至っては、絶対に先走った行動をするから下手に言えないのよね」

「ああ、リーシアならありえるな」

「それで、ここからが本題なんだけど……」

「……っ? いまの話が本題じゃなかったのか?」

てっきり先ほどまでの話が、ガゼットを呼び出した理由だと思っていたため、まだ本題すら始まっていなかったことに驚いてしまっていた。

「当たり前でしょう。今回、ガゼット兄さんを呼び出したのはアウラム兄さんの監視をお願いするためよ」

「か、監視だと……? オイオイ、勘弁してくれよ。オレにそんな芸当、できるわけねえだろ」

「当然よ。ガゼット兄さんに尾行とかそういうのは期待していないから」

(セレネって、ときどきこういうところあるよな……。本人は気付いていないようだが……)

人を小馬鹿にしたような言葉を放つセレネに、若干いら立ちを覚えながらもガゼットは引き続き耳を傾ける。

「なるべくアウラム兄さんと一緒に行動して、可能な限り一人の時間を作らせないようにしてほしいのよ。その間に私は単独でシオンくんたちの行方を追ってみるわ」

「単独でか……? なんでまた?」

「疑わしいのがアウラム兄さんだけじゃないからよ。エリオット兄さんとシオンくんたちをどこかに隠したとしたら必ず協力者がいるはずよ。もし、それがこの王宮内にいたとしたら、大勢で行動するよりも一人でのほうが気付かれない可能性が高いでしょう」

「まあ、言いたいことは分かるが……仮にそうだとして、一人だとますます危なくないか? なにかあっても助けを呼べないんだぞ」

「大丈夫よ。常日頃から自己防衛用にいくつもの魔道具を身に付けているから多少の危機なら逃げられるはずよ」

セレネ自身も危険と隣り合わせなのを理解しているのか、リスクを覚悟しながら操作に挑む様子だった。

「……分かった。こっちでも動いてみるが、オレたち二人でやるのか? 他の兄貴や姉貴たちの力は借りられないのか?」

「さっきも言ったけど、今回はアウラム兄さんを疑うこと前提で動いてもらうのよ。お父様やお母様はもちろんのこと、他の兄姉きょうだいもアウラム兄さんのことをすっかり信じ切っているから頼りにできないわ」

「じゃあ、リーシアは?」

「あの子もダメね。あの子はよくも悪くも裏表がないからこういう謀略には一番向いていないのよ」

「……たしかに、否定の言葉もないな」

「そういうわけで、明日から頼みますね」

こうして、セレネとガゼットとの間に密約が交わされることとなった。
他の味方などまったく皆無な状況の中、二人だけの戦いが秘かに始まるのであった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

場面は再び戻り、アトランタ。
王宮から東の方角へ進むとそこにはアストレイヤ教会の支部がある。

支部内には大きな教会があり、その中には月明かりに照らされるステンドグラスを前にして、祈りを捧げている者がいた。

「ローンエンディア卿、ここにおられましたか」

そんな時間が流れる中、突然教会の扉をバンと開かれ、オーロットが姿を現した。
祈祷中だったローンエンディアは、一度祈りを止め、オーロットのほうへと体を向ける。

「何事ですか、オーロットよ。アストレイヤ様の前ですよ」

祈祷を邪魔されたのが不快だったらしく、ローンエンディアはステンドグラスに描かれたアストレイヤ神を目にしながら叱責の言葉を口にする。

「これは失敬。実は、先ほどコーラル殿から連絡を受け、王宮への招集を言伝されました」

「招集ですか? それはいつのことです?」

「明日に至急来てくれとのことです。なんでも不測の事態に見舞われ、作戦を前倒しにするとか……」

「……分かりました。コーラル殿からの言伝、しっかりと聞き届けました」

これで用件も終わり、再び祈祷に戻れると思っていたローンエンディアだったが、なにやらオーロットは浮かない顔を表に出していた。
その顔を怪訝に思ったローンエンディアはたまらず尋ねる。

「どうされましたか、オーロット。そのような顔をして? なにか不満でも?」

「っ!? も、申し訳ございません! 騎士たるもの不覚にも感情を表に出していました」

「なにもあなたを責めているわけではありません。……それで、どうかしましたか?」

「は、はい……。実はですね……我々教会がアトランタにいいように使われているように思えてしまって、納得できないと考えていたのです」

「ふむ……。ということは、オーロットは今回の任務に不満があるのですね」

先ほどの言葉からそう解釈し、改めて問いかけると、オーロットは慌てた様子で否定した。

「い、いえ! 決して教会の意向にケチをつけるつもりはありません! ただ今回の要請が教会上層部からではなく、一国の王子からの要請だと聞き、教会が軽んじられていると感じただけです」

その答えを聞き、ローンエンディアは安心した顔を見せながら話を続ける。

「なるほど、そうでしたか。オーロット、あなた教会に所属して何年になりますか?」

「ハ、ハイ! 俺は皆さまと違って外部からの紹介を受け、所属することになったため、今年で3年目になります!」

「確か、前の場所では他国の貴族の地位にいたようですね」

「その通りです。武で名を上げた成り上がり貴族でして、紹介を受けたのも俺の武芸を見込んでとのことでした」

教会内部に所属する者には二通りに分けられる。生まれたときから教会または深く関わり合いのある組織の出の者。そして、教会の目に留まり、よそから引き抜かれる者となっている。
後者に至っては、教会としての一組織をより強大なものに築き上げるために純粋な力だけでなく、あらゆる能力に秀でている者たちが教会に属している。

「わずか数年ということは、まだアストレイヤ教会について知らないことが多いようですね」

「お、お恥ずかしながら……」

「……いいでしょう。教えて差し上げましょう」

そう言いながらローンエンディアは一度ゴホンと咳払いをしてから続ける。

「教会としての名を上げるため、忌まわしき亜人種を根絶やしにするためなど理由は様々ありますが、今回の場合は資金の調達の面が大きいですね」

「資金ですか……?」

「このアトランタは、海運都市として有名な一国家です。大陸内に限らず、外海との貿易も盛んであり、豊かな国とも言えます」

「活気づいたこの国を見れば確かにそう捉えることもできますね」

「各貿易から得られるこの国の収益も計り知れないほどあり、はっきり言ってお金が有り余っているとも言えます。金払い自体もいいでしょうから、この国が我ら協会のパトロンにでもなってくれれば、教会の資金も潤い、組織としてもより強固なものになるので、あの王子には今後の良好な関係性を築くためにも多少媚を売っておく必要があるのですよ」

なんとも打算的な腹積もりだと思ったが、これも教会のためだと思い、その考えをすぐに胸の内に飲み込むことにした。

「なるほど、そういうことでしたか。……あの、ついでにもう一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「今回の戦い、なぜ殺しの対象を参加者のみにして、オルディスとかいう人魚の国には手を出さないのでしょうか?」

教会のほうでは今回のアトランタとオルディスとの戦いに差し当たって、討伐対象を戦いに参加した者たちのみと定め、オルディス自体には手を出さないよう事前に命令を受けていた。
オーロットは、この命令に疑問を感じていたようだ。

「ああ、それですか。簡単なことです。一つは、オルディスにいる人魚を奴隷として売り捌くため、もう一つは他国に教会の力を知らしめるためですよ」

「前者は分かりますが、後者はどういう意味ですか? 他国と言ってもいったいどこに知らしめる必要があるのですか?」

「当然他の人魚の国ですよ。なにも人魚の国はオルディスだけではありません。海底にはいくつもの人魚の国が点在しております。特に今回の対象であるオルディスは人魚の国の中でも首都にあたりますので、そこが落とされたとなれば、他国から脅威の対象として見られることになるでしょう」

今回の戦いには多くの思惑があることを知り、オーロットは俄然やる気を出すようになった。

「ローンエンディア卿、ご教授感謝いたします! それではまた明日に、俺はこれにて失礼いたします!」

そう言いながら聞きたいことを聞き終えたオーロットは、教会から退出していく。
ようやく一人になれたローンエンディアはステンドグラスに描かれているアストレイヤ神に目を向ける。

(アストレイヤ様、どうか私に神のご加護を)

戦いに向けてアストレイヤ神に深く祈りを捧げながら目を瞑った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

月明かりすら届かぬ暗然あんぜんたる空間。

そこには数本の蠟燭ろうそくの火のみが明かりの役目を担っており、そのともしびから映し出される一つの影からは悪魔のような笑い声が聞こえていた。

「フフフ、計画は順調のようね」

『そうか? ジャマも入っているようだが、本当に大丈夫なのか?』

影から聞こえる声の主は女性のようで、その女性はだれかと連絡を取り合っている様子だった。

「アルカディアとかいう奴らのことね。余計な情報は漏らしていないでしょうね?」

『当然だ。下手な情報を渡してあのバカ王子がでしゃばりでもしたら堪ったもんじゃねえからな』

「それが正しい判断よ。幸いあの王子も作戦を前倒しにしただけで中止にはしなかったようだからこちらとしてはなんの問題もないのよ。こちらの計画も多少前倒しになるだけよ」

その女性は連絡先の者と結託して企てをしているようで、計画について話し合っていた。

『アルカディアの奴らはどうする? 不測の事態が起きて最初に捕らえた奴と一緒の場所に転送してしまったんだが……?』

「私がいろいろと手を施したおかげであの場所から抜け出すことなどできないでしょうから心配はないわ。アルカディアの連中については使えそうな奴らが多いようだからそのまま生かしておきなさい」

『ああ、了解した』

「では、連絡はこれで終わりにするわ。……そうだ。アルカディアの連中に一目会いたいから近いうちにそっちに行くわ。手引きお願いね」

『今回のせいで、何人かに怪しまれているようだからあまり妙な行動はとりたくないんだけどな……。まあ、いいか。段取りが決まったらまた連絡をくれ』

苦渋に満ちた声で女性の要望を了承した後、通話が切れてしまった。
連絡を終えた女性は、多少の問題が起きているものの計画自体は順調に進んでいることを知り、満足そうな顔を見せていた。

「あと……もう少し。もう少しで私の……長年の計画が成就する。待っていなさい……オルディス。私の手で次こそは……変えてみせるから」

蠟燭の灯のみで照らされているその部屋では、再びあの悪魔のような笑い声を部屋中に響き渡っていた。
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