亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第8章 人魚姫の家出編

海から来たる脅威

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リーシアのライブも終わり、気づけば店内に残った客が紫音とフィリアだけになった。

「さてと……」

紫音は席を立ち、様子を見に来たついでに声をかけようと思い、リーシアの姿を探す。

「おっ、いた。……あれ?」

すぐにリーシアを見つけることはできたが、どうやら店の店主と話をしている様子だった。
紫音はフィリアを連れて、頃合いを見て声をかけようと、リーシアのもとへ歩いていた。

「いやあ、リーシアさんのおかげで店の売上も右肩上がりで、本当に助かりました」

「こちらこそ、歌う場所を提供してくれてありがとうございます。今後もご機会がありましたらぜひお願いします」

「それはこちらのセリフだよ。予定が空いていればまたぜひ歌ってくれ」

店主はにこやかな笑みを浮かべながら再度お礼を言った。

「そのときはぜひお願い……あっ! シ、シオンさま!?」

会話の途中で紫音の存在に気付き、リーシアは一度驚いた後、紫音に飛び掛かりながら抱き着いてきた。

「うわぁ!?」

「シオンさま、もしかして私の歌を聴きに来てくれたんですか?」

「に、似たようなものかな。今日はこの店で仕事があるって聞いたから様子を見に来たんだ」

「うれしいです! 私のこと心配で見に来てくれたんですね! そ、それで……ど、どうでしたか? 私の歌は?」

抱き着くのを止め、少し距離を取ったかと思ったら急にしおらしくなりながら訊いてくる。

「とってもよかったよ。現にお客さんも楽しんでいたじゃないか」

「そうなんですけど、私としては、シオンさまの口から直接言ってほしかったんです。……でもそうですか。シオンさまも喜んでくれたんですね」

口元に手を当てながらリーシアは満面の笑みを浮かべていた。

「これはこれは、フィリア様にシオン様。お仕事ご苦労様です」

「ああ、ありがとう。ずいぶんと繁盛しているようだな」

「ホントね。この前見たときと大違いでびっくりしたわ」

「これもすべてリーシアさんのおかげです。エルヴバルムでは人気店だったので、ここでも二号店として出してみたはいいものの、ずっと客が入らず閑古鳥状態でした。ですが、リーシアさんがここで歌うようになってからは嘘のようにお客が入るようになって、リーシアさんには本当に感謝しています」

「それはなによりね。今後もリーシアのことをよろしく頼むわ」

店主にそう声を掛けながら紫音とフィリアは店を出ていった。

「待ってくださーい!」

店を出て少し歩いていると、後ろのほうから呼び止める声が耳に入ってきた。
紫音とフィリアが声のするほうに顔を動かすと、二人を追って走ってくるリーシアの姿が見えた。

「あれ? リーシア店はいいのか? 午後にも仕事があるんだろ?」

「午後と言っても夜から仕事なので、その間シオンさまと一緒にいようかなと思って、追いかけてきちゃいました」


そう言いながらリーシアは、えへへとまるでいたずらっ子のように小さく笑って見せる。

「……そ、それとも、私がいたらシオンさまのお仕事のジャマになってしまいますか?」

「……べつにいいよ。仕事と言ってもただ街を巡回するだけだからな」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「ちょっと! 私もいることを忘れてはいないでしょうね」

話に入れず、ずっと蚊帳の外にいたフィリアは我慢できず、口を挟んできた。

「ご、ごめんなさい……フィリアさん。決して忘れていたわけでは……」

「まったく……。わかればいいのよわかれば」

少しむすっと頬を膨らませるが、すぐに機嫌を取り戻して紫音たちは巡回を再開した。

「あっ、リーシアちゃん! この前のステージよかったよ」

「次はどこでやるんだい?」

リーシアを連れて巡回することになったが、行く先々でリーシアが呼び止められ、思いのほか時間を取られていた。
リーシアも無下に扱う気はない様子で、立ち止まりながら声を掛けてくれた全員に返事を返している。

「ごめんなさい、シオンさまフィリアさん。私のせいでお時間をとらせてしまって」

「俺は気にしていないからいいけど……」

そう言いながら紫音はちらりとフィリアのほうに視線を向ける。

「なによ、紫音? 私も気にしていないからそんなふうに心配そうな顔をしなくてもいいわよ」

「そうか? てっきり巡回が長引いてイライラしているんじゃないかって、思っていたんだけど……」

「私、そんな器の小さなドラゴンじゃないわよ。……それに、私としてはこういうのもいいと思っているのよ」

「……フィリアさん?」

フィリアは、街にいる国民たちの顔を見ながら話を続ける。

「この国ってまだできたばかりだから、主要施設や住む家の建設とかに人員を割いているせいで、娯楽っていうものがあまりないのよ」

「娯楽ですか?」

「私の国では、劇場や賭博場なんかの娯楽施設があるんだけど、ここには一つもないのよ。でも、リーシアのおかげでみんな仕事以外に楽しみを見つけたようで安心したわ」

「それは確かに言えてるな。生活も前に比べて豊かになったせいで、生活に余裕が出てきたんだろうな。そういうときって娯楽施設なんかに走るんだろうけどこの国にはまだない。そんなときにリーシアの歌っていう娯楽が出てきたものだからこんなにも人気が出たんだろうなって思ってさ」

「……それでみんなこんなによくしてくれるんですね」

「もちろん、リーシアの歌がお世辞なしでずっと聴いていたいって思ったから人気が出たんだと思うぞ。娯楽施設があるなしに限らずな」

フォローする言葉を入れながら紫音はリーシアの頭をやさしくなでた。

「えへへ、ありがとうございます」

紫音に褒められたリーシアは、頬を赤くさせながらはにかむように笑みを見せる。

「これからもお仕事がんばるので見ていてくださいね」

「ああ、がんばれな」

「仕事と言えば、リーシアはよかったの?」

「なんのことですか?」

「最初、リーシアが歌で仕事をするって言ったときにこっちで仕事を斡旋するって提案したじゃない。でもリーシア、その提案を断って自分で仕事を探していたでしょう。今は人気もあって仕事も引く手あまただったけど、歌で仕事を取るなんて簡単なことじゃなかったはずよね? どうして自分で探そうと思ったのか、気になっていたのよ」

実は紫音も、そのことをずっと疑問に感じていた。
わざわざ紫音たちの提案を蹴ってまで、どういうわけか自分の力で仕事を探そうとしていた。

「そ、それはですね……自分の力でなにかをしてみたいと思ったからです」

「自分の力で……ね」

「例えばですね……」

そう言って、リーシアは手近にあった屋台に行き、なぜか串焼きを買って戻ってきた。
そして、その串焼きを紫音たちの前で食べながら話を続ける。

「私が住んでいたところなんかでは、こんなふうに買い食いなんて絶対にさせてはくれませんでした。いつも毒見役の人が食べてから料理を口にしていたので、量が半分になっていたり冷めていたりしてぜんぜん食べた気がしませんでした」

「それはわかるわ。私もまったく一緒だったからね」

リーシアの話にフィリアは、深く共感を覚えていた。
どうやら王族あるあるの話のようだが、紫音にはまったくピンと来ていなかった。

「歌に関してもそうです。前のときも大勢の前で歌っていたんですが、そのステージもお客を呼ぶこともぜんぶパパの臣下たちが手配していて私はなにもせずにただ歌うことしかできずにいました」

そこで話をいったん止め、当時のことを思い出しながら力強く言った。

「だからこそ、新天地でここでは自分の力でいろいろとやってみたいと思ったんです。私が住んでいた国のときみたいにだれの手も借りずに私一人の力で生きてみたいんです!」

「……いいんじゃないか、それ。リーシアなりにしっかりと考えていたようで安心したよ。まったく、どっかの誰かさんもリーシアを見習って仕事に打ち込んで欲しいものだな」

リーシアの考えに感銘を受け、紫音は比較するようにフィリアに顔を向けていた。

「うるさいわね。私はやるときはしっかりとやる女なのよ。いつもはそうね……来るときに向けて力を温存しているのよ」

「ずいぶんと長い休憩時間ですこと……」

紫音の痛い返しに、フィリアは思わずしかめっ面を見せる。

「シオンさまたちは反対しないんですね」

「……? 反対なんかするわけないだろう。むしろいいことだと思っているくらいだ」

「本当ですか……? 前に同じようなことを言ったときはぜんぜん相手にしてくれなかったのに……」

「お前は自分の出自について詳しく教えてくれないけど、だいたいどういう扱いを受けてきたかは容易に想像できる。でもな、ここでのお前はアルカディアの一国民だ。特別扱いをするつもりはないし、契約を守ってくれさえすれば基本的に自由だから安心しろ」

「ありがとうございますシオンさま。私、いまの話を聞いてここにずっといたいっていう気持ちが前よりももっと強くなりました」

ほっと安堵したような顔をしながらリーシアはお礼の言葉を口にしていた。
それに対して紫音は、少し考える素振りをしながら口を開く。

「ああ、リーシア? これは言っておいたほうがいいか迷っていたけど一応伝えておくことにするよ」

「シオン……さま?」

「いまのところお前を探しに来ている奴らはだれもいないから、まだここにいても大丈夫だよ」

「シオンさま、そんなことをしていてくれたんですか? ぜんぜん気づきませんでしたよ」

「あら、そうなの? リーシアがうちに来たあとにわざわざ海岸付近の監視をするよう人手を寄こしていたのよ」

「リーシアも家に帰りたくないって言っていたし、これくらいはしたほうがいいと思ってな……ん?」

「シオンさま、大好きで――あれ?」

胸が躍るほどのうれしい紫音の気遣いに、感極まって抱き着こうとする。
しかし、いつの間にか紫音が移動しており、少し離れた場所でなにやら念話で話し込んでいる様子だった。

「ハッ!? ウソだろ、それ……」

念話の内容に驚いた顔を見せつつ、その後も念話を続けていると、パッとフィリアたちのほうに体を向け、慌てた様子で走ってきた。

「フィリア、マズいことになった……」

「いったいどうしたのよ紫音?」

フィリアの問いかけに、紫音は一度リーシアのほうに視線を向けながら話す。

「リーシアにあんなことを言ったばかりで悪いんだが、人魚族の集団がこっちに向かっているらしい」

「……えっ?」

「それ、本当なの?」

「ああ、確かだ。進行方向もまっすぐにアルカディアに向かっているって話だ。上陸はまだされていないが、それも時間の問題だと思う」

「……そ、そんな」

夢のようなひと時から一転、リーシアにとって絶望にも聞こえる報せに愕然と肩を落とす。
そしてリーシアの瞳から一滴の涙がほろりと落ちた。
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