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第7章 鬼の辻斬り編
妖刀の化身
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暗く平坦でどこまでも果てしなく続く空間。
人も物もなにもない寂しげな空間に紫音はポツンと立っていた。
(どこだ……ここは?)
紫音自身、なぜ自分がこんなところに立っているのか分からず、ただただなにもない景色を眺めていた。
「――っ!?」
状況が飲み込めず、呆然と立ち尽くしていると、突如紫音の前に黒く燃え盛る一つの炎が揺らぎを見せながら現れる。
その炎はひとしきり燃え盛った後、一気に収束され、炎が現れた場所にまるで最初から立っていたかのように一人の女性が紫音の前に姿を現す。
「……鬼人族?」
その女性は、ヨシツグと同じ鬼人族だった。
絹のようにきめ細かな白い肌。闇夜の月に輝く艶やかな黒く長い髪。額には鬼人族の特徴でもある日本の白い角が生えている。
長身で大層整った顔立ちをしており、緋色の着物に身を包み、腰には一振りの刀が携えられていた。
(なんだこの女? 初めて会った気がしないな……)
今日初めて出会ったはずなのに、なぜか雰囲気から初めて会ったような気がしない既視感を覚えていた。
「ふっ、久しいな紫音。いや、こうして我と相まみえたのは初めてのことか」
「……だ、だれだ……お前?」
(いや待て……。この声に口調……前にどこかで……)
やはり目の前の女性とはどこかで会ったことがあるような気がする。
しかし、肝心のどこで会ったことがあるのか思い出せず、苦い顔をしていた。
「まあ当然か……。お主とは会話だけで意思疎通をしておったからな。……ならばこれならどう?」
そう言いながら女は、腰に携えた刀を取り出し、おもむろに鞘から刀身を抜き出す。
ビュンという風を切るような音を出しながら紫音に刀の刀身を見せる。
「……そ、それは」
その刀には見覚えがあった。
刀の形状だけでなく、刀身に刻まれたまるで炎の揺らぎにも似た刃紋。
それはここ最近、紫音が所有者となり、肌身離さずそばに置いていた妖刀――鏡華と同じものだった。
「その刀をなんでお前が持っている。……お前、本当に何者だ?」
「これだけ見せても分からぬとは……お主鈍いな」
「……?」
「我こそは、お主らが鏡華と呼んでいる刀の化身。分かりやすく言えば、精霊のようなものよ」
「――っ!? へ、へえ……お前が精霊っていうのにも驚いたが、まさかお前がそんなに美人だったとは知らなかったよ」
「ふふ、それはどうもありがとう。……でも残念。この姿は我が唯一、所有者と認めた女性の姿を模したものよ。容姿もこの声もすべて彼女から借りたものであって、本来の我は姿も形もない幻想のようなものよ」
「妖刀のお前が、唯一認めた女性だと……」
妖刀の鏡華の言葉が信じられず、紫音は怪訝な顔を浮かべる。
「今では妖刀だと言われておるが、始めからそう呼ばれていたわけではないわ。むしろ名刀として名だたる剣豪の刀として戦場を闊歩していたほどよ」
などと自慢げに自分のことを話しながら続ける。
「その中でもこの体の本来の持ち主は、我の初代所有者にして鬼人族の中でも初の女性の剣豪となった者よ。優美と鬼才を兼ね備え、『姫剣豪』として今でも鬼人族の間では語り継がれているわ」
話を聞く限り、鏡華が認めた女性というのは、紫音など足元にも及ばないほどの実力の持ち主のようだ。
なぜ名刀と謡われていた鏡華が妖刀と化したのか、気になるところだが、いまはそのことを追及している場合ではない。
「お前の身の上話はよく分かったが、肝心のこの状況についてはなにも話していないだろう? お前がこの場所に呼んだのか?」
「呼んだ……ねえ。まあ、近い表現ね。答えを言うと、ここはお主の夢の中よ。お主に憑依することはできないようだが、夢の中に入り込み、精神に干渉することは可能だと分かったからこうして姿を現したのよ」
「……目的はいったいなんだ? それになぜ今頃になって俺に接触した。ヨシツグが目覚めてからというものこっちから何度も呼びかけていたっていうのにまったくの無反応だったのに……」
鏡華とは、ヨシツグが目を覚ましたときを最後にいままでできていた念話での意思疎通がまったくできずにいた。
紫音としても鏡華のことをもっとよく知りたいという考えもあったためそのときは思い悩んだほどだった。
「あのときはまだ、お主が所有者として最低限の域に達していなかったからよ。あの銀髪の鬼人の事情を話すために仕方なくお主と会話をする羽目になったが、本来なら我が認めた者以外とは話すつもりなど毛頭なかったのよ」
「ずいぶんと上から目線でいろいろと言ってくれるな……。じゃあなにか? いまの俺はその域っていうのに達したからお前と話す権利を得たって言うのか?」
「ええ、その通りよ」
紫音の問いに鏡華は悪びれもせずに淡々と言い放つ。
「銀髪の鬼人から気功術を学び、気の扱い方を修得したおかげよ。武人としては底辺中の底辺だけど一応基準を満たしているようだからこうして呼び出したのよ」
言い方は気に入らないが、最低基準として紫音を所有者として認めてくれたようだ。
紫音からしてみればまったくもって気分のいいものではないが。
「それで、俺を呼び出してなにをしようっていうんだ?」
「それは当然……こういうことをするためよ」
すると鏡華は、手にしていた刀を紫音に向かって投げ渡してきた。
突然のことに驚きながらも紫音は投げられた刀を、両手を使って掴み取る。
「鏡華! いったいなんのマネだ!」
紫音の問いに答えないまま鏡華は、投げ渡した刀と同じものを瞬時に具現化させ、切っ先を紫音に向け構える。
「まさかお前……」
「そのまさかよ。……この我が直々にお主に稽古をつけてやろうと言っているのよ」
「それは……願ってもない提案だな」
「言っておくが我に教えを乞うなどということは期待するな。すべて戦いの中で得ることだ。なにしろ我の中には歴代の所有者たちの戦いの軌跡と各々の剣術が刻まれているからな。戦う相手として得るものは多いはずよ」
確かに鏡華は、これまで妖刀として多くの人に憑依し、戦いを繰り広げてきただけでなく、所有者の記憶を読み取り、剣術も自分のものとしてきた。
つまり、いま目の前にいる鏡華は歴代所有者たちが集結してできた存在ともいえる。
「でもここは、夢の中なんだろう? いくらここでお前に稽古をつけてもらっても現実世界に反映されないなら意味ないと思うんだが」
「そうでもないわ。この夢の世界は今や我の支配下にあるわ。つまりいろいろと設定をいじれるってわけよ。今のお主は、現実世界と同じ能力を持っていて魔法も気も自由に使用できるようになっているはずよ」
「……え?」
現実とまったく同じ仕様になっていると言われ、慌てて確認する。
すると不思議なことに魔法も気も現実と同じように使えるようになっていた。
「……ちなみにお主の『リンク・コネクト』だったかな……。あれは使用禁止に設定してやった。これはお主自身の修行であって余計な介入は妨げになる恐れがあるからな」
「それはどうもお気遣いありがとうございます」
「……それとこの夢の世界には、もう一つとっておきの魅力的な点があってな……」
「……? それって――っ!?」
話の途中で突然、鏡華の姿が消えたと思ったら一瞬にして紫音の目の前に現れる。
――そして、
(…………え?)
紫音の視界が突如として宙にでも吹き飛ばされたかのようにぐるりと変わった。
次第に薄れゆく意識の中で紫音はあるものを目にする。
(あれは……俺の……体……?)
視界の先には、どういうわけか紫音の体があった……首から上がない状態の。
(そうか……俺、斬られたんだ……)
衝撃的なものを目にしたというのに不思議と紫音は冷静に状況を把握していた。
首のない自分の体に、すぐそばには血に濡らした刀を手にした鏡華の姿。それだけの判断材料があれば容易に想像できる。
しかし、意識だけでなく思考すら停止してしまいそうな状況に陥ってしまい、なぜ鏡華がこのようなことをしたのか動機は分からないままだった。
最期に紫音が見た光景は、殺戮を楽しむように恍惚な顔をした鏡華の姿だけで、そのすぐ後に暗闇へと陥り暗転した。
…………。
「ハッ!?」
突如覚醒したかのようにハッと目を覚ます紫音。
すぐさま自分の首に手を当てると、ちゃんと首と顔が繋がっている。おまけにおびただしいほどの血しぶきを吹いていたというのに自分の首はもちろんのこと、周囲にも血の跡がなかった。
「……ゆ、夢?」
「どう、驚いた?」
「いまのは……いったい?」
「さっきも言った通りここは我が創り出した夢の中よ。たとえ死んだとしてもすぐに元通り。この空間でなら死に至るほどの死闘を何度でも繰り広げられるってわけよ」
「……どうせなら、痛みもなしにしてほしかったんだが……」
一瞬ではあったが、鏡華に首を斬られた瞬間、声も出ないほどの激痛が走ったことを思い出し、鏡華に言ってみるも、
「それじゃあ面白くないわね。痛みが感じられなければ戦いとは呼べないわ。……それに、痛覚を消してしまってはお主の足掻きを見ることもできないではないか」
鏡華は紫音に対して生への執着心を見たい様子だった。
死ぬほどの痛みを感じたくないのなら鏡華を倒すしかない。そうした状況に追い込むことで紫音に、自分の限界の先を超えさせるために痛覚の設定をいじっていないという。
本人からしてみれば、これから先、何度も死ぬほどの痛みを味わうことになる可能性が高いためできれば遠慮したいが、おそらく聞き届けてはくれないだろう。
「……なあ。さっきからずっと思っていたが、鏡華はどうして俺にここまでしてくれるんだ? いくら俺を所有者として認めたからって、お前からしてみれば俺は憑依することができない厄介な相手だろう。それなのに、こんな世界まで創り上げて。いったいお前になんの義理があるんだ?」
これほどのお膳立てをしてもらったうえでさらに稽古もつけてくれる。紫音にとってはこれ以上ない環境だが、反対に鏡華にとってはなんも得もない。
そのため紫音は、鏡華の行動が不思議でならなかった。
「お主とともにいると、数多の強者と相対することができると知ったからな。我の渇望を満たすためにもお主に付いていくことにした」
「数多の強者だと……。お前、まさか俺の記憶を……」
「ああ、あの銀髪の鬼人と同じようにお主の記憶を覗かせてもらった。……その他にもいろいろと面白いものを見せてもらったわ」
鏡華は不敵な笑みを浮かべながら紫音に礼を言う。
おそらく、前の世界の記憶は覗かれてしまったのだろう。どれだけ長い年月を生きてきた鏡華でも見たこともない世界を見てしまってはあのような感想を漏らしてしまっても無理はない。
「これからは毎夜、相手をしてあげるわ。それと、安心なさい。さっきは少しだけ本気を出してしまって戦いにもならなかったから次からは少しだけ手を抜くことにするわ」
「お気遣いどうも。……なら、鏡華が本気になれるように早く追いついてやるから待っててくださいね!」
そして、鏡華による修行が紫音の夢の中で始まった。
この夢の出来事を境に紫音は、日中はヨシツグによる気功術の修行を、夜は鏡華との戦いの日々に身を投じることとなった。
人も物もなにもない寂しげな空間に紫音はポツンと立っていた。
(どこだ……ここは?)
紫音自身、なぜ自分がこんなところに立っているのか分からず、ただただなにもない景色を眺めていた。
「――っ!?」
状況が飲み込めず、呆然と立ち尽くしていると、突如紫音の前に黒く燃え盛る一つの炎が揺らぎを見せながら現れる。
その炎はひとしきり燃え盛った後、一気に収束され、炎が現れた場所にまるで最初から立っていたかのように一人の女性が紫音の前に姿を現す。
「……鬼人族?」
その女性は、ヨシツグと同じ鬼人族だった。
絹のようにきめ細かな白い肌。闇夜の月に輝く艶やかな黒く長い髪。額には鬼人族の特徴でもある日本の白い角が生えている。
長身で大層整った顔立ちをしており、緋色の着物に身を包み、腰には一振りの刀が携えられていた。
(なんだこの女? 初めて会った気がしないな……)
今日初めて出会ったはずなのに、なぜか雰囲気から初めて会ったような気がしない既視感を覚えていた。
「ふっ、久しいな紫音。いや、こうして我と相まみえたのは初めてのことか」
「……だ、だれだ……お前?」
(いや待て……。この声に口調……前にどこかで……)
やはり目の前の女性とはどこかで会ったことがあるような気がする。
しかし、肝心のどこで会ったことがあるのか思い出せず、苦い顔をしていた。
「まあ当然か……。お主とは会話だけで意思疎通をしておったからな。……ならばこれならどう?」
そう言いながら女は、腰に携えた刀を取り出し、おもむろに鞘から刀身を抜き出す。
ビュンという風を切るような音を出しながら紫音に刀の刀身を見せる。
「……そ、それは」
その刀には見覚えがあった。
刀の形状だけでなく、刀身に刻まれたまるで炎の揺らぎにも似た刃紋。
それはここ最近、紫音が所有者となり、肌身離さずそばに置いていた妖刀――鏡華と同じものだった。
「その刀をなんでお前が持っている。……お前、本当に何者だ?」
「これだけ見せても分からぬとは……お主鈍いな」
「……?」
「我こそは、お主らが鏡華と呼んでいる刀の化身。分かりやすく言えば、精霊のようなものよ」
「――っ!? へ、へえ……お前が精霊っていうのにも驚いたが、まさかお前がそんなに美人だったとは知らなかったよ」
「ふふ、それはどうもありがとう。……でも残念。この姿は我が唯一、所有者と認めた女性の姿を模したものよ。容姿もこの声もすべて彼女から借りたものであって、本来の我は姿も形もない幻想のようなものよ」
「妖刀のお前が、唯一認めた女性だと……」
妖刀の鏡華の言葉が信じられず、紫音は怪訝な顔を浮かべる。
「今では妖刀だと言われておるが、始めからそう呼ばれていたわけではないわ。むしろ名刀として名だたる剣豪の刀として戦場を闊歩していたほどよ」
などと自慢げに自分のことを話しながら続ける。
「その中でもこの体の本来の持ち主は、我の初代所有者にして鬼人族の中でも初の女性の剣豪となった者よ。優美と鬼才を兼ね備え、『姫剣豪』として今でも鬼人族の間では語り継がれているわ」
話を聞く限り、鏡華が認めた女性というのは、紫音など足元にも及ばないほどの実力の持ち主のようだ。
なぜ名刀と謡われていた鏡華が妖刀と化したのか、気になるところだが、いまはそのことを追及している場合ではない。
「お前の身の上話はよく分かったが、肝心のこの状況についてはなにも話していないだろう? お前がこの場所に呼んだのか?」
「呼んだ……ねえ。まあ、近い表現ね。答えを言うと、ここはお主の夢の中よ。お主に憑依することはできないようだが、夢の中に入り込み、精神に干渉することは可能だと分かったからこうして姿を現したのよ」
「……目的はいったいなんだ? それになぜ今頃になって俺に接触した。ヨシツグが目覚めてからというものこっちから何度も呼びかけていたっていうのにまったくの無反応だったのに……」
鏡華とは、ヨシツグが目を覚ましたときを最後にいままでできていた念話での意思疎通がまったくできずにいた。
紫音としても鏡華のことをもっとよく知りたいという考えもあったためそのときは思い悩んだほどだった。
「あのときはまだ、お主が所有者として最低限の域に達していなかったからよ。あの銀髪の鬼人の事情を話すために仕方なくお主と会話をする羽目になったが、本来なら我が認めた者以外とは話すつもりなど毛頭なかったのよ」
「ずいぶんと上から目線でいろいろと言ってくれるな……。じゃあなにか? いまの俺はその域っていうのに達したからお前と話す権利を得たって言うのか?」
「ええ、その通りよ」
紫音の問いに鏡華は悪びれもせずに淡々と言い放つ。
「銀髪の鬼人から気功術を学び、気の扱い方を修得したおかげよ。武人としては底辺中の底辺だけど一応基準を満たしているようだからこうして呼び出したのよ」
言い方は気に入らないが、最低基準として紫音を所有者として認めてくれたようだ。
紫音からしてみればまったくもって気分のいいものではないが。
「それで、俺を呼び出してなにをしようっていうんだ?」
「それは当然……こういうことをするためよ」
すると鏡華は、手にしていた刀を紫音に向かって投げ渡してきた。
突然のことに驚きながらも紫音は投げられた刀を、両手を使って掴み取る。
「鏡華! いったいなんのマネだ!」
紫音の問いに答えないまま鏡華は、投げ渡した刀と同じものを瞬時に具現化させ、切っ先を紫音に向け構える。
「まさかお前……」
「そのまさかよ。……この我が直々にお主に稽古をつけてやろうと言っているのよ」
「それは……願ってもない提案だな」
「言っておくが我に教えを乞うなどということは期待するな。すべて戦いの中で得ることだ。なにしろ我の中には歴代の所有者たちの戦いの軌跡と各々の剣術が刻まれているからな。戦う相手として得るものは多いはずよ」
確かに鏡華は、これまで妖刀として多くの人に憑依し、戦いを繰り広げてきただけでなく、所有者の記憶を読み取り、剣術も自分のものとしてきた。
つまり、いま目の前にいる鏡華は歴代所有者たちが集結してできた存在ともいえる。
「でもここは、夢の中なんだろう? いくらここでお前に稽古をつけてもらっても現実世界に反映されないなら意味ないと思うんだが」
「そうでもないわ。この夢の世界は今や我の支配下にあるわ。つまりいろいろと設定をいじれるってわけよ。今のお主は、現実世界と同じ能力を持っていて魔法も気も自由に使用できるようになっているはずよ」
「……え?」
現実とまったく同じ仕様になっていると言われ、慌てて確認する。
すると不思議なことに魔法も気も現実と同じように使えるようになっていた。
「……ちなみにお主の『リンク・コネクト』だったかな……。あれは使用禁止に設定してやった。これはお主自身の修行であって余計な介入は妨げになる恐れがあるからな」
「それはどうもお気遣いありがとうございます」
「……それとこの夢の世界には、もう一つとっておきの魅力的な点があってな……」
「……? それって――っ!?」
話の途中で突然、鏡華の姿が消えたと思ったら一瞬にして紫音の目の前に現れる。
――そして、
(…………え?)
紫音の視界が突如として宙にでも吹き飛ばされたかのようにぐるりと変わった。
次第に薄れゆく意識の中で紫音はあるものを目にする。
(あれは……俺の……体……?)
視界の先には、どういうわけか紫音の体があった……首から上がない状態の。
(そうか……俺、斬られたんだ……)
衝撃的なものを目にしたというのに不思議と紫音は冷静に状況を把握していた。
首のない自分の体に、すぐそばには血に濡らした刀を手にした鏡華の姿。それだけの判断材料があれば容易に想像できる。
しかし、意識だけでなく思考すら停止してしまいそうな状況に陥ってしまい、なぜ鏡華がこのようなことをしたのか動機は分からないままだった。
最期に紫音が見た光景は、殺戮を楽しむように恍惚な顔をした鏡華の姿だけで、そのすぐ後に暗闇へと陥り暗転した。
…………。
「ハッ!?」
突如覚醒したかのようにハッと目を覚ます紫音。
すぐさま自分の首に手を当てると、ちゃんと首と顔が繋がっている。おまけにおびただしいほどの血しぶきを吹いていたというのに自分の首はもちろんのこと、周囲にも血の跡がなかった。
「……ゆ、夢?」
「どう、驚いた?」
「いまのは……いったい?」
「さっきも言った通りここは我が創り出した夢の中よ。たとえ死んだとしてもすぐに元通り。この空間でなら死に至るほどの死闘を何度でも繰り広げられるってわけよ」
「……どうせなら、痛みもなしにしてほしかったんだが……」
一瞬ではあったが、鏡華に首を斬られた瞬間、声も出ないほどの激痛が走ったことを思い出し、鏡華に言ってみるも、
「それじゃあ面白くないわね。痛みが感じられなければ戦いとは呼べないわ。……それに、痛覚を消してしまってはお主の足掻きを見ることもできないではないか」
鏡華は紫音に対して生への執着心を見たい様子だった。
死ぬほどの痛みを感じたくないのなら鏡華を倒すしかない。そうした状況に追い込むことで紫音に、自分の限界の先を超えさせるために痛覚の設定をいじっていないという。
本人からしてみれば、これから先、何度も死ぬほどの痛みを味わうことになる可能性が高いためできれば遠慮したいが、おそらく聞き届けてはくれないだろう。
「……なあ。さっきからずっと思っていたが、鏡華はどうして俺にここまでしてくれるんだ? いくら俺を所有者として認めたからって、お前からしてみれば俺は憑依することができない厄介な相手だろう。それなのに、こんな世界まで創り上げて。いったいお前になんの義理があるんだ?」
これほどのお膳立てをしてもらったうえでさらに稽古もつけてくれる。紫音にとってはこれ以上ない環境だが、反対に鏡華にとってはなんも得もない。
そのため紫音は、鏡華の行動が不思議でならなかった。
「お主とともにいると、数多の強者と相対することができると知ったからな。我の渇望を満たすためにもお主に付いていくことにした」
「数多の強者だと……。お前、まさか俺の記憶を……」
「ああ、あの銀髪の鬼人と同じようにお主の記憶を覗かせてもらった。……その他にもいろいろと面白いものを見せてもらったわ」
鏡華は不敵な笑みを浮かべながら紫音に礼を言う。
おそらく、前の世界の記憶は覗かれてしまったのだろう。どれだけ長い年月を生きてきた鏡華でも見たこともない世界を見てしまってはあのような感想を漏らしてしまっても無理はない。
「これからは毎夜、相手をしてあげるわ。それと、安心なさい。さっきは少しだけ本気を出してしまって戦いにもならなかったから次からは少しだけ手を抜くことにするわ」
「お気遣いどうも。……なら、鏡華が本気になれるように早く追いついてやるから待っててくださいね!」
そして、鏡華による修行が紫音の夢の中で始まった。
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