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10話 ③
しおりを挟む及川と二人きりになるのが、さほど珍しくもなくなった今日この頃。
いつかの日みたいにミハルとシマを玄関前の廊下で待っていた。
ミハルが忘れ物をしたとかで教室へと戻っていき、シマは花を摘んでくるとトイレに行った。
燈の家に泊まった日はこの廊下で地獄に落とされたけど、今日はこの前とは違い平和に及川と過ごせていた。まぁ、今のところはだが。
こうして二人並んで話していると思い出してしまうのは子供の頃のことだ。及川の家に泊まった日も例外なく思い出に浸っていた。
初めて二人きりで話した子供の頃のことは一度たりとも忘れた時なんてない。だって、あの日が初めて及川とまともに会話した日だから。
今みたいに夕方の学校で二人きりで初めて話したあの放課後を。
及川も覚えていたらいいなとそんなことを考えながらスマホをいじり、及川と話していると俺と及川が愛してやまないゲームの続編がちょうど発表された。
それが嬉しくてすぐに及川に伝えた。
「及川!マジ、ヤバい!RFの続編出るって!」
「え?ホント?」
そう言って及川は何故か俺のスマホを覗き込んできた。
すぐ横を向いたら触れ合うくらいの距離になって緊張からカチコチに固まる俺に気づかない及川は何かを話しているが残念ながら今の俺には全くと言っていいほど内容が頭の中に入って来なかった。
耳元で及川の落ち着いた低音が聞こえる状況に心臓がはち切れるのではないかと言うほど音を鳴らし、顔は異様に熱を持っていて、俺が蒸気機関車なら音を出してどこぞに走り出してたとか下らないことを考えてどうにか冷静になろうと足掻いていた。
そんなこと知らない及川はオタク特有の早口でRFを熱く語っていて、いつもの察しのいい及川はどこに行ったんだ、このままでは爆発すると思っていた時に救世主達がやっと来た。
「へい!待たせた!」
「ふぅー……いっぱい摘んできたわ」
いつものテンションのミハルとこちらも通常運転のシマが二人一緒にやってきた。
二人が来たのに気づくと及川は離れていった。
さっきまでそれを望んでいたのにいざ、すんなり離れられるとそれはそれでなんかモヤッとして、でも、何でそうなるのか理由がわからずにいると三人で盛り上がっている声が聞こえてきて急いで話の輪に入った。
「マ!?あれ、続編発売されんの!」
「続編って出るって聞いたらやりたくなったから、ゲーセン行くべ。ゲーセン」
「おっ!やるかぁ?」
「最強ファイター決めようぜ!」
「そんなん俺が勝っちゃうじゃん」
「ん?この前俺に負けてたのって……」
「……31勝31敗、な?」
「律儀に数えてんの?」
「数えてる!それにアレはゲーセンじゃないし。及川、お前モダンじゃん。無理ならハンデあげよっかぁ?」
「……買う前は普通にゲーセンで遊んでたが?」
「及川、モダンなん!オレも!」
「モダンとか(笑)雑魚じゃん」
「なぁ!マジそれ」
「チーム戦やるか?俺とミハルとシマと燈チームに別れてさ」
「いいね!やろやろ!」
「望むところ!」
「泣かす」
ゲーセンに行く前から盛り上がり始めた俺達は着くまでの間もアケコンとモダンのどちらがいいのかを議論したが話し合いでは埒があかなかった。
だから、ゲーセンで決着をつけようということになった。……今思えばその対決に意味が無いように思わないでもないが、燃え上がった俺達は勝敗が決まる最後の最後まで気づくことはなかった。白熱のバトルを繰り広げて、見事に勝ったのは及川とミハルのチームだった。
負けたのが悔しくて何度も戦いを挑んでいたらいつもより遅くまでゲーセンに入り浸ってしまった。もう、そろそろ帰ろうかとなっても俺はまだ悔しくてもうちょっと遊びたかったなと思いながら家に帰ろうとしていたら、及川がまた家に来ないかと誘ってくれた。
「明日、休みだし燈と燈の親御さんさえ良ければ泊まってもいいし」
「いいの!?泊まる!次こそボコボコにしてやる!」
「……口だけになんなきゃいいな」
「はぁ!?ぜってぇ、泣かす!!」
「はいはい」
「いいなー」
「ちゃんと寝ろよー」
「おう。またな」
「また」
「来週!!」
二人を見送って俺達は及川のお父さんが来るのを待った。
その間、お互いが得意なキャラの動画を見て対策を練るのに夢中になってお互いに話すことを忘れて無言で過ごした。
「「ごちそうさまでした」」
「はい。お粗末さんでした」
席を立つとお互い競い合うように二階へと急いだ。夕飯前の対決は負け越してしまったから、次こそ勝ち越そうと気合いを入れてゲーム機の電源を入れた。
「燈、次は別のゲームで対戦しないか?」
「えー……まぁ、いいけど。何すんの?」
「スマシスやらん?」
「いいねぇ」
及川が棚から二つ目のコントローラーを出してきて俺の隣に座った。
お互いの体温を感じるほど近い距離に少しドキッとしながら、それでも平静を装い対戦を始めた。
「ライフ三つでいい?」
「いい」
「必殺技なしにする?ない方がお互いの実力で勝った感じがすると思うけど」
「確かに。じゃ、なしで」
「あとはいいか」
「絶対泣かす」
「……燈の中で流行ってる?それ」
「なんか面白くね?」
「わからん」
何ともしまらない会話をしながら、画面の中では熱い戦いを繰り広げていた。
お互いのライフが残り一つとなった時に及川がある提案をしてきた。
「俺が勝ったらさ」
「ん?罰ゲーム?」
「罰ゲーム……ではないと思う……」
「なに?」
「俺のこと、下の名前で呼んで」
「……なんで?」
「んー……ミハルが、羨ましいから?」
「なんで疑問形なん?」
俺の言葉と共にライフと時間的に最後の戦いが始まった。負けたら終わりなのにどうにも身が入らない。
それもそうだ。口では茶化したが、心の中は大荒れだった。
羨ましい……名前呼びが羨ましいってお前……と恥ずかしいような擽ったいような一周回って痒くなるよくわからない感覚に襲われる。
いや、違う。これは寧ろ攻撃したい。
何故なのかはわからないけど、無性にそうしたくなった。
別に現実(リアル)で殴りたいとかではないが、こう……いてもたってもいられないみたいな名前のつけられない初めての感情に戸惑うものの、今すべきことがクリアに見えたからか見事に及川からライフを削り取り勝ってしまった。
「負けた……もう、指が疲れたから終わりにしよう」
「……」
いつもなら負けた言い訳すんなとか見苦しいぞとか何とか言うのに今は言えそうにない。
無駄に緊張して心臓の音がうるさく聞こえる。何も言わない俺を心配した及川がこっちを見た瞬間が勝負だと意気込みその時を待った。
「燈?」
予想通りにうんともすんとも言わない俺の方を見た瞬間に口を開いた。
「な、なんだよ。……い、いつき」
「え」
驚いたのか目を見開いて口も半開きにして固まった。その珍しい顔が面白くて笑うと漸く動き始めた。
「ふ、間抜け面。てか、名前くらいいくらでも呼ぶけど」
「そう、か?」
「そうだよ。そんな罰ゲーム扱いしなくても。言ってくれたら普通に呼ぶのに。おもろ」
「いや、うん……そうだな」
ひとしきり笑った後に隣に座る一輝をチラリと横目で確認する。
その顔は相変わらずに感情の読めない顔をしていたけど、一箇所だけいつもと違っていた。
(耳真っ赤!?なんで照れてんの!?コイツ!?名前呼びされたから!?)
赤く染まった耳を視界に入れてしまい、何故か釣られて俺も耳どころか顔が熱くなった。どこに照れる要素があったのかはわからないけど、あの一輝のポーカーフェイスを崩してやったぜと誇らしく思った。全然全く持って誇らしくもなんともないのに冷静じゃない俺はそれに気づくことはなかった。
そんな微妙な雰囲気のままで、一輝の部屋で寝て次の日になった。
色々衝撃的なことが起きた所為で上手く寝れずに、元からあった目の下の隈を濃くして一輝に名前呼びが嫌すぎて眠れなかったと勘違いされてしまったりしたけど、無事に誤解を解いて名前呼びを続けることになった。
安堵したのも束の間、朝食を一輝のお父さん達と食べていた時に名前呼びに変わっていたのに気づかれて生暖かい視線を向けられてソワソワと落ち着かない気持ちになりながら食べ終えた。
一輝もその視線に気づいていたのか謝られたけど、そんなに嫌ではないと正直に伝えるとホッとした顔で柔く笑った。
その後は一輝の部屋に戻って一緒に宿題をやり終わった後にまたゲームをして楽しく一日を過ごせた。
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