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第七章 勇者するより旅行だろ・・・?

第百九話 彼は永遠の幸せを求める

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◇神谷瞬視点

  僕達は気付いた時には亜人の大陸、大陸中心にある神龍の住処前で眠らされていた。
  厄介そうな敵に目をつけられて、気合を入れた瞬間に白い少女に眠らされた。そして、目が覚めたらここだ。

  ナタリアさんが何か知ってそうだが、口をわろうとしないので、僕らもあまり深くは聞かなかった。

  僕らが開けていた数時間、亜人の大陸は問題なかった。
  龍巫女のユリさんが言うには「攻撃はされたが、仮面を被った謎の三人衆によって蹴散らされた」そうだ。はじめは何を言ってるのやら、と思ったが、ここに住む殆どの亜人がそう語っていたので、本当のことらしい。
  謎の仮面衆ねぇ・・・。

「神龍よ、この先どうする」

  今は会議中。仮面の三人衆のことやこれからのことを話し合っている。
  怜くんがいないのが寂しいけど、戦争だから仕方ない。踏ん切りがついたわけではないが、いつまでもウジウジしてられないのだ。

「しばらく戦争は休み、防衛のみを行う。怜が消えたことによる溝は深い。少しづつ埋めていくしかない」

「・・・俺も賛成っす。今回の件で向こう側の実力をかなり知れたっす。作戦を立てつつ、防衛に力を入れるっすよ」

  ・・・僕も賛成かな。
  怜くんがいなくなったことはかなり痛い。ユリさん、ミーちゃん、篠崎さんが落ち着くまでは下手に動けない。長いこと一緒にいた三人はかなりのショックを受けている。

  みんな表情が暗く、なかなか会議が進まない中、ナタリアさんがスッと手を挙げる。

「私は少しこの大陸から出る」

「え?」

「このままではダメだ。私は一度あるべき場所に帰る」

  ナタリアさんが帰る?
  どこに?魔王としての城とか?

「なに、すぐに戻るさ。私は私の問題を片付けてくるだけだからな」

  ものすごくついて行きたい・・・!
  消えていなくなってしまいそうな。そんな気がする。僕が引き止めないとっ!

「ナタリアさん!」

「瞬、お前もついてきてくれるか?会わせたいお方がいるんだ」

「はい?」

  今なんと言いますったかな? 

「今の状況でこの大陸を離れるのは心苦しかろうが、私としては瞬がいるだけで安心できるんだ」

「ほぉ・・・」

「頼む、お願いできないか?」

  行きましょう。必ず行きましょうとも。
  でも、なんで急に・・・まさか・・・!小説とか漫画とかでよくある「くっ!くそ領主めっ!体を支配できたからと言って、心まで支配できると思うなよ!」的なエッチスケッチ展開なのではないか!?
  だめだ!そんなの、この僕が許さないぞ!

「行きます!僕が必ず守り抜きます!」

  もうこの大陸から誰かいなくなるなんて嫌だ!超能力なんてたいそうな力を得たのもこの時のために違いない!

「お、おう?分かった、ありがとう」

  頑張るぞ~!悪漢なんかにナタリアさんをやるもんか!


◇◆◇◆◇


  僕とナタリアさんが『ナタリアさんのあるべき場所に帰る』前に、亜人の大陸にて、怜くんの追悼式が行われた。
  ナタリアさんが「・・・あの言葉は一体・・・」なんてブツブツと呟いていたけど・・・、なにか気になることでもあったのかな。

「彼はいつなる時も・・・」

  うんぬんかんぬん。
  神龍のひたすらに長い追悼の言葉。みんな泣いてるから寝てる人とかは流石にいない。ナタリアさんと同じかは分からないけど、僕もなんか違和感感じるんだよな~。

  正直、怜くんがなにもせずにくたばるとは思えない。

  なんかしらの爪痕を残してるはずなんだけど・・・。
  篠崎さんに何も言わずに消えるとは・・・んん、考えにくい。篠崎さんのこと溺愛してたし。ミーちゃんのことを我が子のように可愛がってたし、ユリさんは・・・まぁ、色々さ。

「本日は、夫のために集まってくださって・・・」

  篠崎さん号泣。
  僕もつられて号泣。

  ミーちゃんとユリさんも滝の涙を流している。

  必ずなにかしら見つけ出さないとな~。
  この三人に怜くんの最後のメッセージを必ず伝えないと!僕、頑張ります。

  今日の式には数え切れないほどの亜人が集まった。亜人軍は最初二人で始まったらしい。そこから次第に僕ら魔王や人間の一部を吸収して今の亜人軍になったとか。その二人のうちの一人、亜人軍の創立者である怜くんの死を悲しんだ大陸中の亜人がこの中央に集まっている。大陸一の大英雄は伊達ではなく、この大陸全土の亜人から愛されていたのだ。

「・・・これにて、終了いたします」

  司会役のお姉さんがそう言うと、集まった亜人たちがトボトボと元気なく帰っていく。彼と親交の深かった者達は暫しその場で動けずにいる。僕も最後に黙祷をして、怜くんの安らかな眠りをお祈りした。

「瞬、そろそろ行こう。私まで泣いてしまいそうだ」

  ナタリアさんの手が僕の肩にのる。
  ナタリアさんは僕達と出会ってから一度も泣いていない。流す涙はとうの昔に捨てたとか。多分それは泣けないんじゃなくて、泣いちゃいけないってことなんだろう。理由は知らないけどね。

「はい。行きましょう」
「扉は私が開こう。目的地まではすぐだから」

  僕とナタリアさんは会場をあとにし、狭い路地裏に来た。そこで転移扉を開くらしい。僕もその力欲しいな。・・・魔力の欠けらも無い僕じゃ無理か。

「よし、行こうか」

  扉が開くと、奥には今の僕の気分とは真逆な明るく、華々しい楽園のようなお庭が広がっていた。その先には小さな家がちょこんっと建っている。
  なんだろう、悪漢がいそうな雰囲気はしない。メルヘンな感じだ。物語の世界に迷い込んだみたいな。

「おや、これはこれは、お久しぶりですね、ナタリア様」

  うおっ!?
  扉にを抜けてすぐ。背後から声をかけられた。執事かなにかかと思い、振り返るとそこにいたのは、大きなゴリラが・・・。・・・なんで?

「久しいな、ゴリ蔵さん。マリア様はどこにいる?」

「マリア様は今お出かけ中です。数日も立たぬうちにお帰りになると思います。それまで
他の親衛隊とお話になってはいかがですか?皆久しぶりに話したいことでしょうし」

「そうさせてもらう。すまないが、誰かに私とこの子が泊まれる家を造るよう頼んではくれないか?私はそういったことに不向きでな」

「かしこまりました。この空間で日が落ちる前には完成するでしょう。・・・して、そちらの御仁は?」

  僕、空気から人間に戻れました。

「あぁ、こいつは私の魔王としての仲間、神谷瞬だ」

「ほぉ、魔王でしたか。ナタリア様の今居られる世界の魔王はそこまで悪に侵されていないのですね」

「それが魔王であるかどうかはシステムの決めることだからな~。私にはシステムの考えることは理解出来ん」

「ははは、あやつらは謎が多いですからね」

  ・・・僕、やっぱり空気です。

「おっと、失礼。瞬様、この世界は特殊ですので、時間はあります。ごゆっくりどうぞ」

  あ、はい。

「そうだ瞬!私の仲間を紹介することにしよう!ゴリ蔵さんっ!気が変わった!今紹介しよう!親衛隊全員呼んできてくれ!」

「かしこまりました。・・・全員、集合してください」

  突然動物や虫たちが現れた。
  獰猛そうな虎、いかつい顔した熊、赤く眼が光った悪魔のような兎、めちゃくちゃカッコイイカブトムシ、怪しい皮の色をした蛇さん、霧のようななにか、そして威厳たっぷりな龍。
  どこからともなく、音もなく現れた皆さん。

  僕よりも小さい生き物も多いのに、どれも僕よりも力が強そうだ。挑んだら即死させられそう。

「おお!みんな久しぶりだな。」

  ナタリアさんがお仲間さんと再会できて喜んでいる。弾ける笑顔だ。僕の傷ついた心を癒してくれる。あぁ、ナタリアさん可愛い。

「紹介しよう!我が主の親衛隊!私の同僚だ!虎吉、熊太郎、兎丸、帝王、蛇子、幻ゲン、神聖龍だ!このゴリ蔵さんも仲間だ!みんな強いぞ!」

「あ、初めまして、『超常の魔王』神谷瞬です。ナタリアさんと同じ世界で魔王やってます」

  無難にね。
  今までの話的に、世界が沢山あるってのは分かったから、ナタリアさんと同じ世界ってのをアピールしておこうかと。この中の御一方でもナタリアさんの恋人だと勘違いしてくれたら嬉しいですな、はい。

  そんなちょっとした悪巧みが含まれた自己紹介に取り纏めっぽい威厳ある龍、神聖龍さんが反応してくれました。

――ほぉ、貴様が神谷瞬か。我の眷属から話は聞いている。未来ある強き者だとな

  お、おお・・・。
  想像通り、カッコイイですな。

  でも、この人に『強き者』なんて言われても、素直に喜べないな。とてつもなく鋭いその爪に触れただけで僕はおさらばしそうですし。

「はっはっは!瞬は強いぞ!瞬が本気を出せば、私と同格にでもなれるのではないかな!」

  いや、無理ですけど。
  どう考えても無理ですけど。

  あれ?僕がいつでも本気な男だと覚えてないのかな?一度でも手を抜いたことなんて無いんですけどね、いつでも必死に戦ってるんですけどね。毎日偶然の重なりで生き長らえてるんですがね。

「なんと!ナタリア様と同格とは・・・このゴリ蔵、一度手合わせ願いたいものですな!」

  ゴリ蔵さん、僕死んじゃうよ?

「お、いいな!時間はある!戦ってみるといい!いいよな、アルシャルカ!」

  ・・・アルシャルカ・・・あ、神聖龍さんか。

――ふむ、マリア様はいらっしゃらないが・・・まぁいいだろう。しかしナタリア様、親衛隊の管理していない家畜場などに被害が出ないように・・・

「分かっている。結界の強化は私がやろう」

――ならばいい。ゴリ蔵、貴様もあまり力を出しすぎるなよ

  あ、本気じゃないんですね。安心安心。

――この世界が崩壊しかねん

  安心できないっ!ちっとも安心できない!
  え、なに?本気出すと世界崩壊しちゃうの?どうなってんの?ゴリ蔵から魔力を微塵も感じませんよ?僕みたいな恩恵や能力を扱う!?怖いよ、やめてよ、いじめないでよー!

「相変わらず、心配性ですね。大丈夫ですよ、そのくらいの加減はできます」

  ふひひひひひ・・・うん、死んでまう。
  さて、僕はどうすれば生き残れるか。ナタリアさんの期待を裏切ることはしたくないけど、間違いなく、戦えば死ぬ。

――それでは神谷瞬、準備でもするか?私が適当に世界に狭間を作る。準備が出来たらそこに入ってきてくれ

「は、はい・・・」

  あとちょっとで、僕死にます。


◇◆◇◆◇◆

◇第三者視点

  ナタリア、アルシャルカ、ゴリ蔵、他親衛隊は瞬よりもはやく、世界の狭間へと来ていた。
  実の所、彼らは神谷瞬がナタリア程ではないことは知っている。一匹一匹が化物クラスな彼らが瞬の実力を測れないわけがない。ではなぜ、いちいち突っ込むことなく、わざわざと手合わせするのか。それは、彼らの中で頂点に位置するナタリアの意思だから。

「神谷瞬を殺してくれ」

  ナタリアはそれだけを望んでいた。

「本当によろしいのですか。彼の心が離れるかもしれませんよ。最悪、彼が蘇らない可能性も・・・」

「・・・彼の望みでもあるのだよ。彼は、今のままでは一生私には追いつけない。無理矢理にでも、私と同じ土俵に立たないとないけないんだよ」

「ナタリア様、あなたがそこまでする意味を教えてはくれませんか?マリア様だけを中心に考えてきた今までの貴方様とは違って見えます」

「はっはっは、何故だろうな。私としてもよく分からんのだ。でもなぜか、そうしないといけない気がしてね。・・・もしかしたら・・・」

  その先は口にしなかった。
  神谷瞬がこの先、ナタリアやゴブマルと共にいるには、死ぬしか方法が無い。それ以外に扉は開けない。

  神谷瞬はまだ、足りない。

  人の大陸で出会った時を操る少女。あの少女は間違いなく、そちら側のだった。原理は分からないが、ただの化物ではない。それこそ、最強の三人である、黒田楓、霧崎翔太、覇王と同じような異質さを感じる。間違いなく化物の世界に足をついているのに、まるで自由に動き回れるような。完全に固定された化物とは違う何かがあった。
  その少女が敵に回った時、止まった世界で動けない瞬では死んでしまう。
  それに、同時刻に現れた氷の少女についても気になっていた。間違いなく、時を止める少女の仲間だろう。同程度の力なら、いよいよ本気でナタリア一人では庇えきれなくなる。

  それに、神谷瞬は単なるモブに成り下がってはならないのだ。

  それが一つの決められた運命。
  選ばれた者の指名なのだから。

  親衛隊が神妙な顔で作戦会議をしていた狭間の世界に神谷瞬が足を踏み入れる。

「し、失礼しま~す」

  その足取りは重い。
  事情など何も知らない神谷瞬はゴリ蔵を倒す気持ちでいる。ナタリアにいい所を見せようと必死だ。惚れた女性に不様な姿は見せられない。例えゴリ蔵に殺されたとしても、降参はしないだろう。

「お、来たか来たか。・・・ゴリ蔵、頼んだぞ」
「・・・嫌な役ですね・・・・・・はぁ、かしこまりました」

  瞬に聞こえない小さな声で愚痴をこぼしてから、ゴリ蔵は瞬の前に立つ。さっきは手加減すると言ったが、実際はフルパワー、100%だ。黒田楓をも唸らせた馬鹿力。覇王や黒田颯馬と肉弾戦ができる数少ない化物。
  隆起した筋肉が更に膨れ上がり、余計な丸みは失われ、体毛も鉄のように硬くなる。
  温和で優しそうな全てを見守るような緩い瞳は鋭く対象物を睨みつけ、赤く怪しく光っている。手爪、足爪が鋭く輝く。それと似たような牙も生えた。優しいゴリラが人日を恐怖に陥れる化物に形を変えた。

  瞬はその変貌に戸惑いを隠せずにいた。

「え、あ・・・?」

  本物の化物による殺気に足が竦む。
  後ずさり、尻もちを付きたくなる現実に気合いと愛で耐え抜き、なんとか踏みとどまるが、近付いてくる死に対しての恐怖は止まらない。

「では、始めましょうか」

  ゴリ蔵は再び、ゆっくりと歩き出す。
  一歩一歩。ゆっくりと、音も立てず。

  あまりの恐怖に、瞬は能力を使う。世界の狭間と言えど、生活できる程度の自然が備わっていることが幸し、超能力はうまく作用した。まずは自分がゴリ蔵に抗えるかどうか、それを知るために空気の固定化を試す。

「・・・・・・・・・」

  ゴリ蔵は自分の体の異変に気が付くが、無理矢理に体を動かす。
  セメントで周囲を覆われたような感覚になるはずなのだが、ゴリ蔵にとってはなんてこと無いらしい。

(空気の固定化は効果なし。なら、空気の槍は・・・)

  バシュッと何も無い空間から目に見えない槍が発射され、ゴリ蔵に命中するが、反応はない。さながら小学生の作るダンボールの空気砲が当たった程度の感覚。風は感じるが、ダメージは無し。

(これもダメか・・・ならば・・・)

  攻撃回数は二回。
  ゴリ蔵はもうすぐ近く。一旦距離をとろうとした瞬間

「えっ?」

  逃げた先で後ろから首を掴まれた。

(嘘でしょ!?風の流れも、魔素にも全く変化は無かったはずだ!どうなって・・・!)

  掴まれた首が絞まる。力が少しずつ強くなっていく。
  ゴリ蔵の五本の指が瞬の首にめり込んでいく。ジタバタと暴れるが、それに意味は無い。超能力を使って自然に助けを求めるが、ゴリ蔵に変化はない。

「がっ・・・あっがが・・・やめ・・・・・・・・・」

  遂に、ゴキリと首のへし折れる音が世界の狭間に響き、神谷瞬はその場で生命活動を終了させた。

  その姿を眺めていたナタリアが呟く。

「必ず蘇ってこい・・・瞬・・・・・・」

  祈るように手を重ね、瞬を見つめるその目は恋する乙女のような、戦場に向かった夫の無事を祈る妻のようであった。ヒュー、やるぅ。


◇◆◇◆◇◆


「おぉ勇者よ、死んでしまうとは情けないことこの上なし」

  ここは真っ白な空間。
  何も無い真っ白な空間。

「ふぁっ!ふぁぁぁぁ!!」

  神谷瞬がバッと起きた。

「あ、あれ?僕は確か・・・」

  首をへし折られたはず。
  だが、首は繋がっているし、頭が変な方向に倒れているわけでもない。

「それにここはどこ!?あれ?ナタリアさーん!ここどこですか~」

  神谷瞬は目の前でしょうもないネタを披露した白い少年には目もくれず、愛しのナタリア様の名前を叫ぶ。
  そう、目の前の少年のことはガン無視である。
  悲しきかな、世界。

  軽くショックを受けている少年は一つわざとらしく咳き込んで、神谷瞬を振り向かせようとする。

  だが、それでも神谷瞬は少年を見ない。

  咳払いをすること15回。とうとう少年が痺れを切らし、神谷俊に襲いかかった。渾身のドロップキックを瞬にプレゼントする。小さな子供の一撃と侮るなかれ。瞬は何も無い空間をひたすらに吹き飛び、20m地点でポンポンと跳ねながら減速して止まる。なかなかのダメージが瞬に入るが、なぜだか痛みは一瞬で消え去った。

  不意打ちをくらった瞬は顔を上げる。
  目の前には白い少年が。

  サッと目を逸らし、違う方向に頭を向ける瞬。 
  しかし、少年はその先に立っていた。

  慌てて再度頭の向きを変えるが瞬。
  だが、次はそこに少年が立っている。

  暫し流れる沈黙。

  ようやくこちらを向いた、と少年は笑顔になり、こう言った。

「おぉ勇者よ、死んでしまうとは情けないことこの上なし」

  再び流れる沈黙。
  再びのドスベリ。

  少年は悲しみを通り越し、怒りに変わった心境を叫ぶ。

「なんか言えよォ!!」

  白い空間の白い地面を四つん這いになってバンバンと叩き続ける少年。
  その姿を見て、ようやく神谷瞬が口を開く。

「・・・もしかして、幽霊じゃない?」

「見てわからないですかね!?」

「ごめんごめん。白くてついね」

「理由それだけ!?」

「あ、ここどこ?」

「僕の返信は着信拒否かよ!?ここは、僕の空間!世界の部屋!」

  絶叫しながら白い空間の説明をする世界。

「???」

「・・・まぁ、そうなるよね。一つ一つ説明してくから、ちゃんと聞いてて」

「あ、うん。分かったよ」

  立ち話もなんなので、二人してその場に座る。地べたではあるが、この空間は無菌空間。埃はもちろんダニもいなければ、空気すらもないこの空間。空気のないこの世界で神谷瞬が生きていられるのは『世界』のおかげと言える。

「まず、君は死んだ」

  瞬の表情が曇る。
  さっきのゴリ蔵との戦いは夢で、これも夢の続き。いずれ亜人の屋敷で目覚めるのだと心のどこかで期待していた瞬は現実を完全に認識した。
  常任ならば発狂しそうなものだが、世界によってそれは封じられているので、気持ちは比較的落ち着いている。

「んで・・・そうだね、ここは死んだら来る場所とでも思っといて」

「あ、あのさ!」

「ん?」

  世界の話なんてまるで聞かず、瞬は話に割り込んでくる。一番気になっていたことを聞くために。

「ナタリアさんはどうなったの!?ここと向こうの世界は時間軸は同じ!?違うならナタリアさんはどうなったの!!」

  ナタリア。
  彼が10年以上一途に愛し続ける女性だ。そんな彼女の安否。しかし、世界は慈悲もなく、偽ることなく真実を伝えた。

「死んだよ」

  ナタリアは死んだと。
  化物内でも上位に位置する彼女は死んだと。

「・・・は?」

「殺されたのさ」

「・・・だ・・・だれ・・・に?」

  聞きたくもない話の続きを促す瞬。どうにもならないと分かっていても、聞き出さずにはいられなかった。
  まさか、そんなはずは。
  死ぬはずはない。ナタリアは彼が知る中で最も強い生物であり、憧れなのだ。そんな彼女が死ぬはずない。

「君の恩人さ。元絶望深淵のダンジョンマスターのあいつさ」

  死ぬはずないナタリアは自分を助け、生きる力を与えてくれた恩人に殺されていた。どういう事なのか。話が全く繋がらない。点と点の間には幾つもの穴があり、線になる気がしない。

  そんな風に戸惑う瞬を見て世界は口を歪めて笑う。

「君のせいだよ?」

「・・・な・・・んで・・・」

「君の死に気づいたアイツがナタリアにブチギレ。話を聞くこともなく、親衛隊全員を殺したんだ」

「あ、あぁぁぁ・・・・・・」

「彼女は亜人の要。死んだってことは、亜人の連中も死ぬかもね~。君のせいでね。全ては君のせいなんだよ。ナタリアを殺したのも君。亜人を滅ぼしたのも君。残念だね、何一つ守れなかった。君が、キミが、キミガヨワイバッカリニ」

  世界の顔が歪む。
  首が歪な方向に曲がり、目の焦点もあっていない。白い空間に黒いドロドロとしたナニカが侵入してくる。白が汚染される。無菌状態の空間、その空気すら無いはずのこの場に異臭と共にどんよりとした風が吹いてくる。
  黒のナニカが侵入してくるヒビ割れた箇所の向こう側。そこで血塗れの人間や亜人が手を伸ばしている。そこから出たいと。貴様の命が欲しいと、手を伸ばしてくる。

  神谷瞬は首を振り、少しずつ後ずさる。

  だがそこで、足が何かにぶつかる。
  恐る恐るそこに目を向けると・・・

「キミがヨワイのがワルイノサ。スベテ、全て、すべて、スベテ」

  目をギョロギョロと動かし、ケタケタと笑っている首だけの世界の姿だった。

「あ、アァァァァァァア!!!」

  その場で膝をつく。
  ふと目をやった手は、指の先から崩れていく。ボロボロと。

「ひっ!」

  短い悲鳴を絞り出したあとに、腹に鈍痛が響く。下半身がもう全て無くなっており、腹から地面に落ちたのだ。

「な・・・なんで、僕・・・ばっかり・・・・・・こんな・・・めに・・・」

  神谷瞬の顔はひどい。
  涙を流し、鼻水、涎を盛大に垂らし、ひどく怯えた表情をしている。

  黒いナニカに呑み込まれ、意識が落ちる寸前。

  走馬灯のように過去の記憶が蘇ってくる。
  

――お前はもう死なねぇよ!?立って話してんじゃねぇか!気付けよ!!
「わ、私は『ルカ・アイリス』……です。助けていただいてありがとうございました」
「すまない、ルカよ。パパもあの黒いのは気に入ったから隣の魔王を殺そうと思ったのだが……まさか従者だったとは……」
「まぁまぁ。そんなに怯えんなよ。超常の魔王よ。お前の話はよく聞く。ルルエルと仲良くやってんだろ?」
「そう思うのならばまず、私を惚れされることだな。私は相手からのプロポーズは全て断っているのだよ」


  異世界に召喚されてからの記憶が呼び起こされる。
  たった一人の最高の相棒、初めて助けた魔族の少女、住居を提供してくれた優しい魔王、魔王というものも教えてくれた最強の魔王、そして最愛の女性。


「みんな・・・ごめんね・・・」


  意識が途切れる。
  その瞬間に声が聞こえた気がした。


「私に追いつくというのは、嘘だったのだな」



  ハッキリと。
  そうハッキリと。

  ナタリアの声が聞こえた。

  崩れた意識が、肉体が呼び起こされる。無理矢理にでも起き上がる。失った体を必死に動かす。黒の恨流の中で踠き、流れに負けないように何も見えない黒の海からの脱出を試みる。

  死んでいるはずなのに、なぜか生への希望を、渇望を蘇らせる。

  まだ信じているのだ。
  自分は死んでいないと。いや、死んでいたとしても生き返ってみせると。

  這い上がる。

  地獄のような現状を脱するためにまずはこの黒いナニカから抜け出す。
  そして、ようやく崩れたはずの手が黒から抜け、上半身も無理矢理持ち上げる。黒を蹴り飛ばすように足も引きずり出す。

  なぜか固形となった黒の上に立つ。

  そして、失った体を確かめるように触る。

「僕はまだ死んでない。死ぬわけにはいかない。必ず取り戻す」

  神谷瞬は自分の変化に気付かない。
  もともとが、それと同じだったような感覚に陥っていた。

「・・・まずは・・・」

  振り返ると、そこには血塗れの生物が無限にいた。薄暗いこの空間に無限にも思える軍隊がいる。
  それは人間や亜人に限らない。悪魔や巨人。翼の生えた天使や神のような生物も見える。そのいずれもが手負い。全身真っ赤だ。

「かかってこいよ。僕はあの人に追いついて、幸せを手に入れる。自分の力でね」

  神谷瞬の孤独な戦いが始まった。



  この戦いの中で気付いたことがあった。

  それは、死なない、ということ。

  首を狩られようが、四肢をもぎ取られようが、内側から爆発四散しようが、数秒たてば復活する。慣れてくれば、復活は一瞬だ。
  そして、殺し殺されを繰り返していくうちに、肉体は人間を超えた。神や悪魔程度ならば裏拳で殺せるし、神よりも速く滑らかに動くこともできる。だが、敵は一向に減らない。永遠の戦闘。それをひたすらに繰り返す。

  時間でいえば数1000年だろうか。

  そうなった頃、神谷瞬には終わりが見えていた。
  不死の軍団の復活が遅く見えてきたのだ。無限にも思える軍団を全て殺してから、一拍置いて不死の軍団が復活する。

  その程度の敵では、もう相手にならないのだ。

  超能力を本当の形で手に入れてからはそれはもう余裕としか言いようのない状況だった。空気も何もないこの世界で目に見えない何かを動かす・・・というよりは、そこになにかを生み出して、操作することが出来るようになったのだ。
  つまり、自然の力を借りずとも風や地を操ることができるし、海や川がなかろうと、水を発生させることも出来る。ほぼ完全な状態の全能となったのだ。

  この世界はもう何も無い薄暗い空間ではない。

  空には太陽があり、そこから離れたところには月もある。海もあれば森もある。全て神谷瞬が生み出したものだ。彼の全能は神の王を既に超えている。

「あ、あー」

  久々に声帯を使うため、少しばかりテストをしてから声を出すことにする。問題なく声が出せることを確認し、周りの状況を把握する。

「うんうん。復活をさせないってのも出来たね。システムへの介入も少しはできるようになったみたいだ」

  不死を復活させないというのはシステムの中でも上位なのだが、神谷瞬はそれを知らない。
  だが、彼にも分かっていることがある。

「そろそろこの空間を出ようかな」

  この空間は確かに死んだ後に来たが、死後の世界ではない。
  世界が言っていてのはただの嘘。ナタリアが死んでいないことも彼は分かっている。時間軸はまるで違い、こちらは異常に早いことも分かっていたので、この空間での武者修行を続けていたのだ。

「んじゃ、出よっか」

  仰々しい力を使う必要は無い。
  くっつけた指と指を開くことで、空間を正規の方法で開く。

  開いた空間の先で待っていたのはナタリア、ゴリ蔵、アルシャルカだ。

  久々に会ったナタリアに涙が出そうになるが、その前に・・・

「あぁ、瞬。よく戻ってきてくれた。信じていたぞ」

  ナタリアがそっと瞬の体を包み込んだ。
  急な展開に瞬は頭が真っ白になり、安心感とともに気を失った。

  幸せな夢を見ながら。



 

――――――――――――

はたつばです。

長いね。
とても長いね。

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※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

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