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第六章 化物共の戦争

第八十三話 全ての始まりとその末路

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 ◇第三者視点

  一つ目の時計が動き出すと、二人は赤く血塗られた空間から新しく、真っ白な空間に移動した。穢れなき空間。
  ここは一番初めに作られた世界の管理場所。
  本来は関係者であるその世界に一人しかいない『世界』だけが存在していられる場所。

  二人から離れたところでは、楽しそうに世界を見渡す白い少年がいる。

「あれがお前だよ」
「・・・ふん。あの時は単に何も知らない馬鹿だっただけだよ」

  無邪気に、純粋に世界を作り上げていく。
  なにも知らない。穢を知らず、悪のいない世界があると信じ続けている頃の世界。

「そんなものは幻想に過ぎない」
「だな。悪と正義は50%ずつが最適だ」
「こんな世界、すぐに壊れてしまう」

  見たくない現実、触れたくない過去。世界というそこらの存在とは一線を画す者にも黒歴史がある。遂げた黒歴史のレベルが違うが、目撃者多数の街中で小説の技名を叫ぶくらいのキツさがある。

  触れず、気づかれず。一切の接触をせずに、待つこと数億年。

  ようやく、待ちに待った『生き物』が生まれた。

  幼い彼にとっては広いこの世界の無数にある星の中の一つ。そこに生まれたたった一つの小さな小さな生命。cmの世界では姿も見えないような小さなものだが、彼にとっては初めての同類だった。
  見えず、柔らかい暖かな空気の手がその生物をすくい上げた。

「・・・繁殖力も、防衛能力もない愚かな生物」
『見たことない!はじめての生物っ!はじめてのっ!』

  世界は溢れ出るような力を押さえ込み、干渉をしないよう自分に言い聞かせる。
  世界は愛おしいように初めての生物を観察し、繁殖を目指し、世界を少しいじり始め、生きやすい環境を整える。

「あんなことすれば、他の生命が生まれる可能性を潰しているのと同じだ」
「愚かだが、素晴らしき精神だろ」
「ふんっ」

  丁寧に、丁寧に世界を組み上げていき、また数億年と経過していく。
  そこでまた、待望の存在が生まれた。

「あれは・・・人だな。やっとか・・・存外長く待たせてくれる」

  数億年の待ち時間を二度過ごしたのにも関わらず、この程度の感想しか出てこないのは彼が存在格が大きくなり、時間という概念を超越したからだろう。

「長くかかりすぎだよ。無駄なことをしなければ三億もかからない」

  何度も世界を作り直してきた『世界』と初挑戦の『世界』を比べるのはあまり良くないだろう。比較することで、目をそらしている、ということもあるのだろうが、楓からしたら何をムキになっているのか、わけがわからない、そんな様子だ。

  はじめに生まれた人間は欠損があった。
  片足がなく、顔もほとんど潰れてしまっている。人、というよりは人に近いなにか。それでも安置で育っていき、三年ほどで成熟した。楓が生まれた世界よりはだいぶ人間の成長が早い。その分死にやすい、とも言える。

  成熟した人間が生まれると、また新しく、三人の人間のようなものが生まれた。次に生まれてきたのは欠損こそないものの、余計なものがついた人間だった。トカゲの手をしていたり、尻尾があったりと、ほかの生物の遺伝子が混ざっているのが見てわかる。
  トカゲ、猫、鳥。三種の特徴を持った人間は成熟するまでに五年間かかり、その間、欠損のある人間に守られてきた。

  世界はそこに感動に似た感情を抱いた。
  違う種族であろう生物。人型という点でしか合わない三人を弱いながらも必死になって守り抜く初の人類に。

『彼らは『人』だ!差別なく、優しい世界を作るのに一番あってる!彼らを支援してみよう!』

  懸命に生きていく四人を支援する世界。ここで初めて、人間に『恩恵』が手渡された。
  手に入れた恩恵はそれぞれ一つずつ。

  欠損のある初めての人間には『再生』
  トカゲの特徴を持った人間には『紅炎』
  猫の特徴を持った人間には『切断』
  鳥の特徴を持った人間には『飛翔』

  それぞれ恩恵を手にすると、生活は一変し、彼らはその周辺では敵がいなくなった。
  癒す力、火の力、狩る力、見る力
  自給自足の生活をなすには十分だったようで、繁栄を続けていく。

  次第に人は増えていき、10数年で人口は100人を超えた。

  順調だった。人々は仲睦まじく、己に出来ることを率先して行っていったので、活気ある村へと成長するまでになったのだ。
  だがしかし、人間とは実に脆いもので、一人、原初であり最も暖かい人間だった『再生』を持った人間が帰らぬ人となってしまった。

  初めて見る同族同類の死に、村の人々と見守り続けていた世界はひどく悲しみ、盛大に泣いた。
  そして、それから数年とたたずに恩恵を手にした三人も亡くなった。

  そこから、発展することはなくなった。
  それもそうだ。村の中心で力を使っていた四人が亡くなったのだ。残されたのは無能力者達。衰退し、暮らす地を奪われていく日々。
  世界が動くのはそう遅くはなかった。
  新しく村の中心で活動をしていた少年少女に新しく『恩恵』を与えたのだ。

「・・・これが良くなかった・・・。人は人として学び、強くなるしかなかったのに。僕が余計なことをしたせいで・・・!」

  この過去と向き合う世界がそう呟いた後に、世界には著しい変化が訪れた。
  始まったのは『戦争』だった。五つの派閥にわかれた戦争。


  ある者達は『水源』を持つどうしようもなく傲慢な神の少女を。

  ある者達は『治癒』を持つ誰よりも優しい名も無く、家もなかった少年を。

  ある者達は『森林』を持つ気高き戦士を名乗る少女を。

  ある者達は『破壊』を持つ魔を語り、死を告げる死者の王たる少年を。

  ある者達はなにも持たず、人を愛した無能な少年を。


  五つの離れた少年少女達は生きるために、支援する者達を幸福にするために戦った。
  能力者同士の争いもあれば、何も持たない無能力者同士が殴り合う争いもあった。その度に血が流れ、人は数を減らしていった。

『こんな、こんなはずじゃ・・・』

  始まった戦争を収めたのは何も持たない無能と破壊を持った死者の王だった。自慢の頭脳と統率力を使って二つの派閥をまとめあげ、前線で戦う『破壊』を民全員で支援して、祭り上げられた他の能力者達を始末したのだ。
  残った人類は無能な少年がかき集め、一箇所にまとめてから二人が作り出した新たな国の属国とした。
  無能者と死者の王は共に戦った戦友として仲を深め、二人で晩酌を交わす。持たざる者と持つ者。二人は能力も、思想も、生まれた場所も違う。なのにも関わらず、二人は心からの友となった。そこに偽りはなく、隔たりもない。
  その二人を見れたことで、世界も少しだけ落ち着きを取り戻し、まとまった人間に安堵のため息をこぼす。

『はぁぁ。良かったぁ。良くないけど、なんとかおさまった・・・』

  世界や見守る二人にとってはこの数十年は一瞬なのだが、妙に長く、落ち着かない時間だった。
  しかし、

「これでは終わらない。手を出した代償は限りなく大きい」

  そう零したのは世界だ。
  これだけでは終わらない。

  毎日のように民を思い、バカ騒ぎを繰り返していた二人がいつものように晩酌を交わしていると、その事件が起きた。
  二人の国を属国の方角からの濁流が襲ったのだ。
  轟音に気付いた『破壊』が濁流を押し返すが、続け様に訪れる水に、死者の王は酒を飲んでる場合じゃないと、国を守るため走り出した。
  無能者もすぐさま動き出し、民の避難を開始させる。

  濁流は普段の雨で溜まった水、そうは考えられないほどの量。

  これは『水源』の力。討ったはずの神の少女が持つ力だったはずだ。
  無能者は『水源』と『破壊』から遠ざけるように民の避難場所を決め、兵士達を護衛として配置する。能力者同士の争いは壮絶で、一般の人間が介入する隙などミリもない。


[アッハッハッハッハッ!!!]
[クソガッ!一番厄介なのが生き残ってやがったかっ!]


  狂ったような少女と悪態を吐く少年。
  神の使いと言われた少女も今や泥だらけで、髪もゴワゴワ衣服もボロボロの状態だ。属国が粗悪な扱いを受けていた訳では無いが、敵国の長はたいてい他国には混ざれないため、この酷い有様になっているわけだ。ましてや、傲慢な彼女だ。庶民と同じか、それ以下の生活に耐えられなかったのだろう。完全に精神が崩壊している。


[アハ!ネェネェ!私だけに構ってていいの?あなたの大事な相棒さんがどうなってもいいの?]
[まさかてめぇ・・・!!!]
[アー。今頃私の信者が彼と一緒に避難してるかもねェー!]
[クソッ!早く行かねぇと!]
[行かせるわけないでしょ!!私と遊びましょうよ!ネェネェどんな気分?一度負かした女に相棒を殺されるのってどんな気分?]


  勝負はそう時間がかからなかった。
  争いごとに関しては最強であった死者の王の『破壊』は『水源』を奥底から破壊していき、その宿主ごと破壊してした。
  しかし、そんなこと彼にとってはどうでもよかった。
  彼は『水源』の死を確認してからすぐに無能のもとへと駆けつけた。

  彼が見たのは木の槍で滅多刺しにされ、赤く染まった無能。

  息も絶え絶え。すぐにでも死にそうな無能は生を諦めたように口を開いた。


[・・・悪い。どじっちゃったよ・・・]
[そんなことよりも早く手当を!]
[無意味だと思う。だが、最後に話せたのが君で良かった]
[・・・俺の能力が『再生』か『治癒』だったら・・・!]
[そんな有り得ない夢を見ていても仕方が無い。遺言だ。聞いてくれ]
[・・・]
[また会おう。必ずね。死者の世界でもう一度天下をとろう]
[・・・]
[返事は?どうする?]
[決まってるだろ。必ずだ。次は死ぬことのない死者の世界で・・・]
[・・・よかったよ。・・・ありがとう。そろそろ時間だ。じゃーね]
[あぁ、一時のお別れだ]
[また会おう、


  最後は二人ともニヤリと笑った。
  相棒の死体を破壊の力でパッと消し去る。彼なりの配慮なのだろう。


[ふぅ・・・。あーあ]


  ため息をつく。
  立ち上がって空を見ると、そこには雲一つない快晴が広がっている。二つある太陽は世界をいやというほど照らし、世界のあちこちに熱を振り撒く。その暖かい陽の光を浴びて、少年は自分を取り囲む木の槍を持った熱烈な信者達を見やる。


[間違ってるな。おかしいよな。勝手に欲しくもない力を与えられて、死にものぐるいで人を守って国を作って。誠心誠意働いた対価が入り込んだ裏切り者からの滅多刺し。・・・本当に、腐ってる。俺達に力を与えてくれた誰かさんよ、悪かったな、平和な世界にできなくて]


  謝罪するように、懺悔するようにそう口にする。


[悪いな、こんなことで、世界をぶっ壊すことになっちまってッッ!!!]


  瞬間、世界が揺れた。
  少年が踏み抜いた地面からヒビが入っていく。そのさまをみて、信者達は立ち向かう者もいれば、一目散に逃げる者もいた。
  立ち向かっていったものは少年に触れることも出来ぬまま灰燼と化し、逃げゆく者も割れて地面に吸い込まれていった。世界の崩壊は止まらない。憎き属国も、愛すべき親友との国も世界の崩壊に巻き込まれ、塵となっていく。天は落ち、地は舞い上がる。世界にある何もかもが存在の境界を失っていき、混ざりあっていく。崩壊はその星だけでなく、世界そのものを壊していく。
  全てが一つにまとまるようにぐちゃぐちゃにされた世界には少年だけが立っている。


[この世界を作った何かさんよ。俺はこの世界と共に消える。あんたも早めにこの世界から抜け出せ。いいな]


  最後通告をして少年は破壊の力を増大させていく。

『・・・そんな・・・』

  世界は少年の力なのか、なんなのか、よく分からないまま、沈んだ感情を持ったまま新たな世界へと歩き出していってしまった。

  そんな中、崩壊に巻き込まれそうなのはあと二人いる。
  最新の世界から来た二人の最強。

「・・・次の世界に行くのか?」
「いや、まだだ」
「は?僕達も巻き込まれるぞ?」
「あほか。いまの俺達はそんなに弱くない」
「は?」
「今からあの男の行く末を見る」
「な、何を言ってるんだ!?」
「無能も言ってたろ。あいつは世界に初めて生まれた『黒田』だ。死ねない黒田の末路を見届けるのも現当主の仕事だ」

  無理がある気がするが、反抗できない世界は押し黙る。強欲が大丈夫と言うなら、それは大丈夫なのだろう。

  そして、死ねない黒田の末路。

  世界の恩恵を受け、最初の世界で『破壊』者になった男。なぜ全く異なる世界で黒田が力を持ったのか、繋がりが見えない気がしないでもないが、この時代でも『黒田』という存在は『世界』を脅かす唯一であったことは確かだ。
  それに、死ねないとは。
  黒田と言えど、来る時にはうち勝てないはず。時の流れによって滅ぶものでは無いとでも言うのか。

  現最強の言葉を確かめるように遠くで暴れる『黒田』を見守る。


  破壊を続ける男。
  しかし、いつまで経っても自分の肉体が破壊されない。

  空にうねりを生み出し、空間と空間が混ざり合う混沌とした世界の中で、破壊者は絶望する。破壊行動を続けていると、彼は次第に理解し始めた。このままでは永遠に囚われたままになると。これでは友との約束が果たせない。天下をとろうと約束した無能と会うこともできない。


[アアアアアアアアアアアアアアアッ!]


  黒田は己を殺すために天からの授かりものを支配する。混沌とした世界の中で彼は己を殺すためだけに力を振るう。世界を殺すために使っていた全てを己の破壊に捧げる。見るものを魅了する褐色の肌が足元の影を吸い込んだようにして、真っ黒に染まる。血液は加速し、体内を目まぐるしく駆け回る。黒く紅く。辛うじて人の姿を保っているものの、黒い肌からフツフツと、ボコボコとナニカが逃げ出そうと暴れ回る。
  もはや自我はない。
  自分を殺すためだけに全ての力を集結させた。その結果が人の形をした化物。化物は次第に自分を喰らい始める。

「お、おい!あいつ一体何を!?」
「黒田は死ねない。彼は黒田を理解してる訳じゃないが、死ねないってのは分かってる。ならばどうする?」
「は・・・?まさか・・・」
「存在の消滅。あいつが世界初の消滅者だ」

  強すぎるが故。全ての原初より力を与えられることを約束された者共。それが黒田。世界の中心で力を振るう。故に死という概念など必要は無い。世界は永遠というならば黒田もまたその永遠につき従わなければならない。誰が決めたわけでもない。最強の宿命なのだ。

「俺が消滅の先に道があると思ったのはこれが原因だ。ここまでの怨念、野望を抱えたままで『黒田』が終わるとは思えない。なんたって、黒田は最強の業を背負っているのだからな」

  消滅=死ねない者への死

  そうであれば、なんと幸せなことか。それが死の世界と繋がっていればどれだけ優しきことか。
  死後の世界に行けなかったとしたら、この男はどこへ行くのか。親友を殺され、絶望する最初の黒田はどこへ行くのだろうか。

「彼は・・・一体・・・どうなるんだ・・・?」
「消滅した後のことは俺も分からん。そこまでの権力はまだない」
「そんな・・・」

  やがて最初の黒田の反応が消える。

  後に混沌と化した世界だけを残して。

「これが初めの世界の終わりだ。・・・といっても、混沌とした世界としては続いたがな」
「生物はもういないんだね・・・」

  悔しそうに、悲しそうにそう呟いた。

「いや、そうでもない」

  ・・・ここで終わりでよかったと思う。
  しかし、この男が見せたいのはもう一つあった。それは

「放置された世界の末路だ」
「なに?」
「俺達がさっきまでいた世界と同時刻のこの世界は酷いぞ」
「・・・どういうこと?」
「見れば、体験すれば分かる。・・・戦闘態勢をとっておけ」

  楓に促され、世界は疑問符を浮かべながら『鉄壁』『頑強』『守護』を身にまとい、右手には『重力』を左手には『時空』を設置する。彼の戦闘モードだ。楓もこうなれば簡単には手は出せない。それほどまでに完全と言える。
  彼の持つ最大の戦力である『絶対』は力の差がはっきり分かっている敵にしか使えない。楓やサガン以外の者ならつかえる。だが、ここからは楓が警戒しろと言う場だ。あまり期待はできない。

  はじめの世界をかたどった小さな装飾の細かい時計が楓の元に現れ、時計の針が正しい方向に高速回転する。

  おそらく時を進めているのだろう。『世界』の管理下を離れた『世界』の時空を操るとはいい加減にしろと言いたい世界さんだが、口にはしない。いくら硬くなったとはいえ、未だ勝てるとは思っていないから。

  針の回転がゆっくりになっていく。そして、カチリと音を立てて止まった。

「・・・なんだ・・・ここは・・・」

  驚愕するのも無理はない。
  そこにいたのは化物。楓やサガンのような力による『化物』というよりは外見的な『化物』だ。うちから放たれる力も尋常でない。

「ま、現世から追い出された化物の巣窟だ。特にここは住みやすいみたいだぞ。なにせ、生物がいない混沌の世界だからな」

  さぞ生きやすかっただろう、と楓は笑いながら言う。

  それらは現世でも、遠い宇宙の彼方で発見されることもあるし、夢に現れることもある。混沌の世界に住んではいるが、実際はどこへでも行けるのだ。旅行する気分で他の世界の人間に干渉してみたり、新しく星を作ったり壊したり。
  彼らは気分屋なのだ。

ーーイエァァァァァ!!

  ・・・気分屋なのだ。

「神話生物なんかの悪者なんかは邪気を大量に溜め込んだり、住む場所無かったりでここにいる。元気だな~」

  元気な元気な神話生物(世界に興味無い化物勢)はじゃれあうかのように他の住民を殺したりする。そして、殺された側もひょっこり戻ってきたりする。
  遠くの方ではモザイク必死な美人(だと思ってるよう)な化物が太陽みたいな化物と殺しあっている。たまに来る飛来物は楓が弾き返してる。あ、跳ね返った太陽の槍がモザイクに・・・。

  モザイク先輩、ご臨終です。

  モザイク先輩、ご復活です。

  これが繰り返されている。

「えっと・・・ここで何すんの?」
「ん?遊ぼうぜ?」
「誰と?」
「あいつらと」

  絶対に嫌だッ!

  そう叫びたくなる世界。その横から何色かもわからない触手が振り回されてくる。

「ごフッ!」

  もろに食らって吹っ飛ぶ世界。何枚も防御系の力を積んでいるのに腹を抉り取られそうな感覚に襲われる。

「おいおい、そんな調子じゃ消滅すんぞ。死ぬならまだしもなぁ・・・」

  余裕の楓は迫り来る触手を吸い込まれそうなほどの純粋な黒をもった同じく触手で応戦していた。完全に自意識を持って動いている黒触手と戯れる謎触手。
  触手と触手のぶつかり合い。
  あまり見ていて気持ちのいいものではない。柔らかそうな見た目をしていて、柔軟さもあるにも関わらず、発せられる音は爆音。鋼鉄と鋼鉄。隕石と隕石。それらがぶつかり合う様な衝撃と音がするのだ。
  常識は通じない。
  世界はそれを頭において、もう一度能力を設定する。『破壊』と『深淵』を左右に配置する。油断なし。彼の持つ攻撃系最強だ。破壊はご存知の通り。深淵はどこまでも続く闇。

  気が遠くなるほどの時をここで過ごしてきた異形の化物共が挨拶がわりと言わんばかりに迫ってくる。触手たちの本体もこちらに向かってきている。
  数にして100ほどだろうか。楓と世界になんとも分からない攻撃を放つ。

「くるぞ!」

  豚のようなカエルのような顔をした巨大な化物が口を開けてふたりを飲み込もうとすれば、その後から球状の焔の塊が手を伸ばすかのように焔を振るい、焔は豚カエルごとふたりを飲み込んだ。
  豚カエルは焼け落ちるが、二人は無傷。SAN値をゴリゴリに削ってくる気味の悪い姿形をする化物を見て鳥肌になりながらも、世界が『深淵』を使って焔の球を闇へと葬る。すると、警戒し始めたのか、攻撃が単調なものから狡猾なものに変わる。
  それに世界は苦戦しながらも、楓を心配してその姿を探していると・・・

「邪魔じゃボケェ!こちとらストレス溜まってんだッ!大人しく殺されろやァ!」

  異形の化物を次々に殺していく人の形をした化物。
  襲い来る触手を掴んで引きちぎり、手に残った残骸を本体にぶん投げる。不気味な音を撒き散らし、波動を放ち続ける相手に対してはそれ以上の不気味さと威圧感を持った波動をぶつける。それだけで近くにいた小物達は弾け飛んだ。数多の生物を取り込んだ沼のような化物が体内にいた生物を使役して、軍団として襲いかかってくると、それを笑うかのように極大の光線が全てを飲み込む。

  非常識すぎる。
  一体一体がサガンほどの力があるであろう化物達を片手間に薙ぎ払っていく。

  自分の苦労はなんなのか。世界は周りにいる化物に哀れみの目で見られ、馬鹿らしくなってきた。

  この世界で上位者として君臨する者共を蹴散らす楓付近は次第に敵が減っていく。何度でも生き返るとはいえ、敵として見られていない相手と戦うほど愚かではないのだろう。というよりは、彼らは並のものよりも遥かに賢いので、今はちゃんとした獲物である世界を狙う。
  初めは10体ほどだった周りの化物が増えていき、今は100に近い。・・・ということは、ほぼ全ての化物が楓を避けて、世界に挑み始めているということだ。

  楓さんは現在ぼっちである。悲しそうだ。

「なんでボーっとしてんの!?助けてくれないですかね!」

  楓は口パクで答える。

『余裕  余裕』

  できたらやっとるわいっ!
  心のうちで叫ぶ世界さん。近づいてきたら即撃破している世界だが、あまり余裕はない。というか全くない。数が多すぎる。その上敵は遠距離からの攻撃も可能。向こうで突っ立ってる化物と一緒にしないでほしい。

「さて、そろそろ終わりにするぞ!」
「やっと助けてくれる気になったか!」

  叫び声をあげて世界を取り囲む化物共を殴り飛ばしていく楓。彼の右ストレートとドロップキックは世界を狙えるようだ。

  楓と世界が仲間であると知った化物達は自主的に離れていく者達もいた。触らぬ神に祟りなし。本物の神々がそれを実践するとは、この世はわからないものである。

「はぁ・・・死ぬかと思った・・・」
「お疲れ、俺もようやく力の扱いに慣れてきたぜ。うん。負ける気がしねぇ」
「こんな世界があといくつも残されてるのか?」
「いや、ここまで酷いのはない。この世界以降はお前が気を付けていたからな」
「過去の僕よ、良くやったな」

  過去の自分を愚かだと言う世界が初めて過去の自分を認めた瞬間だった。
  身をもって世界の放置、ダメゼッタイを実感したようだ。

「よし、それじゃぁ楓、この世界を消滅処理してよ!」

「あ?無理に決まってんだろ」

「はい?」

  はい?

「いやあのな、こんな混沌が染み付いた世界消せるわけねぇじゃん。ここにいる化物たちの上位者は自分での消滅以外効かねぇんじゃね?」

「え、いやいや。僕よりも格が高いんだから、出来るはずじゃ・・・」

「世の中そんな甘くねぇんだよ」

  何でもできるイメージを持っていた世界は唖然とし、心の中で「出来ないことあるんだ・・・」なんて思っていた。
  楓は己の力を完全に理解したことで、世界の格、これがいかなるものかを完璧に把握している。その上で可能不可能を判断しているのだ。普段使いでは不可能はないが、こういった特殊な状況下では不可能もある。

「待って、この世界どうするの?」
「放置っ!」
「はぁ!?いやいやいや、このレベルの敵が原典付近に現れたらどうするのさ!終わるぞ!」
「安心しろ。俺が現世にいる限りは絶対にない!」
「その自信はどこから・・・?」
「さっきのアイツら見てなかったのか?」
「あー 」

  余裕でここを生き抜く化物に賢い彼らがわざわざ近付くだろうか。否、そんなことあるはずが無い。人間よりも遥かに頭がいいのだから、自分が痛い目をみることはしない。

「さ、二つ目世界に行くぞ」
「・・・はいはい」

  手元から時計が消えて、白い空間に戻ってくると、楓がまた新しい時計を取り出した。その時計はかなり大きい。縦だけでも楓8人分はある。その代わり、装飾はあまりなされていない。シンプルな時計だ。

  楓がその時計に触れると、二人の姿がまた消えていった。




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