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第四章 自由な時間は女帝達と共に
第六十二話 楓はある一つの過去を見る
しおりを挟む◇第三者視点
その男の背中は大きく、少年の憧れであった。
幾度の戦闘を駆け抜け、無敗。原典にはびこる化物たちの天敵であり、人類サイドの英雄である。何度も裏切られてきたが、その男は人類を見放すことは無かった。
その男の名前は『黒田 疾風』
以前まではただただ業務的に英雄職をしていたが、今は違うようで、彼の妻と一人の息子の為、今日もまた原典を目指す化物な侵略者達と戦い続ける。
「父さん!起きて!もう朝だよ!」
日頃の疲れを癒す睡眠時間を侵略してくるのはズボンのみを履いた彼の息子。将来、化物として化物たちに恐怖を与える者『黒田 楓』だ。
この頃はまだ可愛かったようだ。
「楓…少し父さんを休ませてはくれんか……」
「ダメだよ!今日は入園式なんだよ!来てくれないと!」
今日は黒田楓が入園する幼稚園の入園式。保護者同伴ということで、以前から父母ともに行こうと決めていた。
疾風は人には言えない仕事をして金を得ている。あくどい訳では無い。単に特殊部隊というやつに入っているだけで、口外できないだけだ。原典を守ると同時に、父としての役割もキチッと果たしているのだ。
日頃から化物を相手取る疾風からすればいくら強い人類であっても大したことは無く、世界の安寧に日々貢献している。
昨日もその仕事を夜遅くまでしており、ほぼ寝ていない。ちなみに四徹だ。これは眠い。
「お父さん、早く準備してね。ほら、楓もちゃんと着替えて」
妻である『黒田 朱里』がバサッと疾風の布団を剥ぎ取り、布団を畳んでいく。
「むむむ…。お母さん……布団を返しておくれ」
「だーめ。早くしないと本当に間に合わなくなりますよ?」
「いざとなったら俺の異能で……」
「そう言っていつも間に合わなくなるでしょ」
致し方なし、と呟いて嫌々ながらに立ち上がる疾風。お父さんは疲れてるのです。責めないであげて。
これは寝るな。入園式での己の未来を予感してため息をつくが、仕方ないと諦める。
眠い目を擦り、自分のスーツを朱里から受け取る。スーツを着こみネクタイを付けれないまま、数分がすぎる。眠過ぎて手が暴走しているらしい。
「もう…お父さん、何してるの……。はいはい、私がやってあげるから、こっち向いて」
ネクタイをピシッとしめる。そして、
「ギュー」
「ウゴっ!ちょちょちょお母さん、しまってる、しまってる!」
「はい、おしまい。どう?起きた?」
「はい、起きました。そして、久々に死を感じました」
調整されたネクタイを少し解き、絞められた首を触る。
真っ赤だ。普通ならば死んでいたと思う。
「あー死ぬかと思った」
「あぁでもしないと、起きないでしょ。何年一緒にいると思ってるのよ」
高校生の時からの付き合いである疾風と朱里。その絆は非常に固く、お互いをよく理解し合っているラブラブな夫婦なのだ。
朱里は楓に幼稚園の制服を着せ、手を引いてリビングのソファに深く沈むように座る。
それ見た疾風は「早くしろということか……」と察してダイニングテーブルに置かれた皿の上に乗っかるトーストを急いで口にねじ込み、皿を洗う。流れるように冷蔵庫を開け、牛乳を取り出してラッパ飲み。
「プハー。やはり始まりはこうでなきゃな!」
キッチンで牛乳片手に叫ぶ疾風の声を聞いた朱里は楓を抱き抱えて玄関から外に出る。
疾風は
「置いてかれた!?」
と、牛乳をしまい、鞄を持って二人のあとを追う。
ーーウイーン、ガシャ
玄関から飛び出し、オートロックの音を確認してから風を起こさぬようにかつ、二人に追いつくように走る。
「お母さん!待ってくれてもよくない!?」
「時間厳守なのに、あと二十分しかないんだよ!?恥をかくのは楓なんだからしっかりして」
「さーせん」
全面的に疾風が悪い。
父が責められている時に楓は基本黙ったままだ。仲介に入ろうとすると自分に飛び火することがあるからだ。巻き込まれる側はたまったものではない。
「……なら、急ごうか!」
楓を抱き抱える朱里をお姫様抱っこ。
「ちょ、この歳でそれは恥ずかしいって/////」
朱里が顔を真っ赤にして訴えるが、英雄の耳には声が届かない。
グッと足に力を込め、走り出す。
ーーゴッ!!
地面は抉れ、疾風はその名のごとく風となって走り出す。
彼の力は才能、魔術といった類のものでは無い。彼が持つものは異能。能力は『疾風』と『強靭』、『断絶』。
たった三つだが、それぞれが馬鹿げた性能を持っている。
強靭による強化を施した足で地面を蹴り、吹き荒れる風を疾風の力で抑える。
「お父さん速いってぇ!」
電車を軽く追い抜き、完全に制御された動きを見せる車の上を走り抜けていく。
国の中でも重要な位置にいる疾風と言えど許された行為ではないが、誰からも見えていないので問題ない。
ズザザザッと空中で静止し、ゆっくりと地上に降りる。
真っ赤だった顔をいつの間にか真っ青に変えていた朱里は疾風にジト目を向ける。
「ま、間に合ったじゃん?」
「そういう問題じゃない…」
許さない、と愚痴りながらロングスカートに着いたホコリを落とす。
楓もまた疾風にジト目を向ける。
(息子よ、なんだその目は)
(お母さんのご機嫌取りはお父さんがしてね)
(我が息子ながら恐ろしいことを口にするな楓よ。楓は延々と続くプロレスごっこで意識を失う父が見たいのか)
(それでしか取り戻せないなら、そうするしかないでしょ)
(くっ……。俺の睡眠が遠のいていく……!)
(俺は絶対に手伝わないからね)
(楓の異能ならば解決できるはずだろ!)
(加減を間違えて全世界の人間が御機嫌になってもいいならいいよ)
(くそぅ……。覚えておけよ……)
「二人して何話してるの!楓もほら、園児達は向こうで集合だってさ」
飛び火した……。
楓は一人内心で疾風への愚痴を漏らす。長居は無用と判断し、そそくさとそこから離れて園児の群れへと飛び込んでいく。
後ろの方で疾風が朱里の説教にあっているが、今回悪いのは疾風なので、無視。
さて、この場から楓は新しい戦場へと入ったのだと認識する。そう、楓が持つ情報によれば、この世界で普通に暮らすには友人というものを作らねばならないらしい。
ここは少し変わった能力者専用の幼稚園。
楓の力はどこへ行っても凄まじいのだが、それでも普通の、能力者幼稚園よりはまだマシだろう。
「おい、お前!俺の配下にしてやる!こっちこい!」
あーうんうん。いるいる、こういうやつ。
そんな感じで聞こえないふりをかます。なおも楓に絡んでくる少年ボスだが、楓は無視を続ける。能力で自分から意識を離すこともできるが、使うほどではない。基本自分からは能力を使わない。それが黒田楓だ。
幼いながらに自分の能力の危険性をよく理解しているようだ。
そんならしくない幼稚園児である楓は一人、気になる少年を見つける。
集められ、泣いたり、叫んだり、先のような配下集めをしたり。他の幼稚園児達が落ち着いていない状態の中で、一人、ただただ立っている。話しかけることも話しかけられることもない。
「やぁ!君名前は?」
気さくな感じをだして、少年に話しかける。
「……」
少年は周りを見渡し、自分のことを指さす。
「そう、君」
「僕は『柊 奏汰』。君は?」
「俺は黒田楓だ。これから宜しくな」
「うん。よろしくね」
話してみたら普通の少年であった。
だが、この普通な少年も普通の能力者では無いのだろう。
その後も奏汰と楓は話を続け、自然と友達となっていた。
「そろそろ式だね」
「うん。緊張するよ」
隣の席に座って式の進行を待つ二人。
学園長の話は手短で、式も簡単に終わった。落ち着きのない園児達への配慮だろう。
しかし、ある男はその短い式にすら耐えられず、その妻へと寄りかかって眠っていたそうな。
「それでは、園児達はモニターに表示された教室への移動をお願い致します」
『はーい!』
元気よく返事をする幼稚園児達。その中にはきちっと楓と奏汰も入っている。
「えーっと……。俺は…月組だな」
「ほんと!?僕もだよ!」
喜びのあまり楓の手を取ってブンブンと振る奏汰。
楓は一安心。幼稚園生活も何とかなりそうな予感がするみたいだ。
せっかく出来た友達と離れるほど悲しいものは無いのだ。
二人は仲良く年少月組のクラスへと向かう。
案の定奏汰もこの場に友達はいないようで、乱入してくる者はいない。
「奏汰、お前はどんな能力者なんだ?」
唐突すぎる。
唐突な話題ふりは今も未来も変わることがないみたいだ。
「え!?きゅ、急だね……」
「あ、いや、別に言いたくなければいいんだが」
軍に所属することになればこのような事は絶対に言わないであろう楓だが、いくら悟り少年だとしても、未だ幼少、そのへんの気配りや備えはまだ出来ない。
「いいけど…じゃぁ、楓のも教えてくれる?」
「まぁ、そりゃそうだな。教えるよ」
「おっけー。僕のは能力って訳じゃなくて、体が特殊なんだ。僕の種族は『怒鬼』。感情の変化によって体が成長し続けるんだ。と言っても、僕の家族はみんな普通の人間でね。僕だけが特殊なんだ」
感情が変化する幅によって強くなり続ける種族『怒鬼』。その強化は永遠のもので、落ち着いたとしても、肉体の強さは元には戻らない。日常生活での喜怒哀楽ですら肉体を強くしていく。永遠の成長種族。
「はぁ……それはそれは……。とんでもない能力だな」
「でしょ?加減ができるよつにって、ママが僕をここに入れたんだ」
「はぶかれたりしないか?」
奏汰は言った。家族はみんな普通の人間だと。
楓は父が化物であったから家族に見放されたりしなかったが、家の中に怪物がいればそれは怖いだろう。
「うーん。まぁ、兄さん達には怖いって言われるけど、ママとパパは愛してるって言ってくれる」
「……そうか」
「うん」
「…次は俺だな!」
「あ、ちょっと待って!僕が当てるよ!ヒントだけプリーズ!」
「おーけー。んーそうだなぁ!ヒントか……」
一言で言えばチート。
何者にも負けることがないだろうし、不可能もないだろう。
彼の能力はたったの一つだが、それは十分すぎる力を持っているし、疾風でさえ恐ろしいと感じた程だ。
それをヒントとして出すのは難しいだろう。
「そうだなぁ……『全知全能』…かな……」
「え、それ能力名?」
「ちげぇよ。ヒントっつったろ」
「へぇ…。そうかぁ『ぜんちぜんのー』かぁ。凄そうだなぁ」
奏汰はいまいち分かっていない様子だ。
それもそうだろう。幾ら特殊な能力者とは言え、幼稚園児。そんな時期にこんな厨二チックな言葉を知ってるはずもない。
いくら考えても、全知全能を知らない奏汰では答えが出ないようで、頭を捻っては「う~ん…」と声を漏らしている。
「ま、思いついたら言って。正解か不正解かだけ教えてあげるからさ」
そのほうが面白いだろ?と幼稚園児らしい無邪気な笑顔を浮かべる楓だが、それが天然の産物なのか、それとも全知全能とやらで創り出してるのか、それは誰にもわからない。楓自身ももはや分かっていないようだ。
二人は園内を歩き回り、自分たちの教室を探す。モニターに地図が表示されていたのだが、二人はそれに気づかなかったようで、恐らく集合するべき時間を余裕で超えているがこうして歩いているわけだ。
能力を使えばすぐに分かるのだが、早めに行く必要も無いと考え、あくまで自分たちのペースを崩さず向かっているわけだ。軍に将来を期待されている化物の息子にも、自由は大切なのだ。
「うーん。つかないね~」
「だなー。でも、あと行ってないのはここの廊下だけ。この廊下のどこかには年少月組があるはずだぜ」
「おおー!やっとだねぇ。とっもだち、ひゃっくにんでっきるかなっ!」
「できるといいなぁ~」
将来、友達がいないと嘆く少年だが、この時はまだ必死さがない。それはそうだ。いくら自称全知全能とはいえ、未来のことを知ることは出来ないのだから。いや、出来たとしても友達のいない未来など知りたくはないだろうが。
最後の廊下を二人して焦らず歩いていく。もう既に他の園児達は廊下におらず、喧騒も聞こえない。
そして、辿り着いた廊下の奥。
園内を隅々まで探した末にようやく見つけたので、ここで既に達成感を得ている。もう帰ってもいい。楓はそう思っているが、隣を歩く奏汰は期待に胸膨らませているらしい。
「あ、来たわ、楓よ楓。ほら、お父さん見て」
「ん?あ、本当だ。えらく遅かったな」
部屋の中では園児達が大人しく座っており、その後ろにはその両親と思われる大人がズラッと並んでいる。並んでいるというよりは囲んでると言った感じだが。
年少月組の数は十二人。付きっきりの先生は二人。
楓たちが遅かったせいで未だ話は始まっておらず、待つ大人たちもしびれを切らしている。
しかし、疾風も朱里もなんのその。無事は分かっていたし、楓が悪いとも思っていない。子供は少し悪いくらいが丁度いい。特に楓はその方がいいと判断した。
「待ってましたよぉ~。遅かったですね~!」
「あー、すみませーん」
「ごめんなさーい」
幼稚園児だからこそ許される物言いだろう。遅れてきてこの態度はない。これには疾風もヤレヤレと苦笑いを浮かべ、朱里は誰に似たのかと隣にいる自分の夫にジト目を向ける。
その後はなんの問題もなく進み、不良園児の二人もその場は大人しくしていた。
「はい!それじゃぁ今日はここで終了になりまーす!明日から本格的なスタートになりますので、元気な皆さんをお待ちしてまーす!さよーなら!」
『さよーならー!』
はい、さようなら。
園児達の元気な声は部屋内に響き渡り、親御さんたちを笑顔に変える。
この時期はまだ根暗な子供はいないらしい。
「楓、帰るぞー」
「あー、ちょっと待ってて。会いたい子がいるんだよね」
「なんだと!?我が息子ながらとんでもないな!もう女がいるのか!」
「そういう事じゃないよ!
「まぁまぁ、分かってるわかってる。……お母さん、今日はお赤飯だ」
「分かってないじゃん!?あー!もういいから!ちょっと待ってて!奏汰、行こ!」
「え、あ、うん?うん!」
あの二人はもう!と憤慨を見せる楓だが、その標的である父と母は笑っている。朱里は常時だが、疾風の場合は朱里の弄りを受けたダメージを楓で発散しようという考え。疾風は非常に楽しそうだ。
奏汰の手を引いてズカズカと園児達の合間を縫って進み、人形を抱いている園児に声をかけようとすると……
「何よあなた達……。私を誰だか知ってて話しかけてるの!?」
まだ話しかけてはいない。
そして、こういう女子か……。そう内心で頭を抱える楓。なにやら楓が嫌そうな顔をしているのに気づき、アハハと苦笑いを浮かべる奏汰。
「いやー、ごめん。わかんないや」
「あら、そう!あなた達はあまり世の中というのを知らないのね!」
残念。目の前にいる化物は全知全能になりえる輩です。
知りたいと思えば全ての知識を手に入れられる黒田楓さんだ。ある程度の社会常識は産まれた直後、世界を知りたいと願った時から手に入れている。
その楓が知らないということは周知ということでは無い。
このお嬢さんはとんでもない人間というわけではないようだ。
「あ、うん。ごめん」
「仕方が無いから教えてあげるわ!私の名前は『山岸 明日香』!日本軍総司令官『山岸 光陽』の一人娘よ!」
なるほど。それは確かに大物の娘だ。
楓も山岸総司令官については知っている。実父の上司だからな。その関係は少し特殊なのだが、上司であることに変わりはない。
楓は本来ならば敬語を使わねばならないと分かっているのだが、幼稚園児の立場を利用して、そのままタメ口で押すことにした。
隣でぼーっとしている奏汰は何が何だか分からないようだ。将来の上司なので、覚えておいた方がいいだろう。
「まぁそれはそれとして、その人形、面白いね」
赤い目をした一見普通な熊の人形。
「……あげないわよ」
「奪い取るのは簡単だけど、そんなつもりは無いよ。ただ、その技術に興味があるだけだよ。発明家さん」
「私はあなたに何も言ってないわよ」
先ほど家名を明らかにしたばかりである。それに、まだ彼女が作ったとは言っていない。これでは確信を与えたようなものである。
楓は悪魔のような顔をする。ニヤリ。
疾風も遠くでニヤリと笑う。
二人は同じ家名の獲物を見つけたからだ。
楓は未来の天才発明家を。
疾風は自分の直属の上司を。
((ニヤリ))
「何も言わなくてもわかるよ」
「そういう力なのね……。あなためんどくさいわ!」
「アハハ、正直だね……」
本当はそれだけの力ではないのだが、否定も肯定もしていないので、明かす必要は無いし、嘘をついているわけでもない。
楓さんは正直でした。
そして、人の能力を声を大にして宣伝する明日香も正直でした。
「これから仲良くしような!明日香!」
「……へ?」
「いやだから!仲良くしような!明日香!」
「あ、僕も僕も!仲良くなりたい!」
明日香は間抜けな顔をしている。幼稚園児でその顔を使いこなすとは、なかなかやりおる。
「え、でも私……」
「んなことはどうでもいい!俺は明日香と奏汰とはなんだか長い付き合いになりそうなんだ!」
「……分かったわ」
「よし決まりだな!明日から三人で遊び尽くすぞぉ!」
「さんせーい!」
「待ちなさい!私がリーダーよね!?」
「なにを!?俺がリーダーだろぉ!」
「私よ!」
「俺だ!」
実に幼稚園児らしいやり取りである。
二人は終始笑顔なので、楽しんではいるようだ。
そんな二人を穏やかな顔で見る奏汰。お母さん感が凄まじいですね。
「「奏汰はどっちがリーダーだと思う!?」」
傍観者の中に助かる者などいない。
「えー……。どっちでもいいよぉ~。仲良く行こうよ~」
ね?ね?と二人の中を取り持つ奏汰。この三人の立ち位置が決まった。
「くっ!この話はまた今度だな!」
「分かったわ!また今度決着をつけてあげる!」
奏汰のまぁまぁ落ち着けに仕方なく引き下がる楓と明日香。
入園初日から仲がよろしい。
お嬢様『山岸 明日香』と優しき怒鬼『柊 奏汰』、全知全能『黒田 楓』。
その後の世界に大きな変化を与えることとなる三人組はこうして出会ったのだ。
暫く三人で遊んだ後……
「あ、お父さん!私ね!私ね!友達ができたのよ!凄いでしょう!?」
明日香は何者かと話す父の元へと容赦なく横タックルをかます。
「ウグホッ!」
呻き声を漏らし、話していたもう一人の男の前で跪くように横っ腹を抑えている山岸総司令官。普段はお堅い方なのだが、家族といる時はラフであろうと心掛けているようで、娘を叱ることはなかなかないようだ。
それ故にこんなわがままお嬢さまが出来上がってしまったわけだが、山岸総司令官からしたら可愛くじゃれているものなのだ。横っ腹に鋼鉄の人形が刺さったとしても暖かい目を向けるとはさすがは総司令官、心も寛大なようだ。これが黒田さんの楓くんだったらそうはいかないはずだ。
「お、どうした山岸。遂に俺に対しても跪くようになったか!」
そう調子に乗るのは黒田疾風。しかし、その調子もつかの間
「父さん!バカやってないでよ!……山岸のおじさん大丈夫?」
実の息子にバカを咎められるとは、いいのか!お父さん!
蹲る山岸総司令官に楓が近づくと、山岸総司令官は即復活する。
「助かったよ楓くん。後少しで内蔵が潰れていた」
さらっとグロテスクな事をいう。
「ふっ!娘に横腹を潰されるとは、父としていいのかそれで!」
疾風が言えたことではない。断じて。
「父さんは黙ってて!」
楓が疾風のことをキッと睨むと、疾風は……
「うおぉぉぉぉぉ!目が!目がァァァ!!」
現れたム○カ大佐。
目を押さえ、悶える疾風。
「え…?え……?楓とお父さんってお友達だったの?」
「いや、私と楓くんのお父さんが仕事仲間なんだ。立場は逆転してるけどね」
そう。先のやり取りを見てくれれば分かるだろうが、疾風と山岸総司令官とは上司部下の関係ではあるが、その実山岸総司令官の犬というわけではないのだ。
世界を守る疾風が国に逆らえないわけが無い。そういう事だ。
拠点を日本に置いているから、家族や友人がいるから日本軍として働いているが、日本に固執しているわけではない。いざとなれば、国家を沈めることも出来るわけだから、むしろいつもご機嫌伺いをしているのは国なのだ。
といっても、それ抜きにしても疾風と山岸総司令官は仲が良い。
元々同期というのもあったのだが、同年齢の子供がいる者同士、シンパシーを感じているようだ。
山岸総司令官は疾風にとって大切な友人であり、自分のことや楓の力についても知っている数少ない理解者だ。
「そうなのね!なら!私も楓と楓のお父さんと仲良しになるわ!」
脳天気なお嬢さまだ。
山岸総司令官は楓をなんとかして自陣に引き込もうと尽力し、日々胃をすり減らしているのだが、お嬢さまはそんなことお構い無しのようだ。
「おや、明日香。その子は?」
楓のことは当たり前のように知っているが、明日香と楓の後ろにいた奏汰のことが気になったようだ。
しかし、山岸総司令官の中では楓の友人は狙い目なのだろう。優秀な能力者には優秀な能力者が寄ってくる。その山岸総司令官の持論はあながち間違っていないが、幼稚園児にそれを求めるのは如何なものか。
「あ!この子は奏汰よ!私の友達!」
バンバンと背中を叩かれ、痛がりたいのに全く痛くないという自分の意思に背く肉体にツッコミを入れつつ、山岸総司令官の前に出る奏汰。
その間に明日香は「痛くないのかしら」と呟く。明日香の計画では「痛いよ、やめてって~」と奏汰が言い、山岸総司令官に自分の方が奏汰よりも偉いと言うのを伝えたかったようだが、奏汰の体に阻まれた。
確信犯にも失敗作というものがあるのだ!
「こんにちわ。柊 奏汰と言います」
「おー。そうかそうか。明日香が迷惑をかけている」
「何言ってるのよお父さん!私がいつ迷惑をかけたって言うのよ!」
たった今確信的犯行をミスしたばかりなのは忘れているようだ。
「山岸のおじさん!今日は非番だったの?」
「か、楓……。そろそろ父さんの目を治してくれても・・・」
「今日は有休を無理矢理だが、取らせてもらったんだよ。一度しか無い娘の入園式だかな。いつも構ってやれないのも気にしてるんだよ」
「か、楓。聞こえてるか?というか、まだここにいるか?いるなら返事をしてくれ」
「へー。良かったな明日香」
「ええ!今日は一日中遊んで貰うわ!」
山岸総司令官に休みという概念は無い。
「大変だね、山岸おじさんも」
「アハハ…。でも、娘に必要とされているのは嬉しいよ」
「楓さん、マジでいないんスカ?聞こえる声は幻聴なのか!?」
「よく家に来ては忙しいって愚痴ってたから心配してたけど、楽しそうで良かったよ」
「……楓くんと話していると、たまに幼稚園児ということを忘れてしまうよ」
「楓!ヘールプミー!」
「まぁそれもこれも、原因はこの力にあるんだけどね」
楓は自分の小さな掌を見つめる。
その手には幼い子供が持っていてはいけない代物が宿っている。
「本当にすまない。君をその力から救うことは私には出来ない」
山岸総司令官はただただ楓に頭を下げる。
「大丈夫だよおじさん。俺はこの力が嫌いなわけじゃないし、制御できるようになれば便利なものだよ。……それに!こういう話はこの場ですることじゃないでしょ?入園式!新たな門出ってやつだよ!」
「……そうだな。すまなかった。……よし!今日はこのままうちに来ないか?」
「え、いいの!?」
「勿論だ!明日香もいいだろ?」
「当たり前よ!行きましょ!行きましょ!」
「えっと……僕もいいですか?」
「それこそ当たり前だ。明日香の友達は大歓迎だよ」
「やった!それじゃぁちょっと待ってて!お父さんとお母さんに報せてくる!」
奏汰は走って両親のもとまで飛んでいく。速い速い。大人の脚力にも負けていないし、なんならこのまま能力使用無しの大会で優勝できそうだ。
両親と一緒に山岸総司令官の元までやってきた奏汰。両親と奏汰を山岸総司令官の車に乗せ、それに続いて楓と明日香も乗車。朱里と山岸母も話しながら乗車。
「よし、それじゃ行くぞ」
正にVIPといった様子の車に乗り込んだ八人は車内にあった冷蔵庫からアイスをムシャムシャと食べ、到着を待つのであった……。
「楓!楓ぇぇ!ヘールプミー!!」
哀れなり、父。
ーーーーーーーーーーー
はたつばです。
すみません、以前楓父が出てきた時に『黒田 迅』と表記していたのですが、正しくは『黒田疾風』です。能力名と同じですのでよろしくお願いします!
ほかの話で黒田迅を見つけましたら、ご報告のほどよろしくお願いします!いつ書いたかの記憶がねぇ……
楓の出会い編ですね。
過去編については各編の最後にこう言った形で載せて行こうと思います。
新たな登場人物が出てきましたが、見返すと、重要人物ばかりだなぁって感じですね。
そろそろばらまいておいた伏線を回収していかねばなるまい……。
どうしてくれようか……。
伏線回収時に、矛盾点などありましたら、教えていただけると助かります。
次回更新日は五月十三日土曜日ですね。
よろしくお願いします!
また風邪ひきました。皆さん気を付けてね!
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そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
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