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40 王弟令嬢の婚約者候補
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「とりあえずパメラについてわかったことを教えて欲しい」
「その方は第三王子府へ連れて行かれたのをサラが確認しています」
「第三王子府?」
「はい、マティアス殿がクラフト王より命じられた王城警備を行うために設置を許された機関です」
「王城警備とは――参ったな」
ガイルは難しい顔のまま隣に座るフィオリナへ視線を向ける。ただの冒険者に過ぎない彼では、どう頑張っても入れる場所ではない。
「――申し訳ございません。わたくしの父か母であれば何とかして差し上げられたかもしれませんが、今のわたくしでは・・・・・・」
「いや、そんなつもりではないんだ。悪かった、気にしないで欲しい」
「まさかこんな時に母がケガで床に臥せるなんて――」
「ミネルバ様が何だって?」
「あっ、すみません、忘れてください! きつく口止めされていたのに、つい」
何も考えが浮かばなかったガイルは無意識にフィオリナを見ただけであったのに、彼女に無心をしたように受け止められてしまう。そして彼女の母であり、クラフト王国の龍騎士を束ねるミネルバが、大きなケガをしているとの信じられない話が飛び出した。
あの傍若無人なデニスに一歩も引けを取らない女傑に何があったのか聴きたいが、フィオリナは教えるつもりはないらしい。横を向いてガイルと視線を合わせようとしない。そして彼と視線が合ったのは、部屋の床に顔を下ろしたまま彼を見上げている蒼銀の瞳の龍だった。いつもの溌剌とした輝きはなく、半眼で何となく寂しそうにも見える。
つくづくタイミングが悪いらしい。彼女の父である王弟アレクセイか、母であるミネルバがいれば、厳重な警備体制が敷かれる王城の中へでも連れて入ってもらうことはできただろう。ガイルの無実を証明する大きな助けにもなってくれたに違いない。
一方のフィオリナはまだ龍騎士になったばかりである。王弟令嬢の身分にはあるものの、一介の冒険者に過ぎないガイルを王城へ連れて入れるには力が足りない。
だからと言ってフィオリナが気に病むのはガイルの意図するところではもちろんない。彼女には既に危険なところを助けてもらって感謝こそすれである。
「フィオリナ、君には助けてもらっている。それで十分だ。ここからは自分でどうにかするしかない」
「おじ様――」
「悪いけれど剣を一振り貸して貰えないか。鎧は何とか持ち出せたけど、それ以外は詰所の下敷きになってしまったからな」
部屋の机の上に置かれた革鎧が彼の目に映る。その側にあるべき使い慣れた長剣もまったく扱えない細身の剣も今は見当たらない。
何の武器もないままパメラを探すなど今の彼には自殺行為に等しい。王都には彼の命を狙うアーニャがいる。聖女略取の犯人を血眼になって探す兵士や、アーレイ教の信徒も溢れている。
ガイル自身のことだけであれば、アレクセイの帰りを待つのが一番だろう。しかしパメラのことを考えるとそうは言っていられない。
マティアスの騎士がパメラを連れて行った理由はわからないが、単なる親切とは考えづらい。
この国の審問官は、アーレイ教からの申し出を鵜呑みにして、ガイルの言い分を聴くことも無く聖女略取の濡れ衣を彼に着せようとした。穿った見方かもしれないが、マティアスの息が掛かっていた可能性は皆無ではない。
あまり悪い方へ考えたくはないが、パメラはガイルのために動いた結果、非常にまずい男の手に落ちてしまったのかもしれない。
手早く革鎧を身につけ始めるガイルを見たフィオリナが指示を出した。
「承知しました。サラ、おじ様のために良い剣を何本か持って来てちょうだい」
「はい、少々お待ちください」
音も立てずにサラは部屋を出た。
フィオリナは、黙々と準備を続けるガイルへ向けて伸ばした右手を握って胸へと引き戻した。彼はやると決めたことは決して思いとどまらない。引き留めても無駄なのは嫌というほどわかっている。
大した装備もないガイルは、手早く身に着けた物を確認してフィオリナへ向き直る。
「とりあえず王子府まで無事に行けたとして、どうやってパメラを探すかだな」
「――難しいですね。あの男の近衛騎士がパメラさんを連れて行ったのは、導主ルキウス絡みだと思うのですが」
「ルキウスにこだわる何かがあるのか?」
「その辺りの事情は少しややこしくて――何の関係もないおじ様やパメラさんには本当に申し訳ない事態としか」
「何でいいから教えてくれると助かる」
「わかりました」
気の進まない様子のフィオリナへガイルはできるだけ優しい声で促した。
そうして教えられたのは、ガイルの知らなかったルキウスとマティアスの関係である。
「ルキウスの妹エリーサは、第三王子マティアスの妻でしたけれど、少し前に――他界しております」
「他界? まだ若いのだろう? 何かの病気だったのか?」
「それは――」
フィオリナはかなり迷った。エリーサの自殺の原因は判明していない。
彼女は実兄ルキウスを愛していた。そんな彼女をベッドで凌辱することをマティアスは愉しみ続け、彼女は命を絶ってしまった。ルキウスはそれが原因で公爵家の身分を捨ててアーレイ教へ救いを求めた。
これらのまことしやかに流れている噂をガイルへ教えるべきか。
結局、噂にすぎないと断りを入れてからフィオリナが伝える。ガイルは沈痛な面持ちで聴き続けた。
「そんなことが――」
「わたくしは、エリーサ姫やルキウスとはさほど親交はありませんでしたが、仲の良い兄妹との印象はあります。確かエリーサ姫はマティアスと同年代のはずです。そして正妻のいなくなった彼は――わたくしの婚約者候補筆頭です」
「まさかお父上が認められたのか?」
「いいえ、おかげで婚約にはまだ至っておりませんが、王がロックウェル侯爵家をさらに取り込もうと躍起になっておられているようです」
「王様か。そいつは厄介な話だな。何か力になれればと言っても俺では何とも――」
フィオリナの父は、王位継承権第二位でベルゲンクライ公爵を兼ねる王弟アレクセイ。母は、龍の谷の領主ロックウェル侯爵家出身の女傑ミネルバ。つまりは王族、四大公爵、龍の谷の侯爵の血を一身に受け継いでいるため、王家の強化を図るための王子の結婚相手としてこれほど優良物件は他にはない。
クラフト王国の最高権力者は間違いなくクラフト国王である。その彼が望んでいるとすれば、いくらアレクセイやミネルバが反対しても難しいと思われる。
険しい表情のガイルを見たフィオリナは少しだけ笑顔になっていた。
「その方は第三王子府へ連れて行かれたのをサラが確認しています」
「第三王子府?」
「はい、マティアス殿がクラフト王より命じられた王城警備を行うために設置を許された機関です」
「王城警備とは――参ったな」
ガイルは難しい顔のまま隣に座るフィオリナへ視線を向ける。ただの冒険者に過ぎない彼では、どう頑張っても入れる場所ではない。
「――申し訳ございません。わたくしの父か母であれば何とかして差し上げられたかもしれませんが、今のわたくしでは・・・・・・」
「いや、そんなつもりではないんだ。悪かった、気にしないで欲しい」
「まさかこんな時に母がケガで床に臥せるなんて――」
「ミネルバ様が何だって?」
「あっ、すみません、忘れてください! きつく口止めされていたのに、つい」
何も考えが浮かばなかったガイルは無意識にフィオリナを見ただけであったのに、彼女に無心をしたように受け止められてしまう。そして彼女の母であり、クラフト王国の龍騎士を束ねるミネルバが、大きなケガをしているとの信じられない話が飛び出した。
あの傍若無人なデニスに一歩も引けを取らない女傑に何があったのか聴きたいが、フィオリナは教えるつもりはないらしい。横を向いてガイルと視線を合わせようとしない。そして彼と視線が合ったのは、部屋の床に顔を下ろしたまま彼を見上げている蒼銀の瞳の龍だった。いつもの溌剌とした輝きはなく、半眼で何となく寂しそうにも見える。
つくづくタイミングが悪いらしい。彼女の父である王弟アレクセイか、母であるミネルバがいれば、厳重な警備体制が敷かれる王城の中へでも連れて入ってもらうことはできただろう。ガイルの無実を証明する大きな助けにもなってくれたに違いない。
一方のフィオリナはまだ龍騎士になったばかりである。王弟令嬢の身分にはあるものの、一介の冒険者に過ぎないガイルを王城へ連れて入れるには力が足りない。
だからと言ってフィオリナが気に病むのはガイルの意図するところではもちろんない。彼女には既に危険なところを助けてもらって感謝こそすれである。
「フィオリナ、君には助けてもらっている。それで十分だ。ここからは自分でどうにかするしかない」
「おじ様――」
「悪いけれど剣を一振り貸して貰えないか。鎧は何とか持ち出せたけど、それ以外は詰所の下敷きになってしまったからな」
部屋の机の上に置かれた革鎧が彼の目に映る。その側にあるべき使い慣れた長剣もまったく扱えない細身の剣も今は見当たらない。
何の武器もないままパメラを探すなど今の彼には自殺行為に等しい。王都には彼の命を狙うアーニャがいる。聖女略取の犯人を血眼になって探す兵士や、アーレイ教の信徒も溢れている。
ガイル自身のことだけであれば、アレクセイの帰りを待つのが一番だろう。しかしパメラのことを考えるとそうは言っていられない。
マティアスの騎士がパメラを連れて行った理由はわからないが、単なる親切とは考えづらい。
この国の審問官は、アーレイ教からの申し出を鵜呑みにして、ガイルの言い分を聴くことも無く聖女略取の濡れ衣を彼に着せようとした。穿った見方かもしれないが、マティアスの息が掛かっていた可能性は皆無ではない。
あまり悪い方へ考えたくはないが、パメラはガイルのために動いた結果、非常にまずい男の手に落ちてしまったのかもしれない。
手早く革鎧を身につけ始めるガイルを見たフィオリナが指示を出した。
「承知しました。サラ、おじ様のために良い剣を何本か持って来てちょうだい」
「はい、少々お待ちください」
音も立てずにサラは部屋を出た。
フィオリナは、黙々と準備を続けるガイルへ向けて伸ばした右手を握って胸へと引き戻した。彼はやると決めたことは決して思いとどまらない。引き留めても無駄なのは嫌というほどわかっている。
大した装備もないガイルは、手早く身に着けた物を確認してフィオリナへ向き直る。
「とりあえず王子府まで無事に行けたとして、どうやってパメラを探すかだな」
「――難しいですね。あの男の近衛騎士がパメラさんを連れて行ったのは、導主ルキウス絡みだと思うのですが」
「ルキウスにこだわる何かがあるのか?」
「その辺りの事情は少しややこしくて――何の関係もないおじ様やパメラさんには本当に申し訳ない事態としか」
「何でいいから教えてくれると助かる」
「わかりました」
気の進まない様子のフィオリナへガイルはできるだけ優しい声で促した。
そうして教えられたのは、ガイルの知らなかったルキウスとマティアスの関係である。
「ルキウスの妹エリーサは、第三王子マティアスの妻でしたけれど、少し前に――他界しております」
「他界? まだ若いのだろう? 何かの病気だったのか?」
「それは――」
フィオリナはかなり迷った。エリーサの自殺の原因は判明していない。
彼女は実兄ルキウスを愛していた。そんな彼女をベッドで凌辱することをマティアスは愉しみ続け、彼女は命を絶ってしまった。ルキウスはそれが原因で公爵家の身分を捨ててアーレイ教へ救いを求めた。
これらのまことしやかに流れている噂をガイルへ教えるべきか。
結局、噂にすぎないと断りを入れてからフィオリナが伝える。ガイルは沈痛な面持ちで聴き続けた。
「そんなことが――」
「わたくしは、エリーサ姫やルキウスとはさほど親交はありませんでしたが、仲の良い兄妹との印象はあります。確かエリーサ姫はマティアスと同年代のはずです。そして正妻のいなくなった彼は――わたくしの婚約者候補筆頭です」
「まさかお父上が認められたのか?」
「いいえ、おかげで婚約にはまだ至っておりませんが、王がロックウェル侯爵家をさらに取り込もうと躍起になっておられているようです」
「王様か。そいつは厄介な話だな。何か力になれればと言っても俺では何とも――」
フィオリナの父は、王位継承権第二位でベルゲンクライ公爵を兼ねる王弟アレクセイ。母は、龍の谷の領主ロックウェル侯爵家出身の女傑ミネルバ。つまりは王族、四大公爵、龍の谷の侯爵の血を一身に受け継いでいるため、王家の強化を図るための王子の結婚相手としてこれほど優良物件は他にはない。
クラフト王国の最高権力者は間違いなくクラフト国王である。その彼が望んでいるとすれば、いくらアレクセイやミネルバが反対しても難しいと思われる。
険しい表情のガイルを見たフィオリナは少しだけ笑顔になっていた。
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