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39 ざわめく心
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コルト司教からガイルのクエストについて連絡を受けたフィオリナは、ガイルをずっと待っていた。今回の事件に限らず、彼が一部の獣人から狙われ続けているのも知っていた。彼女のもっとも信頼する侍女のサラを、ガイル達が入城に使用する可能性の一番の高い方角の城門へ遣っていたのもそのためだった。
サラはフィオリナの期待通りにガイル一行を発見したまでは良かったけれど、そのまま聖女略取騒動へと発展してしまう。せめてパメラをフィオリナのところへ連れて行こうとしたが、第三王子マティアスの騎士に邪魔をされてしまった。
これ以上は手に余ると判断をしたサラが急いでフィオリナへ報告をした結果、当然のこととしてガイル救出を最優先したのである。
状況の説明を聞いたガイルの考え込む様子にフィオリナは不謹慎とは思いながらも意を決して尋ねた。
「あ、あの、その方とはどのようなご関係で!?」
「冒険者を引退したら剣を譲る約束をしていたのに――それも参ったな」
「まさかあの剣ですか!?」
「ああ。俺には使いこなせないものを持っていても仕方がないからな」
「今は無理でもいずれ使えるようになるかもしれません! おじ様も大切にされていたではありませんか!」
白銀の刀身を持つ細身の剣は簡素な黒い鞘に収めらていた。抜かなければ決して魔剣とはわからない。
ガイルがこの宿舎を使っている時に、まったく使っていないにもかかわらず剣の手入れを念入りにしている光景をフィオリナは何度も見ていた。
何よりガイルの心に今も大きな割合を占めるデニスの遺品である。それを簡単に譲ると言った彼にフィオリナの気持ちはざわつく。
「さすがに無理だろう。それよりパメラの行き先に心当たりは?」
「ただいまお調べしておりますが、あの剣は――」
「姫様、申し訳ありません。失礼してよろしいでしょうか」
「・・・・・・許します、お入りなさい」
ガイルに対しての不満そうな雰囲気を隠そうともしないフィオリナが、扉に向けて声を発する。静かに開かれた扉から入ろうとした者は全身黒ずくめの衣装を着ていた。
怪し過ぎる入室者を見たガイルは、思わずフィオリナの腕を引っ張って背後へ庇った。しかし彼以外の者達に緊張感はまったく見られない。
「姫様も大切にしてくださっています。ご安心ください」
「サラっ!! 余計なことは言わなくてよ!」
「申し訳ございません。ガイル様、お久しぶりです」
何故か嬉しそうに声を掛けながら入室者が片膝を着いて顔を覆った黒布を取った。見知った侍女の顔を確認したガイルも一気に肩の力を抜けるのを感じる。王都へ来てあまりに色々なことが起きて、過敏に警戒してしまっていたらしい。
すぐ側で不思議そうに首をかしげた龍を見たガイルは苦笑いを浮かべる。騎手であるフィオリナの危険にこの龍が反応しないはずがない。それを失念するなんて平常心を失っている証拠だった。
「こちらこそ驚かせてすまない」
「いいえ、驚くどころか姫様は喜ばれていますから」
「いいから早く報告なさい!!」
サラはガイル連行やパメラのことをフィオリナへ一度報告してから再び城下へ出て情報を集めていた。
真っ赤な顔のフィオリナに命じられたサラが手短に伝えた情報は、ガイルの眉間へ深い皺を寄せる。
「――パメラはともかく、キアラはとりあえず大丈夫なんだな?」
「はい。その少女についてはアーレイ教クラフト総本山へ連れて行かれたのを確認しています。集まった大勢の者達から下へも置かぬ扱いを受けていましたし、身の危険はないと思われます」
「言い切れるのか?」
「あれは聖女様の扱いに見えましたから」
「――そうだったな」
「おじ様、少しお座りになりませんか?」
ジルニトラが部屋の窓に頭を突っ込んでからガイル達はずっと龍の傍らで立ち話をしている。サラのもたらした話は有益ではあるものの、聞いているだけで疲れるような内容ばかりでもある。
部屋の真ん中にある応接用ソファーにガイルとフィオリナが隣合って座った。侍女に過ぎないサラをガイルが彼の正面へ座るよう促すと、フィオリナが小さくうなずいてからサラも浅く腰を下ろした。
問題が山積みの状態にガイルは思わず頭を掻いた。上げた腕が痛くなくなっているのはとてもありがたいけれどそれ以上に頭が痛い。
キアラはこのまま放っておいてもログレスの教団本部へ連れて行かれる。だとしたらクエストに失敗しただけのこと。早期引退を目論んでいるため余計な実績が不要なガイルには何の問題もない。ログレスへキアラがたどり着くといった依頼内容は達成されることと、キアラにも不都合は発生させていないので違約金も発生しない。ひとまずキアラは無視をして、もう一人の仲間のことをガイルは考える。
あのハイエルフは一体何をやっているのか。冒険者だったらギルドへ行くくらい子供のお使い以下だ。それなのに見知らぬ人間について行って行方不明になっているなど希少種のハイエルフのくせに危機意識が無さ過ぎる。少し弓に自信があるから気が緩んでいるのではないか。一度根本的に鍛え直してやらなければならない。
ガイルは妙に落ち着かない気持ちをパメラへの怒りで打ち消そうとする。気を抜くと愚痴が出そうなるのも抑える。
さすがにこれだけのことが一気に降りかかると泣き言の一つも言いたくなる。
これまで様々な苦労を経験していても一人ではなかった。
デニスがいればなぁ。
無いものねだりをしてもしようがない。かつては頼りになり過ぎる仲間がいた。
今は自分でなんとかしなければならない。
サラはフィオリナの期待通りにガイル一行を発見したまでは良かったけれど、そのまま聖女略取騒動へと発展してしまう。せめてパメラをフィオリナのところへ連れて行こうとしたが、第三王子マティアスの騎士に邪魔をされてしまった。
これ以上は手に余ると判断をしたサラが急いでフィオリナへ報告をした結果、当然のこととしてガイル救出を最優先したのである。
状況の説明を聞いたガイルの考え込む様子にフィオリナは不謹慎とは思いながらも意を決して尋ねた。
「あ、あの、その方とはどのようなご関係で!?」
「冒険者を引退したら剣を譲る約束をしていたのに――それも参ったな」
「まさかあの剣ですか!?」
「ああ。俺には使いこなせないものを持っていても仕方がないからな」
「今は無理でもいずれ使えるようになるかもしれません! おじ様も大切にされていたではありませんか!」
白銀の刀身を持つ細身の剣は簡素な黒い鞘に収めらていた。抜かなければ決して魔剣とはわからない。
ガイルがこの宿舎を使っている時に、まったく使っていないにもかかわらず剣の手入れを念入りにしている光景をフィオリナは何度も見ていた。
何よりガイルの心に今も大きな割合を占めるデニスの遺品である。それを簡単に譲ると言った彼にフィオリナの気持ちはざわつく。
「さすがに無理だろう。それよりパメラの行き先に心当たりは?」
「ただいまお調べしておりますが、あの剣は――」
「姫様、申し訳ありません。失礼してよろしいでしょうか」
「・・・・・・許します、お入りなさい」
ガイルに対しての不満そうな雰囲気を隠そうともしないフィオリナが、扉に向けて声を発する。静かに開かれた扉から入ろうとした者は全身黒ずくめの衣装を着ていた。
怪し過ぎる入室者を見たガイルは、思わずフィオリナの腕を引っ張って背後へ庇った。しかし彼以外の者達に緊張感はまったく見られない。
「姫様も大切にしてくださっています。ご安心ください」
「サラっ!! 余計なことは言わなくてよ!」
「申し訳ございません。ガイル様、お久しぶりです」
何故か嬉しそうに声を掛けながら入室者が片膝を着いて顔を覆った黒布を取った。見知った侍女の顔を確認したガイルも一気に肩の力を抜けるのを感じる。王都へ来てあまりに色々なことが起きて、過敏に警戒してしまっていたらしい。
すぐ側で不思議そうに首をかしげた龍を見たガイルは苦笑いを浮かべる。騎手であるフィオリナの危険にこの龍が反応しないはずがない。それを失念するなんて平常心を失っている証拠だった。
「こちらこそ驚かせてすまない」
「いいえ、驚くどころか姫様は喜ばれていますから」
「いいから早く報告なさい!!」
サラはガイル連行やパメラのことをフィオリナへ一度報告してから再び城下へ出て情報を集めていた。
真っ赤な顔のフィオリナに命じられたサラが手短に伝えた情報は、ガイルの眉間へ深い皺を寄せる。
「――パメラはともかく、キアラはとりあえず大丈夫なんだな?」
「はい。その少女についてはアーレイ教クラフト総本山へ連れて行かれたのを確認しています。集まった大勢の者達から下へも置かぬ扱いを受けていましたし、身の危険はないと思われます」
「言い切れるのか?」
「あれは聖女様の扱いに見えましたから」
「――そうだったな」
「おじ様、少しお座りになりませんか?」
ジルニトラが部屋の窓に頭を突っ込んでからガイル達はずっと龍の傍らで立ち話をしている。サラのもたらした話は有益ではあるものの、聞いているだけで疲れるような内容ばかりでもある。
部屋の真ん中にある応接用ソファーにガイルとフィオリナが隣合って座った。侍女に過ぎないサラをガイルが彼の正面へ座るよう促すと、フィオリナが小さくうなずいてからサラも浅く腰を下ろした。
問題が山積みの状態にガイルは思わず頭を掻いた。上げた腕が痛くなくなっているのはとてもありがたいけれどそれ以上に頭が痛い。
キアラはこのまま放っておいてもログレスの教団本部へ連れて行かれる。だとしたらクエストに失敗しただけのこと。早期引退を目論んでいるため余計な実績が不要なガイルには何の問題もない。ログレスへキアラがたどり着くといった依頼内容は達成されることと、キアラにも不都合は発生させていないので違約金も発生しない。ひとまずキアラは無視をして、もう一人の仲間のことをガイルは考える。
あのハイエルフは一体何をやっているのか。冒険者だったらギルドへ行くくらい子供のお使い以下だ。それなのに見知らぬ人間について行って行方不明になっているなど希少種のハイエルフのくせに危機意識が無さ過ぎる。少し弓に自信があるから気が緩んでいるのではないか。一度根本的に鍛え直してやらなければならない。
ガイルは妙に落ち着かない気持ちをパメラへの怒りで打ち消そうとする。気を抜くと愚痴が出そうなるのも抑える。
さすがにこれだけのことが一気に降りかかると泣き言の一つも言いたくなる。
これまで様々な苦労を経験していても一人ではなかった。
デニスがいればなぁ。
無いものねだりをしてもしようがない。かつては頼りになり過ぎる仲間がいた。
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