万年Aクラスのオッサン冒険者、引退間際になって伝説を残す?

ナギノセン

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35 独房の攻防 後編

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 獣人族の中でも獅子人族のプライドは高い。
 何故ならば獣人族の国の王が獅子人族であり、もっとも強いと自他共に認める部族であるからだ。
 アーニャは一時的にでも自らの首へ鎖が掛けられたことに激しい羞恥と怒りを覚えていた。

 狭い独房に言葉にならないアーニャの絶叫が走る。それほど太くは見えない両腕に何本もの血管と蔦のような茨のような群青の紋様が浮かび上がった。
 ガイルの手首と同じくらい太い鎖はビクともしなかったけど鎖の付け根は別だった。突然大きな音を立てて壁の表面が一気にひび割れる。ガイルの両手首を拘束していた鎖が音を立てて床へ落ちた。

 独房として長い間使われてきた部屋はどこも傷みが激しい。アーニャの膂力が異常なほど高いことはもちろんであるけれど壁との固定具が劣化していたことが大きかった。入口の扉を蹴破られたのも蝶番が傷んでいたからである。
 
 狭い部屋の中にほこりや砂煙が舞い上がる。ガイルは瓦礫に埋もれた鎧を急いで拾い上げた。アーニャが四つん這いになった時に手放していたのである。
 このままでは間違いなく殺される。まだ若いのに引退を考えるくらいガイルは命を大事に思っている。
 一瞬だけ躊躇いを見せた彼は鎧へ手を突っ込む。その中にあった茶色い掌大の葉と木の実を一握りして投げ棄てた。

「な、なにをするニャ!」

 アーニャは散らばった木の実や葉を瓦礫の下から慌ててかき集め始めた。ガイルは一目散に扉の無くなった出入口へと駆け込むことには成功した。
 だが手足には重い鎖が繋がれたままである。邪魔なので肩に担いだり両手で持っているため早く走れるはずがない。この騒ぎを聞きつけた兵士が来てくれることを期待したのも最初だけだった。彼の走る道にはアーニャによって守衛の屍山血河ができあがっていた。

 ガイルは邪魔もされずに階段を駆け上がり詰所の外へ飛び出した。
 すっかり夜になった建物の入口には篝火が焚かれているが見張りの兵はいない。アーニャが侵入した時に始末をして建物の中へ引き込んでいたのである。
 監獄からどうにか逃げ出せたと言っても彼は聖女略取の犯人にされている。鎖に繋がれた異様な風態で街を歩いてはあっという間に逆戻りだろう。

 これからすべきことを考えていたガイルの鼻腔が生温かい獣臭さを感じる。彼は何も考えずに走り出す。その直後に彼の立っていた場所を鋭利な爪の生えた手が切り裂いた。

「待つニャーア」
「殺されるためにわざわざ待つバカがいるはずがないだろうが」
 
 独房の時と比べれば攻撃速度が落ちている。そうでなければ今の攻撃は避けられなかった。小細工に近い目論見が確実に功を奏している。ガイルはわずかながら手応えを感じる。とにかく今はアーニャから逃げるのが最優先とばかりに手足の鎖を体に巻き付けて走った。がむしゃらに一番近くの大きな建物を目指したがアーニャの俊足に敵うはずもなかった。

「遅いニャーア、そっちも寄越すニャ―ア」

 彼の向かう場所へ先回りをした獅子人族の少女が鋭い爪のある右手を伸ばす。
 この場を凌ぐ方法は一つしかない。手にした鎧の中から再び木の実をまき散らそうとガイルが視線を動かしたその時、アーニャが石畳を撥ね上げて飛んだ。

 研ぎ澄まされた四本の凶器がガイルへ肉迫する。お互いに距離があったのでこの攻撃は何とか避けられるだろう。しかし重い鎖を巻き付けた体ではいつまでも逃げ続けられない。覚悟を決めた彼は敢えて避けずにアーニャを迎え撃った。

「へー、やるニャーア」
「そいつはどう――ぅぐっ!」

 獣人族の手爪攻撃を両手に握った鎖を伸ばしてどうにか受け止める。その直後、アーニャの蹴りが彼の腹を襲った。体へ巻き着けていた鎖のお陰で爪によって腹が割かれるのは防いだものの衝撃は十分すぎるほど伝わる。
 間違いなくあばら骨が二、三本へし折られた。膝を落としたガイルは耐えきれずに肩から石畳へ倒れた。

 アーニャは舌なめずりをしながらガイルの側に立つ。右足の爪を伸ばして彼の頭へゆっくりと乗せた。ガイルの顔が冷たい石畳へ押し付けられる。何とかしようと上げた手首の鉛色の鎖が彼の目に映る。
 こんな状態で逃げ切れるはずがなかったのだ。
 普段のガイルであれば皮肉の一つも口にしたであろう。しかし今は精も根も尽き果てていた。
 彼は持ち上げた腕を力なく落としてゆっくり目を閉じた。

「これで終わりニャ―ア」
「させませんっ! ジルニトラ!! お願いっ!」

 まさにガイルの頭をアーニャが踏み潰そうとした瞬間、篝火が消えて石畳に大きな影が差した。
 得も言われぬ身の危険を察したアーニャは一気に飛び退く。彼女とガイルの間に空いた場所へ月光をきらめかせた白銀の塊が暴風と共に舞い降りた。

「おじ様っ!! ガイルおじ様っ!!」
「フィオ――、ジル……」

 ガイルは眩い視界を感じながら意識を手放した。
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