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33 過去からの刺客
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ユーリは緊張に震える指先へ力を入れてゆっくりと油紙を剥がしにかかった。
ガイルの汗が染み込んでいたのだろう。先に剥がした何枚かは染みとなってこげ茶色になっている。ようやく出て来た中身は何とか緑と言えるくらい茶色になりかけた掌大の葉だった。
紙が開発される前は、葉に文字を書いて手紙とされていた。密書の類を見つけたと確信したユーリが目を見開いて数枚の葉を慎重に取り出す。葉の間から乾燥した茶色い木の実がボロボロと机や床の上へ転げ落ちた。
慌てたユーリが取り出した葉を机に置いて茶色い木の実を集める。親指ほどの不揃いな大きさをして結構堅く香りはあまりしない。
海千山千の審問官であるユーリは、これまで痛めつけてきた者達から得た情報と知識はかなりのものを誇っている。クラフト王国からバルバロイ帝国へ禁輸品である貴重種の薬草を密輸しようとした者の取り調べも数多くこなしてきた。
その彼をしても枯れかけの緑の葉に思い当たるふしはない。一方、かき集めた木の実はどこにでもある木の実のため、逆に油紙へ隠された意図を測りかねていた。
右手に枯れかけの葉、左手に茶色い木の実を持って双方を見遣る。
そんな彼の背後へ一瞬で立った影があった。
「それを寄越すニャ」
ユーリは喉元に鈍い痛みを感じる。
背後に立った人物が当てた刃物が軽く刺さっているらしい。警護の厳しい兵士詰所へ賊がどのようにして入れたのか疑問に思ったものの、内部の者の仕業かもと考え直した。
ここで抵抗をしたところで意味はない。ユーリは審問官であって武官ではない。無抵抗の人間をいたぶることに長けてはいても体術の心得など皆無である。
聖女略取容疑のかかっている人物の所持品が奪われることは大失態になる。しかし原因はそのような者が立ち入れる警備状況の穴にこそある。
責任転換を思いついたことで自らの大きな失点にはならないと判断したユーリは、手にした葉と茶色い木の実を机に置いてゆっくり諸手を挙げた。
「それでいいニャ」
喉から痛みが引いたのを感じた彼の視界へ入ったのは、若い獅子人族の女性だった。暗闇に紛れるようにメリハリのある体にフィットした黒い衣装を身に着けている。
頭部を覆っていた黒い布を取って現れた顔は、美人と言っても過言ではないくらい整っている。顔に限れば、耳の位置が動物のように頭の上にあることくらいしか人間と大きな違いはない。
彼女は机に置かれた枯れかけの葉、そして茶色い木の実まで残さず集めてガイルの鎧の中へと放り込む。そしてユーリが見落としていたらしい茶色い木の実を床から拾って確認するように鼻を鳴らした。
恍惚の表情を浮かべる獅子人族の少女にユーリは思わず見惚れる。命の危機を脱したところで、彼的には生と性への執着が出たといったところだろう。
その視線を感じた少女は思い出したかのように説明を始めた。
「勘違いするニャ。これは返してもらいに来た物ニャ。持ち主は何処にいるニャ?」
「――地下の独房だ」
「ありがとうニャ」
律儀に礼を述べた獣人の少女は来た時と同じく音もなく姿を消した。
ユーリは呪縛が解けたかのように力なく椅子へ座り込む。彼は自分の選択が正しかったことを今更ながら感じている。廊下越しに聞こえる鈍い金属音、何人もの兵士の絶叫、そのどこにも少女の悲鳴らしきものは聞こえなかった。
独房に入れられてからは両手両脚を枷で繋がれたガイルは、粗末な寝台で横になりうつらうつらとしていた。
パメラが上手く動いてくれれば王都である強みが生かせる。逆にアーレイ教の総本山ログレスへ連れて行かれてからでは手も足もでないのだから運が良かったと自分に言い聞かせた。
そんな彼の耳には独房の外の騒ぎが徐々に近づいているように感じられた。
彼の身を按じた誰かが強硬手段へ打って出たのかとも思ったけれど、さすがにそれは都合が良すぎてありえない。結局、壁に据え付けられた鎖につながれた手足の枷のせいで寝台から大きく動けない彼は待つしかできなかった。
物音がすっかり止むと妙な獣臭さを彼は感じる。その瞬間、頑丈な独房の金属製の扉が大きな音を立てて破られた。飛んで来た小さな石の破片が彼の頬や手足を切り裂いた。
「盗人の片割れ見つけたニャ」
「……まさかアーニャ直々とはな。最悪だ」
ガイルはさきほど運が良いと思い込もうとしていたのをあっさり翻す。
彼を見つけた獣人の少女の口にはそれまでなかった牙が口の端から上下四本生えて、手の爪も大きく伸びている。 今の彼は鎖につながれて身動きが取れない。アーニャは優れた視力で独房の状況を素早く看取って嗜虐の笑みを浮かべた。
ガイルの汗が染み込んでいたのだろう。先に剥がした何枚かは染みとなってこげ茶色になっている。ようやく出て来た中身は何とか緑と言えるくらい茶色になりかけた掌大の葉だった。
紙が開発される前は、葉に文字を書いて手紙とされていた。密書の類を見つけたと確信したユーリが目を見開いて数枚の葉を慎重に取り出す。葉の間から乾燥した茶色い木の実がボロボロと机や床の上へ転げ落ちた。
慌てたユーリが取り出した葉を机に置いて茶色い木の実を集める。親指ほどの不揃いな大きさをして結構堅く香りはあまりしない。
海千山千の審問官であるユーリは、これまで痛めつけてきた者達から得た情報と知識はかなりのものを誇っている。クラフト王国からバルバロイ帝国へ禁輸品である貴重種の薬草を密輸しようとした者の取り調べも数多くこなしてきた。
その彼をしても枯れかけの緑の葉に思い当たるふしはない。一方、かき集めた木の実はどこにでもある木の実のため、逆に油紙へ隠された意図を測りかねていた。
右手に枯れかけの葉、左手に茶色い木の実を持って双方を見遣る。
そんな彼の背後へ一瞬で立った影があった。
「それを寄越すニャ」
ユーリは喉元に鈍い痛みを感じる。
背後に立った人物が当てた刃物が軽く刺さっているらしい。警護の厳しい兵士詰所へ賊がどのようにして入れたのか疑問に思ったものの、内部の者の仕業かもと考え直した。
ここで抵抗をしたところで意味はない。ユーリは審問官であって武官ではない。無抵抗の人間をいたぶることに長けてはいても体術の心得など皆無である。
聖女略取容疑のかかっている人物の所持品が奪われることは大失態になる。しかし原因はそのような者が立ち入れる警備状況の穴にこそある。
責任転換を思いついたことで自らの大きな失点にはならないと判断したユーリは、手にした葉と茶色い木の実を机に置いてゆっくり諸手を挙げた。
「それでいいニャ」
喉から痛みが引いたのを感じた彼の視界へ入ったのは、若い獅子人族の女性だった。暗闇に紛れるようにメリハリのある体にフィットした黒い衣装を身に着けている。
頭部を覆っていた黒い布を取って現れた顔は、美人と言っても過言ではないくらい整っている。顔に限れば、耳の位置が動物のように頭の上にあることくらいしか人間と大きな違いはない。
彼女は机に置かれた枯れかけの葉、そして茶色い木の実まで残さず集めてガイルの鎧の中へと放り込む。そしてユーリが見落としていたらしい茶色い木の実を床から拾って確認するように鼻を鳴らした。
恍惚の表情を浮かべる獅子人族の少女にユーリは思わず見惚れる。命の危機を脱したところで、彼的には生と性への執着が出たといったところだろう。
その視線を感じた少女は思い出したかのように説明を始めた。
「勘違いするニャ。これは返してもらいに来た物ニャ。持ち主は何処にいるニャ?」
「――地下の独房だ」
「ありがとうニャ」
律儀に礼を述べた獣人の少女は来た時と同じく音もなく姿を消した。
ユーリは呪縛が解けたかのように力なく椅子へ座り込む。彼は自分の選択が正しかったことを今更ながら感じている。廊下越しに聞こえる鈍い金属音、何人もの兵士の絶叫、そのどこにも少女の悲鳴らしきものは聞こえなかった。
独房に入れられてからは両手両脚を枷で繋がれたガイルは、粗末な寝台で横になりうつらうつらとしていた。
パメラが上手く動いてくれれば王都である強みが生かせる。逆にアーレイ教の総本山ログレスへ連れて行かれてからでは手も足もでないのだから運が良かったと自分に言い聞かせた。
そんな彼の耳には独房の外の騒ぎが徐々に近づいているように感じられた。
彼の身を按じた誰かが強硬手段へ打って出たのかとも思ったけれど、さすがにそれは都合が良すぎてありえない。結局、壁に据え付けられた鎖につながれた手足の枷のせいで寝台から大きく動けない彼は待つしかできなかった。
物音がすっかり止むと妙な獣臭さを彼は感じる。その瞬間、頑丈な独房の金属製の扉が大きな音を立てて破られた。飛んで来た小さな石の破片が彼の頬や手足を切り裂いた。
「盗人の片割れ見つけたニャ」
「……まさかアーニャ直々とはな。最悪だ」
ガイルはさきほど運が良いと思い込もうとしていたのをあっさり翻す。
彼を見つけた獣人の少女の口にはそれまでなかった牙が口の端から上下四本生えて、手の爪も大きく伸びている。 今の彼は鎖につながれて身動きが取れない。アーニャは優れた視力で独房の状況を素早く看取って嗜虐の笑みを浮かべた。
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