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32 審問
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兵士の詰所へと連行されたガイルは、装備を解除されて身に着けているのは衣類のみにされてしまった。
左右の手首には分厚い革を鎖でつないだ手錠があって自由は奪われている。
腰には太い縄が締められ両端を屈強な兵士二名がきつく握りしめている。足に何も枷がないのは、取り調べを終えて収監先の牢獄へ移動するのに兵士達が手を貸すことなく自分で歩かせるためであろう。
ガイルは取り調べ用の小さな部屋の小さな木の椅子へ座らされていた。
「どうやって聖女様を隷属させたんだ? それともとっくに聖女様でもなく性女様にしてしまったのか? クックク」
ガイルの前では、己の発した質問に興奮と満足を覚えたらしい細目の男が笑みを浮かべて座っている。机の上にいくつも並べられた羽ペンの羽を、やけに細く白い指先で撫でて同じような質問を繰り返し聴いていた。
「キアラは隷属もしていない。俺は聖女を略取などしてもいない」
「あまり強情だと痛い目をみることになりますよ。といっても聖女略取なんてアーレイ教徒の中に放り込んでやれば私刑で死刑でしょうが、クックク」
「だからやってないって言ってるだろう」
面白くもないダジャレを連発で聞かされるガイルは力ない反論と呆れるしかできない。彼の罪が既に犯された前提の取り調べのため、細目の男は否認には耳を貸そうとしない。今のガイルの生殺与奪を握っているのは目の前の審問官とパメラである。
パメラの報告がロキやコルトへなされれば何とかなると思われた。ロキはアルザスのギルドマスターで今回の依頼者でもある。まさかガイルがキアラを連れ去ったとは言わないだろう。
コルトにも今回の依頼の途中で立ち寄って内容を話している。何より彼の教会があるのは王弟の領地のため王都に強い伝手を持っている。
ガイルはもちろん罪を認めてはいけない。また時間稼ぎもしなければならない。一方、細目の審問官は罪を早々に認めさせなければならないのだが、今から取調をしようとする対象について何も知らないでは効率的に情報など得られない。この審問官は品性はかなり劣るものの聖女略取のような大事件を任される官吏としては優秀でもあった。
「少し躾が必要みたいですね。あなた達、この男の手を押さえなさい」
ガイルの後ろで彼の腰に縛られた縄を握っていた屈強そうな男二人が手慣れた動きでガイルの左右の腕をそれぞれ握って机へ押し付けた。
細目の審問官は更に目を細めると舌なめずりをして羽ペンを手にする。ゆっくりと金属の先端を舐め上げガイルの左腕へいきなり突き刺した。
「っぐ!?」
「ほう、さすがに肝が据わっているようですね。では次です」
「――んぬっ!!」
審問官は再び羽ペンを手にすると何のためらいもなくガイルの右腕へ突き刺した。思わず悲鳴が漏れそうになるのをガイルは堪える。人を傷つけて愉悦の目を向けている男に対して弱味を見せるなど絶対にしたくない。ひたすら意地のみで彼は八本の羽ペンが腕に刺さるのを耐えた。
「どうです? まるで犬に噛まれたような形でしょう? 教団からあまり傷つけるなとは言われているからこれでも遠慮しているのですよ、私がやったと分からないようにね!」
「んぐっ!!」
審問官は刺さったすべての羽ペンをこねくり回しながら引き抜いた。止めどなく溢れ出した血が机の上にたまる。
ガイルの下唇からも血が流れ出た。
彼の両腕には犬の口の前に両腕を並べて出して噛まれたような形の傷痕ができている。
「あなたの調書もこのペンと流れ出た血で朱色に書き上げてあげますよ」
「い、いい趣味だな、あんた」
「お褒めにあずかりありがとうと言えばいいのですかね。本当は感覚を鋭敏化させる薬品を飲ませてからやるものなのですが、今日は挨拶代わりの小手調べです。私の名前はユーリといいますが審問はユルリとする気はありません。クックク。明日から本格的にやりますので覚悟をしておいてください」
ユーリと名乗った審問官はくだらないダジャレとともに最初の審問を早々に打ち切った。ガイルが思ったより強情そうなので薬品の準備と事前に得た情報の確認をするためである。ガイルにもこれはこれでありがたい。まったく意思の疎通はないけれど利害の一致をした両者はひとまず審問室を後にする。
ガイルは簡単な手当てを受けてから完全武装の兵士四人に囲まれて、自由な両足で同じ建物の地下にある独房へ向かう。ユーリはガイルの持ち物を確認するために取調室の隣にある小部屋へと入った。
ユーリはいつも通り部屋の真ん中にある大きめの木机へと向かう。ガイルの持ち物や装備品が整然と並べられていて審問の最中にでもここから持ち出して確認ができるようにされているのだ。
所持物が多ければ横並びで机が二つくっついていることがよくある。今日は一つだけ済んでいることから大した物はなさそうと思われた。
冒険者の持ち物など似たり寄ったりである。ユーリは面白くなさそうに、それでも手間を惜しむことなく一つ一つを手にしてしっかりと確認をする。
「これはアーレイ信者のメダル――半月ということはカッサバ派なのにどうしてメフィストがあの男を?」
ユーリはこれまでアーレイ教関係の事件をいくつも審問してきた。だからこそ今回も彼に任されている。ガイルが所持しているメダルの形状についての予備知識があったためかすかな疑問が浮かぶ。
アーレイ教の前衛的研究機関カッサバの主宰者はメフィストである。今回の事件を告発したのも同じくメフィストであれば理由は何か。
メダルを後生大事に持っているということは、ガイルがアーレイ教を捨てたとは考えにくい。ならばガイルが何か下手を打ってメフィストに見切られたか、逆にガイルがカッサバのメフィストを裏切ってクレセント教団のルキウスに寝返ったか。
いずれにしてもガイルはカッサバかクレセント教団の秘密を握っているのは間違いなさそうである。
アーレイ教の内紛の原因がわかればクラフト王国としても大変役に立つ。メダルを置いて表情を引き締めたユーリの手が再び止まったのは、不思議な光沢を持つ革鎧と粗末な鞘に納められた細身の剣を見たときだった。
「この剣の輝きは魔剣か。簡素な鞘はカモフラージュだな。あの身なりでどこで手に入れたのだ? 鎧のほうは――何かが隠されている?」
ユーリは剣を置いて革鎧と思われる丸みのある金属の内側に触れた。油紙がびっしり隙間なく張られ明らかに何かを隠していると思われる
。
冒険者を名乗るただの信者が聖女略取などするにはあまりにことが大きすぎる。指示をした者からの密書があるのではと、ユーリの心臓が早鐘のように鳴った。
もし密書が見つかれば動かぬ証拠であり大手柄となる。
左右の手首には分厚い革を鎖でつないだ手錠があって自由は奪われている。
腰には太い縄が締められ両端を屈強な兵士二名がきつく握りしめている。足に何も枷がないのは、取り調べを終えて収監先の牢獄へ移動するのに兵士達が手を貸すことなく自分で歩かせるためであろう。
ガイルは取り調べ用の小さな部屋の小さな木の椅子へ座らされていた。
「どうやって聖女様を隷属させたんだ? それともとっくに聖女様でもなく性女様にしてしまったのか? クックク」
ガイルの前では、己の発した質問に興奮と満足を覚えたらしい細目の男が笑みを浮かべて座っている。机の上にいくつも並べられた羽ペンの羽を、やけに細く白い指先で撫でて同じような質問を繰り返し聴いていた。
「キアラは隷属もしていない。俺は聖女を略取などしてもいない」
「あまり強情だと痛い目をみることになりますよ。といっても聖女略取なんてアーレイ教徒の中に放り込んでやれば私刑で死刑でしょうが、クックク」
「だからやってないって言ってるだろう」
面白くもないダジャレを連発で聞かされるガイルは力ない反論と呆れるしかできない。彼の罪が既に犯された前提の取り調べのため、細目の男は否認には耳を貸そうとしない。今のガイルの生殺与奪を握っているのは目の前の審問官とパメラである。
パメラの報告がロキやコルトへなされれば何とかなると思われた。ロキはアルザスのギルドマスターで今回の依頼者でもある。まさかガイルがキアラを連れ去ったとは言わないだろう。
コルトにも今回の依頼の途中で立ち寄って内容を話している。何より彼の教会があるのは王弟の領地のため王都に強い伝手を持っている。
ガイルはもちろん罪を認めてはいけない。また時間稼ぎもしなければならない。一方、細目の審問官は罪を早々に認めさせなければならないのだが、今から取調をしようとする対象について何も知らないでは効率的に情報など得られない。この審問官は品性はかなり劣るものの聖女略取のような大事件を任される官吏としては優秀でもあった。
「少し躾が必要みたいですね。あなた達、この男の手を押さえなさい」
ガイルの後ろで彼の腰に縛られた縄を握っていた屈強そうな男二人が手慣れた動きでガイルの左右の腕をそれぞれ握って机へ押し付けた。
細目の審問官は更に目を細めると舌なめずりをして羽ペンを手にする。ゆっくりと金属の先端を舐め上げガイルの左腕へいきなり突き刺した。
「っぐ!?」
「ほう、さすがに肝が据わっているようですね。では次です」
「――んぬっ!!」
審問官は再び羽ペンを手にすると何のためらいもなくガイルの右腕へ突き刺した。思わず悲鳴が漏れそうになるのをガイルは堪える。人を傷つけて愉悦の目を向けている男に対して弱味を見せるなど絶対にしたくない。ひたすら意地のみで彼は八本の羽ペンが腕に刺さるのを耐えた。
「どうです? まるで犬に噛まれたような形でしょう? 教団からあまり傷つけるなとは言われているからこれでも遠慮しているのですよ、私がやったと分からないようにね!」
「んぐっ!!」
審問官は刺さったすべての羽ペンをこねくり回しながら引き抜いた。止めどなく溢れ出した血が机の上にたまる。
ガイルの下唇からも血が流れ出た。
彼の両腕には犬の口の前に両腕を並べて出して噛まれたような形の傷痕ができている。
「あなたの調書もこのペンと流れ出た血で朱色に書き上げてあげますよ」
「い、いい趣味だな、あんた」
「お褒めにあずかりありがとうと言えばいいのですかね。本当は感覚を鋭敏化させる薬品を飲ませてからやるものなのですが、今日は挨拶代わりの小手調べです。私の名前はユーリといいますが審問はユルリとする気はありません。クックク。明日から本格的にやりますので覚悟をしておいてください」
ユーリと名乗った審問官はくだらないダジャレとともに最初の審問を早々に打ち切った。ガイルが思ったより強情そうなので薬品の準備と事前に得た情報の確認をするためである。ガイルにもこれはこれでありがたい。まったく意思の疎通はないけれど利害の一致をした両者はひとまず審問室を後にする。
ガイルは簡単な手当てを受けてから完全武装の兵士四人に囲まれて、自由な両足で同じ建物の地下にある独房へ向かう。ユーリはガイルの持ち物を確認するために取調室の隣にある小部屋へと入った。
ユーリはいつも通り部屋の真ん中にある大きめの木机へと向かう。ガイルの持ち物や装備品が整然と並べられていて審問の最中にでもここから持ち出して確認ができるようにされているのだ。
所持物が多ければ横並びで机が二つくっついていることがよくある。今日は一つだけ済んでいることから大した物はなさそうと思われた。
冒険者の持ち物など似たり寄ったりである。ユーリは面白くなさそうに、それでも手間を惜しむことなく一つ一つを手にしてしっかりと確認をする。
「これはアーレイ信者のメダル――半月ということはカッサバ派なのにどうしてメフィストがあの男を?」
ユーリはこれまでアーレイ教関係の事件をいくつも審問してきた。だからこそ今回も彼に任されている。ガイルが所持しているメダルの形状についての予備知識があったためかすかな疑問が浮かぶ。
アーレイ教の前衛的研究機関カッサバの主宰者はメフィストである。今回の事件を告発したのも同じくメフィストであれば理由は何か。
メダルを後生大事に持っているということは、ガイルがアーレイ教を捨てたとは考えにくい。ならばガイルが何か下手を打ってメフィストに見切られたか、逆にガイルがカッサバのメフィストを裏切ってクレセント教団のルキウスに寝返ったか。
いずれにしてもガイルはカッサバかクレセント教団の秘密を握っているのは間違いなさそうである。
アーレイ教の内紛の原因がわかればクラフト王国としても大変役に立つ。メダルを置いて表情を引き締めたユーリの手が再び止まったのは、不思議な光沢を持つ革鎧と粗末な鞘に納められた細身の剣を見たときだった。
「この剣の輝きは魔剣か。簡素な鞘はカモフラージュだな。あの身なりでどこで手に入れたのだ? 鎧のほうは――何かが隠されている?」
ユーリは剣を置いて革鎧と思われる丸みのある金属の内側に触れた。油紙がびっしり隙間なく張られ明らかに何かを隠していると思われる
。
冒険者を名乗るただの信者が聖女略取などするにはあまりにことが大きすぎる。指示をした者からの密書があるのではと、ユーリの心臓が早鐘のように鳴った。
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