万年Aクラスのオッサン冒険者、引退間際になって伝説を残す?

ナギノセン

文字の大きさ
上 下
26 / 46

26 悩める司教

しおりを挟む
 頭に血が上ったパメラはガイルに詳しく話を聞きに行くために立ち上がる。一瞬キアラを睨み、飛び出た廊下にはコルトが立っていた。

「おや、どちらへ?」
「どこでもいいでしょ!」
「では私もキアラ様に話がありますから失礼します」

 一礼をしたコルトとすれ違ったパメラは真っ直ぐにガイルの部屋を目指す。
 姿勢を戻したコルトは忌々し気な顔で廊下の向こうへ小さく首を振る。明かりの届かない暗闇で何かが動いたのを確認し、パメラが開けたままの部屋の扉をノックして静かに入って扉を閉めた。

「キアラ様、これ以上ガイルに近づくのはお止めいただけませんか」
「デニスの後継者だからそれは無理」
「彼女のメダルですか。彼が身に着けていたなんて完全にしくじりました。遺品には見当たらなかったのですがどうやって手に入れたのやら」

 ギルドマスターになる前のロキに呼ばれて、デニスの遺品分配にコルトも立ち会った。コルトにもずっと世話になっていたデニスが形見分けを頼んだとのことだった。しかしアーレイ教の司教の立場を持つ彼が、粛清されたセクションのリーダーであったデニスの遺品を受け取ることはなかった。

 最後のほうは呟くように小さな声で顎に手を当てるコルトを無表情なキアラが見つめる。視線を感じたコルトは物思いを中断させ交渉を再開した。

「メフィスト様の寄越された三人とお帰りください」
「さっきと言ってることが違う」
「本音と建て前です。ガイルも今頃は夢の中でしょう」
「何をしたの」
「彼のよく飲む安酒とは比べものにならない強い酒を与えました」
「キアラは一人では帰らない」

 本当ならばこの時点でガイルの生殺与奪を手にしているはずだった。メフィストの手の者を泥酔したガイルのところへ向かわせて捕縛する予定だったのに、パメラが彼の部屋へ先に行ったことで計画は水泡に帰した。
 残念ながらメフィストが寄越した三人は荒事には向いていない。冒険者であるハイエルフにはとてもかないそうにない。

 デニスの死後、ガイルは特定の仲間を作ろうとしなかった。依頼者の意向によって同行者はいるものの、キアラ護衛は彼一人への依頼である。同行者はいないだろうと考えていたら、いきなりガイルが連れて来たのがまさかのハイエルフだった。結果的に彼女が彼を助けている。そしてデニスの後継者とキアラは目し、デニスのメダルも知らないうちに彼が手にしている。

 得も言われる力が働いているような気がしたコルトは、無意識に小さな溜め息をついた。
 だがアーレイ教の最も危険な上役の描いた計画がダメになったからと言ってお手上げのまま退散など組織人としてできるはずがない。だとするならば搦め手でも何でも試すだけである。

「ルキウス様主導ではありますが、今回の失敗がデニスさん絡みであることを早々に伝えないと、実行部隊を率いたマリニア様のお立場が苦しくなるのでは?」

 滅多に表情の動かないキアラの頬がコルトの言葉に引き攣りを見せる。彼が気を引き締めていなければ思わず口許を緩めてしまうほど効果はてきめんだった。

 キアラとマリニアはメフィストによって姉妹のように育てられた。
 メフィストの研究施設で生まれたキアラの存在を崇拝するものもいれば忌み嫌うものもいる。
 メフィストはキアラの存在意義を魔神戦争で時空に囚われた聖女アーレイ救出の依代と謳っている。理論上、時空の狭間には永劫の時が流れているとされており、魔神を封じたアーレイにも永劫の時が存在していることになる。つまり死ぬことはないのである。

 純粋なアーレイ信者であればあるほどメフィストの標榜するキアラの存在は受け入れやすく、一部では聖女とさえ呼ばれている。
 一方、現実主義を掲げる者達からはアーレイの生存など戯言以外何物でもなく、狂信者の操り人形、無垢な信者を惑わす者と憎悪さえされている。

 今回の計画はアーレイ救出の手始めと位置付けられており、そんな彼らにとってこの失敗は最高の攻撃対象となる。またキアラやメフィストのみならず彼の手足として動いたマリニアもその例外ではない。キアラは滅多にない胸の痛みを覚えた。
 実際のところマリニアはそんなに弱くはないのだが、デニスやメフィストを目の前にして育ったキアラからすれば仕方のない評価だった。

「――わかった。どうすればいい」
「一先ず王都へはガイル達と向かってください。王都でも教会に立ち寄ってそこでガイル達と別れてください」

 小さく頷いたキアラにコルトも頷く。
 一方、隣のガイルの部屋へ断りもなく立ち入ったパメラは、すっかり酔って気持ち良さそうに熟睡するガイルに毒気を抜かれ怒りの矛先を失っていた。

「この剣、持って逃げてやろうかしら」

 机の上に抜き身のまま放り出された細身の剣にパメラの妖しげな視線が絡みつく。手入れの途中で眠ってしまったのだろう。ガイルの右手には皮脂のしみた布が握られ、左手にの先には空のグラスが倒れている。

 いずれは譲ってくれるとガイルは言っていた。彼女も盗む気は毛頭ない。代金を置いて立ち去れば、今の彼では追うこともできない。
 しばらく悩んで部屋の中をうろついたパメラが手を伸ばしたのは寝台の布団だった。机に突っ伏して眠るガイルに静かに掛けてやってから部屋を後にする。
 彼女が戻った隣の部屋ではコルトはおらず、すでにキアラも既にベッドで横になっていた。

 翌朝、小さく肩をすくめるコルトに見送られた同床異夢の六人の旅人は王都を目指して出発をした。

「デニスさん、皆を納得させられるほど私は強くもないし器用でもありません。ガイルをログレスへ向かわせない――これ以上あいつらに近づけないことで勘弁してください」

 街中にその姿が見えなくなるとコルトは小さく呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で美少女『攻略』スキルでハーレム目指します。嫁のために命懸けてたらいつの間にか最強に!?雷撃魔法と聖剣で俺TUEEEもできて最高です。

真心糸
ファンタジー
☆カクヨムにて、200万PV、ブクマ6500達成!☆ 【あらすじ】 どこにでもいるサラリーマンの主人公は、突如光り出した自宅のPCから異世界に転生することになる。 神様は言った。 「あなたはこれから別の世界に転生します。キャラクター設定を行ってください」 現世になんの未練もない主人公は、その状況をすんなり受け入れ、神様らしき人物の指示に従うことにした。 神様曰く、好きな外見を設定して、有効なポイントの範囲内でチートスキルを授けてくれるとのことだ。 それはいい。じゃあ、理想のイケメンになって、美少女ハーレムが作れるようなスキルを取得しよう。 あと、できれば俺TUEEEもしたいなぁ。 そう考えた主人公は、欲望のままにキャラ設定を行った。 そして彼は、剣と魔法がある異世界に「ライ・ミカヅチ」として転生することになる。 ライが取得したチートスキルのうち、最も興味深いのは『攻略』というスキルだ。 この攻略スキルは、好みの美少女を全世界から検索できるのはもちろんのこと、その子の好感度が上がるようなイベントを予見してアドバイスまでしてくれるという優れモノらしい。 さっそく攻略スキルを使ってみると、前世では見たことないような美少女に出会うことができ、このタイミングでこんなセリフを囁くと好感度が上がるよ、なんてアドバイスまでしてくれた。 そして、その通りに行動すると、めちゃくちゃモテたのだ。 チートスキルの効果を実感したライは、冒険者となって俺TUEEEを楽しみながら、理想のハーレムを作ることを人生の目標に決める。 しかし、出会う美少女たちは皆、なにかしらの逆境に苦しんでいて、ライはそんな彼女たちに全力で救いの手を差し伸べる。 もちろん、攻略スキルを使って。 もちろん、救ったあとはハーレムに入ってもらう。 下心全開なのに、正義感があって、熱い心を持つ男ライ・ミカヅチ。 これは、そんな主人公が、異世界を全力で生き抜き、たくさんの美少女を助ける物語。 【他サイトでの掲載状況】 本作は、カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...