20 / 46
20 女子力高めのオッサンです
しおりを挟む
ロキがキアラを連れて帰るとガイルはようやく落ち着いた時間が持てた。
机の上には防衛戦から帰って来て外したままの剣や防具、買ったばかりの食材が置かれている。
彼は思い出したかのように二階から砥石やなめし革などを取って来る。キッチンで小さな桶に水を汲んで砥石を洗い、装備品の手入れを始める。
最初は使い込んだ長剣。黒く汚れた刃に時折白い皮膜のようなものが張って触れるとねばつく。本当は風呂から上がって最初にやるつもりだったのに、すっかり時間が経って魔物の血と脂肪が固まって余計な手間ができてしまった。
ガイルが丹念にそれらを布で拭きとると、わずかに刃毀れをした白刃が姿を現した。
防衛戦では鎧や武器を身に着けたモンスターと剣を交え、散々斬っている。たいていの冒険者であれば、そのまま剣を鍛冶屋へ持ち込むか買い替えなければならないくらいの戦いだった。
しかしガイルの剣はそこまで傷んでもいない。
師匠だったデニスがひたすら求めたのは相手につけ入る隙を与えない速さと、相手の力を受け流して常に防御の薄い場所を狙う狡猾さ。凄腕であってもデニスは女性であり、持久力はともかく腕力では男に敵わない。
ガイルは彼女の技を正しく受け継いでいた。
慣れた手つきで砥石を濡らして剣を研ぐ。なめし革にしみ込んだ油を刃に塗り込む。一通り剣の手入れを終えてから防具へと移るのだが、彼は毎度のことながら少しだけ躊躇いを覚えた。
身軽さを重視したデニスに倣うガイルも防具は最小限しか着ない。
彼の視線の先には愛用の軽い革鎧がある。全体的に茶色いのは元からか、使い込まれたからか判別できない。だが左肩から心臓の上の辺りに掛けてだけ青白い金属で覆われている。
「またあんたに助けてもらったよ、デニス」
ゆっくりと手を伸ばしたガイルは鎧の金属部分へ愛おしそうに触れる。これは彼の師だった女性のちょうど胸を守っていた所になる。
事情を知る者からすればかなり病的な光景に見えるだろう。幸いこの場には誰もいない。いつもよりやけに冷たく感じる指先が、不思議と彼を責めているかのように思われた。
「そうだったな。助けてくれたやつは他にもいたよな」
何がおかしかったのかガイルは笑みをこぼす。
鎧は革の部分だけいつものように返り血で汚れている。綺麗に拭きとってなめし油を塗り込む。傷一つ付いていない金属部分は布で磨いてから内側を確認する。そこにはデニスが決して欠かさなかった仕掛けがあった。
湾曲する金属部分に油紙の袋が丁寧にキッチリ張り付けられている。その中には手の平ほどの緑色の葉が数枚と茶色い不格好な小粒の木の実がいくつも入れられている。
デニスの言葉を借りると、物凄く貴重な薬品のもとになるので、売ってもいいし自分で使ってもいい。非常時の備えとのことだったが、この葉を採りにガイルも付き合わされて本当に酷い目にあったと思う。彼が知る限りでは、唯一デニスがあの魔剣を抜かざるを得なかった戦いだった。あの剣の力の片鱗を見たのもあの時が最初で最後である。
少しだけ思い出に浸った彼は軽く頭を振った。今は昔を懐かしんでいる場合ではない。
今回の旅でも防衛戦でも抜きさえしていないのに、彼は魔剣へと手を伸ばして習慣になった手入れを行う。
ゆっくりと鞘から抜いた刀身はいつも以上に白い輝きを放っている。ガイルの愛用する長剣の無骨な鈍い灰色とは天と地の差がある。彼にはこの輝きは眩しすぎた。
彼の師が行っていたように手入れを終えて、これが魔剣に見えないように設えられたとても簡素な黒い鞘へと納める。
一段落をした彼は空腹を覚えたので、夕食に取り掛かった。
料理はデニスとの旅で必然的に身に着いた。
彼女は料理でも破壊力抜群な腕を持っていて、どうすればマズく作れるかを知る天災――ではない天才だった。
久し振りの自宅での料理と十分な食材。気がつけば料理の山が出来上がっている。旅先ではできない手の込んだ煮込み料理や新鮮な野菜に焼き立てのパン。体力を消耗したので焼かれた肉も数種類。
酒は何にするかなどと考えながら床下の貯蔵庫をのぞいていると扉を叩く音が聞こえた。
「やれやれ先客万来だな」
ガイルはゆっくり立ち上がって玄関へと向かった。
ひょっとしてアーレイの者達が戻って来たのではと警戒して用心のために小さく扉を開けてから外を見る。その瞬間、優しい金色の風が頬を撫でた。
「ん? パメラか? よくここがわかったな」
玄関先では彼の声を聞いたハイエルフが、落ち着かなさそうに視線を逸らして立っていた。
ガイルは少し驚いたものの何となく予感はしていた。彼女がアルザスへ来ているのを知っているどころか、防衛戦で命も助けられている。
夕食は一人で食べきれないほどあるので、お礼を兼ねて誘うことはやぶさかではない。
しかし一人暮らしの男の家へ入るかとも聞きづらい。
黙って何も答えないパメラの代わりに彼女のお腹が代わりに返事をした。
キッチンの焼いた肉の香りが漂って来ている。デニスに剣の腕を褒められた覚えはないけれど、肉の焼き方は絶品だと言われ続けていた。
「取り敢えず上がって食べて行けよ。今さら遠慮はないだろう? 旅の夜よりましな物が出せると思うぞ」
「――あ、ありがとう」
顔を真っ赤にしたパメラはガイルを押し退けるように家へと入った。
机の上には防衛戦から帰って来て外したままの剣や防具、買ったばかりの食材が置かれている。
彼は思い出したかのように二階から砥石やなめし革などを取って来る。キッチンで小さな桶に水を汲んで砥石を洗い、装備品の手入れを始める。
最初は使い込んだ長剣。黒く汚れた刃に時折白い皮膜のようなものが張って触れるとねばつく。本当は風呂から上がって最初にやるつもりだったのに、すっかり時間が経って魔物の血と脂肪が固まって余計な手間ができてしまった。
ガイルが丹念にそれらを布で拭きとると、わずかに刃毀れをした白刃が姿を現した。
防衛戦では鎧や武器を身に着けたモンスターと剣を交え、散々斬っている。たいていの冒険者であれば、そのまま剣を鍛冶屋へ持ち込むか買い替えなければならないくらいの戦いだった。
しかしガイルの剣はそこまで傷んでもいない。
師匠だったデニスがひたすら求めたのは相手につけ入る隙を与えない速さと、相手の力を受け流して常に防御の薄い場所を狙う狡猾さ。凄腕であってもデニスは女性であり、持久力はともかく腕力では男に敵わない。
ガイルは彼女の技を正しく受け継いでいた。
慣れた手つきで砥石を濡らして剣を研ぐ。なめし革にしみ込んだ油を刃に塗り込む。一通り剣の手入れを終えてから防具へと移るのだが、彼は毎度のことながら少しだけ躊躇いを覚えた。
身軽さを重視したデニスに倣うガイルも防具は最小限しか着ない。
彼の視線の先には愛用の軽い革鎧がある。全体的に茶色いのは元からか、使い込まれたからか判別できない。だが左肩から心臓の上の辺りに掛けてだけ青白い金属で覆われている。
「またあんたに助けてもらったよ、デニス」
ゆっくりと手を伸ばしたガイルは鎧の金属部分へ愛おしそうに触れる。これは彼の師だった女性のちょうど胸を守っていた所になる。
事情を知る者からすればかなり病的な光景に見えるだろう。幸いこの場には誰もいない。いつもよりやけに冷たく感じる指先が、不思議と彼を責めているかのように思われた。
「そうだったな。助けてくれたやつは他にもいたよな」
何がおかしかったのかガイルは笑みをこぼす。
鎧は革の部分だけいつものように返り血で汚れている。綺麗に拭きとってなめし油を塗り込む。傷一つ付いていない金属部分は布で磨いてから内側を確認する。そこにはデニスが決して欠かさなかった仕掛けがあった。
湾曲する金属部分に油紙の袋が丁寧にキッチリ張り付けられている。その中には手の平ほどの緑色の葉が数枚と茶色い不格好な小粒の木の実がいくつも入れられている。
デニスの言葉を借りると、物凄く貴重な薬品のもとになるので、売ってもいいし自分で使ってもいい。非常時の備えとのことだったが、この葉を採りにガイルも付き合わされて本当に酷い目にあったと思う。彼が知る限りでは、唯一デニスがあの魔剣を抜かざるを得なかった戦いだった。あの剣の力の片鱗を見たのもあの時が最初で最後である。
少しだけ思い出に浸った彼は軽く頭を振った。今は昔を懐かしんでいる場合ではない。
今回の旅でも防衛戦でも抜きさえしていないのに、彼は魔剣へと手を伸ばして習慣になった手入れを行う。
ゆっくりと鞘から抜いた刀身はいつも以上に白い輝きを放っている。ガイルの愛用する長剣の無骨な鈍い灰色とは天と地の差がある。彼にはこの輝きは眩しすぎた。
彼の師が行っていたように手入れを終えて、これが魔剣に見えないように設えられたとても簡素な黒い鞘へと納める。
一段落をした彼は空腹を覚えたので、夕食に取り掛かった。
料理はデニスとの旅で必然的に身に着いた。
彼女は料理でも破壊力抜群な腕を持っていて、どうすればマズく作れるかを知る天災――ではない天才だった。
久し振りの自宅での料理と十分な食材。気がつけば料理の山が出来上がっている。旅先ではできない手の込んだ煮込み料理や新鮮な野菜に焼き立てのパン。体力を消耗したので焼かれた肉も数種類。
酒は何にするかなどと考えながら床下の貯蔵庫をのぞいていると扉を叩く音が聞こえた。
「やれやれ先客万来だな」
ガイルはゆっくり立ち上がって玄関へと向かった。
ひょっとしてアーレイの者達が戻って来たのではと警戒して用心のために小さく扉を開けてから外を見る。その瞬間、優しい金色の風が頬を撫でた。
「ん? パメラか? よくここがわかったな」
玄関先では彼の声を聞いたハイエルフが、落ち着かなさそうに視線を逸らして立っていた。
ガイルは少し驚いたものの何となく予感はしていた。彼女がアルザスへ来ているのを知っているどころか、防衛戦で命も助けられている。
夕食は一人で食べきれないほどあるので、お礼を兼ねて誘うことはやぶさかではない。
しかし一人暮らしの男の家へ入るかとも聞きづらい。
黙って何も答えないパメラの代わりに彼女のお腹が代わりに返事をした。
キッチンの焼いた肉の香りが漂って来ている。デニスに剣の腕を褒められた覚えはないけれど、肉の焼き方は絶品だと言われ続けていた。
「取り敢えず上がって食べて行けよ。今さら遠慮はないだろう? 旅の夜よりましな物が出せると思うぞ」
「――あ、ありがとう」
顔を真っ赤にしたパメラはガイルを押し退けるように家へと入った。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
異世界で美少女『攻略』スキルでハーレム目指します。嫁のために命懸けてたらいつの間にか最強に!?雷撃魔法と聖剣で俺TUEEEもできて最高です。
真心糸
ファンタジー
☆カクヨムにて、200万PV、ブクマ6500達成!☆
【あらすじ】
どこにでもいるサラリーマンの主人公は、突如光り出した自宅のPCから異世界に転生することになる。
神様は言った。
「あなたはこれから別の世界に転生します。キャラクター設定を行ってください」
現世になんの未練もない主人公は、その状況をすんなり受け入れ、神様らしき人物の指示に従うことにした。
神様曰く、好きな外見を設定して、有効なポイントの範囲内でチートスキルを授けてくれるとのことだ。
それはいい。じゃあ、理想のイケメンになって、美少女ハーレムが作れるようなスキルを取得しよう。
あと、できれば俺TUEEEもしたいなぁ。
そう考えた主人公は、欲望のままにキャラ設定を行った。
そして彼は、剣と魔法がある異世界に「ライ・ミカヅチ」として転生することになる。
ライが取得したチートスキルのうち、最も興味深いのは『攻略』というスキルだ。
この攻略スキルは、好みの美少女を全世界から検索できるのはもちろんのこと、その子の好感度が上がるようなイベントを予見してアドバイスまでしてくれるという優れモノらしい。
さっそく攻略スキルを使ってみると、前世では見たことないような美少女に出会うことができ、このタイミングでこんなセリフを囁くと好感度が上がるよ、なんてアドバイスまでしてくれた。
そして、その通りに行動すると、めちゃくちゃモテたのだ。
チートスキルの効果を実感したライは、冒険者となって俺TUEEEを楽しみながら、理想のハーレムを作ることを人生の目標に決める。
しかし、出会う美少女たちは皆、なにかしらの逆境に苦しんでいて、ライはそんな彼女たちに全力で救いの手を差し伸べる。
もちろん、攻略スキルを使って。
もちろん、救ったあとはハーレムに入ってもらう。
下心全開なのに、正義感があって、熱い心を持つ男ライ・ミカヅチ。
これは、そんな主人公が、異世界を全力で生き抜き、たくさんの美少女を助ける物語。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しています。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる