万年Aクラスのオッサン冒険者、引退間際になって伝説を残す?

ナギノセン

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19 誰にも苦手な人はいる

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 クラフト王国でも五番以内の規模を誇る町ベルゲンクライは、王国の直轄領である。領主である王弟は王都に常駐しているため、領主の代わりに代官が派遣されている。
 ルキウスは単なる巡礼者として町へと入った。

 正体が知られれば、歓迎の宴という名の余計な詮索の場へ出なければならないし、行動の自由も利かなくなる。アーレイ教を動かす導主会の一員が、非公式に王国辺境近くの町からやって来たのはあからさまに怪し過ぎる。
 またそれ以外にも彼個人としてかなり不愉快な所以のある場所でもあったからだ。

 王弟の治める町にふさわしくベルゲンクライには非常に立派な城が町の中心に建てられている。アーレイ教会は城の左側へ並ぶように建てられていた。
 見方によっては城と同格の扱いとも言えるが、教会へ通じる道は城の正門から左に折れるしかなく、動向を常に監視される位置でもあった。

 ルキウスらを乗せた馬車は、ゆっくりと城の前を曲がって教会を目指す。窓に下ろしたカーテンの隙間から城門を守る兵の様子を油断なく窺う。万が一にも不審がられて中を見られてしまえば、彼の金縁取り長衣から正体は直ぐにバレてしまう。 
 権威を示すために必要な衣装が逆に邪魔にしかならない場合もある。優秀であるものの世間知らずであることを彼は改めて思い知らされた。

 教会へ先ぶれを出していたのも、危うく裏目に出そうになっていた。あろうことかこの教会の最上位者の司教が、一巡礼者を名乗る彼を迎えるために門の外で立って待っていたのである。いち早く気付いた御者が、城からの視線を遮るように馬車を走らせたことを後になって教えられ思わず眉をしかめることになった。
 ルキウスは少し平静になるために応接室で心を落ち着けてから、鏡の間を目指した。

 ルキウスの前を恭しく歩くコルト司教は、中肉中背の三十代くらいと思われる。
 頬が少しやつれて目の下にクマもできている。ルキウスの到着をずっと落ち着かない気持ちで待たされていたのだろう。

 鏡の間には名前の由来の通り正面の壁の半分を覆うほど巨大な鏡が張られている。その前に大きく重厚な木の机が据えられ、机の上には黒光りのする石板が置かれている。
 ルキウスは部屋へ入るなり机の前の席に座り、手慣れた手つきで首から三日月のメダルを外す。黒光りをする石板の右上にある窪みへメダルを差し込み、両の掌を大きく拡げて石板の真ん中へ置いた。静かに正面の鏡が淡く光始める。導主だけが持つホットラインを教都へ向けて開いたのである。

 ふと彼が気になったのは、ベルゲンクライは基幹教会とはされていても階層的にはもう一段上に王都の教会がある。ログレスからの連絡を受けるのも基本王都であるはずなのに、数少ない発信記録に二度ほど直接やり取りが残されていた。

「コルト司教はこの鏡をログレスへ使ったことはあるのか?」
「滅相もありません。王都への教会でしたらございますが、教都ログレスへ直接など一度も」
「教都は止めたまえ。アーレイ教は、教区こそ作るが都を地上に定めたことはない」
「も、申し訳ありません」
「教主様が教皇を名乗らないのも、その意図があるからなのは知っているだろう?」
「重ね重ね申し訳ありません」
「いや、分かってくれればそれで構わない。それでこの――」

 鏡の間の由来となった正面の壁に掛けられた巨大な鏡が一瞬さざ波のように光る。徐々に人影を映し始めて彼の質問は中断せざるをえなくなった。

「ルキウスか? 君にしては珍しく不躾な呼び出しだね。あー、そうか、失敗したのか」
「くっ、カッサバの狂人こそ相変わらず礼儀を知らぬようだな」

 先手を打たれたルキウスは、苦し紛れに鏡の向こうの長身の男へ毒づいた。
 悪気のない口調でルキウスをイラつかせる彼こそ、ログレス教区の白亜の塔、研究機関カッサバの主メフィストである。
 彼の背後には白い壁が映し出されているものの、この教会のような場所ではない。彼は研究室の四角い机でルキウスと相対していた。マリニアは、メフィストの姿を見るなりその場で直立不動の姿勢のまま身動き一つしていない。

「あの子はどこだい、マリニア?」
「も、申し訳ございません! デニスの後継者を名乗る者に同行しております」
「デニスだって? 詳しく話を聞かせてもらおうか」

 メフィストの顔からそれまで浮かべていた穏やかな表情が消えた。
 マリニアとルキウスは、我知らず同時に唾を飲み込む。
 二人はアルザスでの出来事を計らずも補完し合ってメフィストへ伝えた。

「――なるほど。よくわかりました。マリニア、デニスが関わっているのは本当ですか?」
「――はい。少なくともメダルは本物でした」
「先程の話にあった誓約破棄の時に見たわけですね。であれば迎えを向かわせることにしましょう。あの子を取り戻した後のことはログレスへ戻ってからということで――」

 言葉も終わらないうちに鏡に映った老人の姿が消える。一方的に通信を遮断されたのは明白だったけれど、ルキウスは無礼を咎めるよりも話が終わったことに胸を撫で下ろした。
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