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18 失敗は成功のもとと考えたい
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「あれれー、私を審問するのではなかったのー?」
砂煙を激しく上げて走る四人乗りの馬車の中で、マリニアがわざとらしく自由な手足をぶらぶらさせた。
ルキウス一行は早々にアルザスを離れて、アーレイ教の中心地ログレス教区を目指していた。
宗教審問の場では、抵抗することのないよう手足を縛るか、十字に磔ることが当たり前に行われている。ルキウスもマリニアも、立場や職務上その様な場に臨むことは多々あった。
マリニアが明らかにからかっているのだと知っているルキウスは、忌々しげな顔を隠すことなく聞き返した。
「お前は、キアラがあの男にどうして隷属までしたと考える?」
「大事な儀式の前だとわかっているのに?」
「そうだ!! おかげで目論見が台無しになった! まさかこれもメフィストの計画通りだというのかっ」
「んー、さすがにそれは買いかぶりすぎかな」
改めて質問で返されたルキウスの語気は益々荒い。マリニアはどこ吹く風とばかりに、肩先まで伸びた茶色い髪を指先でクルクルと回している。
馬車に同乗するクレセント教団の一人が、彼女の不敬を咎めようと身を乗り出した。ルキウスは軽く首を振って止める。
ルキウスは教会の運営を仕切る六人の導主の一人。マリニアはメフィストの依頼でつけられた一信者の工作員に過ぎない。立場が違うのである。
普段のルキウスであれば、同様にこの無礼な振舞いを許さなかった。しかし今は少しでも計画がとん挫した原因解明と今後につなげる必要がある。
彼は自尊心が高すぎることは欠点だが、三十前で導主の席に座っていることからとても優秀な人物でもある。
「ではあの男が闇夜の鴉の後継とはどういう意味だ?」
「それを知る前に、あなたが私を連れ出したのだから聞かれても困るわ」
肩をすくめるマリニアの様子に、ルキウスは無意識で自らの右手親指の爪を噛んだ。
キアラが誓約を使った相手は間違いなく男である。だが闇夜の鴉の構成員は女に限られる。
アーレイ教を布教するためには、きれいごとばかりではすまされない。娼婦とスパイは世界最古の請負仕事と揶揄されるが、その二つをこなすためのアーレイ教の内部組織が闇夜の鴉だった。
しかしながら現在の導主会は清廉派と呼ばれる、どちらかといえば理想主義に偏った者達が舵を握っている。ルキウス達現実派とは対立する形になっているだけでなく、闇夜の鴉への扱いは苛烈を極めた。現教主エマヌエーレが即位をした年に、清廉派は毛嫌いする闇夜の鴉に対して解散という名の粛清を決定した。
間違いなく役に立つ組織ではあったけれど、あまりにも独断専行で危ない橋を渡り過ぎことが多く、事務方としては火消しが本当に大変だったのである。またアーレイ教が、他の宗教の追随を許さないほど圧倒的な信徒を得るようになっていることも、汚れ仕事部隊をさほど重要視しなくなっていた。
闇夜の鴉は一部を除いて教会の歴史から姿を消されることになった。
「どうあってもお前の主に直接会わざるを得ないか」
「どうぞご自由に、なんて言ってもメフィスト様がお会いになるかは知らないけどね」
気の進まぬ様子でルキウスは馬車の天井を見上げるが、もちろんそのようなところなど見てはいない。ログレス教区の西のはずれに建つ白亜の塔の主ともいうべき男の姿を虚空に睨む。
振り乱した白髪に丸い銀縁眼鏡を掛けた背の高い老人。目を血走らせ、ただ己の望む研究と、その結果だけを追い求める狂気の科学者。行き場を失くした闇夜の鴉を一手に引き受けて、清廉派を相手に一歩も引かなかった男。
彼とルキウスは、見た目や出自、欲するもの、ことごとく一致しない。しかし手を結ぶ理由が一つだけあった。
メフィストは自らの研究のためであれば、世界の半分程度は滅びても構わないと考えている。すべての滅びは彼自身も含まれるので困るらしい。
ルキウスは、世界の半分が滅びても己の野望が達成されれば構わないと考えている。
このような野望の近似値のうちに、二人はきわめて緩やかに互いの右手を握り合った。背中の左手にはそれぞれ武器を隠して。
「鏡の間のある教会でここから一番近いのは何処だ?」
「次の次に立ち寄るベルゲンクライの町になります。およそ二十日ほどかと」
「わかった。次の町は最低限の補給だけにして急いでそちらへ向かえ」
鏡の間とは、アーレイ教の基幹教会にだけ設置される遠方通信装置が置かれる部屋の通称。ログレスへ戻れるのは、馬車を昼夜走らせて早くとも三月は必要になる。
不愉快ではあるが今回の計画の失敗と事後の進め方について、メフィストと早めに協議が必要なのは間違いない。
計画が失敗する前提がなかったため、クラフト王国や他の勢力の介入を避けることだけを優先して、アルザスのような辺境地のオリジナルダンジョンを計画地に選んだ。
逆に今ではこの選択も失敗と言えた。計画のブレイン役であるメフィストとの連絡が即座につかない。
いろいろと見直すべき点が浮き彫りになるのは不愉快ではあったけれど、次に生かせばいい。そのための試行でもあるとすれば、これは成果といえる。
無理矢理に考えを前向きに戻したルキウスは、彼の配下の言った通りの期日でベルゲンクライの町へと入った。
砂煙を激しく上げて走る四人乗りの馬車の中で、マリニアがわざとらしく自由な手足をぶらぶらさせた。
ルキウス一行は早々にアルザスを離れて、アーレイ教の中心地ログレス教区を目指していた。
宗教審問の場では、抵抗することのないよう手足を縛るか、十字に磔ることが当たり前に行われている。ルキウスもマリニアも、立場や職務上その様な場に臨むことは多々あった。
マリニアが明らかにからかっているのだと知っているルキウスは、忌々しげな顔を隠すことなく聞き返した。
「お前は、キアラがあの男にどうして隷属までしたと考える?」
「大事な儀式の前だとわかっているのに?」
「そうだ!! おかげで目論見が台無しになった! まさかこれもメフィストの計画通りだというのかっ」
「んー、さすがにそれは買いかぶりすぎかな」
改めて質問で返されたルキウスの語気は益々荒い。マリニアはどこ吹く風とばかりに、肩先まで伸びた茶色い髪を指先でクルクルと回している。
馬車に同乗するクレセント教団の一人が、彼女の不敬を咎めようと身を乗り出した。ルキウスは軽く首を振って止める。
ルキウスは教会の運営を仕切る六人の導主の一人。マリニアはメフィストの依頼でつけられた一信者の工作員に過ぎない。立場が違うのである。
普段のルキウスであれば、同様にこの無礼な振舞いを許さなかった。しかし今は少しでも計画がとん挫した原因解明と今後につなげる必要がある。
彼は自尊心が高すぎることは欠点だが、三十前で導主の席に座っていることからとても優秀な人物でもある。
「ではあの男が闇夜の鴉の後継とはどういう意味だ?」
「それを知る前に、あなたが私を連れ出したのだから聞かれても困るわ」
肩をすくめるマリニアの様子に、ルキウスは無意識で自らの右手親指の爪を噛んだ。
キアラが誓約を使った相手は間違いなく男である。だが闇夜の鴉の構成員は女に限られる。
アーレイ教を布教するためには、きれいごとばかりではすまされない。娼婦とスパイは世界最古の請負仕事と揶揄されるが、その二つをこなすためのアーレイ教の内部組織が闇夜の鴉だった。
しかしながら現在の導主会は清廉派と呼ばれる、どちらかといえば理想主義に偏った者達が舵を握っている。ルキウス達現実派とは対立する形になっているだけでなく、闇夜の鴉への扱いは苛烈を極めた。現教主エマヌエーレが即位をした年に、清廉派は毛嫌いする闇夜の鴉に対して解散という名の粛清を決定した。
間違いなく役に立つ組織ではあったけれど、あまりにも独断専行で危ない橋を渡り過ぎことが多く、事務方としては火消しが本当に大変だったのである。またアーレイ教が、他の宗教の追随を許さないほど圧倒的な信徒を得るようになっていることも、汚れ仕事部隊をさほど重要視しなくなっていた。
闇夜の鴉は一部を除いて教会の歴史から姿を消されることになった。
「どうあってもお前の主に直接会わざるを得ないか」
「どうぞご自由に、なんて言ってもメフィスト様がお会いになるかは知らないけどね」
気の進まぬ様子でルキウスは馬車の天井を見上げるが、もちろんそのようなところなど見てはいない。ログレス教区の西のはずれに建つ白亜の塔の主ともいうべき男の姿を虚空に睨む。
振り乱した白髪に丸い銀縁眼鏡を掛けた背の高い老人。目を血走らせ、ただ己の望む研究と、その結果だけを追い求める狂気の科学者。行き場を失くした闇夜の鴉を一手に引き受けて、清廉派を相手に一歩も引かなかった男。
彼とルキウスは、見た目や出自、欲するもの、ことごとく一致しない。しかし手を結ぶ理由が一つだけあった。
メフィストは自らの研究のためであれば、世界の半分程度は滅びても構わないと考えている。すべての滅びは彼自身も含まれるので困るらしい。
ルキウスは、世界の半分が滅びても己の野望が達成されれば構わないと考えている。
このような野望の近似値のうちに、二人はきわめて緩やかに互いの右手を握り合った。背中の左手にはそれぞれ武器を隠して。
「鏡の間のある教会でここから一番近いのは何処だ?」
「次の次に立ち寄るベルゲンクライの町になります。およそ二十日ほどかと」
「わかった。次の町は最低限の補給だけにして急いでそちらへ向かえ」
鏡の間とは、アーレイ教の基幹教会にだけ設置される遠方通信装置が置かれる部屋の通称。ログレスへ戻れるのは、馬車を昼夜走らせて早くとも三月は必要になる。
不愉快ではあるが今回の計画の失敗と事後の進め方について、メフィストと早めに協議が必要なのは間違いない。
計画が失敗する前提がなかったため、クラフト王国や他の勢力の介入を避けることだけを優先して、アルザスのような辺境地のオリジナルダンジョンを計画地に選んだ。
逆に今ではこの選択も失敗と言えた。計画のブレイン役であるメフィストとの連絡が即座につかない。
いろいろと見直すべき点が浮き彫りになるのは不愉快ではあったけれど、次に生かせばいい。そのための試行でもあるとすれば、これは成果といえる。
無理矢理に考えを前向きに戻したルキウスは、彼の配下の言った通りの期日でベルゲンクライの町へと入った。
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