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15 何やらおかしなことに巻き込まれた
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神経質そうな男と聞き覚えのある少女の諍う声でガイルは目を覚ました。
「これは一体どういうことですかな」
「見てのとおり」
「私が聞きたいのはそういうことではありません!」
少し丸みのある、あごの線を持つ女の子の顔が視界の半分を占める。頭の下の柔らかい感触は、考えるまでもなく少女の太ももだった。
大慌てで体を起こした彼の周囲には、少し前に戦場で見た長衣の集団と苦り切った顔をした冒険者ギルドのマスターが立っていた。
状況の分からないガイルのそばに一人の若い男が腰を下ろした。金色の縁取りをした長衣をまとう端正な顔に不機嫌さを隠そうともしていない。
男が乱暴にガイルの顎へ手を掛けた。
「お前はどうしてキアラ様と一緒にいるのだ?」
「キアラ様か何か知らん。離せよ、若造」
ガイルのほうが色々とまずい状況なのは認めざるを得ないけれど、見知らぬ年下の男に無理やり顎を取られるいわれはない。
相手の手首を握ったガイルは、軽く力を入れたがびくともしなかった。
長衣の男は、あざ笑うかのように更に力を込めた。ガイルの顎に激しい痛みが走る。
引け目を感じて遠慮をしている場合ではない。本気で男の手を外しに掛かろうとしたところで、少女が男の腕へ抱き着いた。
「放して。キアラはあなたとは帰らない。もう必要ない」
「何ですと?」
「鴉、見つけた」
「馬鹿な、その者たちは例の騒ぎで姿を消したはず」
「そう。でも後継者いた。キアラを守る」
「不可能だ。今のあなたにはしるしがない」
「でも別の半月のしるしあった。クレセントのメダル、一応使えた」
「まさか!?」
「キアラ、この男のものになった。だから力貸す」
男の腕から体を離した少女がガイルへと抱き着く。ガイルは突然体中に力がみなぎるのを感じた。
試しにもう一度男の腕を握りしめる。さきほどは微塵も動かなかった相手の表情がどんどん険しくゆがんでいく。
痛みに耐えているだけではないその様子は、想像だにしない最悪の状況へ陥ったことを悟ったがゆえであった。
「キアラ様、これからどうなさるおつもりですか」
「もうその呼び方はしなくていい」
「わかった。キアラ、わがままが許されると思っているのか?」
「ど、導主様、どうぞお心を安らかに、キアラ様もお願いします!」
慇懃な態度を崩したルキウスがキアラを見据える。彼の周囲にいた長衣の者達も慌てて二人を宥めた。
「そちらの計画が失敗した。後始末は自分達でやるべき。私が役に立てることは今はないと判断」
「だから我々とログレスへ帰るのだ」
「それは無理。キアラは見つけた。誓約も発動させた。カッサバに戻ってメフィストへ教える」
「――この波動はやはりそれが原因か」
ルキウスは忌々しそうにガイルと胸のメダルを睨みつけた。ガイルも体の変化を驚きながらルキウスを睨み返す。長衣の者たちは戸惑いながらもルキウスを援護するように、ガイルを取り囲もうと動き始めた。
町の恩人である教団とギルドに所属する冒険者が、激しく火花を散らして一触即発の状況になってしまった。
ガイルの家に同行したロキは、事の成り行きが理解できずに慌てたが、さすがに黙っているわけにもいかない。
「ガイル、頼むから落ち着いてくれ」
「俺は落ち着いている。どうせならそっちの奴らに言ってやれよ。それよりあんたはどうやって入ってきたんだ?」
「玄関の扉が半壊して大きな穴が開いているのにどうやってもないだろう」
「半壊だと?」
「俺はこの人達に連れられてお前の家にやって来た。さすがにおかしいと思って入っただけだ」
剣呑な雰囲気をまとわせていたガイルが信頼するギルドマスターの言葉に眉を顰める。
少し冷静さを取り戻したガイルは辺りを見回す。
まったく気づいていなかったけれど、彼がキアラの膝枕で寝ていたのは風呂場の前の床の上だった。
「――悪かった。少し気持ちを整理する時間をくれ」
「何を勝手なことを言っている!」
「ここは俺の家だ。文句があるなら出ていけ」
「くっ」
ガイルが激高したルキウスを一喝するとキアラへ顔を向ける。この状況を一番理解しているであろう少女へ問い掛けた。
「誓約とは何だ?」
「今は言えない」
「このメダルが関係しているのか」
「そう」
今さら誤魔化しても意味のないところは、キアラも嘘をつくことはしない。
ガイルはメダルを握りながらキアラと交互に見やる。改めて感じるのは、メダルと少女の装飾品が共鳴するように輝いていることだった。
「君は具体的には俺に何をさせたいんだ?」
「――今は私がじゃない。あなたが私に何をさせたいかになる」
「俺が?」
「馬鹿な!! キアラ! 貴様は私に従うのが嫌で、こんな冒険者ごときに隷属することを選んだというのか!!」
ルキウスが静かにしてくれていたのはほんのわずかな間だけであった。ガイル達の会話へ無理やり割り込んでキアラを指さし罵る。
「だから試作品の失敗作といわれるのだ! メフィストもテストだからと不良品をよこしおって!! とんだ骨折り損ではないか!」
「キアラは試作品で不良品とは言われるけれど失敗作じゃない。骨折り損はそっちの失敗が原因」
「黙れ! 主人の言うことを聞かない人形など失敗作以外何物でもない!」
「今はガイルがキアラのご主人」
ルキウスは激しく憎悪のこもった眼でキアラを叩こうをした。ガイルはルキウスの上げた手首を取ってねじり上げる。
「導主様か何かは知らないが、子供に聞かせていい言葉でもないし、暴力も見過ごせないぞ」
「離せ、下衆が! こいつが人間に見えるのか! だから無知な者はどこまで行っても無知なのだ!!」
「それ以上、導主様に無礼を働くな!」
ガイルの腕や体に長衣の者達が必死にまとわりつく。
少し前に彼らの仲間の華々しい活躍を見ている。脅威を感じておかしくない相手にガイルはほとんど何も感じない。せいぜいうるさいハエがたかっているくらいだった。
「これは一体どういうことですかな」
「見てのとおり」
「私が聞きたいのはそういうことではありません!」
少し丸みのある、あごの線を持つ女の子の顔が視界の半分を占める。頭の下の柔らかい感触は、考えるまでもなく少女の太ももだった。
大慌てで体を起こした彼の周囲には、少し前に戦場で見た長衣の集団と苦り切った顔をした冒険者ギルドのマスターが立っていた。
状況の分からないガイルのそばに一人の若い男が腰を下ろした。金色の縁取りをした長衣をまとう端正な顔に不機嫌さを隠そうともしていない。
男が乱暴にガイルの顎へ手を掛けた。
「お前はどうしてキアラ様と一緒にいるのだ?」
「キアラ様か何か知らん。離せよ、若造」
ガイルのほうが色々とまずい状況なのは認めざるを得ないけれど、見知らぬ年下の男に無理やり顎を取られるいわれはない。
相手の手首を握ったガイルは、軽く力を入れたがびくともしなかった。
長衣の男は、あざ笑うかのように更に力を込めた。ガイルの顎に激しい痛みが走る。
引け目を感じて遠慮をしている場合ではない。本気で男の手を外しに掛かろうとしたところで、少女が男の腕へ抱き着いた。
「放して。キアラはあなたとは帰らない。もう必要ない」
「何ですと?」
「鴉、見つけた」
「馬鹿な、その者たちは例の騒ぎで姿を消したはず」
「そう。でも後継者いた。キアラを守る」
「不可能だ。今のあなたにはしるしがない」
「でも別の半月のしるしあった。クレセントのメダル、一応使えた」
「まさか!?」
「キアラ、この男のものになった。だから力貸す」
男の腕から体を離した少女がガイルへと抱き着く。ガイルは突然体中に力がみなぎるのを感じた。
試しにもう一度男の腕を握りしめる。さきほどは微塵も動かなかった相手の表情がどんどん険しくゆがんでいく。
痛みに耐えているだけではないその様子は、想像だにしない最悪の状況へ陥ったことを悟ったがゆえであった。
「キアラ様、これからどうなさるおつもりですか」
「もうその呼び方はしなくていい」
「わかった。キアラ、わがままが許されると思っているのか?」
「ど、導主様、どうぞお心を安らかに、キアラ様もお願いします!」
慇懃な態度を崩したルキウスがキアラを見据える。彼の周囲にいた長衣の者達も慌てて二人を宥めた。
「そちらの計画が失敗した。後始末は自分達でやるべき。私が役に立てることは今はないと判断」
「だから我々とログレスへ帰るのだ」
「それは無理。キアラは見つけた。誓約も発動させた。カッサバに戻ってメフィストへ教える」
「――この波動はやはりそれが原因か」
ルキウスは忌々しそうにガイルと胸のメダルを睨みつけた。ガイルも体の変化を驚きながらルキウスを睨み返す。長衣の者たちは戸惑いながらもルキウスを援護するように、ガイルを取り囲もうと動き始めた。
町の恩人である教団とギルドに所属する冒険者が、激しく火花を散らして一触即発の状況になってしまった。
ガイルの家に同行したロキは、事の成り行きが理解できずに慌てたが、さすがに黙っているわけにもいかない。
「ガイル、頼むから落ち着いてくれ」
「俺は落ち着いている。どうせならそっちの奴らに言ってやれよ。それよりあんたはどうやって入ってきたんだ?」
「玄関の扉が半壊して大きな穴が開いているのにどうやってもないだろう」
「半壊だと?」
「俺はこの人達に連れられてお前の家にやって来た。さすがにおかしいと思って入っただけだ」
剣呑な雰囲気をまとわせていたガイルが信頼するギルドマスターの言葉に眉を顰める。
少し冷静さを取り戻したガイルは辺りを見回す。
まったく気づいていなかったけれど、彼がキアラの膝枕で寝ていたのは風呂場の前の床の上だった。
「――悪かった。少し気持ちを整理する時間をくれ」
「何を勝手なことを言っている!」
「ここは俺の家だ。文句があるなら出ていけ」
「くっ」
ガイルが激高したルキウスを一喝するとキアラへ顔を向ける。この状況を一番理解しているであろう少女へ問い掛けた。
「誓約とは何だ?」
「今は言えない」
「このメダルが関係しているのか」
「そう」
今さら誤魔化しても意味のないところは、キアラも嘘をつくことはしない。
ガイルはメダルを握りながらキアラと交互に見やる。改めて感じるのは、メダルと少女の装飾品が共鳴するように輝いていることだった。
「君は具体的には俺に何をさせたいんだ?」
「――今は私がじゃない。あなたが私に何をさせたいかになる」
「俺が?」
「馬鹿な!! キアラ! 貴様は私に従うのが嫌で、こんな冒険者ごときに隷属することを選んだというのか!!」
ルキウスが静かにしてくれていたのはほんのわずかな間だけであった。ガイル達の会話へ無理やり割り込んでキアラを指さし罵る。
「だから試作品の失敗作といわれるのだ! メフィストもテストだからと不良品をよこしおって!! とんだ骨折り損ではないか!」
「キアラは試作品で不良品とは言われるけれど失敗作じゃない。骨折り損はそっちの失敗が原因」
「黙れ! 主人の言うことを聞かない人形など失敗作以外何物でもない!」
「今はガイルがキアラのご主人」
ルキウスは激しく憎悪のこもった眼でキアラを叩こうをした。ガイルはルキウスの上げた手首を取ってねじり上げる。
「導主様か何かは知らないが、子供に聞かせていい言葉でもないし、暴力も見過ごせないぞ」
「離せ、下衆が! こいつが人間に見えるのか! だから無知な者はどこまで行っても無知なのだ!!」
「それ以上、導主様に無礼を働くな!」
ガイルの腕や体に長衣の者達が必死にまとわりつく。
少し前に彼らの仲間の華々しい活躍を見ている。脅威を感じておかしくない相手にガイルはほとんど何も感じない。せいぜいうるさいハエがたかっているくらいだった。
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