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14 一生の不覚
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ガイルは奇妙な感覚の中にいた。
町の防御戦はここしばらくで最も激しい戦いだった。体は先ほどまで泥縄のように疲れを感じていたはずなのに、今はとても軽い気がする。
これがデニスの好んだ風呂の効果なのかわからないけれど、ふわふわと天にも昇る気分とはこのことかもしれない。
頬へ感じる柔らかさや鼻腔をくすぐる少し甘いミルクのような匂い。絶妙としか讃えようのないほど癒される気がする。
無意識にうつぶせとなったガイルは柔らかさの中へ顔を埋める。感触だけでなく嗅覚でも心行くまで不思議な心地良さ堪能をしていると、聞き覚えのある声がした。
「むう、えっち」
「ん?」
「誓約には関係ないけれど特別に許す」
「は?」
唐突の言葉は、気持ちよくまどろんでいたガイルの意識を一気に引き戻した。目を開けた彼の視界へ飛び込んだのは、真っ白で柔らかな不思議な物体。嫌な予感がしつつ体を起こした先には、見覚えのある少女が何か言いたそうに赤い顔で唇を尖らせていた。
「ちょ、ちょっと待てくれ!」
自らの置かれた状況を瞬時に悟った彼は、再び気を失いそうになった。
白い長衣をほぼ下着が見えるところまでたくし上げて、女の子座りをしている少女が目の前にいる。
ガイルが先程満喫していたのは、頬を赤く染めた少女の太もものやわらかさやぬくもり、さらに匂いである。
三十半ばのおっさんが、いたいけな少女の両足の間へ頭をつっこみ、あろうことかその感触を楽しんでいたのだ。
世の中にはいろいろな嗜好があって、それらを満たす商売もある。
ガイルも若くから冒険者として方々旅する中で、人の世の闇にも少なからず触れて来た。貧困や飢餓といったどうしようもない理由で、少女が体を売らざるを得ない現実も知っている。
しかし子供は守るべき存在である。だからこの町で冒険者になりたい若者の指導をずっと続けてきた。引退をしたら、冒険者にはならない子供にも彼の経験から何か教えられたらとも考えていた。それなのにこんなことをやってしまうとは。
暗澹とした気持ちのガイルの顔の前へ、キアラはどこから持ち出した半月のメダルを差し出した。
「お風呂の前に落ちてた。大切にしないとダメ」
「あ、ああ、そうだな――ってこれ?」
ガイルの記憶では風呂へ入るときも外したことはない。
しかし実際に身に着けていないから反論もできない。右手を伸ばして受け取り、いつもどおり首へ掛けようとしたところで違和感を覚えて見直した。半月のうち下弦側の繰り抜かれていた部分がなぜか埋まっている。色合いは元の色よりかなり銀色に近かった。
気になったので左手の人差し指で少し触れてみる。一瞬、痺れのような感覚が指先へと走り、驚きで鎖を持つ右手を開きそうになる。慌てて握り直した。
デニスの遺品のメダルなのは間違いないけれど、何かが違う。
鎖の先で揺れる白銀の光を見ていると、頭の奥が少し気だるく感じてきた。
「大事な物。早く身に着けないの? でなければまた落としてしまう」
「あ、ああ、そうだな」
ガイルは少女の言葉どおり、メダルをすぐに首へ掛け直した。慣れ親しんだ重さではない。いつもよりすわりが悪い気がした彼は、鎖の位置を微妙に調整しながらメダルを触っていた。
この様子を確認をしたキアラは、ゆっくり立ち上って人差し指を彼へ向ける。
「トレモロの業を継ぐ者よ、月の合の時は来た。我は誓約の履行を受諾する。汝は如何?」
「お、おい、何を言っている?」
「返事は?」
キアラの体が徐々に白く輝き始める。夢遊病患者のような表情の少女の声が直接ガイルの頭へ響いた気がした。
何が何だかわからない。返事のしようがない。呆気に取られた彼へ手を伸ばしたままの少女は、視点の定まらない濃紺の瞳でずっと見つめている。
しばらく無言のお見合いが続いたけれど、我慢ができなかったのはガイルだった。
「さ、さっきのことは謝る。無意識だったとはいえ本当にすまなかった。だから悪ふざけはやめてくれないか」
「それが返事か?」
「い、いや、そんなつもりはないが」
「わかった。デニスではない者へは我から誓約を発動させよう」
白い長衣が風もない室内で激しくはためく。真っ白な細い足が露わになる。
ガイルは思わず両腕を挙げて顔をかばう、と同時に視界をわざと遮った。
見てはいけないものが見えそうだったためである。
さらに白い輝きを増したキアラの両手両足には、銀色の装飾具が負けじと眩しく輝き始めた。
「闇夜の鴉は月の光を見失い群れからはぐれた。しかし再び合の刻は来た。その勤めをまっとうせよ」
キアラの言葉が終わるや否や、ガイルの胸のメダルが唐突に熱くなり始める。急いで取り外そうとしても体が言うことをきかない。身動きできないガイルの四肢をメダルから発せられた熱が駆け巡り始める。
気を緩めれば咽喉から絶叫が漏れそうになる。以前にも何処かであったような気がするけれど想い出せるような状況ではない。
小さな少女の前で醜態をさらすことはガイルのプライドが許さない。必死に耐えてどのくらい経ったのか、糸の切れた人形のように少女が目の前で崩れ落ちる。メダルの熱も一気になくなり、ガイルも再び気を失った。
町の防御戦はここしばらくで最も激しい戦いだった。体は先ほどまで泥縄のように疲れを感じていたはずなのに、今はとても軽い気がする。
これがデニスの好んだ風呂の効果なのかわからないけれど、ふわふわと天にも昇る気分とはこのことかもしれない。
頬へ感じる柔らかさや鼻腔をくすぐる少し甘いミルクのような匂い。絶妙としか讃えようのないほど癒される気がする。
無意識にうつぶせとなったガイルは柔らかさの中へ顔を埋める。感触だけでなく嗅覚でも心行くまで不思議な心地良さ堪能をしていると、聞き覚えのある声がした。
「むう、えっち」
「ん?」
「誓約には関係ないけれど特別に許す」
「は?」
唐突の言葉は、気持ちよくまどろんでいたガイルの意識を一気に引き戻した。目を開けた彼の視界へ飛び込んだのは、真っ白で柔らかな不思議な物体。嫌な予感がしつつ体を起こした先には、見覚えのある少女が何か言いたそうに赤い顔で唇を尖らせていた。
「ちょ、ちょっと待てくれ!」
自らの置かれた状況を瞬時に悟った彼は、再び気を失いそうになった。
白い長衣をほぼ下着が見えるところまでたくし上げて、女の子座りをしている少女が目の前にいる。
ガイルが先程満喫していたのは、頬を赤く染めた少女の太もものやわらかさやぬくもり、さらに匂いである。
三十半ばのおっさんが、いたいけな少女の両足の間へ頭をつっこみ、あろうことかその感触を楽しんでいたのだ。
世の中にはいろいろな嗜好があって、それらを満たす商売もある。
ガイルも若くから冒険者として方々旅する中で、人の世の闇にも少なからず触れて来た。貧困や飢餓といったどうしようもない理由で、少女が体を売らざるを得ない現実も知っている。
しかし子供は守るべき存在である。だからこの町で冒険者になりたい若者の指導をずっと続けてきた。引退をしたら、冒険者にはならない子供にも彼の経験から何か教えられたらとも考えていた。それなのにこんなことをやってしまうとは。
暗澹とした気持ちのガイルの顔の前へ、キアラはどこから持ち出した半月のメダルを差し出した。
「お風呂の前に落ちてた。大切にしないとダメ」
「あ、ああ、そうだな――ってこれ?」
ガイルの記憶では風呂へ入るときも外したことはない。
しかし実際に身に着けていないから反論もできない。右手を伸ばして受け取り、いつもどおり首へ掛けようとしたところで違和感を覚えて見直した。半月のうち下弦側の繰り抜かれていた部分がなぜか埋まっている。色合いは元の色よりかなり銀色に近かった。
気になったので左手の人差し指で少し触れてみる。一瞬、痺れのような感覚が指先へと走り、驚きで鎖を持つ右手を開きそうになる。慌てて握り直した。
デニスの遺品のメダルなのは間違いないけれど、何かが違う。
鎖の先で揺れる白銀の光を見ていると、頭の奥が少し気だるく感じてきた。
「大事な物。早く身に着けないの? でなければまた落としてしまう」
「あ、ああ、そうだな」
ガイルは少女の言葉どおり、メダルをすぐに首へ掛け直した。慣れ親しんだ重さではない。いつもよりすわりが悪い気がした彼は、鎖の位置を微妙に調整しながらメダルを触っていた。
この様子を確認をしたキアラは、ゆっくり立ち上って人差し指を彼へ向ける。
「トレモロの業を継ぐ者よ、月の合の時は来た。我は誓約の履行を受諾する。汝は如何?」
「お、おい、何を言っている?」
「返事は?」
キアラの体が徐々に白く輝き始める。夢遊病患者のような表情の少女の声が直接ガイルの頭へ響いた気がした。
何が何だかわからない。返事のしようがない。呆気に取られた彼へ手を伸ばしたままの少女は、視点の定まらない濃紺の瞳でずっと見つめている。
しばらく無言のお見合いが続いたけれど、我慢ができなかったのはガイルだった。
「さ、さっきのことは謝る。無意識だったとはいえ本当にすまなかった。だから悪ふざけはやめてくれないか」
「それが返事か?」
「い、いや、そんなつもりはないが」
「わかった。デニスではない者へは我から誓約を発動させよう」
白い長衣が風もない室内で激しくはためく。真っ白な細い足が露わになる。
ガイルは思わず両腕を挙げて顔をかばう、と同時に視界をわざと遮った。
見てはいけないものが見えそうだったためである。
さらに白い輝きを増したキアラの両手両足には、銀色の装飾具が負けじと眩しく輝き始めた。
「闇夜の鴉は月の光を見失い群れからはぐれた。しかし再び合の刻は来た。その勤めをまっとうせよ」
キアラの言葉が終わるや否や、ガイルの胸のメダルが唐突に熱くなり始める。急いで取り外そうとしても体が言うことをきかない。身動きできないガイルの四肢をメダルから発せられた熱が駆け巡り始める。
気を緩めれば咽喉から絶叫が漏れそうになる。以前にも何処かであったような気がするけれど想い出せるような状況ではない。
小さな少女の前で醜態をさらすことはガイルのプライドが許さない。必死に耐えてどのくらい経ったのか、糸の切れた人形のように少女が目の前で崩れ落ちる。メダルの熱も一気になくなり、ガイルも再び気を失った。
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