万年Aクラスのオッサン冒険者、引退間際になって伝説を残す?

ナギノセン

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13 まさかこのメダルとは

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 敵ではなさそうだけど味方とも言い切れない。事情を明かすこともできず、ふと視線を走らせたメダルにはさらに気になることがあった。

 一般的なメダルにはない機能が、メフィスト特製のものには付与されている。それらを使うには魔力が必須とされ、充填には教会など特定の場所へ普通は行くことになる。

 もしメダルが正しく機能をしていれば、少なくともキアラには察知ができる。なのにこの場では一切それらしいものを感じない。どうやらメダルの魔力が切れていると思われた。
 
 この鋳抜きの半月メダルをどうしてこの男が持っているのか。それもメダルが正常な状態であればキアラにはすぐにわかる。メフィストが特製メダルを配布する際には、理由と相手についてメダル本体への記録と、導主会へ報告することを条件とされている。導主会としては、前衛過ぎる研究機関の暴走に歯止めをかけているつもりらしかった。
 しかし魔力切れの今は、一般的なメダルと変わらない。
 
 メフィストがメダルを渡したであろう人物と、目の前の男は別人だとキアラは考えている。
 メダルの入手経緯が不明だとすれば、強盗など不正な手段で元の持ち主の手を離れた可能性もある。もしそうだとしたら、逆にかなりの腕前が期待できる。

 メフィスト特製の半月メダルが与えられるのは、兇悪な研究機関カッサバの試練を乗り越えた者に限られる。その者に打ち勝ったのが、目の前の男かもしれない。
 だが見知らぬ相手へわざわざ近づいて来て、逃げろと言うようなお人好しにその線はなさそうである。だとすれば他にやりようもある。
 キアラは少し躓いたフリをして、伸ばした手で男の胸にあるメダルへ触れた。わずかに流し込んだ魔力によって持ち主として記録されている名前を読んだ。

「あなた、デニスっていうの?」
「え、いや、それは俺の師匠の名前だけど」
「デニスはいないの?」
「そ、そんなことより、早く逃げるんだ!」

 男の言葉とこれまでの振る舞いからすれば、半月メダルは師の物を単に譲り受けたと考えるのが妥当だろう。
 キアラは、メダルの今の持ち主――ガイルが戸惑っている間に魔力をもう少しメダルへと流し込んだ。

 それまではただのくすんだ錫色だった表面に淡い蒼白の筋が走る。神話の絵の中へ文字がかすかに浮き彫りとなる様子にキアラは我が目を疑った。
 彫り込まれた鋳抜きメダルの機能は想像通りだった。
 狂人メフィストからキアラはさんざん聞かされている。付与された機能や用法を間違えようがない。
 それよりもメダルに記された持ち主についての内容が驚きに満ちていた。妙に胸を躍らせる。

 由来は、アーレイ教の影の部分を担うトレモロ機関の依頼により作成されたと彫られている。
 授与の相手は、教団再興の計画実施時に切り札の一つになりえる人物とあった。 
 実績も記され、キアラ自身に関係することもいくつかあった。妙に親近感が感じられたが、もちろん目の前の男ではない。
 男はありきたりな剣士に見える。トレモロの者と師弟になる接点は思いつかない。

 キアラはこの町へやって来て、初めて心が躍った気がした。妙に緊張しているクレセント教団の者達に囲まれて、じっとしているのはもう飽き飽きだった。唯一の話し相手だったマリニアも側にいなくなってしまった。リーダーのルキウスの目がいつも向けられているのは妙に息が詰まった。
 教団の誰もいないタイミングでガイルと出会えたことは、キアラにとって天の配剤と言えた。

 今すぐにでも彼の持つメダルの機能を復活させたい気持ちはあるけれど、さすがに人通りのある中では難しい。何より彼は、教団が起こした騒ぎの場所へ向かおうとしている。キアラはそちらへは行くわけにはいかない。
 先程流し込んだ魔力によって、メダルは最低限の機能を取り戻した。この町程度であれば、キアラにはガイルのいるであろう場所がはっきりと感じられるようになっている。

 キアラは、心配そうなガイルに別れを告げて大通りを南へと向かった。
 人の流れに身を任せて歩いていると、正面からとても美しいエルフの女性が走って来る。先程別れた男と同じくらい切羽詰まった表情をしていたことが妙に気を引いた。
 彼女はキアラを気に留めることもなく真っ直ぐ北へ向かった。

 その後は特に興味を惹くものもなく時間を潰していると、騒ぎが一段落をしたことをキアラは察した。路地へと入って軽く目を閉じ、再び歩き出した足は自然と軽くスキップになっていた。
 彼女は自らの魔力を辿ってガイルの所へ向かった。

「むう」

 とある場所の前に立ったキアラが少し不満そうに呟いた。
 想像ではアーレイ教会に関係するところと思っていたのに、小さな普通の家だった。アルザスの町にはアーレイ教会がないことを、十歳くらい女の子が知らなくても無理はない。

 少し唇の端を引き締めた少女は、身の丈ほどの木の門を押して開けた。
 小さな庭の向こうある家の窓から白い煙がもうもう上がっているのが見える。わずかに炎の魔力の残滓を感じたけれど、煙の量とは比べ物にならない。焦げ臭さくない。
 少女は冷静に湯気だと結論づけ、行儀よく玄関の前まで行って扉をノックした。

「むう」

 湯気が出ているということは誰かがいるはずなのに、まったく返事がない。
 三度目のノックでも反応のないことを確認した少女は、湯気の上がる建物の裏手へ向かった。
 さきほど魔力を流し入れた半月メダルの存在もそちらで感じられる。お目当ての男の居場所もそこだろう。

「むう」

 もくもくと湯気のあがる窓の高さは、悲しいかなキアラの頭よりかなり上にある。手を伸ばしても届きそうにない。
 何かないものかと周囲を見回した目に、炎の魔力の残滓が残る鉄の釜が映った。

 普通に考えて湯気の原因がこれだとすれば、風呂なのはキアラでもすぐにわかった。
 使われたと思える魔石と同じ炎の魔力を形作ることができれば、湯の温度が変えられる。中に人がいたなら気づいてくれるかもしれない。

 キアラはためしに魔力を流した。多少湯気が増えたような気もしたけれど、風呂からは何の反応もなかった。
 だけどメダルの存在は近くにある。間違いなくいるはずと考えた彼女は、何とかして風呂の中を見ようとした。

 まだ熱を持つ釜の上へ乗るのはさすがに無理なので周囲を再び見回す。庭で何か作業をするときに、腰を掛けると思われる木造の小ぶりな椅子が目に入った。
 窓の下へと持ってきて風呂場を覗き込んだ少女の瞳には、風呂桶の湯の中へ気持ちよさそうに沈んでいる男が映った。

「むう、これは危ないかもしれない。誓約履行の危機と判断」

 一度だけ自らの首元の三日月のメダルを見た少女はわずかに眉をひそめ、玄関へ向けて走り出した。
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