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10 恩を着せがましいつもりはないのだけれど
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「礼儀は知ってるようね。今までのことを教えれば、あの剣を売ってもらうのに多少の値引きが利くのかしら」
白金色の長い髪を風になびかせたパメラが、防壁の向こうで頭を下げた一人の男と勝利に湧く戦場を満足そうに見下ろしていた。
しなやかな肢体に似つかわしい優美な曲線を持つ長弓の弦を、一度だけ空撃ちして風の精霊王へ勝利の報告を告げる。エルフが種族として魔法と弓矢を得意としているのは、風の精霊の加護が他の種族より遥かに厚いからとされている。
「ありがとうよ、エルフのねーちゃん」
「噂通り、ものすごい弓使いだな。ほんと助かったよ」
「見たこともないくらい速い弓矢だったな。さすがとしか言いようがない」
「――そうでもないわよ」
パメラは防壁を降りる階段へ向かいながらすれ違う守備兵と言葉を交わした。
ガイルを追って町を訪ねたその場でスタンピードへ巻き込まれ、自ら弓を取って戦いへ参加していたのだ。
心からの感謝と褒め言葉に多少の戸惑いと謙遜で応える。
実際のところ、今回の戦いでパメラ自身も放った矢に違和感があった。
通常、矢は距離が伸びるほど勢いが無くなる。最初の速さを維持できなくなれば当然落ちていくのだが、防壁の上から放った矢は、いずれも速度を落とすことなく敵を倒した。特にガイルの周囲の敵を掃討する時は、一層鋭く速さもあったように感じた。
ふと黙り込んだパメラの顔を覗き込んだ守備兵が続ける。
「あんたの髪の色が銀に近いってことは、きっと魔法も相当なんだろう? だったら魔法でやってくれてもよかったんだぜ」
「何言ってるんだよ。このねーちゃんが本気で魔法なんて使った日には、この町も吹っ飛んじまうわな、そうだろう?」
「そ、そうよ」
「だろう! 俺は、絶対ねーちゃんには逆らわないことにするわ」
戦勝気分もあわさって軽口をたたく守備兵に、愛想笑いで気持ちを誤魔化したパメラは足早に階段を下りた。
ガイルの知らないところで彼の命を少なくとも三度は助けて、少し良かった気分もすっかり萎えてしまった。先ほどまで真下に見えていた彼はとっくに町中へ戻ってしまっている。
そのことが妙に腹立たしかった。
あちらこちらで興奮冷めやらぬ住人達が声高に話をしている大通りを彼女は足早に駆け抜けた。
これまでアルザスはモンスターの襲撃を受けたことは何度もあった。それもそのはずで、この町自体がモンスターの発生源になるオリジナルダンジョンの近くに作られている。
しかし今回の規模は経験したことのないものだった。建設当時は過大すぎると批判をされた防壁が役に立ったとしかいいようがない。
アルザスが誇る二重防壁は、アーレイ教総本山ログレスの町を模して造られた。規模はダンジョンに比してログレスが四重、アルザスが二重になっている。
本来はもっと高度な魔法が発動できる仕掛けが施されているのだが、そのためには膨大な魔力と優れた使い手も必要になる。残念ながらこの町にはそこまで人材はいなかった。
パメラはこの町には不慣れであっても、長い旅をしているので町の作り自体はそうそう違うものではないと直ぐに察した。大通りに面した大きな三階建ての建物に、冒険者ギルドの看板を見つけて中へと入る。
見知らぬ町のアルザスで、彼女が人探しに頼れる場所はここを置いてほかにはない。それに運が良ければ、ガイルがいるかもしれなかった。
町と同じように冒険者ギルドも汎用的な似た作りになっていた。
入口正面にある受付に立った女性職員が、パメラへ少し疲れた笑顔で言葉をかけた。
「お疲れ様でした。申し訳ないのだけど報酬はもう少し後になるの」
既に何人もやって来て対応しているのだろう。パメラが口を開く前に彼女の胸元で光る冒険者プレートを見た職員は、スタンピードの鎮圧を手伝った冒険者が来たと考えたらしかった。
パメラは職員の見当違いの言葉に対して来訪の意図を伝えようとしたが、結局そのままギルドを去ることにした。
大事件の後処理はこれからになる。まだまだ忙しくなるのは間違いない。彼女のささいな相談など後回しにされるだけなのは目に見えていた。
外へ出るために扉へ手を掛けた彼女が、もう一度ガイルの姿を求めて建物の中を見回したところで不思議な胸騒ぎを覚えた。
彼がいなかったことにわけもなく苛立ちを感じていたのは事実であるが、この感覚はそれとは違う。
彼女が鍾を返して建物の中へ戻ろうとしたとき、彼女を押しのけるようにして入ってきた者達がいた。
一瞬、冒険者ギルドの中が静まり返る。しかしそのすぐ後に爆発的な歓声が沸き上がった。
「あんたたちのおかげて町が救われたよ!」
「ありがとうよ! 本当にありがとう!!」
「ひょっとして――アーレイ教団の導主様もいらっしゃるんじゃないか!!」
白い長衣の者達は興奮した冒険者に一斉に取り囲まれた。
導主と呼ばれた先頭の男は、煩わしそうに整った眉をしかめる。
白い長衣を翻してモンスターの大集団の中を縦横無尽に駆け巡り、勝利に大きく貢献したのは戦場にいた者は誰もが目撃している。
優れた弓使いであるパメラは視力も抜群に良かった。懸命に弓を弾きながら、防壁上から見た長衣の集団が放つ魔法に、羨望のまなざしを向けていなかったかと言えば嘘になる。
だからこそ気づいていた。目の前にいる長衣の者達と戦場で見た者達の違うことに。
長衣の集団の先頭に立つ男は、頭部に被った白い布をゆっくりと首の後ろへ下ろした。整ってはいるものの神経質そうな面差しを見せ、良く通る声で話を始める。
「私はルキウス。アーレイ教団の導主の一人だ。この地に不穏な空気を感じてやってきたのだが、連れの者とはぐれてしまった。申し訳ないが捜すのに手を貸して欲しい」
町の恩人ともいえる者からの頼みを断れるはずはない。
多くの者が一斉に協力を申し出たところ、ルキウスは鷹揚にうなずき探し人の特徴を伝えた。
「名はキアラと言って十歳前後の目鼻立ちの整った少女だ。我々と同じように長衣で教団のネックレスを身に着けている。町の防衛の手助けには連れて行けないので宿で待たせていたのだが、どこかへ行ってしまった。正式な捜し人クエストと思ってもらっても構わない」
ルキウスの最後の言葉には誰もが首を横へ振った。
恩には恩で返す。冒険者稼業はきついことが多いからこそ助け合い、受けた恩は返さなけばならない。この町の者はそれを身をもって知っている。
ルキウスとしては早く見つかりさえすればいい。クエスト報酬を提示したのもそのためだけである。町の恩人のために早くも動き出した冒険者の中にまぎれたパメラも冒険者ギルドを後にした。
白金色の長い髪を風になびかせたパメラが、防壁の向こうで頭を下げた一人の男と勝利に湧く戦場を満足そうに見下ろしていた。
しなやかな肢体に似つかわしい優美な曲線を持つ長弓の弦を、一度だけ空撃ちして風の精霊王へ勝利の報告を告げる。エルフが種族として魔法と弓矢を得意としているのは、風の精霊の加護が他の種族より遥かに厚いからとされている。
「ありがとうよ、エルフのねーちゃん」
「噂通り、ものすごい弓使いだな。ほんと助かったよ」
「見たこともないくらい速い弓矢だったな。さすがとしか言いようがない」
「――そうでもないわよ」
パメラは防壁を降りる階段へ向かいながらすれ違う守備兵と言葉を交わした。
ガイルを追って町を訪ねたその場でスタンピードへ巻き込まれ、自ら弓を取って戦いへ参加していたのだ。
心からの感謝と褒め言葉に多少の戸惑いと謙遜で応える。
実際のところ、今回の戦いでパメラ自身も放った矢に違和感があった。
通常、矢は距離が伸びるほど勢いが無くなる。最初の速さを維持できなくなれば当然落ちていくのだが、防壁の上から放った矢は、いずれも速度を落とすことなく敵を倒した。特にガイルの周囲の敵を掃討する時は、一層鋭く速さもあったように感じた。
ふと黙り込んだパメラの顔を覗き込んだ守備兵が続ける。
「あんたの髪の色が銀に近いってことは、きっと魔法も相当なんだろう? だったら魔法でやってくれてもよかったんだぜ」
「何言ってるんだよ。このねーちゃんが本気で魔法なんて使った日には、この町も吹っ飛んじまうわな、そうだろう?」
「そ、そうよ」
「だろう! 俺は、絶対ねーちゃんには逆らわないことにするわ」
戦勝気分もあわさって軽口をたたく守備兵に、愛想笑いで気持ちを誤魔化したパメラは足早に階段を下りた。
ガイルの知らないところで彼の命を少なくとも三度は助けて、少し良かった気分もすっかり萎えてしまった。先ほどまで真下に見えていた彼はとっくに町中へ戻ってしまっている。
そのことが妙に腹立たしかった。
あちらこちらで興奮冷めやらぬ住人達が声高に話をしている大通りを彼女は足早に駆け抜けた。
これまでアルザスはモンスターの襲撃を受けたことは何度もあった。それもそのはずで、この町自体がモンスターの発生源になるオリジナルダンジョンの近くに作られている。
しかし今回の規模は経験したことのないものだった。建設当時は過大すぎると批判をされた防壁が役に立ったとしかいいようがない。
アルザスが誇る二重防壁は、アーレイ教総本山ログレスの町を模して造られた。規模はダンジョンに比してログレスが四重、アルザスが二重になっている。
本来はもっと高度な魔法が発動できる仕掛けが施されているのだが、そのためには膨大な魔力と優れた使い手も必要になる。残念ながらこの町にはそこまで人材はいなかった。
パメラはこの町には不慣れであっても、長い旅をしているので町の作り自体はそうそう違うものではないと直ぐに察した。大通りに面した大きな三階建ての建物に、冒険者ギルドの看板を見つけて中へと入る。
見知らぬ町のアルザスで、彼女が人探しに頼れる場所はここを置いてほかにはない。それに運が良ければ、ガイルがいるかもしれなかった。
町と同じように冒険者ギルドも汎用的な似た作りになっていた。
入口正面にある受付に立った女性職員が、パメラへ少し疲れた笑顔で言葉をかけた。
「お疲れ様でした。申し訳ないのだけど報酬はもう少し後になるの」
既に何人もやって来て対応しているのだろう。パメラが口を開く前に彼女の胸元で光る冒険者プレートを見た職員は、スタンピードの鎮圧を手伝った冒険者が来たと考えたらしかった。
パメラは職員の見当違いの言葉に対して来訪の意図を伝えようとしたが、結局そのままギルドを去ることにした。
大事件の後処理はこれからになる。まだまだ忙しくなるのは間違いない。彼女のささいな相談など後回しにされるだけなのは目に見えていた。
外へ出るために扉へ手を掛けた彼女が、もう一度ガイルの姿を求めて建物の中を見回したところで不思議な胸騒ぎを覚えた。
彼がいなかったことにわけもなく苛立ちを感じていたのは事実であるが、この感覚はそれとは違う。
彼女が鍾を返して建物の中へ戻ろうとしたとき、彼女を押しのけるようにして入ってきた者達がいた。
一瞬、冒険者ギルドの中が静まり返る。しかしそのすぐ後に爆発的な歓声が沸き上がった。
「あんたたちのおかげて町が救われたよ!」
「ありがとうよ! 本当にありがとう!!」
「ひょっとして――アーレイ教団の導主様もいらっしゃるんじゃないか!!」
白い長衣の者達は興奮した冒険者に一斉に取り囲まれた。
導主と呼ばれた先頭の男は、煩わしそうに整った眉をしかめる。
白い長衣を翻してモンスターの大集団の中を縦横無尽に駆け巡り、勝利に大きく貢献したのは戦場にいた者は誰もが目撃している。
優れた弓使いであるパメラは視力も抜群に良かった。懸命に弓を弾きながら、防壁上から見た長衣の集団が放つ魔法に、羨望のまなざしを向けていなかったかと言えば嘘になる。
だからこそ気づいていた。目の前にいる長衣の者達と戦場で見た者達の違うことに。
長衣の集団の先頭に立つ男は、頭部に被った白い布をゆっくりと首の後ろへ下ろした。整ってはいるものの神経質そうな面差しを見せ、良く通る声で話を始める。
「私はルキウス。アーレイ教団の導主の一人だ。この地に不穏な空気を感じてやってきたのだが、連れの者とはぐれてしまった。申し訳ないが捜すのに手を貸して欲しい」
町の恩人ともいえる者からの頼みを断れるはずはない。
多くの者が一斉に協力を申し出たところ、ルキウスは鷹揚にうなずき探し人の特徴を伝えた。
「名はキアラと言って十歳前後の目鼻立ちの整った少女だ。我々と同じように長衣で教団のネックレスを身に着けている。町の防衛の手助けには連れて行けないので宿で待たせていたのだが、どこかへ行ってしまった。正式な捜し人クエストと思ってもらっても構わない」
ルキウスの最後の言葉には誰もが首を横へ振った。
恩には恩で返す。冒険者稼業はきついことが多いからこそ助け合い、受けた恩は返さなけばならない。この町の者はそれを身をもって知っている。
ルキウスとしては早く見つかりさえすればいい。クエスト報酬を提示したのもそのためだけである。町の恩人のために早くも動き出した冒険者の中にまぎれたパメラも冒険者ギルドを後にした。
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