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9 遠き山に日は落ちて
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ガイルはゆっくりと流れるような動作で歩みを進める。次々とモンスターの背後へ回り込み、愛用の長剣で切り倒した。
最初の襲撃で起きた混乱に乗じて、圧倒的に数の勝るモンスター側が力で押し切れれば町はかなり危うかっただろう。しかし強固な防壁が阻んでいる間に長衣の集団の出現でそうはならなかった。
統制のない乱戦状態は、敵の数の優位性を潰してはいたが、町側の強力な攻撃魔法をも封じてしまっている。長衣の集団も同士討ちを危惧して、最初に見せたまぶしい魔法を控えるようなっていた。
戦況は個々の戦いの様相を呈し始め、能力で勝る冒険者側へ徐々に有利に働き始めている。
ガイルが周囲にいるオーク三匹と切り結んでいると、長衣の集団の一人が時折彼の様子を窺い、ゆっくりだが確実に近づいているような気がした。
モンスターを倒してくれているのだからこちらの敵ではないだろう。かと言ってアルザスの町にはアーレイ教の教会もないので町の人間ではない。
旅の途中で立ち寄った教会で世話になったことは何度もある。だがハッキリ見る余裕が今はないものの、近づい来ようとする者の顔に覚えのないことは間違いない。
長衣の集団へ気が向いて完全に注意力が散漫になっていた。
ガイルが右側にいたオークのこん棒をはねのけたと思った瞬間、何かが背中へ激しくぶつかった。
態勢を崩した彼が見たのは、オークよりも一回り小さいゴブリンだった。長衣の集団の攻撃を避けて逃げ出そうとやみくもに走っていたのである。
体当たりはガイルを狙ったものではなかったのに、思わぬ方向からの衝撃は大きな隙となった。ずっと戦っていたオーク達は当然見逃さず、手にした武器を掲げ勢いよく襲いかかってくる。
様子見をしていた周囲の数匹のオークも突如攻撃へと転じた。
ガイルは無理やり体をねじって手斧を避け、こん棒を剣で受け流す。両膝を曲げて態勢を立て直しながら、長剣で横一閃に薙ぎ払った。致命傷を負わすことはできなかったが、周囲の二匹には確実にダメージを与えることに成功した。だが次々とオークの斧が彼へ肉薄する。
オーク程度との慢心があったのは間違いない。自嘲をかみしめたガイルは覚悟を決めた。
左肩側であれば、師のデニスから譲り受けた防具で少しなら耐えられる自信がある。武器を握る右肩や右腕への攻撃は、戦闘継続を考えると何がなんでも避けなければならない。
両手で握り締めていた剣を右寄りに強く構え、左側へ攻撃を誘う。何をどうすればそこまで汚れるのかと、言いたくなるほど赤黒い手斧の刃を必死に睨みやる。やって来るであろう左肩の衝撃へ備えるために足の裏へ思いきり力を入れた。
左へ受ける攻撃と同時に長剣を一閃。それで目の前のオークとあと一匹くらいは始末できるはず。
さすがに恐怖でなりふり構わず叫びたくなる気持ちを何とか押し殺す。
デニスの遺品にあった胸甲を改造して、左肩から心臓を守るような鎧にした。このような形で強度を試すハメになろうとは思ってもいなかった。さらに今日は家に置いてきたあの魔剣をもし背負えていたら、少しは役に立ったかもしれない。背中を守る防具として。
我ながらおかしなことを考えている。
このような状況にあっても最後まで武器として使おうとしないことを、妙な所だけデニスに似ていると彼は妙に面白く思った。
おかげで落ち着きも取り戻せた。やはりデニスには敵わないらしい。
だが、何時まで経っても彼の命運を握った斧が振り下ろされる瞬間は来なかった。
必死に踏ん張る彼の目の前で次々とオーク達が崩れていく。頭や首筋には、先ほどまでなかった矢が深々と突き刺さっていた。
助けてくれたのは防壁の上にいる味方の弓兵だった。
彼は大きく三回深呼吸をしてから、再びモンスターの中へ切り込んだ。その後もやや危うい状況へ陥るたびに、防壁の上から狙いすましたように飛んでくる矢に助けられた。
かつてあった魔神戦争では、魔神軍には指揮官がいて配下のモンスターを動かしたと伝わっている。だが今はそのように続率のとれた襲撃ではない。
一方、ガイルら冒険者達の攻撃と、強固な防壁の上からの魔法と弓矢による支援、長衣の集団の遊撃は、図らずも連携がなっている。
理由は明解で人間達の間には共通言語があり、モンスター達にはない。オークやゴブリンには言葉に近い意思伝達手段はあるものの、オーガやジャイアントとの細かい意思疎通はできない。
劣勢が鮮明となったモンスターの集団は、我先にと崩れ落ちるよう逃げ去って行ってしまった。
「やれやれ何とかなったか。あれだけの腕があれば魔法にこだわることも――なんて言うだけなら簡単か。多分ハイエルフ、それもあの髪の色は純血種だろうしな」
目の前に倒れたオークの頭へ刺さった矢を見たガイルが背後の防壁を見上げる。
夕映えに一際輝く人影へ丁寧に頭を下げた。
腕はパンパンに張って鉛のように重い。これほど長い時間戦ったのは、デニスと獣人の里へ忍び込んだ時以来だろう。少し離れたところでは、ビンセントも大きく肩を上下させている。SSクラスらしく周囲にはモンスターの死体の山が築き上げられていた。
戦いの最中にガイルへ近づこうとした長衣の人間は、何かを言いたそうに彼を見ていたが、仲間から促されそのまま立ち去って行った。
最初の襲撃で起きた混乱に乗じて、圧倒的に数の勝るモンスター側が力で押し切れれば町はかなり危うかっただろう。しかし強固な防壁が阻んでいる間に長衣の集団の出現でそうはならなかった。
統制のない乱戦状態は、敵の数の優位性を潰してはいたが、町側の強力な攻撃魔法をも封じてしまっている。長衣の集団も同士討ちを危惧して、最初に見せたまぶしい魔法を控えるようなっていた。
戦況は個々の戦いの様相を呈し始め、能力で勝る冒険者側へ徐々に有利に働き始めている。
ガイルが周囲にいるオーク三匹と切り結んでいると、長衣の集団の一人が時折彼の様子を窺い、ゆっくりだが確実に近づいているような気がした。
モンスターを倒してくれているのだからこちらの敵ではないだろう。かと言ってアルザスの町にはアーレイ教の教会もないので町の人間ではない。
旅の途中で立ち寄った教会で世話になったことは何度もある。だがハッキリ見る余裕が今はないものの、近づい来ようとする者の顔に覚えのないことは間違いない。
長衣の集団へ気が向いて完全に注意力が散漫になっていた。
ガイルが右側にいたオークのこん棒をはねのけたと思った瞬間、何かが背中へ激しくぶつかった。
態勢を崩した彼が見たのは、オークよりも一回り小さいゴブリンだった。長衣の集団の攻撃を避けて逃げ出そうとやみくもに走っていたのである。
体当たりはガイルを狙ったものではなかったのに、思わぬ方向からの衝撃は大きな隙となった。ずっと戦っていたオーク達は当然見逃さず、手にした武器を掲げ勢いよく襲いかかってくる。
様子見をしていた周囲の数匹のオークも突如攻撃へと転じた。
ガイルは無理やり体をねじって手斧を避け、こん棒を剣で受け流す。両膝を曲げて態勢を立て直しながら、長剣で横一閃に薙ぎ払った。致命傷を負わすことはできなかったが、周囲の二匹には確実にダメージを与えることに成功した。だが次々とオークの斧が彼へ肉薄する。
オーク程度との慢心があったのは間違いない。自嘲をかみしめたガイルは覚悟を決めた。
左肩側であれば、師のデニスから譲り受けた防具で少しなら耐えられる自信がある。武器を握る右肩や右腕への攻撃は、戦闘継続を考えると何がなんでも避けなければならない。
両手で握り締めていた剣を右寄りに強く構え、左側へ攻撃を誘う。何をどうすればそこまで汚れるのかと、言いたくなるほど赤黒い手斧の刃を必死に睨みやる。やって来るであろう左肩の衝撃へ備えるために足の裏へ思いきり力を入れた。
左へ受ける攻撃と同時に長剣を一閃。それで目の前のオークとあと一匹くらいは始末できるはず。
さすがに恐怖でなりふり構わず叫びたくなる気持ちを何とか押し殺す。
デニスの遺品にあった胸甲を改造して、左肩から心臓を守るような鎧にした。このような形で強度を試すハメになろうとは思ってもいなかった。さらに今日は家に置いてきたあの魔剣をもし背負えていたら、少しは役に立ったかもしれない。背中を守る防具として。
我ながらおかしなことを考えている。
このような状況にあっても最後まで武器として使おうとしないことを、妙な所だけデニスに似ていると彼は妙に面白く思った。
おかげで落ち着きも取り戻せた。やはりデニスには敵わないらしい。
だが、何時まで経っても彼の命運を握った斧が振り下ろされる瞬間は来なかった。
必死に踏ん張る彼の目の前で次々とオーク達が崩れていく。頭や首筋には、先ほどまでなかった矢が深々と突き刺さっていた。
助けてくれたのは防壁の上にいる味方の弓兵だった。
彼は大きく三回深呼吸をしてから、再びモンスターの中へ切り込んだ。その後もやや危うい状況へ陥るたびに、防壁の上から狙いすましたように飛んでくる矢に助けられた。
かつてあった魔神戦争では、魔神軍には指揮官がいて配下のモンスターを動かしたと伝わっている。だが今はそのように続率のとれた襲撃ではない。
一方、ガイルら冒険者達の攻撃と、強固な防壁の上からの魔法と弓矢による支援、長衣の集団の遊撃は、図らずも連携がなっている。
理由は明解で人間達の間には共通言語があり、モンスター達にはない。オークやゴブリンには言葉に近い意思伝達手段はあるものの、オーガやジャイアントとの細かい意思疎通はできない。
劣勢が鮮明となったモンスターの集団は、我先にと崩れ落ちるよう逃げ去って行ってしまった。
「やれやれ何とかなったか。あれだけの腕があれば魔法にこだわることも――なんて言うだけなら簡単か。多分ハイエルフ、それもあの髪の色は純血種だろうしな」
目の前に倒れたオークの頭へ刺さった矢を見たガイルが背後の防壁を見上げる。
夕映えに一際輝く人影へ丁寧に頭を下げた。
腕はパンパンに張って鉛のように重い。これほど長い時間戦ったのは、デニスと獣人の里へ忍び込んだ時以来だろう。少し離れたところでは、ビンセントも大きく肩を上下させている。SSクラスらしく周囲にはモンスターの死体の山が築き上げられていた。
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