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2 酒場でエルフ
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怒ってはいないが笑ってもいない。
碧の鋭い瞳は、真っ直ぐ彼の背中の細い棒状の布袋を見ている。
今回の旅では誰にもこの剣のことを話してはいないのに、パメラは気づいていたらしい。
優れた弓の使い手だとは知っていたけれど、認識を改める必要がありそうだ。
彼女の言葉通り、背中のものは魔法の力を宿した剣である。
ガイルの職業は剣士なのに、この剣で敵を斬ったことは一度もない。
使わない理由はいくつかある。
細身過ぎて使うにはかなりの技量を要すること。そもそも彼自身が魔法を使えないので、剣の力を十全に出せない。結果的に細身の剣より普通の長剣のほうが役に立つ。
そのため鞘から抜くのは手入れの時だけ。それも人目につかないようにとても気を付けてきた。
この剣は、凄腕レンジャーであった師のデニスの遺品の一つになる。他にも凄腕にふさわしい稀少で便利なものをガイルは受け継いだ。
それらをガイルは売り払う予定にしている。冒険者を引退してからの生活資金にするつもりもあったし、素晴らしいものだからこそ誰かの役に立てて貰うほうがよいとも考えている。
その相手がパメラでも全然構わないと思っているが、今はまだその時期ではない。それに彼女の盲信的な考えは少し危うい気がしていた。
「魔法の剣を欲する理由はアレか」
「―――そうよ」
パメラは光沢ある白金の前髪を小さくゆらして、眉間に小さなしわを寄せた。
彼女が隊商の護衛依頼を弓使いとして受けているのは、単純に魔法が使えないからである。
人間のガイルが魔法を使えないことは珍しいことではない。だけどパメラは息をするように魔法を使うと言われるエルフ族。
彼らは神代の純血種に近ければ近いほど白銀の髪と強い魔力を持つとされている。
髪の色と魔力の強さは比例するのが通常で、一千年前に起きた魔神戦争でエルフ族を代表して戦った勇者も白銀に近い金色の髪を持っていた。
皮肉なことに魔法の使えないパメラの髪は、まさに伝説にある色そのものだった。
極稀に彼女のような者も存在することは知られてはいるが、エルフは魔法を使えることが当然との社会では奇異の目で見られ蔑まれることも多い。また人間とエルフの間に生まれたハーフエルフは、見た目はエルフなのに魔法の使えない者が多かった。
パメラは血統の正しいハイエルフでありながら、ハーフと陰口を叩かれ侮られて育って来たことをガイルは旅の間に聞かされていた。
「魔法の剣を手に入れたら解決するのか?」
「知ったようなことを!」
知り合ってから見せたこともない激しい怒りをパメラが露わにした。
美しい碧の瞳は眦が裂けんばかりに開かれ、机の上で握った両手は白く激しく震えている。
性別も種族もまったく違うけれど、そっくりな反応見せたかつての親友をガイルはふと思い出す。
当然手に入ると思っていたものが手に入らず、悔しさと行き場のない怒りだけが荒れ狂っているのだ。
「期待しすぎじゃないか?」
「だったら見せてみなさいよ!」
「―――わかった。だがここではダメだ」
「何処ならいいのよ!」
「そうだな、俺の部屋か」
「あ、あなたのっ!?」
「嫌なら俺は構わないが」
「わ、わかったわよ!」
顔を真っ赤にさせたパメラの反応からガイルは口にした内容の重大さに気づく。
このような遅い時間に男が自分の部屋へ女を誘う。それも相手の弱みにつけこむような形である。
ガイルに他意はまったくなかった。
この剣が放つ不思議な存在感に気づいた者はこれまでにわずかだけどいた。しかし頼まれても見せたことはない。
今回に限って了承をしたのは、かつての親友への罪滅ぼしの気持ちが働いたのかもしれない。
邪な考えなど一切ない彼が、焦る様子のパメラを宥めようとしたその時、急に暗い影が差した。
「これはこれは、万年Aクラスで楽をされているガイルさんじゃないですか。何やら楽しそうですな」
「お相手は、魔法の使えない見た目だけは麗しいエルフさん。ということは、ハーフエルフのようにその美味しそうな体を使うのでしょうか? 私達もご相伴に与かりたいものです」
「まったくまったく!」
旅を終えたばかりの冒険者らしい男三人が、ガイル達のテーブルの横に立っていた。
下卑た口調で声をかけて来たのは、ガイルの右手前の二人。少し後ろに下がった一人は黙って彼を睨んでいる。
三人の真ん中の厭味ったらしい小柄な男は、机に手を付いてパメラの全身へ粘着質な視線を向ける。当のパメラはただ俯いたまま肩をブルブルと震わせていた。男の侮蔑的な言葉は彼女がもっとも聞きたくない内容であった。
手前の二人は知らないけれど、後ろの一人にはガイルは見覚えがある。またガイル自身については正鵠を射た内容なので反論のしようがないと肩をすくめつつ、自身の力量不足を改めて痛感していた。
「やれやれ俺の指導が悪かったと言うことか―――いや、油断もあった。デニスにはまだまだ及ばないってことだな」
「何をブツブツ言っやがる!」
「まあまあ、これでも飲んで――お寝んねしとけ!」
ガイルはにこやかに笑いながら、机に転がっていた酒瓶の紐を握って立ち上がる。そのまま振り子のように軽く回して一番近い男の脳天へ叩きつけた。綺麗に脳震盪を起こした男はその場へ崩れ落ち、酒瓶も下半分が砕け散る。
パメラが小さな悲鳴を上げたような気はしたけれど、今は気に掛ける余裕もない。
残りの二人のうち手前側の男は、パメラを舐めるように見ていたため机に手をついて身を乗り出したままである。
必然的に前傾姿勢になっている男の横っ面へも割れた酒瓶の残りを叩きつける。今度は気を失わせるには至らなかったものの、すっかり戦意を喪失したらしい。そのままほうほうの態で逃げ出してしまった。
「―――でお前はどうする、ミシェル?」
ガイルは、ずっと黙って睨んでいた若者へ緊張感のない声を掛けた。
「この下品なのはお仲間か? 今さら言うのも何だが、相手は選んだ方がいいぞ」
「うるさい! こいつらは口は悪いが腕は立つ! あと二つ昇格クエストをやり遂げさえできればいいんだ!」
「腕が立つ・・・・・・ねえ? 昇格って、お前はもうAクラスになっているのか」
「あんたがチマチマしている間にな!」
ガイルは軽く目を見張った。
冒険者は依頼主からの様々な依頼をやり遂げて報酬を得ると同時に実績が評価される。このビジネスモデルを効率的かつ安全に進めるために冒険者ギルドが各国で作られた。生業とする者は、よほどのことがなければ所属することになる。
ガイルもホームタウンのアルザスにある冒険者ギルドへ所属して後輩の育成にも熱心に取り組んでいる。ミシェルもガイルが面倒を見た中の一人でまだ二十代の前半のはずだった。
碧の鋭い瞳は、真っ直ぐ彼の背中の細い棒状の布袋を見ている。
今回の旅では誰にもこの剣のことを話してはいないのに、パメラは気づいていたらしい。
優れた弓の使い手だとは知っていたけれど、認識を改める必要がありそうだ。
彼女の言葉通り、背中のものは魔法の力を宿した剣である。
ガイルの職業は剣士なのに、この剣で敵を斬ったことは一度もない。
使わない理由はいくつかある。
細身過ぎて使うにはかなりの技量を要すること。そもそも彼自身が魔法を使えないので、剣の力を十全に出せない。結果的に細身の剣より普通の長剣のほうが役に立つ。
そのため鞘から抜くのは手入れの時だけ。それも人目につかないようにとても気を付けてきた。
この剣は、凄腕レンジャーであった師のデニスの遺品の一つになる。他にも凄腕にふさわしい稀少で便利なものをガイルは受け継いだ。
それらをガイルは売り払う予定にしている。冒険者を引退してからの生活資金にするつもりもあったし、素晴らしいものだからこそ誰かの役に立てて貰うほうがよいとも考えている。
その相手がパメラでも全然構わないと思っているが、今はまだその時期ではない。それに彼女の盲信的な考えは少し危うい気がしていた。
「魔法の剣を欲する理由はアレか」
「―――そうよ」
パメラは光沢ある白金の前髪を小さくゆらして、眉間に小さなしわを寄せた。
彼女が隊商の護衛依頼を弓使いとして受けているのは、単純に魔法が使えないからである。
人間のガイルが魔法を使えないことは珍しいことではない。だけどパメラは息をするように魔法を使うと言われるエルフ族。
彼らは神代の純血種に近ければ近いほど白銀の髪と強い魔力を持つとされている。
髪の色と魔力の強さは比例するのが通常で、一千年前に起きた魔神戦争でエルフ族を代表して戦った勇者も白銀に近い金色の髪を持っていた。
皮肉なことに魔法の使えないパメラの髪は、まさに伝説にある色そのものだった。
極稀に彼女のような者も存在することは知られてはいるが、エルフは魔法を使えることが当然との社会では奇異の目で見られ蔑まれることも多い。また人間とエルフの間に生まれたハーフエルフは、見た目はエルフなのに魔法の使えない者が多かった。
パメラは血統の正しいハイエルフでありながら、ハーフと陰口を叩かれ侮られて育って来たことをガイルは旅の間に聞かされていた。
「魔法の剣を手に入れたら解決するのか?」
「知ったようなことを!」
知り合ってから見せたこともない激しい怒りをパメラが露わにした。
美しい碧の瞳は眦が裂けんばかりに開かれ、机の上で握った両手は白く激しく震えている。
性別も種族もまったく違うけれど、そっくりな反応見せたかつての親友をガイルはふと思い出す。
当然手に入ると思っていたものが手に入らず、悔しさと行き場のない怒りだけが荒れ狂っているのだ。
「期待しすぎじゃないか?」
「だったら見せてみなさいよ!」
「―――わかった。だがここではダメだ」
「何処ならいいのよ!」
「そうだな、俺の部屋か」
「あ、あなたのっ!?」
「嫌なら俺は構わないが」
「わ、わかったわよ!」
顔を真っ赤にさせたパメラの反応からガイルは口にした内容の重大さに気づく。
このような遅い時間に男が自分の部屋へ女を誘う。それも相手の弱みにつけこむような形である。
ガイルに他意はまったくなかった。
この剣が放つ不思議な存在感に気づいた者はこれまでにわずかだけどいた。しかし頼まれても見せたことはない。
今回に限って了承をしたのは、かつての親友への罪滅ぼしの気持ちが働いたのかもしれない。
邪な考えなど一切ない彼が、焦る様子のパメラを宥めようとしたその時、急に暗い影が差した。
「これはこれは、万年Aクラスで楽をされているガイルさんじゃないですか。何やら楽しそうですな」
「お相手は、魔法の使えない見た目だけは麗しいエルフさん。ということは、ハーフエルフのようにその美味しそうな体を使うのでしょうか? 私達もご相伴に与かりたいものです」
「まったくまったく!」
旅を終えたばかりの冒険者らしい男三人が、ガイル達のテーブルの横に立っていた。
下卑た口調で声をかけて来たのは、ガイルの右手前の二人。少し後ろに下がった一人は黙って彼を睨んでいる。
三人の真ん中の厭味ったらしい小柄な男は、机に手を付いてパメラの全身へ粘着質な視線を向ける。当のパメラはただ俯いたまま肩をブルブルと震わせていた。男の侮蔑的な言葉は彼女がもっとも聞きたくない内容であった。
手前の二人は知らないけれど、後ろの一人にはガイルは見覚えがある。またガイル自身については正鵠を射た内容なので反論のしようがないと肩をすくめつつ、自身の力量不足を改めて痛感していた。
「やれやれ俺の指導が悪かったと言うことか―――いや、油断もあった。デニスにはまだまだ及ばないってことだな」
「何をブツブツ言っやがる!」
「まあまあ、これでも飲んで――お寝んねしとけ!」
ガイルはにこやかに笑いながら、机に転がっていた酒瓶の紐を握って立ち上がる。そのまま振り子のように軽く回して一番近い男の脳天へ叩きつけた。綺麗に脳震盪を起こした男はその場へ崩れ落ち、酒瓶も下半分が砕け散る。
パメラが小さな悲鳴を上げたような気はしたけれど、今は気に掛ける余裕もない。
残りの二人のうち手前側の男は、パメラを舐めるように見ていたため机に手をついて身を乗り出したままである。
必然的に前傾姿勢になっている男の横っ面へも割れた酒瓶の残りを叩きつける。今度は気を失わせるには至らなかったものの、すっかり戦意を喪失したらしい。そのままほうほうの態で逃げ出してしまった。
「―――でお前はどうする、ミシェル?」
ガイルは、ずっと黙って睨んでいた若者へ緊張感のない声を掛けた。
「この下品なのはお仲間か? 今さら言うのも何だが、相手は選んだ方がいいぞ」
「うるさい! こいつらは口は悪いが腕は立つ! あと二つ昇格クエストをやり遂げさえできればいいんだ!」
「腕が立つ・・・・・・ねえ? 昇格って、お前はもうAクラスになっているのか」
「あんたがチマチマしている間にな!」
ガイルは軽く目を見張った。
冒険者は依頼主からの様々な依頼をやり遂げて報酬を得ると同時に実績が評価される。このビジネスモデルを効率的かつ安全に進めるために冒険者ギルドが各国で作られた。生業とする者は、よほどのことがなければ所属することになる。
ガイルもホームタウンのアルザスにある冒険者ギルドへ所属して後輩の育成にも熱心に取り組んでいる。ミシェルもガイルが面倒を見た中の一人でまだ二十代の前半のはずだった。
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