上 下
17 / 66

17 きっと俺も脳筋

しおりを挟む
「それではここへ荷物を置いて下さい」
 マルセルさんの指示に従って、俺が担いだ鎧や剣を下したところは、イリスお嬢様と回廊で別れてからかなりの距離を歩かされた訓練場らしき建物の入口。
 そして目の前では、見るからにごつい男達が喚いて剣を振ったり、取っ組み合いをしている。

「お、小隊長じゃないですか!」
「お久しぶりです!」
「今日は、手合わせをしていただける日ではなかったはずでは?」
 マルセルさんに気づいた衛兵達が、わらわらこちらへやって来ようとしたところ、彼らの背後から鋭い叱責の声が飛んだ。

「お前達!! 今は訓練中だ! マルセル! お前も部外者を連れて来るな!!」
「オリオン中隊長、相変わらずお堅いですね。部外者と言えば、私もそうですよ?」
「ああ言えばこう言う。相変わらず屁理屈をこねやがって! それに俺のことは、前と同じでオリオンと呼べと言ってるだろう!!」

 マルセルさんヘ一人の衛兵が、練習用と思われる剣を肩に担いで近づいてきた。
 その男は特に体が大きいわけでもないが、発達した筋肉を全身にまとい、油断のならない雰囲気を漂わせていた。
 対するマルセルさんは、相変わらず力の抜けた様子で二人はとても対照的に思えた。

「何の用だ?」
「実は使っていなかった装備の調子を確認したくて、誰でも構いませんが決まり組手の相手をお願いできませんか?」
「そいつのか?」
「はい」
 中隊長さんは俺を睨んでから、マルセルさんへ視線を戻した。

「どうして自分でやらない? お前の装備はここに置いたままだぞ?」
「実は、先程抜き打ちを止められてしまいまして、その時に手を痛めちゃいました。ハハハ」
 腫れた右手をプラプラさせるマルセルさん。
 もし知っていたら、テヘペロってやりそうなくらい軽いお返事。
 その様子に驚いた衛兵達からざわめきが起こった。
 明らかにお嬢様付きの執事さんの態度ではないよな。
 俺がエラそうに講釈を垂れることでもないが、フランクで話しやすいのは美点だとは思う。
 しかしもう少し威厳を持って格式張っている方が、立場上ふさわしいのではないだろうか。
 きっとあのお堅そうな中隊長さんの罵声が飛ぶと考えた俺は、心で耳栓をした。

「おい、凶刃マルセルの抜き打ちを止めたって?」
「あの小僧がか?」
「冗談だろう?」

 あれ?
 中隊長さんは黙って何かを考え込んでいるし、俺が感じていることとは何か違うような雰囲気だ。
 すると一人の衛兵が、人垣の奥から右手を上げて行儀よくマルセルさんを呼んだ。

「小隊長!」
「ムラト、今はお前が小隊長です。間違わないでください」
「はい!! すみませんでした、小隊長!」
 その場で一斉に笑いが起こった。
 ・・・・・・完全に脳ミソ筋肉の会話だ。

「お聞きしたいのですが、本気で打ち込まれましたか?」
「私がやったのは不意打ちでしたが、こちらも態勢を整える前でしたので、せいぜい五割の力しか出せていないとは思います。でも本気だったらきっと骨折をしていたでしょう」
 傷む手を撫でるマルセルさんの答えに、衛兵達が再びざわついた。

「不意を突かれたら、五割でも止める自信は俺にはないぞ」
「俺もだ」
「―――しかし本気でも止められたと小隊長は考えているんだな」
「ああ・・・・・・そういうことだな」

 徐々に俺への視線が痛くなり始める。
 ちょっと待ってよ。
 マルセルさんは確かに不意打ちをしてきたけど、俺が慌てて構えたところへきっちり打ち込んできただけだから!
 何とか説明したいができなくて、オロオロとしている俺を横目で見てから、マルセルさんは大袈裟な身振りで話を続ける。
「本当に私もこれほど見事に止められるとは思っていませんでした。サフィール様のご慧眼はまさしく本物です」
「サフィール様が何故ここで出て来るのだ?」
 中隊長さんが首を傾げた。

 マルセルさんは、本当にサフィール様命だ。
 俺は、ここでもちょっとした下地作りをしようとしている執事さんの意図に気づいた。
 しかし俺的にはありがたくない内容でもあるので、できれば止めたいけれど完全にアウェーだし、きっと何を言っても聞いてくれないだろう。

「彼は、サフィール様が競技会へ推薦された者です」
「ああ、そうだったな。あの時は町のパン屋を推薦されて何の酔狂かと思ったが、お前の剣を止めるほどの剛の者だったわけか。なるほどなるほど」
 うんうんと頷く中隊長さんを、マルセルさんは満足そうに見ている。

「ただ記憶をすっかり失って、これまでのことをほとんど覚えていないので、どのように鍛えていたのかなど分からないのが残念です」
「それは気の毒だな。しかしお前の方こそ、その手で護衛が務まるのか?」
「そうですね。さすがに右手がこれではきついので、どこかに役に立つ左手があればいいかなとは思います」

 マルセルさん、おかしな目で見ないで。
 俺の左手は俺のものです。

「護衛役になると衛兵の兼務は無理だから、一旦は除隊扱いになる。だがお前が治ったら護衛役はお払い箱で、衛兵に復帰しますでは、隊編成のやり直しやら訓練度の問題も出てくる。さすがに俺達の中から志願者を募るのは難しいぞ?」
「でしょうね」
「どうする気だ?」
「さて本当にどうしましょうかね」

 ったくどいつもこいつも、おかしな視線を送ってきやがって。
 やっぱりブラコン兄貴の方が適任じゃないか?
 しかしユーリお嬢様の護衛になれば、必然的に衛兵にはなれない点は魅力的な話だ。
 すなわち競技会へ出る必要もなくなる。
 そして護衛役がお払い箱になったら、その時にまた考えれば良いような気もする。
 ひどいことを言えば、ユーリお嬢様の今の状態が続けばそう遠くないうちにサフィール様じゃなくなっているかもしれないし、衛兵になって注目を集めろという話もなくなる可能性が高い。

 しかし今のままだと俺のことを買い出しに来られる度に勧誘されて、今日みたいなことが続くと最初は繁盛するかもしれないが、いずれ悪影響も出そうな気がする。
 何よりお嬢様は我がパン屋の大得意様であるだけでなく、非常に優秀な広告塔だ。
 そのお嬢様の信頼厚い執事さんのご機嫌を損ねるのは、店の存亡にかかわると考えて間違いない。
 俺はメリットデメリットを勘案して、ため息交じりに切り出した。

「良かったら、ケガが治るまでお手伝いしましょうか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~

うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。 突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。 なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ! ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。 ※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。 ※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

魔法少女の異世界刀匠生活

ミュート
ファンタジー
私はクアンタ。魔法少女だ。 ……終わりか、だと? 自己紹介をこれ以上続けろと言われても話す事は無い。 そうだな……私は太陽系第三惑星地球の日本秋音市に居た筈が、異世界ともいうべき別の場所に飛ばされていた。 そこでリンナという少女の打つ刀に見惚れ、彼女の弟子としてこの世界で暮らす事となるのだが、色々と諸問題に巻き込まれる事になっていく。 王族の後継問題とか、突如現れる謎の魔物と呼ばれる存在と戦う為の皇国軍へ加入しろとスカウトされたり…… 色々あるが、私はただ、刀を打つ為にやらねばならぬ事に従事するだけだ。 詳しくは、読めばわかる事だろう。――では。 ※この作品は「小説家になろう!」様、「ノベルアップ+」様でも同様の内容で公開していきます。 ※コメント等大歓迎です。何時もありがとうございます!

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

ハズレ属性土魔法のせいで辺境に追放されたので、ガンガン領地開拓します!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:ハズレ属性土魔法のギフトを貰ったことで、周囲から蔑すまれ、辺境の僻地へ追放された俺だけど、僻地の村でガンガン領地開拓! アルファポリス第13回ファンタジー大賞にて優秀賞受賞! アルファポリスにてコミカライズ連載中! 「次にくるライトノベル大賞2022」ノミネート!(2022/11現在、投票受付中。詳細は近況ボードへ) 15歳の託宣の儀でハズレ属性である土魔法のスキルをもらった俺、エクト。 父である辺境伯や兄弟達から蔑まれ、辺境の寒村、ボーダ村へ左遷されることになる。 Bランク女性冒険者パーティ『進撃の翼』の五人を護衛につけ、ボーダの村に向かった俺は、道中で商人を助け、奴隷メイドのリンネを貰うことに。 そうして到着したボーダ村は、危険な森林に隣接し、すっかり寂れていた。 ところが俺は誰も思いつかないような土魔法の使い方で、村とその周囲を開拓していく。 勿論、辺境には危険もいっぱいで、森林の魔獣討伐、ダンジョン発見、ドラゴンとの攻防と大忙し。 宮廷魔術師のオルトビーンや宰相の孫娘リリアーヌを仲間に加え、俺達は領地を発展させていく―― ※連載版は一旦完結していますが、書籍版は3巻から、オリジナルの展開が増えています。そのため、レンタルと連載版で話が繋がっていない部分があります。 ※4巻からは完全書き下ろしなので、連載版とはまた別にお楽しみください!

処理中です...