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9 お誘い

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 名前を呼ばれて改めて思い出したが、この女の子は領主のお嬢様だ。
 だったら何で競技会場で、ムサい野郎共の案内役なんかしていたんだ?
 普通は観客席の一番上とかにあるエラそうな席で、ふんぞり返って見ているものじゃないのか?
 ・・・・・・女の子だから、ふんぞり返ると色々目のやり場に困るし、それはやらないか。
 しかもお嬢様が、以前からこの吹けば飛ぶような小さなパン屋を、ご贔屓にしてくださっているだって?
 いや一、信じられね-。
 だが、更に信じられない話が俺の目の前で始まった。

「できれば、あの試合の時のことをお聞きしたいのですが―――」
「すみませんね、サフィール様。ケントは何も覚えていないらしくて、お役に立てませんよ」
 記億喪失のフリをしている俺を庇ってくれたのだろう。
 母さんが代わりに答えてくれた。

「そうですよね。不躾な申出をしてしまい、すみませんでした」
「いいえ、競技会の運営に携わられたサフィール様ですから、当然とは思いますが申し訳ございません」
「承知しました。ではわたくしの今日の主な用向きをお話させていただきます」
 お嬢様が少し姿勢を正した。
「け、ケントさんが、剣の試合で一回戦を勝ったのは事実です。そこで剣章を授与したいのです」

 しかし、俺の名前は相変わらず詰まっている。

「勝てばいただけるあれですね。でもこの子にそんな資格があるのでしょうか?」
「資格ではなくて決まりです。それは主催者としての責務です」
「左様なお話ならばお断りもできませんね。ケント、サフィール様とお話しをしなさい」
「あ、ああ」

 母さんが納得して、俺を前に出させたってことは、きっとごく当たり前のことなのだろう。
 でも剣章って何だろう、トロフィーみたいなものか?
 俺が疑問に思いつつお嬢様の前へ行くと、後ろに控えていた執事のような身なりの男が、恭しく手の平くらいの、とても小さな剣を差し出した。
 今までまったく視界に入ってなかったけど、間違いない、あのトマトだらけの審判だ!

「これが勝者の印です」
「はあ」
「槍試合に勝てば、同じように槍章が与えられ、二つ揃えば町の衛兵隊へ優遇入隊が認められます」
 それがどうしたと俺は言わないが、目では言っていたのだろう。
 お嬢様が説明を続けた。

「衛兵隊には志願をすれば、よほどのことが無い限りは入隊が認められます。でも騎士への叙勲の道があるのは、競技会で相応の成績を収め、二つの章で入隊した者だけなのです」
 なるほど、これは成績証明書か。
「よかったら次の競技会も出ませんか?」
「・・・・・・はい?」

 えらい爆弾発言をしてくれるお嬢様だ。
 母さんも固まってしまった。
 奥の厨房からは、何かを床に落とした音も聞こえた。
 ブラコン兄貴が知らない間に帰っていたようだ。

「槍章を手に入れれば、衛兵隊に入って騎士も目指せます」
「別に目指していないのですが?」
「あら、そんなはずはありませんよ?」
「え?」
「だってあなたは競技会へもう出ていますから」
「それは兄貴の代理だって」
「いいえ、代理でも参加表明の時に宣誓をします―――ああ、すみません。覚えていらっしゃらないのですよね」

 まったく会話の内容について行けていない顔をした俺に、小さく頭を下げたお嬢様の耳元へ、審判の男性が小さく耳打ちをした。
「お嬢様」
「何?」
「そろそろこちらのお店にご迷惑が―――」
 男性が店の外へ注意を促すと、山のような人だかりができていた。
 どれがお客か野次馬かは分からないが、お嬢様が居るから入りづらいのだろう。

「すみません。すっかり長話をしてしまって」
「いいえ、またこんなにもお客を集めて頂いていますから、いつでもお越しください」

 ・・・・・・適当にこの場であった話を聞かせて、お代替わりで野次馬全員にパンを買わせる気か。
 ほんとたくましいな、こちらの母さん。

「では―――あっ!? わたくしったら、うっかりしていました」
 お嬢様は、まさに店を出ようとした瞬間、右手を口に当てて立ち止まった。
「―――受取証ですね」
「ええ。実は今日、け、ケントさんに会えるとは思っていなかったので、わたくしの机の上に置いて来てしまいました」

 審判の男性へ答えてから、お嬢様は申し訳なさそうに俺へ言った。
「少しだけ一緒に来てくださいませんか?」
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