俺が少女プリーストに転生したのは神様のお役所仕事のせい――だけではないかもしれない

ナギノセン

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64 単純明快容赦なし

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 水色のブヨブヨしたカタマリが、キーニャの背中を素早く登って肩と首へ絡みついている。 
 よく見れば細い水色の縄状のものが、足首と手首をしっかり縛り上げていた。
 必死にスラスラを掴んで引き剥がそうとするキーニャ。ほぼ液体で変幻自在のスライムは、あっさり指の間から流れて再び形を作る。
 何か手助けをしようにも方法が思いつかない俺は、成り行きを見守るしかできない。

 スラスラを引き剥がそうとして暴れ回るキーニャの目と鼻へスラスラの一部が入った。えげつない窒息攻撃。
 固形なら噛み切るとかするのだろうが、元は水なので歯の間からでも入るし、鼻の孔なんて自分では塞げない。
 キーニャは思いきり咳込み、唾液やら鼻水やら涙やら流しまくっている。それすらもスラスラは吸収している。

 水分が欲しいから攻撃しているわけではないと思うし、素直に考えれば俺の支援。だけどスラスラヘ何かを頼んだ覚えはない。
 キーニャは喉が詰まっては吐いてを何度も何度もやられて、白目をむき始めている。そろそろ止めないとまずそうだ。
 スラスラが言うことを聞くのか少し心配しながら俺が近づくと、キーニャはすがるように手を伸ばした。水色の塊が口に入ろうとするので何もしゃべれないらしい。

「スラスラ、ありがとう。少しだけ止めてくれ」

 覚えた危惧は杞憂だった。
 スラスラはゆっくりと動いて俺の足元で固まり、表面に小さなさざ波を立てた。
 細い水色の縄はまだキーニャの手足に残っている。完全開放をしなかった点でも、俺の意図を正確に把握していることがわかる。

「スーの行先を教える気になったか? でなければ何回でもスラスラを仕掛けるぞ?」
「わ、わかったわっ! 頼むから、それだけは止めてちょうだい‼」

 溺れ死んだ経験のある俺――と言うか俺とプリなので少し同情的になってしまいそうだが、気を引き締める。
 キーニャの目に溜まった涙がこぼれ落ちる。スラスラが極細の触手のように体の一部を伸ばした。
 水分なら一切容赦なく吸収する。単純明快もここまでくれば本当に気持ちいいし恐ろしい。
 キーニャは、よだれやら色々なものと一緒に、スーの行先や依頼主の名前を吐いた。

 ……あ、そうか。

 あらいざらい吐かせるって怒鳴ったから、文字通り吐かせるためにスラスラが動いてくれたのだ。
 ポン吉の言葉通り、俺の気持ちを見事に理解してくれている。
 スラスラにポン吉、本当に助かった。ありがとう。

 キーニャによると、誘拐の依頼主はシギネフだった。
 ナイフと指輪のことが尾を引いているのか、蛍光石を取り返したいのか。どっちにしても執念深いし、再び絡むことになろうとはまったく思っていなかった。
 今さらこんな荒事をするとは事情を知る俺達がよほど邪魔らしい。
 キーニャヘスラスラをもう一度と脅しても、泣きながら理由はわからないの一点張りだった。

 心の底からポン吉が欲しい。あの足があればスーヘ追いつくなど容易だろう。このタイミングでの襲撃は、敵ながら見事としか言いようがない。
 疑問に感じた俺が確認をすると、キーニャは自由魔法都市を出てからずっと追いかけて来て、ポン吉が離れたから襲ってきたらしい。
 ポン吉の警戒に引っ掛からなかったのは、スーが闘技会前に一緒に行動をして友達っぽくなっていたから油断をしていたのだろう。

 知りたいこともわかった。このままキーニャを放置してスーをすぐに追いかけようと思うが、逆恨みでもして邪魔をされたら厄介か。
 簡単確実なのは口封じだけど、さっきは助けると言ってしまったので反故にするのは抵抗がある。俺の言葉をスラスラが理解しているなら尚更だ。
 このまま縛って放置しかないと考えた俺は、魔道バッグから取り出した荒縄で手足を縛り直して、もう少しだけ細工をすることにした。

「スラスラ、そいつの服、融かしてくれ」
「ひっ⁉ や、やめてっ!」

 キーニャは縛られた手足で何とか逃げようとするけれど、芋虫のように這って動くしかできない。指示を聞いたスラスラは、ゆっくり動きながらキーニャへ絡みつく。
 核の部分をキーニャの胸の上や腰の辺りで上下をさせる。泡を立てて黒い革の面がどんどん溶け始めた。
 尻をあげて芋虫のように逃げるキーニャの服がどんどん溶けてなくなる。
 俺が指示をしたのだけど、とんでもない光景になってしまった。更に恨みを買ったかもしれないけれど目的のためには必要だった。

「キーニャ、このスライムが俺の指示で動くのは十分理解できたよな? 次に目の前へ現れたら、お前の体の穴という穴に突っ込みながら融かすか、お前達の畏れた大狼に生きながら食い殺されるか、選ばせてやるから覚えておけ」

 羞恥で赤くなった顔を一瞬で蒼くしたキーニャは、涙を浮かべ無言で何度もうなずいて見せる。
 縛った縄を緩める気のない俺は、魔道バッグから使わない布きれを取り出して裸のキーニャへ黙って投げた。
 相手は俺を殺す気だったのだから、マットに聞かせれば甘いと笑われるかもしれない。
 俺は黙々と出発作業を進め、白馬に跨ってスーを追った。
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