俺が少女プリーストに転生したのは神様のお役所仕事のせい――だけではないかもしれない

ナギノセン

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31 黒のマント

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「そして痣だけが残ったと?」
「今日、初めて知りました。スーが気を遣ってくれていたのでしょう」
「――気になることがある。少し試してもいいかい?」

 あのナイチンゲールさんに調べてもらえるなんて願ったり叶ったりだ。俺が黙って頷くと、師匠は木の棒を持って最初は軽く、どんどん強く叩き始めた。
 背中は全然痛くない。ふくらはぎもお尻も少し痛いくらいだ。一方、腹部や膝など前側は普通に痛かった。

「痣のある背中側へ呪いが集中しているのか。お前はプリーストだね?」
「はい」
「この状態維持はお前の魔力を消費しているのか、何かを埋め込んで恒久的な呪詛を施したのか、どっちだろう。何か魔力のなくなる倦怠感とかはあるか?」
「俺は魔法が使えないんで……」
「プリーストなのに? 職種替えをしたばかりとか?」

 手を止めたフローレンスさんが驚いたように俺を見る。
 これが普通の反応だよな。

「そんな感じです」
「修行中だとしたら頑張ることだ。これが常態となると、呪詛に用いられた媒体はさっきの盾か……」
「でしょうね」
「魔法の杖に用いられる樫の木だけならまだわかるが、普通は魔法には向かない鉄の盾とは趣味が悪い。腹立たしいけど敵の能力は本物だね」

 同情と呆れた目で師匠が俺を見る。
 クルリンパ神様の姿をしたカッシー、ハイスペックな変態確定。

「男なら屈強な体が手に入ったのを喜ぶのもありだろうけど、お前さんは若い女の子だからね。でも申し訳ないが、呪術的なものは専門外だ。治すことはできないよ」

 フローレンスさんは、白衣の天使の本領を発揮して俺を治療する気で見て、ぶっ叩いてくれていたらしい。文字通り荒療治だな。
 嘘つきの申し訳なさと、変態確定で暗くなった俺の表情が落胆に見えたのか、肩を軽く叩いて優しく励ましてくれた。

「そっち方面に詳しい人間に聞いておいてやるから、また来るがいい」
「あ、ありがとうございます」
「ここへ来るまで普通に旅ができたくらいだから、今のところ問題はなさそうだけど、注意はしておくことだ」
「何のことでしょうか?」
「媒体が樫の木や鉄だとすれば、木は燃えやすいし腐ることもある。鉄なら錆びる。体への影響が多少なりとも出るのは忘れないほうがいいだろう」

 全然考えたこともなかったけど、そうなのかもしれない。川で溺れた嫌な記憶が呼び起こされる。
 顔色を蒼くした俺に、師匠がまたまた背中を叩いて励ました。

「万が一に備えておくにこしたことはないってだけだ。火が当たる皮膚に鉄の要素もあったらどう思う?」
「燃えにくそうですね」
「そういうことだ。体のどこにどのような影響が出ているかをしっかり調べるがいい。何なら私も手伝おう」
「お願いします」
「お前が魔道士にでもなって水魔法を修得するのもありだろうが、魔法に失敗すれば水を浴びて、鉄の錆びや木の腐食を早めるかもしれない。なかなか難儀な話だな」

 師匠は何か思ったかのように立ち上がる。飼育小屋へ行って、黒い大きな布を手にして戻り、俺へと差し出した。

「よかったら使うがいい」
「これは?」
「育てている蚕の繭に、ドワーフの国から手に入れた石の粉を粘着させて編んだものだ。防火マントとでも言っておこうか。多少の攻撃なら防げるほど頑丈なはずだ」

 手渡された布は見た目よりは遥かに重く感じる。この色、感触、同じ材質の服を着ている男を知っている。

「マットと同じですか」
「そうだ。『ガラス繊維』と言う素材でできている。これも聞いたことがあるか?」
「いいえ」

 少し窺うような師匠の視線に、転生組とはもう聞かないことにした俺は首を振った。
 唐突に元の世界の固有名詞が出てきても、マットやスーなら顔色一つ変えないだろう。こちら世界はインターネットもないし、共通知識の根源となる義務教育もない。見聞きしなくても『そんな素材があるんだー』程度で終わる。チェスとコーヒーも似たような反応だ。

 ガラス繊維は、防火壁や飛行機にも使われる万能系の素材だ。ガラスの歴史はとても古いし、繊維に色々な強化を施してきた人類の歴史も古い。産業革命の時代に生きたナイチンゲールさんの博識があって、今が鉱物の得意なドワーフ族ならお手の物だろう。
 今さら世界史や化学的な酸化や還元を考えながら生きることになるとは思ってもいなかった。フレアバードの時に火の精霊の話が出ていたこちらの世界だとと、酸化還元なども四大精霊の作用に基づくのかもしれない。
 この不可思議な身には得難い物だと思う。

 ここまでの話の流れから、スーやマットにもう聞かれて問題ないと判断した俺は、席を立って家の外の二人を呼ぶことにした。
 机の上に置かれた黒マントを見たマットは、師匠へ視線を向けた。

「それをプリに?」
「困っているようだからね。力になれなかったせめてもの詫びだ」
「しかしそれは――」
「いいんだよ。忘れかけていた楽しい想いも少しさせてもらった」
「わかりました。それでプリが困っているとは?」
「実は呪詛に掛かっているらしい」
「呪詛⁉」
「プリちゃんっ⁉」

 ……あ、しまった。前もって打ち合わせしておくのを忘れてた。ついさっき考えたばかりで何も伝えてない。
 スーがおかしなことを口走る前に機先を制する必要かできた。

「マットも知ってのとおり、俺の体はとても頑丈だ。カッシーと言う悪いやつに呪いを受けたせいだ。スー、忘れたいのはわかるが覚えているよな!」
「カ、カッシーさん?」
「スーもすっかり騙されてしまい、呪いを抑えるためと言われ俺の背中へ抱き着かされていたんだ。俺達の間に挟まれたカッシーは、いつもスケベ顔をして喜んでいた。本当にいやらしいやつだった」
「なるほど、お前達が必要以上にくっついているのはその名残か。カッシーとは、相手を意のままにするチャームの魔法も使えたのだろう。恐るべき手練れだな」

 顎へ手を当てて真剣なマットを見ていると、話を作って被害者面をしているのが心苦しい。
 師匠の中では、カッシーは変態が確定している。女の子には辛い想い出と考えて、今は口出しないのだろう。
 スーは顔を赤くして口をパクパクさせている。もう少し我慢してくれ。
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